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ネズミの王4

 遠人(とおひと)は夜の巡回中、小さな物音を聞いた。彼は少なからず驚いた。夜に音を立てたら罰を与えるのがルールだ。だから全員が気絶(ブラックアウト)を選ぶ。わずかなエネルギーのみで睡眠状態(スリープモード)になるのだ。

 睡眠状態では、脳機能の保護のみにエネルギーが使われる。その際に軽度の障がいが生じるリスクもあり、遠人にとってさらに都合がいい。

 廊下を歩き、音の聞こえた方に向かう。警備員に連絡を入れる。謀反なのか、侵入者なのかは分からないが、念を入れておくに越したことはない。

 当直の警備員が返事をする。

〈了解です。非番の者も起こしますか?〉

〈そこまではいい〉

 遠人は思念通信を切る。そしてマリアにコールする。見学に来た日から何度もかけているが、出たのは最初の一度だけだった。

 遠人が初めてマリアを見たのはずっと前のことである。珍しい外人名、美男美女の多いプレイヤーの中でもひときわ目立つ美しさ。多くのプレイヤーが魅了され、彼女に出資した。純真無垢な子どもは、足手まといとも言えたが、それでも誰もが彼女を好いた。

 遠人も彼女に惹かれている。あの芸術的な体を、うちの工場で丁寧に解体できたら。そう考えると彼は高ぶり、そんな日は決まって作業員をいたぶった。

 自分の夢を考えながら、遠人は廊下を歩く。

〈警告:銃口を向けられています。6時の方向〉


「動くな」

 遠人の後ろから、玉髄(ぎょくずい)はそう言った。その声は機械音声で、非特徴的だった。往々にして非合法な行動の際に用いられるものである。また玉髄は顔もフルフェイスのヘルメットで隠している。全身はいつものまだらのコートではなく、黒ずくめの体に張りつくような戦闘用の衣類だ。

「誰だ」

「さぁね。当ててみろよ」

 遠人はプログラムされた平坦な声で言った。

「借金のことか」

「……言い訳があるなら聞こうか」

 玉髄はなんのことかサッパリだった。だが調子を合わせれば勝手に説明してくれると考えた。

「期限はまだのはずだ。それに俺を殺せば、そっちも困るだろう。ここの作業員をコントロールしてるのは俺だ。扱いは俺が一番だ」

「お前の代わりなんていくらでもいる」

「誰が死体を解体してやってると思ってんだ!」

 撃ってしまおうかと――、玉髄は思った。遠人は、裏の連中から後処理を引き受けていた。つまり死体の解体である。バラバラにして、パーツを売る。そのルートも遠人は持っている。

「お前がいなくても解体はできる」

「どうかな? 俺が支配してやってるから作業員は働くんだ。動物のしつけと一緒だよ。信賞必罰、ポイントは行動の直後に与えることだ。閉鎖環境でそれをやると人間は馬鹿になる」

 遠人は語る。

 時間稼ぎのためだ。

「馬鹿な人間ってのは、もう実験用の(ラット)と同じだ。狂ったように同じことを繰り返す。少し考えれば自分が搾取されていることに気づく。でも気づけない。俺がそういう風にしたからだ」

 遠人は勝利を確信する。

 彼は大げさに銃を抜く。当然、玉髄に撃たれる。

「なんで……」

 倒れ込んだ遠人の視線の先、警備員はいなかった。玉髄の背後を取ったと連絡があった。だが誰も玉髄を撃っていない。

「警備員ならもう寝返ったよ」

 玉髄は遠人に近づく。緊急停止(フリーズ)信号を再度、撃ち込む。

「信賞必罰、だったか」

 玉髄が遠人の首もとを掴み、廊下を歩き出す。


 遠人はあっと声を上げたくなるのをこらえた。マリアが思念通信のコールに応じたのだ。彼女は探偵であり、その助手である玉髄は腕利きだという。この殺し屋を倒してくれるに違いない、彼はそう考えた。

〈助けてくれ、マリア!〉

〈ええ、もちろん〉

 思念通信では相手の表情は分からない。

 マリアは今――。

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