改めての自己紹介と二人だけのヒロインインタビュー
「いや、見事だった」
「白兵戦も及第点より+10点ってところかな。はいお水」
控室にて――更衣室ではないため男女共同で出入りできる――傷は皆無でも汗だらけではあるアルカディアを迎えてくれたのはブルネットの緑と濡烏の紫の少年二人、優世・O・ユーステァイアと千里玖路だった。
「あんた達はどうしてここに?」
「まあ、両者をけしかけたのは俺たちだから水を渡す事はしとこうと思ってな。改めて自己紹介もしたかったし」
優世と同じくスポーツドリンクをアルカディアに手渡しながら目的を告げる玖路。
手渡されたペットボトルに満ちる甘い液体を口にして飲み干した後、アルカディアが最初に口火を切った。
「アルカディア・アルカンシエル・アレクサンドリア。その、庇ってくれてありがと」
「優世・O・ユースティア。特に気にしないでいいよ。自分がしたいから庇っただけさ」
「右に同じく。千里玖路だ」
「よろしく……と言いたいところだけど、教室での弱い者扱いはちょっと余計よ」
少し不機嫌な感情を露わにして暗に発言の撤回を要求するアルカディア。
二人も少ない発言からでも少女がそういう風に扱われることを嫌うことは理解できた。
「まーその、悪かった。胸が悪くてついな」
「気に障ったのなら謝るよ」
「胸が悪い」というワードに一瞬反応を見せた―質、量共にそこまで残念な胸ではないはずなのだが―が、すぐに悪意を込めたものでは無いと理解し、前述の欲求もすぐに撤回したことで気が収まったのか、アルカディアは途中までだった自己紹介の続きを語る。
「生まれはイギリスでフランス人とのハーフ。誕生日は六月十九日。好きなものは研究ね」
「日系イギリス人。だけど隔世遺伝なのかよく純粋な日本人と間違われるよ」
「俺は……純粋な日本人だ。多分」
多分、と言うワードにアルカディアも優世も触れずに会話を続ける。
「しかし日本語上手いね。僕は中学生の頃から在日してたから上手くなったけど」
「公用語なら大体の言語は喋れるわ。後二人ともファーストネームで良いわ。昔からの知り合いからはアルとよく言われたけれど、好きに呼んで」
「そう、それじゃアルカディアと。僕のことも優世と呼んでくれ。しかし『理想郷』に『虹』に『図書館』とは変わってるね。面白いけど」
「偽名と疑われたこともあったわね。そういうアンタのOって何の略?」
「オルフィレウス、だってさ」
「かなりマイナーだな。たしか永久機関の一種、自動輪の作成者の通称だったよな」
自動輪、という言葉を口から出した本人も思わず先程の快刀乱麻を思い出す。
「さすお」
「それ以上言わないで優世。後何その愉しそうな笑顔。色々とあれはあれで恥ずかしいから。……まあ無礼者たちの吠え面が見れた分良しとしましょうか」
ちなみに無礼者たちはすでに大怪我自体は治癒している。アリーナ内での致命傷はどんなものであれ時間干渉系の量子からの技術により命を落とすことなく治療される。無論致命傷を負えばKO負けだ。
無論、心の傷まではサポートしてくれないが。
「結構学内ニュースで取り上げられているな。アルカディアの技量が上というよりあの四人が油断していたとかいうのもある、と言うか主題はそれだ。そう簡単にジャイアントキリングなんて認められないものなんだな」
これには聞いていた二人も顔を顰めた。それはアルカディアの名声を貶めるというよりもその過程であの四人の尊厳がフォローの形で蔑ろにされていることについてだ。
アルカディアにとってあの無礼者たちはすでに過去の存在であり、特に追憶すべき存在ではないし、少年たちにとっても良い印象はない。しかし見えない形で敗者の烙印を押されて嘲笑われているような情報はそれ以上に不愉快だった。
しかし義憤に身をゆだねるほどのものでは無い。
「それじゃあ私は汗でぬれた制服から着替えたいからここでお別れしたいわ。また教室で会いたいわね」
「そっか、じゃあまた明日。闇討ちに気を付けてね」
冗談めかした言葉を告げて優世が容姿に見合った仕草で優雅に背を向ける。今言った言葉はもしかしたら現実にて起こるかもしれないのだ。それがわからないアルカディアではなかったが、素直に受け止めておく。
「アンタも早く出っててよ。さっきも言った通り汗まみれで早く着替えたいのよ」
「ああ悪い。そうじゃなくてこういう時は連絡先でも交換するもんなのかなー、と思って。でもあいつが言っちゃたから、さ」
「? 変なところで変なこと思うのねアンタ、じゃなくて玖路は」
スマートフォン―交差世界が認識された時代に開発されたこのデバイスは、間が極めて良かったのか技術提供により千年たっても未だに新媒体と肩を並べて存命中なのだ―をとりだして一通りの連絡先を転送する。
また明日教室で会って交換すればよいのに、ともおもったが口には出さずに完了したアルカディア。連絡先を貰った玖路は無表情で陰気だが整っている顔立ちに嬉しさを浮かべて控室から去る。
どこか、公園で出会った初めての友達と再会の約束をした子供を思わせた。
男子二人が出て行って一人きりになった控室の鍵を内側から閉めると、監視カメラのない室内であるため躊躇なく汗に濡れたスカートを下し、セーラー襟のブレザーを脱いで下着だけとなり、やがて下着もシャワーを浴びるためにバッグから替えと交換された。
小柄な体に熱いシャワーを浴びせながらアルカディアは短いやり取りの中で妙に好感を抱いた少年二人を思い浮かべていた。
外国の血を引くが故の褐色に優しい碧眼の少年と純粋な日本人だからこその黒色を有する鋭利な紫眼の少年。幼げな顔にチェシャ猫のような表情を浮かべていた優世と無表情で隈のある鋭い目付きだが落ち着かせないわけではない玖路。
二人とも外見的には魅力的と言えるだろう。だが彼女が好感を抱いた理由はそこではない。ではなんであるかと言うと接触されたときに印象に残ったシンパシー、共感と言ったものだ。
それは、愛と承認をひたすらに求めている幼い迷い子の様で――
当麻学園C寮8階――4LDKの清潔で広い快適そうな寮室、その玄関にて。
「まさか今日出会った妙に馬の合う男子と寮のルームメイトとなるとは。まあこれくらいなら現実的にあり得るし納得できる」
「そうだな。で、問題はお前だ」
ルームメイトの男子二人―いうまでもなく髪色はブルネットと濡烏だ―は、玄関の来訪者にハモりながら告げる。
「「引っ越しのように荷物を持って何しに来た。少女イニシャルA・A・A!!」」
「決まってるでしょ。ランクの改定が何たらとかで寮を追い出されたからここに済まさせてもらいに来たのよ」
夜ご飯は肉じゃがかしら?、と当たり前のように玄関から男子の間を縫って上がり込む白髪美少女に。
ようやくメインキャラを深く掘り下げられるのですよ。
次回から日常回なのです。