問題児の入学。三人の邂逅
新暦1016年。西暦に換算すれば3016年。五つの世界を基準とした数多の平行世界と異能体系を結実し世界間を相互接続させた世界。
その名は『交差世界』。
異能が超常や空想の産物ではなく、現実にある技術と知られれば当然教育課程にも取り組められる。そうすれば当然異能者の教育を掲げた専門の教育機関も設立されるだろう。
その一つが東京にある私立当麻学園。高ランク異能者だけでなく、低ランク異能者も真摯に接することで名高い学園だ。
もっとも、高ランク能力者が優遇されることには変わりなく、一部の高ランク異能者からの低ランク異能者に対する生徒同士での迫害はどうしようもないのだが。
その差別による諍いが、入学式の翌日の一年生同士にて行われるのも痛い仕方ない事だろう。
「冗談じゃないわ! なんでこの私が見ず知らずの輩に理由も態度もなく授業枠を譲らなくちゃならないのよ!」
美しい小柄な少女が四人の生徒に対して「授業定員があるから枠を譲れ」と慇懃無礼に迫られて激していた。
無礼による怒りに満ちた瞳は紫と緑を共存させた不思議な色彩であり、さながら上質なアレキサンドライトの様だ、
髪も純白の糸束がひざ下までまっすぐに伸びており、瞳と同じ色の光沢が瞬いている。
深い藍色のブレザーに赤いネクタイ。黒と紅のスカートから延びる黒い腿まで覆う靴下を履いたスラリとした足は肌も布もきめ細かい。
肉付きも豊満ではないが決して貧相な体ではなく、小ぶりながら女性らしさ主張するものだ。
顔立ちも激する前でも見れば実に気高さと勝気さを強く思わせるものであると印象付けられるであろう。
傍から見れば相当な美少女であるのも関わらず、相対する生徒たちは彼女へ侮蔑の表情を向けている。
「この私がって、お前Fランクのくせに何様だよ」
「DやEならともかく、この学校で唯一のFの評価を貰っている奴よりBクラスの俺たちが授業に出た方がはるかに有意義だと思うが?」
複数の生徒たちが少女を見下している理由は異能者としての評価だった。
生徒たちは学生の中ではかなり高位ランクに位置する異能者だ。それに対して少女のランクは『F』―― 最低ランクの評価を受けているのだ。
「『お前』や『Fランク』が私の名前じゃないわよ! 私の名はアルカディア・アルカンシエル・アレクサンドリア! ヨーロッパの名門に連なる者よ!」
「ハッ、アレクサンドリアなんて家名聞いたことがないぞ」
「それは……色々と複雑な事情があるのよ」
「嘘つくなよ!どうせそこらのありふれた一般人の出身だろ。自分を偽らなくちゃ自慢できないのか、このドンキホーテ娘」
「ッッ!!」
ほら吹き男爵と言われ、静かに激したアルカディアは構えをとり――
「君たち、いい加減やめないか」
「弱いものイジメすんなよ。みっともない」
二人の少年が両者の間に入ることで、未遂にとどまった。
優世・O・ユースティアと千里玖路は少女が複数の生徒たちから詰られるのを見て、久々にそれぞれ不愉快な気分になっていた。
故にお互い顔見知りでもないのに一緒に庇うことに際しての合図などは不要だった。
Aランクにして日系人のエメラルドの瞳持つ甘い童顔に猫毛の整ったブルネットの優世にCランクの目元に掛かる程の長さ持つ純粋な日本人の濡烏の髪に紫の鋭い目付きの下に薄くも濃くもない隈を持つ玖路。
それぞれ方向性は異なるがアルカディアと同レベルの美を持つ少年二人の介入に生徒たちは少なからず困惑しているようで、庇われた本人のアルカディアは何を考えているかわからない不思議な表情を浮かべていた。
「ユースティア……? それに千里だったか? なぜこんなFランクを庇うんだ。千里はともかくユースティアはAランクだぞ?」
「異能者のランクは関係ない。僕は僕なりに優先したい信条を優先するからね」
眠たそうな目付きで性格が大人しい感じなのか飄々とした感じなのかどちらとでも取れる口調と態度で優世が言葉を返す。
「別にランクとかは関係ねえよ。ただ俺の目の前で女の子がいじめられていたらムカつく。それだけだ」
玖路も同じく不機嫌そうに言葉を返す。無気力そうに言いながらもその声色には不愉快が見える。
「し、しかしだな。この娘が反抗的だから」
「反抗的にもなるだろそんな言い方してたら。すこしは譲歩したらどうだ?」
「そうだね、といっても君たちは引く気がないんだろう? だったら僕から提案がある」
教室中の生徒が優世に視線を向ける。
「この子と君たちが決闘すればいい。一対四の構図で、だ」
「「「は、はあ!?」」」
教室中から素っ頓狂な声を上げる。てっきり「三対四で決闘だ」的なことを言いだすのかと思いきや庇った相手を一人で高位ランクの集団に挑ませるのだ。そりゃ素っ頓狂な声も上がるものである。
「良いわよ、それで。むしろ共闘なんて言っていたらお断りする所だったもの」
そしてアルカディアがこんなことを言いだすものだから今度は絶句した。
傍聴人は茫然で、当事者たちは憤怒によりモノが言えない。
「……いいだろうアレクサンドリア。上の者に対する正しい礼儀というものを教えてやる」
「それはこっちの台詞よ」
何ら気後れすることなくアルカディアは答えを返した。準備をするためか荷物を持って教室を出ていこうとする。その際に二人の少年に話しかけた。
「全く、優世と玖路だっけ? 私の許可も取らずに話を進めていかないでよね」
「ああ悪い。でもアレクサンドリア、不利な状況に対する怒りはないんだな?」
「当たり前でしょ」
「君の実力を見込んでのセッティングだ。じゃなかったらこんなことしないよ」
お互い馬が合うのか、三人の会話は短くもスムーズに行われている。
アルカディアは傲岸不遜でありながらも嫌味を感じさせない話し方で。
優世は一人称が「僕」のキャラの属性に通ずる印象を全て内包したような話し方で。
玖路は気怠げながらもどこか面白そうに真摯に遊戯に向き合う話し方で。
「でもまあカッとなったのを抑えてくれたのは感謝するわ。そうしなかったらあの無礼者どもの躾で誤って殺しちゃったかもしれなかったから」
「まあね、不愉快だけどさすがに見合うほどの非礼じゃないからね」
「アレクサンドリア、誰だってランクじゃないお前の実力を見抜ければさすがに止めるさ」
アルカディアが圧勝すること前提で、楽しそうに会話と軽い自己紹介をしていた。
--三人の運命が真に交差するまで、残り60時間。
その日、運命と出会う――にはもうちょっと時間がかかるのです。
けれども、伝説の始まりは確かにここからなのです。