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ネズミの王1

「換気口から出ようとしたって本当なのかな」

 玉髄はマリアにそう尋ねる。

 マリアは玉髄(ぎょくずい)の方を一瞥する。上品に椅子に座っている彼女は、人形のように見える。見えるだけであることを玉髄は知っている。

「動機がなんであれ、馬鹿丸出し」

 換気口は、この南極都市において唯一外界とつながっている場所である。ときおり開き、外気を雪と共に取り入れている。そこ以外は分厚い(と、思われる)壁に囲まれている。メガラニカから出てきたいなら換気口はうってつけだ。だが、実際は危険地帯と呼ぶに相応しい。

「よく登れたよね」

「根性というか執念というか、それは認めるわ」

 換気口に近づけば警告アナウンスが脳内に響き渡る(世界でもっとも不愉快な音色と色彩を伴う、と経験者は語る)。そもそも垂直の壁を200メートル以上登るという無謀な挑戦である。過去の挑戦者も早々と諦めた。

「死んだのは、システム側の?」

「ルール違反へのペナルティでしょうね」

「そもそも勝手に人の記憶を消して架空世界に閉じ込めるのもどうかと」

「……私に言わないで」

 玉髄はばつの悪そうな顔をした。この世界から抜け出すにあたって、マリアは重要な立ち位置にいる。責任も相当なものだ。

(プレッシャーをかけたいわけじゃない。うーん上手くいかないな)

 玉髄は少しおどけてみることにした。

「キミならどうする」

「壁を登るなんて短絡的だわ」

「シンプルで良い方法だと思うけどね」

 どかっとソファに座り込んだ玉髄を、マリアは嫌そうに見つめる。信じられない馬鹿を見る目つきであった。

 玉髄は思わず目を逸らす。

「スイカを必死に取ろうと、届かないのに何度もジャンプする猿みたいだわ。いえ、猿だって棒を持ってきたり、足場を作ったりするから、それ未満ね」

「なんでスイカ?」

「猿の好物だから」

 猿と言えばバナナでは、と玉髄は思った。さらに、いやそれはチンパンジーやゴリラの話だったろうかと疑問に思う。少しだけ生き物に興味が湧いた。

「猿レベルの人が多くて、本当に嫌になるわ」

「僕もかい」

「私からすればね」

 マリアが鼻で笑う。

「通気口の件で一つ目撃証言があるの」

「お、事件かな」

「ある工場の人たちが吹雪の日に外にいたらしいのよ」

「怪しいね。泥棒か間抜けしか外に出ないって日なのに……うん?」

 玉髄は一つの疑問を覚える。

「何かしら」

「目撃者はどうして外に?」

「……」

 マリアは手元にあるクマのぬいぐるみを殴り始めた。

「マリアが黙っちゃ推理するしかないね。えっとつまり僕に教えたくないわけでしょ。なぜか。不利益になるからか、あるいはむかつくとか恥ずかしいとか。なるほど、なるほど」

「止めなさい」

「ずばり、ハリケーンさんだな」

 マリアがぬいぐるみを玉髄に投げた。それをキャッチし、玉髄は言う。

「僕のファインプレーなのでは?」

 玉髄の言うハリケーンさんというのは、吹雪の日に彼がひったくりから助けた人物である。そのあだ名の通りの言動で、マリアに多大なストレスを与えた。

「ともかく、調査しなくちゃ」

「はいはい。マップデータ頂戴。軽く済ませてくるよ」

「私も行くわ」

 玉髄は気味の悪いものを見た声で言う。

「本気かい?」

「ええ、もちろん」

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