快書乱麻
アルカディアの背後にて自動輪の如く駆動する構築式が、無機質な動きから有機的な無秩序さを持った動きに代わる。
魔法陣とも形容される図形は一つ一つが異なる変容、変質を繰り返している。
構築式の形が変われば量子の性質も変容するが、図形のズレが僅かでも狂えば全く別の変質を起こしてしまう。
一つでも想像を絶する処理能力が求められる作業をこの小柄な少女は千を超える数を同時に行っているのだ。
『量子技能:SSS』の評価が四人の脳裏によぎる。
そもそも固有法則の構築式を書き換えるというのは先程の説明を聞けば察せるだろうが愚行だ。拡張性のために構築式を変化させ、暴走せずに特定の変化を常時起こせるとは希望的観測という言葉すら生ぬるい。
「だから本来の力の振るい方に誰も気が付かなかったとでも……!? ま、マンガじゃないんだぞ!! そんな都合の良い事が――!!」
「あるのよ、これが。日本語で事実は小説より奇なりとはよく言うけどね。中々に的を射ているじゃない」
愉しそうに、愉しそうに哂うアルカディア。『その言葉と顔が見たかった』という笑顔はしかし下卑たものでは無く、寧ろ妖しい雰囲気を漂わせるものだ。
香を払うようにゆっくりとした動きで左手を真横に差し伸べる。掌に重なり合うように構築式が触れて書物の形へと変容していく。
右手に変容させた構築式の書が一つ、『拒絶し依存する愛憎』と同じく量子が物質化したこの書物はアルカディアの量子の質と量を向上させて出力の影響力、発動速度、物理世界への変換力をも底上げする。
それら補助媒体を無数に生成し、各々の特異性を展開させることにより事実上無数の固有法則が使用可能なのだ。
「『満たされぬ水と肉への求め』」
書の名をアルカディアが告げると共に砂が書から湧き出て、やがて怪奇小説の怪物としてのスライムが透明な液体ではなく流砂を体として現れた。
瞬間、重力の鎖が現象、魔法的物質として二重に主と僕を縛る。重力使いが四人の中での砂のスライムに対しての制圧力の相性を察し、召喚完了直後に戒めたのだ。
「いいえ、悪手よ――『飢渇』、喰らって飲み干しなさい」
主の言葉に反応し流砂の塊は表面にアリジゴクの穴を出現させる。ただし吸い込むのは蟻ではない。
「ガッッ……!?」
悶え苦しむ重力使い。それと同時に可視化した重力の鎖が砕けていく。ただし自壊ではない。体内に内包されている量子ごと食われて飲み込まれているのだ。何にとは言うまでもないだろう。
「『飢渇』は接触した概念を飲み干す召喚獣。一つの概念につき一つまでだけどね」
量子を急激に吸い取られ、重力使いが膝をつく。それと同時に不可視と可視の戒めが解ける。瞬間、巨大な両刃剣、薙刀、ランス等大質量の武装が雨霰の如く降り注ぐ。
激しい金属の粉砕音が響き渡る。砂の塊が迎撃に必要な質量をもって降り注ぐ金属と同じ数の触手で払いのけているのだ。
しかし隙がないという訳ではない。砂の鞭の間を通って焔の獅子とレーザー砲が少女に向かう。獅子はともかくレーザーは速い。
「『拒絶し依存する愛憎』――『依存』」
詠唱と共に再び虹の膜が少女を覆う。共通法則と違って今回は固有法則だ。強度の違う光線が――
「量子防御展開」
膜を突き破らない。それは光線が弱いからでもなく、膜自体が強化されただけでもない。四つの挟撃を防御した時の情報を基に、四人の攻撃に対して相性の良い性質を防御量子に組み込んだのだ。
「くらいなさい――反芻撃」
重力圧の弾丸が、鎧と獅子使いに襲い掛かる。吸い込んだ重力圧を弾丸の形として吐き出したのだ。よく見れば圧力による体のダメージも先程よりも少ない。最初に召喚した書物の効力だろう。
『拒絶し依存する愛憎』が「認識した影響を一度だけ完全防御し、耐性をつける」超世界法則を内包しているなら『満たされぬ水と肉への求め』は「一つの概念を食らい、それを吐き出して攻撃する眷獣召喚」の超世界法則を有している。
「やっぱり、そう無制限に強いわけではないのね。この能力」
疲労と共に、快刀乱麻を体現しながらもつぶやく。
『正典弾劾の禁書へと天墜する外典目録』は汎用性の高さは目を見張るものがあるが、決して万能ではない。様々な構築式の中から高められた量子容量の中で適切なものを選べられるかどうか、この固有法則は使い手がこの心得を弁えているかどうかで継戦能力が左右されるのだ。
「でも、今回の相手なら丁度良いみたいね――魔導書編纂」
そしてアルカディア・アルカンシエル・アレクサンドリアは傲慢ではあっても決して驕らない、万物に対して過大評価も過小評価もしない。
しないがゆえに、重力使いをダウンさせたときには無礼者達への躾にふさわしい異能を決定していた。
「魔導書編纂。『四元たる三頭犬の贋盲信』――犬に礼儀作法を教えてもらいなさい。無礼者」
第三にしてこの決闘最後の構築式の転換が行われる。
書物となった瞬間、共通法則時と同じく四大元素を軸とした召喚が行われる。
無論規模は先ほどまでの比ではない。火、水、風、土と四体それぞれの体を持ったケルベロスの贋作が召喚された。
大剣使いに風が、パワードスーツ使いに水が、獅子使いに火が、重力使いに土が、三頭犬が襲い掛かる。
それぞれ爪を一振りして決着はついた。
『Fランク』の少女に疲労は与えど、傷一つつけることなく『Bランク』の四人は完全敗北したのだ。
「今は」彼女の能力は汎用性が高くても万能じゃないんですよねぇ......