『F』が『F』たる理由
当麻学園実技棟三号館。
『Fランク』アルカディア・アルカンシエル・アレクサンドリア対Bランク四人の決闘は放課後には全校内に知れ渡っており、少なくない人数が観客席にて集まっていた。
「どこまで持ちこたえるかなー。Fランクの固有法則がどんなもんか知らないけどFランクだしなぁ」
「上は絶対に上だ。それを示すいい機会となるだろう」
「ユースティアと千里も鬼畜だよなぁ。助けると見せかけてどん底に突き落とすって」
アルカディアが惨めに敗北するのを優世と玖路以外の皆が前提にしながら、だ。
闘技場のようなアリーナにて、グラディエーターが如くアルカディアと四人のBランクが向かい合っていた。
言葉はない。結末がわかりきっている勝負だと互いに理解しているからだ。
やがて勝負開始時刻となった。
試合開始の合図が送られる。
瞬間、基準世界の物理法則を無視、上書きした現象が展開された。
大剣が虚空から現れる。パワードスーツが装着される。炎の獅子が召喚される。
どれも千年前に世界間が接続されるまでは基準世界では超常現象として扱われていただろう。これが交差世界にて常識となった、異能者が組み上げるプログラム『構築式』にて起動する異能――
名称超世界法則である。
四つの暴威が少女に向かって放たれる。切断。爆発。炎上。
どれも150㎝代前半のアルカディアに重傷を負わせるのには十分すぎるだろう。
――アルカディアがとある技能に関して言えば、世界トップクラスでなければ。
「量子確認。最小消費量で最大効率防御を行う。展開」
異能の攻撃をアルカディアの体が受ける。だが、柔肌の傷どころか制服の汚れさえ与えられない。それは超世界法則を行使する際に使うエネルギー――全世界通称名『量子』を体に膜のように覆ったからだ。
虹色に輝く膜は少女を襲う異能攻撃を一切遮断する。そのエネルギー制御は学生どころか軍人でもなかなか到達できないレベルだ。
「どうしたの?Fランクなら一撃だって顔に書いてあったけど――今度はこちらから、行くわよッ!!」
長髪と共にアルカディアは量子防御を拳に収束。迫ってきた炎の獅子を殴り飛ばし、使役者たる生徒に高速疾走して迫る。
だが次第に歩みは遅くなってゆく。それどころか骨がきしみ始めるほどの圧が彼女の体に掛かっている。間違いなく重力制御によるものだ。
迫る三重奏。だがまた少女に傷を負わせることはできない。防御でなく回避されたことによって。
観客席にて二人の少年は少女の卓越した量子制御とそれに組み合わせる実戦技能に少なからず驚いた。『自分と同族』とは一目見て分かっていたが、少女の経歴はいまだ知らないため少なからず意外感を覚えたのだ。
「なるほど、重力圧を下ではなく横に向けたのか」
「慢心の隙をついて構築式に介入、力が横に向いた瞬間解除したね。慣性に身を任せて離れた所に着地するのも中々上手い。武術を齧っている動きだ」
優世の言葉にそういえば、と玖路が返す。
「お前は武術を広く深く習っていそうと思ったんだが……十八番は剣術か?」
「『赤』の超世界法則。その代表たる武装顕現が僕の能力だからね。主体になるのは当然かな。君は『緑』を主体とした独学の徒手空拳がメインみたいだけど」
「……」
何も返さずにいると、アルカディアが攻撃魔術を展開、精密な魔方陣を高速で組み上げていく。
「刮目しなさい――構築式起動、黒色基盤から展開開始。青色式介入」
言葉から推測するなら彼女は『黒』の世界で最も普及している『魔術』の使い手なのだろう。そこに違った系統の科学――工学科学を主体とした叡智の世界たる『青』の世界の技術が組み込まれている。
否、それだけではない。玖路の言葉が雑談の補足も兼ねて説明する。
「いや、あいつやお前と同じ全色主義だ」
それは西洋や戦国時代、スチームパンクと言った世界観に現代世界――西暦2000年代初頭から技術はともかく生活様式は1000年間変わらなかったりする――を入れ込んだような剣と魔術の世界『赤』。精神的なエネルギーが観測され、それを具象化できる異能が主体となった『白』。バイオ工学、ウィッチクラフトなど生命の力を借りた異能が主体となる『緑』。
それらを纏めてアルカディアは企業や魔術組織などが神秘を秘匿、管理、利用することにより魔道科学が発展した世界『黒』の異能を中心軸としている。
玖路の言葉とアルカディアの行動がそれらの交差世界にて五色にてカテゴライズされる五つの世界全ての技術を使ったバトルスタイルであると示している。
「全色構築式構築完了。召喚」
それには幅広く五つの世界の智の蒐集、及び力の扱いの研鑽が必要だ。
魔方陣から出現した四大の短剣、及び精霊がそれぞれ四人に迫る。
平凡な質と量の量子だが超精密な構築式により破壊力が増した召喚物が――
敵対者の四人によってあっけなく破壊された。
「なるほど。吠えるだけのことはあるな。――固有法則、展開」
その声を聴いて、人々は直後に少女が惨敗することを確信した。
四人が本気で相手をしなかった故に持ちこたえられたが、今ここで彼らが本気を出したから、と。
アルカディアがFランクの評価を受ける理由の一つとして評価基準たる六の項目のうち、一つの項目を除いて凡才に過ぎたからだ。
異能の最大出力による破壊力、速度などの『出力影響』
異能を安定した状態で振るう速度の『発動速度』
異能の世界に訴えかける影響力の『特殊性質』
リソースの性質、変換に対しての幅広さの『量子性質』
リソースを内包出来る最大量の『量子容量』
そしてアルカディアが最高評価SSSを認定されたリソースの精密な制御技術。
それが『量子技能』。この卓越した制御技能を持ったアルカディアはこと二段階ある超世界法則のうち、第一段階で言えば世界トップクラスなのである。
だが彼女が劣等生の烙印を押されたもう一つにして最大の理由は第二段階にある。
交差世界にて異能には共通法則と固有法則の二つの段階がある。
武器を顕現させる。機械などの叡智を読み込む。組み上げた法則にて世界に訴える。精神の力を介して償還する。生命の力を増幅させる。
五つの世界にて様々なフォーマットがあるが、共通法則は異能者が振るう力の異なる系統に共通・相互作用出来る基礎能力。
故にこれを行使するのは異能者として当然。異能者が行使できないのはあり得ないどころか、一部の機器を使いさえすれば一般人でさえ行使可能となる位階の力なのだ。
故に――
「構築式の観測による解析、だったか?」
大剣を持つ生徒が詰るように言及する。
アルカディアがFランクたる固有法則の在り方を。
「他媒体への情報転送が前提の解析能力にて、情報を転送できない欠陥品!! それがお前の固有法則だと調べさせてもらった」
それがアルカディアだけが使える独自の法則。
自らだけが現出できる法則が全く使い物にならない、アルカディアが幾多の蒐集と研鑽を積もうともFランクたる唯一最大の理由だ。
そして、一般的な固有法則であれば――超高度な共通法則を行使しようが、真っ向から打ち破れる。
だからこそ、この場にいる人々の結末はアルカディアの惨敗を疑わない。
大剣が分裂と変形を繰り返しながら少女へ殺到する。パワードスーツの背中から砲台が展開され光が集まる。炎の獅子が群れを成す。重力が物質化して戒める緊縛の鎖となる。
四つの固有法則により今度こそ彼女は――
「固有法則展開。魔導書編纂。『拒絶し依存する愛憎』」
瞬間、四つの暴威が粉砕された。
何が起こったのか観客は理解が追い付かない――優世と玖路を除いて。
「私の事、欠陥品と言ったわよね」
アレキサンドライトの少女の声が粉塵の中で優雅に響き渡る。
「昔は自分でもそう思っていたわ。悔しくて悔しくてどうしようもなかったほどに」
言葉に反して声に宿るのは憤怒でも嫉みでもない。
「だからこそ私の姿を見たら眩しいとか悔しいとか思わせる――そんな存在になりたくて色んな知識を求めて、いろんな技が使えるように構築式の練習を数えきれないほどして」
声と言葉が感情に濡れてゆく――
「その過程でいくつもいくつも考えた構築式を頭の中で組み上げていったわ」
不遜と自負、憧憬と羨望が両立したような声で。
「そしてある日ふと思ったの、自分の中にある無数の構築式を組み合わせたらどうなるだろうって。そうしたらこの力の使い方に気が付いたのよ」
虚空に展開された無数の構築式を従えながらアルカディアは笑って告げた。
「記録した情報を無数に組み合わせ、超高度な処理により異能者の量子を補助、強化する構築式に変換。それらを創造、編纂して糧にする固有法則」
それが真の力だと名と共に告げる。
「『正典弾劾の禁書へと天墜する外典目録』――さあ、決闘の続きをするわよ」
美しい顔で嗜虐的に笑いながら。
世界観説明回なのですが、前回を含めてキャラの魅力が伝わっているか心配なのですよ。
次回ヒロインTUEEE回なのです。