表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
57/59

教えて!ガルーダ先生!②

「ハアッ ハアっ」


 命からがらギルドから飛び出した俺は、膝に手を置いて肩で息をした。

 緊張と恐怖で背中がぐっしょりと濡れている。

 荒い息をついて自身の生存に涙を流していると、右手をギュッと握る感触がする。シェーラさんだ。


「ンふっ」


 彼女はやんわりと繋いだ手を離し、指と指が折り重なるように握り替える。

 俺たち魔法使いの憧れ、恋人繋ぎである。

 そして握りかえた後にはピトっと寄り添うように密着してくるシェーラさん。わた飴おっぱいが俺の右ひじを包み込み、俺は心の中で十字を切った。


 なぜだ。なぜこんな超絶美人さんがこんなにボディタッチを仕掛けてくる。

 もしかしてこの人は俺の事が好きなのだろうか。

 いや、そんな事があるはずがない。まだ数えるくらいしか会ったことが無いし、そんなに会話をした覚えもない。こんな甲斐性無しの若造の事を年上の綺麗なおねえさんが好きになる理由など一つも無かった。

 ドギマギしていると、シェーラさんが俺の首筋あたりにモフモフのケモ耳を何度も擦り付けてくる。


「あ、あの…… シェーラさん、何を……?」

「ンふっ マーキングです。ナワバリはキチンと主張しないといけません」

「いやマーキングて……」

「本能です」


 なるほど。本能ならば仕方あるまい。

 ならばワタクシも哺乳類の本能に従いまして沢山お乳が出そうなそのおっぱいをば―――


「中々に美しい体験だ。君もそう思わないか?」


 鼻の穴を膨らませながら反対方向を見ると、先ほどのメガネのイケメンでがいてテンションが下がった。

 ていうか何でお前まで俺の手を握ってやがるんだ。

 イケメンは引っ込めようとした俺の手をガッシリ握り、爽やかな笑みを浮かべながら恋人繋ぎに組み替えた。

 昔、漫画で右半身が氷、左半身が炎の魔団長様がいらっしゃったが、ちょうどそんな気分だ。 

 俺が軽くケツを蹴り上げると、イケメンは「ア———――ッ!」 と意味不明な奇声を上げた。


 正面から負けじと抱き着いてくるノリちゃんに頬っぺたすりすりしながら、果たしてコイツは誰だろうかと内心首をひねる。



『汝れよ。こやつ【青星】じゃぞ』

「えっ マジでっ!?」

『いや気付かんとかマジ無いわ。記憶力が衰えとるのう』

「お前だけには言われたくないわっ!」


 ばっと離れて距離をとる。

 ノリちゃんも「むむむむー!」と威嚇を始め、シェーラさんが「がうがう」唸り声を上げた。

 頭の中で記憶が掘り返され、あの日の光景が脳裏を掠めた。

 攫われたノリちゃん、そして傷だらけになって戦っていたチャラ男。

 【青星】 それは陰謀に一枚噛んでいた武装集団、聖12騎士(ゾディアック)が一人、星の名を冠するSSランクの魔導士である。そして俺に左フック一撃で沈められ、この国に拘束された男であった。

 ならばヤツがここにいる理由など一つしか考えられない。


「お礼参り……か?」



 意外なことにそれほど怒りは沸かない。

 事の詳細をティナ皇女様から聞いた俺は、【青星】がノリちゃん誘拐やあの大惨事に直接関わっていなかった事を知っているからだ。

 もしヤツがノリちゃん誘拐に携わっていたとしたらこうはいかないと思う。俺の理性など瞬間に消し飛び、生まれてきたことを後悔するほどの痛みをその体の隅々まで刻み付けただろう。

 警戒を解かない俺たちに向かってヤツがにこやかに笑う。 



「誤解はよしてくれたまえ。僕はこの国に美しく亡命したのだから」



 青星が ファサッ と掻き上げた水色の髪が陽光を反射しキラリと光る。

 悔しいが凄まじく絵になっていた。


 ゾディアックの一人が死亡、一人が行方不明。他全員が拘束。そしてその内一人が亡命。これがこの前の事変の結末だ。事変。そう、紛争や戦争ではなく、表向き「事変」としてあの悲劇は処理された。

 魔族討伐のためにゾディアックが派遣され、市民を巻き込む大規模戦闘を行いゾディアックが敗北。筆頭が逃亡し、聖女アイギス・マクラーレンが死亡した。というのが大人たちが描いた筋書きである。

 テレビも新聞も無いこの世界で、どのような外交合戦が繰り広げられているかは噂話程度でしか耳に入ってこないが、少なくとも俺たち一般人はそう認識していた。

 ちなみに死んだはずの聖女様は、今では週休二日制、福利厚生完備の惣菜屋さんで朝から晩までコロッケを揚げている。しかも討伐対象であった魔王様の飲み友達である。

 

 大陸中に信徒を持つマイノリア聖王朝と全面的に事を構えることは大国ゼプツェンとて容易ではない。

 誇りやプライド、主権を守るためには、時にノーガードで殴り合わなければならない場面もあるが、マイノリア相手にそれをするには犠牲と覚悟が必要だ。

 神の使徒である聖12騎士(ゾディアック)を拘束したにも関わらず、聖戦を宣言されること無く引き渡し交渉を進めるあたり、両国にとってはこの辺が精一杯の落とし所であろうことが伺える。

 この国に御厄介になっている身分で、国が決めたことに口出しするほど愚かではない。納得するかどうかは別として、少なくとも我慢をしなければならないことは間違いなかった。

 それに、おそらくはあのクリシュナお姉さまがお決めになったことだ。何か言ったら後が怖い。


「亡命って、マジかよ…… なんでそんな事になったんだよ」

「僕は美しいものが大好きでね。この国には美しく亡命する価値があると思ったまでさ」

「よくそんなこと認められたなお前。とやかく言うつもりはないけど、国も何考えてんだか」

「ゼプツェンもわりかしアッサリと認めてくれたよ? まあ色々思惑はあるんだろうけどね。まあとにかく、もう僕たちは美しい事に敵同士ではない。仲良くしようじゃないか!」

 

 俺の手を握ってこようとしたので、再び軽くケツを蹴り上げた。


「ア―――ッ!」

「頼むからそれやめて…… 何か知らんけどゾワっとする」

『くっ 「受け」 が見たいっ! 我は汝れの「受け」が見たいんじゃっ!』

「お前そろそろ俺が本気だってこと教えてやろうか?」


 シェーラさんは青星と面識が無いせいか、俺が警戒を解いたと同時に威嚇をやめて尻尾を振り始めた。ちなみに俺の右腕はふわとろおっぱいに挟まれたままである。本当にありがとうございます。

 ノリちゃんはヤツと面識があるものの、直接捕らえられたわけでもなく、チャラ男と戦闘していたくらいしか知らないため、俺たちが普通に話し始めると特に騒ぐでもなく俺の背中に隠れた。

 俺の背中越しにヤツを観察し、目が合っては隠れるを繰り返している。ノリちゃん普通の人見知りモードである。


「まあいいや。お前も国もそれでいいって言うなら特に俺が何かすることも無いよ。むしろさっきは助けてくれてありがとう」


 以前の敵とはいえ、先ほどは命を助けてくれた恩人でもあるのでお礼を言うと、礼儀正しいノリちゃんもおずおずと頭を下げた。超天使。


「ところでイガワ先生、わたしはそろそろ子供たちのところに戻らなきゃいけないんですが、もしよければいらっしゃいませんか? 子供たちもきっと喜ぶと思います」

「あ、いや、俺これからガルーダの痕跡を探さなきゃだから…… また赤星の日に伺いますよ」


 すると、尻尾と耳をシューンとさせて俯く銀郎娘が残念そうに言う。


「そうですか…… 残念です…… あ、あのっ 最期にその、頭を撫でてもらえませんか……?」


 上目遣いである。

 超絶美人さんがチワワのように瞳を濡らし、寄せて上げる形で手を組んだ。縦揺れである。

 もちろん俺は地震大国ニッポン出身なのでその程度の縦揺れでは動揺したりはしない。


『汝れよ…… なんてだらしない顔を……』

「ううううっさい金属! ニッポン男児はこの程度の揺れじゃビクとも―――」

「じぃ~~~~~~」

「はっ! の、ノリちゃん違うからねっ!? あるじちょっと流行りの小顔体操をしてただけさっ! 本当だよっ!?」

「きょぬーはせいぎ! ってどろままがゆったー」

「ノリちゃんそれは違うんだ。世の中には正義と悪だけでは語り切れない事がおっぱいあって――」

「そんでなー おるねーがなー いぎあり! ってゆったー なのでノリはせいしゅくにした!」


 ウチのニート共はノリちゃんの前でそんな裁判を行っているのか……

 勝ち目のない裁判を戦うオルテナから諦めない心を学ぶのも大事だが、いかんせん内容がダメ過ぎる。

 俺は色々とうやむやにすべく、チワワみたいな目をした狼さんの頭をちょっと強めに撫でる。


「ンふぅ~~~ ンふっ」

「ノリもー! ノリもー!」


 両手でよしよしである。

 なんかこれはこれで癒される。

 散々二人を撫で倒した後、シェーラさんは満足そうに尻尾を振りながら帰っていった。

 

「あの気高く美しい銀狼族が人間に頭を撫でさせるなんて…… さすが僕が見込んだ男…… 美しい……」


 なんか青星がボソボソ言っているがよく聞こえないので放置。ていうかお前はなぜ俺たちに付いてくる

 まあいい、今から仕事だ。とりあえず腹ごしらえにサイキルパにでも寄って行こう。

 ノリちゃんと手を繋いで商店街へと向かう。途中、繋いだ手を上に引っ張り、ノリちゃんがタイミングよくジャンプをする。最近の彼女のお気に入りの遊びだ。

 空も飛べる彼女が、このジャンプのどこが面白いのかわからないが、キャッキャとはしゃぐノリちゃんを見ていると相当楽しいらしい。

 そんなこんなで商店街へ。まだ時間が早いとはいえ、ここの通りはいつも賑わっている。

 心地よい喧騒に身を浸しながら歩いていると、とある屋台の一角の前、まさかの犯罪的光景がいきなり目に飛び込んできた。



「おじちゃん! ルナあれ食べたい!」

「ふむ。しかしあれはカボチャパンツの幼女にはまだ早いっ これにしたまえっ 主人っ この棒飴を二つだっ!」


 例の変態が飴売り屋台の前で暑苦しいポージングをしていた。

 ヤツが堂々と商店街にいる時点で犯罪が成立していると思うのだが、この変態、あろうことかパンツを肩にかけるだけでは飽き足らず、どう見ても10に満たない幼女を肩車していたのだ。

 

「拳鬼…… お前、まさか……」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 屋台の前、見知った変態がいる。そしてその変態の上にはどう見ても10に満たない幼女が、ブラ耳をまるでバイクのハンドルのように掴んで乗っていた。

 

「拳鬼…… お前、まさか……」


 俺は軽く血の気が引いていくのを感じていた。

 決してヤツを認めたわけではない。断じてヤツをかばうわけではない。

 それでも、たとえヤツが救いようのない変態だとしても、最後の最後の一線だけは超えることは無いと思っていた。その点に関してだけ言えば信頼に近い感情を抱いていたのかもしれなかった。

 それなのにヤツは幼女を……

 

 よくわからない感情がこみ上げ、歯を食いしばってないと涙が出そうになった。

 悲しみとか失望に似た感情が俺の中をグルグル回る。


「幼女に手を出すなんて……」


 俺のつぶやきが聞こえるはずも無く、屋台の主人が練り飴を二つ拳鬼に手渡す。

 変態肩車に何ら思うところは無いらしい。 


「あいよ、400ギルだよ」


 すると拳鬼が自身のパンツの中に手を突っ込み、ジャラジャラと小銭を取り出した。

 店の主人は心底嫌そうな顔でそれを受け取る。

 ドロテアも胸の谷間から色々取り出すが、もっこりブーメランからお金を出すとか極まっているにもほどがある。


「おじちゃんありがと! 次はアレ! ルナあれが食べたいのだ!」

「ははは、待ちたまえ幼き淑女よ。淑女たるもの焦ってはいかんぞっ」


 拳鬼は肩車する幼女に飴を渡すと、雑踏の中を悠然と歩いて俺たちの方に向かってくる。

 人は慣れる生き物だ。上下下着2セット装備の変態が天下の往来を行っているのに、特に誰も気にした様子は無い。

 この街の住民は魔王も拳鬼も既に見慣れてしまっているのだ。異世界ファンタジーは懐が深すぎる。


 はしゃぐ幼女を肩車した拳鬼がすぐ近くに来たとき、俺は無意識のうちにヤツの前に立ちはだかっていた。そして自分でも思った以上に乱暴な言葉が口から飛び出す。


「よう拳鬼さん。ご機嫌じゃねえか。そんなちっちゃい子に手ぇ出しやがって…… 見損なったぞ!」

「誰かと思ったらいつもの変態ではないかっ! 相変わらず幼竜にパンツも履かせずに連れまわしおってっ! 見下げはてた根性だ! 恥を知り給えっ!」

「黙れ変態。お前は絶対に許されない所まで堕ちちまった…… せめて俺が引導を渡してやる。覚悟しろよっ!」


 瞬時に強化魔法を重ね掛け。ノリちゃんを青星に預けてアリアに手をかける。

 すると、不穏な気配を敏感に察知した幼女が泣きそうな顔で叫んだ。


「おじちゃんはルナと一緒に『ばあや』を探してくれているのだ! おじちゃんをいじめないでなのだ!」


 涙目でプルプル震えるその姿は小動物そのものである。

 朝闇のように深い濃紺の髪、陶磁器のような白い肌に青みがかった唇と、ダークブルーの瞳。

 サラサラの長髪から除く耳はエラ状で、ブラ耳を握りしめる指の間には退化した水かきがうっすらと残っている。


「あれ…… その子、もしかして【青】の一族の子じゃないか……?」

「僕は属性上、美しい事に実際に彼らと接した事があるよ。間違いなく【青】の子だね。それも美しく成体が近い」

「でも彼らは水辺で暮らしてるんじゃ……」

「美しい事に彼らは特殊な教育方針をとっているからね。それが理由じゃないかな」

 

 【青】の一族の子育ては特殊だ。成体間近の幼体を群れから放り出して、あえて厳しい環境を経験させるのが彼らのやり方だが、最近は個体が少なくなってきている事もあってその方法は廃れていると聞いたことがあるのだが……

 迷子ってことはもしかしてそういう事だろうか。それとも先祖返りか?

 

「え、じゃあ迷子っていうか放置…、探し人は見つからないんじゃ……」

「それは美しくない事に、僕たちが心配する事ではないと思うよ。風習や文化は美しく尊重すべきさ」


 よく状況が見えないが、とにかくそんな子に懇願と敵意がないまぜになった視線を向けられてまでヤツを成敗できるほど俺のメンタルは強くない。

 

「おい拳鬼さん、命拾いしたな。その子にお礼言っとけよ」

「それは私のセリフだっ 今度こそその幼竜に似合うカボチャパンツをプレゼントしてやるっ!」


 どんな啖呵だよ。

 お前からもらったパンツなんてノリちゃんには絶対に履かせないからな。

 何となくルナという子のこれからが心配になる。文化や風習だと青星は言うが、今までの人間関係を突然断ち切られる事がどれほどの恐怖を齎すかは、召喚勇者である俺には身に染みるほど理解できる。

 要らぬ世話なのかもしれないが、黙って見過ごす事は出来そうにない。

 俺は贅沢して買ったメモ帳を一枚破り、ペンでとある場所を地図を描いた。


「拳鬼さん、もし、もしかしたらの話なんだけど、探し人が見つからなくてどうしようもなくなったらここに連れていけよ。悪いようには絶対にならないから」


 あそこならば受け入れてくれるに違いない。子供たちの年齢も種族もバラバラだから【青】の一族だからって変な扱いを受ける心配も無い。俺も週に一回顔を出すから様子を見る事も出来る。

 もし状況が悪そうならばシェーラさんに相談してみよう。


「ほう、どれどれ、ここは…… ふはっ! 変態にしては気が利くではないかっ! 毎日カボチャパンツが大量に干されている施設だなっ! ちなみにっ カボチャパンツに隠れるようにしてっ 至高なる『白』が揺らめいていることを、私は知っているっ!」

「シェーラさんが帰った後でホントによかったと思うよ……」


 もし彼女とカチ合っていたら、今この瞬間に死合いの火ぶたが切って落とされていただろう。

 孤児院の子達は最近越してきたばかりだというのに拳鬼のパンツチェックが早すぎる。あと、シェーラさんは『白』か…… そうか…… イメージ通りだな。ふふふ。


「イガワ、美しくない顔をしているところ悪いが、彼は一体何者だい? 僕にはわかる。彼はただ者じゃないね」


 いや、あんたじゃなくてもわかるから。パンツかぶってブラ耳してる時点でただ者じゃないから。

 出会いは最悪だったのに、穏やかな雰囲気の青星に安心したのか、それともノリちゃんが無垢なのか。どちらも正解だと思うが、もうノリちゃんも安心したみたいで大人しく青星の横で飴の屋台をチラ見していた。後で買ってあげよう。


「アイツは見ての通り変態で…… あれ? お前【青星】だろ? そういえば何で知らないんだ? トルストイ王国の事件でぶっ飛ばされたんじゃないのか?」

「トルストイ王国……? ああ、美しくない事に10数年前に師匠が負けたっていう…… えっ? まさか美しくない彼が【拳鬼】なのかい!?」

「そうだよ。信じられないけどアレ正真正銘の到達者。師匠って事は、ええと……」

「ああ、僕は8代目の青星さ。10数年前僕は子供だよ。ウチの一門が代々【青星】の称号を美しく輩出し続けてるんだ」

「ふーん、そんな継承の仕方もあるんだ。知らんかった」


 もちろん『S』の称号は世襲制でも継承制でもないので、目の前の男が本物の実力を持っている事は間違いないが、珍しいパターンではある。

 今更ながら青星を見てみると、歳は俺と同じくらいだろうか。行儀よくきっちり6:4分けにされた水色の髪とインテリチックな銀縁メガネが印象的だ。日本だったら間違いなく生徒会長をやっていただろうと思われる知的なイケメンである。

 さぞかしモテるだろうなと軽く嫉妬していたら、突然青星が不穏な空気を纏いだした。


「へえ…… 師匠はあんな美しくない男に敗れたのか…… へぇ……」


 先ほどの緊張感がほぐれたと思ったら今度は青星である。

 凍える様な冷気がブワリと膨らみ、周囲に波紋のように広がっていく。

 獣のように凶暴な光を灯した目が、幼女と戯れている変態を真っすぐに捉えている。

 

「敵討ちってワケでもないけど…… 美しくない汚名は晴らさなきゃ……いけないよね?」


 やばい。コイツおっぱじめるつもりだ。

 迫撃ならまだしも青星の言う戦闘イコール魔導戦である。人通りも多いここで行って良いものではない。それでは多大な犠牲を出したこの前の事件と同じことになってしまう。

 だから青星を止めようと一歩踏み出したその時、想像すら出来なかった出来事が起こったのだ。

 

「そこまでだよっ! 街の平和を乱す悪党め!」


 通りを歩く大勢の人の誰もがその大音声に驚き、声の主を探す。

 人々が口々に「おおっ」とか「ああっ」とか、感嘆とも興奮とも言えるうめき声と共に指さした先。

 そこには―――


「天呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ! 愛するこの街この国の! 秩序乱す者に制裁を! 不埒者を成敗するよっ!!!」


 俺の研ぎ澄まされたキワモノレーダーが本日一番の反応を見せる。

 立ち並ぶ店の屋根の一角、ソイツは、いや、ソイツ()はいた。


「どっきり戦隊! どっきりレンジャー参上っ!!」


 身を引き裂くような沈黙があたりに満ちた。

 そんな空気を感じ取ったのか、わたわたと焦ったようにグリーンレンジャーが、相方のピンクレンジャーをたしなめる。


「ちょ、ちょっとピンク! ここは声を揃えるところだって何度も練習したよっ!」

「…………ぺッッ!!」


 正義の味方にあるまじきピンクの所業にどこか既視感を感じたが今は置いておこう。

 問題はもう一人の方である。


「こ、こここここここの街の、へへ、へへへへへ平和をまも、まもまもまもまもっっ わ、私駄目だわっ! ふ、ふぐっ セリフすらキチンと言えないものっ!!」


 カンペを片手に涙声のイエロー。全員仮面を被っていて顔はわからないが、見た感じ13,4歳の女の子だ。どこか見覚えのある金髪ドリルのツインテールが眩しい。

 グリーンはまず間違いなくドッキリ仮面さんだし、ピンクに至っては何というかもうアレだ。

 正直超展開過ぎて何がなんだかわからなかった。


「い、イエロー  最初はみんなそうなんだよ! 泣いちゃ駄目、みんなが不安になるよ!?」

「だ、だっでぇ~~ ふ、ふぅぅ~~~」

「ほらピンクもイエローになんか言って!」

「ペッッ!」

「ピンクっ!!」


 今にも泣きだしそうなイエローと、傍若無人なピンク。二人の間をワタワタと駆け回るグリーン。

 前回もアレだったが、今回はさらに輪をかけてグダグダだった。

 俺は思わず呟く。


「この街はホントどうなってるんだ……」

 





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







 多くの人で賑わう商店街、とある商店の屋根の上に3人の少女がいる。

 同じコスチュームを着て同じヘルメット(仮面)を被り、素顔を窺い知ることは出来ない。

 眩い太陽のもとに健康的な生足を晒し、見えそうで見えない丈のメルヘンチックなふわふわスカート。光沢のある対撃スーツの上から羽織っているのはフリフリの制服だ。

 違うのは『色』である。

 スカートのラインや制服の袖、ヘルメットと対撃スーツが、グリーン、ピンク、イエローとそれぞれ髪の色に合わせた色になっており、魔法少女なのか戦隊モノなのかよくわからない出来になっていた。

 

 各々の立ち姿は背丈もポーズも行動もバラバラで、まさしく「自由」の一言である。

 イエローは事前に渡されたであろうメモ紙を片手にプルプルと震えているし、グリーンが必死に彼女を慰めている。

 ピンクに至っては、先ほどまで心底かったるそうにしていたと思ったら今は魔法少女にあるまじきウンコ座りで痰を転がしていた。

 どうしてこうなった感がハンパ無い。 

 そもそもの話をするならば、メンバー構成自体に致命的な問題を抱えていると思う。


 通りは微妙な空気に包まれていた。

 普通に買い物を続ける人もいて、いたたまれない気分になる。

 この世界でイメージカラー戦略なんて概念は聞いた事も無いし、戦隊モノという概念も無いので、このコンセプトに至った経緯は不明だが、おそらくはグリーンの発案に違いない。


 なぜならグリーンさんはまず間違いなく前回登場のキワモノ、『どっきり仮面』その人であるに違いないからだ。

 彼女の構想ではきっとその内レッドさんやブラックさんを揃えるつもりなのだろうが、言葉に出来ない嫌な予感をヒシヒシと感じた。

 リハビリ中のウチの子が大喜びでポーズをキメる姿が鮮明に見える。家で嬉しそうに衣装を補修する未来がすぐそこまで迫っている気がする。

 乙女な彼女がコスプレにまで目覚めてしまったら本当に手が付けられないし、もし食っちゃ寝魔人まで参戦したら家庭崩壊まで在り得るので勘弁してください……

 

「きょ、今日は仲間の調子が悪いので、ボクが替わりに悪を殲滅するよっ!」


 イエローのフォローが一段落ついたのか、グリーンがこちらを振り返って宣言した。

 ここまで身内事情を赤裸々に晒したというのに、取り繕ったところでどうにかなると本気で思っているのか。前回以上にグダグダだぞ。

 割と本気で関わり合いになりたくない。しかしグリーンがこっちの方をガン見しているっぽいので諦めるしかなかった。


「街を騒がす変態め! 今日こそ退治してあげるよっ!」


 ソロでポーズを決めたグリーンさんが、ビシっとこちらを指さして言った。

 すると中腰になってキョロキョロと周囲を警戒するように見回す拳鬼。


「なにっ! 変態だとっ! どこだっ!? 出てきたまえっ!!」


 いい加減その小芝居をやめろ。 

 イライラしながら視線を横にやると、ノリちゃんも一生懸命キョロキョロしていた。

 ノリちゃんアレだからね? きんにくさんが変態なんだよ?


「とうっ!」


 グリーンが掛け声とともに屋根から颯爽と飛び降りる。ピンクがかったるそうに後に続いた。



――――おおおっ



 通りからどよめきが上がる。主に男どもの歓喜と落胆が入り混じったものだ。

 落下の際、見えそうで見えない丈のスカートがめくれ上がり、男たちは拳を握りしめたのだが……

 しかし、前回と同じく憤りに身を震わせる一人の男がいた。



「なんと嘆かわしいことかっ!!」 



 我らが拳鬼さんである。

 前回はトカゲの如く地面に這い、ドッキリ仮面のパンツをロックオンしようとしていた変態だが、今回は肩車をしているので流石に無理だろうと思っていたら――――


「おじちゃん! おうまさんなのだ!」


 お馬さんになっていた。

 ルナちゃんが手綱のようにブラ紐を握っている。情操教育としては最悪の部類である。

 しかしお馬さん口からは草食動物にあるまじき怒号を上がった。


「スパッツだとっ! 下着はパンツと定められているというのになんたる冒涜っ! 恥を知り給えっ!」


 鏡を見ろ。

 ここ最近で一番の「お前が言うな」だった。

 するとグリーンがなぜか勝ち誇った感じで言う。


「パンツは履いてるよっ!」


 そこかよ。

 もちろんスパッツの下にパンツは履いてるんだろうけども論点はそこではない。

 相変わらず出来ないドッキリ仮面さんだった。 

 正直どうでもよくなってきたので、「じゃあ行こうか」とノリちゃんに声をかける。

 嬉しそうにテケテケ駆け寄ってきて俺の右手を取るノリちゃん。なぜだか青星がまでもが俺の左手をギュッと握ってきてゾワっとする。

 そうして反射的に青星のケツを蹴り上げた時だ。 


「燦然と輝く太陽が『邪悪なる闇』で遮られた時っ 世は乱れ人々の心は絶望に蝕まれるっ!」


 拳鬼さんがまた何かアクセルをお踏みになるようだった。 


「な、何を言ってるのかわからないよっ!」

「まだわからんのかっ! スパッツとは『邪悪なる闇』だっ!」 


 お前は本当に何を言っているんだ。

 頭のおかしい妄言のたぐいだと思うのだが、グリーンは怯みに怯んでいる。

 通りの空気も何となく『勝負あり!』みたいな感じになっていて、異世界ファンタジーの恐ろしさを痛感した。

 すると満足げに頷いた拳鬼が、ビシッと指を突きつける。


「そもそも貴様は何者だっ!」

「ど、どっきり戦隊のグリーンだよっ!」 

「戦隊だとっ!? どこに仲間がいるのかねっ!?」

「ふっ ちゃんといるよ!」


 少しだけ余裕を取り戻したグリーンが「ふふん」と軽く顎を上げると、右手を口元にあてて叫ぶ。


「ピンク~! ピ~ン~ク~~っ!!」




――――し~~~~~ん



 仲間を呼ぶグリーンの声が通りに虚しく響いた。

 そういえば一緒に飛び降りたピンクさんの姿が先ほどから見あたらない。きっと帰ったのだろう。


「あ、あれっ? ピンク……? あれっ?」

「いないではないかっ! 仲間もいないのに戦隊だとっ!」

「い、いるよ! いるんだからっ! イエロー、イエロ~~っ!」



――――まったくもう! 何やってんの! 若いのに危ない真似してっ!



 3階の屋根から飛び降りれなかったイエローが、近隣の住民に窓から救出されていた。しかもこっ酷く叱られている。

 周りにやたら強い人ばかりで忘れそうになるが、考えてみたら3階から軽々と飛び降りれるほうがおかしいのだ。当然と言えば当然の結末であった。

 


「ぼ、ボクはドッキリ仮面だよっ!」



 開き直ったらしい。

 最初からそうしていればいいのに……

 正直、もう立ち去ろうと思っていたのに未だにこの場に留まっているのは同情からだ。

 仲間の残念具合で苦労する気持ちは痛いほどよくわかる。

 現在の勇者パーティーは【勇者】【魔王】【闇姫】【聖魔導士】をメインに、場合によっては【聖女】や【黒龍】、【拳鬼】が加わる。

 国家戦力クラスの史上最強の布陣だと思うが、如何せん俺以外の連中のZP(残念ポイント)も天井知らずだ。


 闇姫さんはニートだし、黒龍さんはアナルフィスターだし、拳鬼はもう拳鬼である。

 聖女さんは比較的マトモな部類だが、おそらく命がけのラストバトル中でも合コンの話を聞きつけたら飛んで行ってしまうだろう。

 魔王様に至ってはフードファイターを養うくらいの気概がなければどうしようもない上に、増加する便箋の数に恐怖すら覚える。

 やっぱりチャラ男だ。チャラ男しかいない。ちなみにノリちゃんは仲間ではなく、俺の家族である。

 

 チラリと横を見たら、目が合った青星がニコリとほほ笑む。

 もしコイツが仲間になりそうなのだとしたら、戦力は別にいいから人格的に普通であって欲しい。あと、お前は何でさっきから俺と手を繋ぐんだ……


 

「とにかく! 今日こそ変態を討伐するよ! 覚悟っ!」

「待ちたまえっ! 私は変態ではないっ! 真の変態はヤツだっ!!」


 イヤな予感がして振り返ると、案の定真っすぐ俺を指さす拳鬼。

 グリーンも仮面越しに鋭い視線を俺に向けていた。しかも若干の敵意が混じっていて軽く凹む。俺が一体何をした。


「その下りは前もやっただろ! ていうかここまでほぼ前回と同じじゃねえか! 俺は変態じゃねえっ!」

「ならばその手は何だっ! 納得いく説明をしたまえっ!!」


 すると拳鬼のセリフを聞いたグリーンの視線が、俺の顔から下に滑り、右手を繋ぐノリちゃんに行きつく。ノリちゃんがふにゃりと笑顔を浮かべてグリーンが ほわわ~ん となった。

 次いでグリーンは緩い視線を俺の反対側の手に向け、ピシリと固まった。


「……??」


 俺は若干首を傾げながら自身の左手から先を辿ってみる。徐々にゾワリと悪寒が背中に広がるのを感じた。

 視線の先にいた人物が爽やかにほほ笑んで言う。


「そんなにまじまじと見ないでくれたまえ。美しく照れるじゃないか」 


 グリーンが自身の身を掻き抱いた。

 

「ひぃっ! 衆道っっ!!」

「ち、違うんだっ!! これはっ 油断しただけで、ホントに違―――っ」


 丁度通りを歩いていた冒険者4人組がヒソヒソ声で話している。 

 

「あ、あれ勇者だろ…… さすがだな、ぶっ飛んでやがるぜ……」

「しっ 声が大きいっ! 高貴なる嗜みってやつだ。理解してやれよ……」

「いやもしかしたら元の世界では普通の事なのかも知れんぞ。文化の差ってやつだ」

「ハアっ ハアっ 勇者の聖剣に掘られたいぜ……っ」


 本当に違うんだとそちらを見たら、サッと目を逸らされた。一人だけ息を荒げて俺を見ているが、怖くなった俺が目を逸らした。


 パニくって必死に言い訳をしようと口を開いてはしどろもどろになる俺。

 戸惑いや驚愕といった周囲の視線が、段々と『大丈夫、俺は否定しないぜ』とか『気持ちはどうしようもないよね?』といった生暖かいものに変わっていく。

 優しさは時に何よりも鋭い凶器となる。一番心を抉られるパターンだ。


 すると、憐れみと好奇の視線から俺を遮断する様に青星が悠然と一歩踏み出す。そして、まるでいじめは絶対に許さない学級委員長の如く毅然として言い放ったのだ。

 

「誤解はやめたまえ。あくまで僕たちは美しいプラトニックな関係だ!」


 俺は思わず口に手を当て涙ぐんだ。


「あ、青星っ! お、お前、いいやつだな、ありがと―――ー」

「―――今はね」



 ………………今、は?

  

 なんというか、とても……

 本当にとてつもなく嫌な予感がする。ここ最近感じたことのない本物の危機が迫っている気がする。


「勘違いしないでもらおうか。僕は美しいものが好きだ。男は嫌いだよ。滅びればいいとすら思っている。美しくないからね」

「ほ、ほら! こう言ってるだろ! みなさん聞きました!? そうなんです誤解なんです! コイツもノーマルだし俺もノーマル! OKっ!?」


 青星の援護を受けて必死に弁明する俺。

 先ほどの冒険者たちが小声で話し合っている。


「そ、そうだよな、誤解だよな。さすがに勇者が男色とか無いわ」

「だから俺は最初から言ってたんだ。お前ら先走り過ぎなんだよ」

「ま、まあな…… 元の世界が男色上等だったら人類滅亡だわな」

「勇者様の聖剣……ェ」


 そうなんだよ。わかってくれればそれでいいんだよ。

 俺の聖剣は女の人にしか反応しないし、それがきょぬー様相手だったらホーリージャスティス的なアレになっちゃうんだからねっ


「男は美しくない。美しくない者とそんな勘違いをされるなんて吐き気がする。しかし――――」


 いつの間にか放されていた左手で青星の肩をバシバシ叩く。すると彼はくるりを俺を振り返り、ファサッと髪を掻き上げた。

 普段ならばイケメン氏ね! と思うところだが、今だったら兄貴と呼んでもいい。


「やだなぁみんな! 男の俺とコイツが衆道なんてホントに無―――ー」



 彼は俺をどこまでも真っすぐに見つめ、爽やかにほほ笑んだ。






「―――――しかしイガワ。君は、美しい……」



 

 人生最大の悪寒が背中を駆け抜けた。

 時空にヒビが入る音を聞いたような気がした。 

 俺の腰元から歓声が上がる。 


『な、なんたること! 昼寝から目が覚めてみれば圧倒的我得状態じゃとっ! いいぞもっとやれ!』


 自分でもわかるほど虚ろな目でグリーンを見る。


「び、びびびびBLゥゥゥ~~~~っっ!!」


 グリーンはワケのわからない奇声をあげながら走り去っていった。

 険しい表情の拳鬼にすがるように右手を突き出す。

 

「け、拳鬼さん、違うんだ…… お前ならわかって―――」

「寄るんじゃない背信者がっ!」


 本気でドン引いている拳鬼。

 例の冒険者たちのうち3人は気まずい感じで足早に去っていき、残った一人がこちらにケツを向けて「バッチコイ!」と言った。

 周囲の人たちも『俺は何も聞かなかった』(てい)で、余所余所しく散っていく。


 季節の変わり目の空っ風が ヒュウッ と音を立てて吹き抜けた。

 さきほどの賑わいがウソのように、通りから人が消えた。商店の店主の非情な舌打ちが瀕死の俺に追い打ちをかける。


 だがまだ俺は倒れない。俺は死んじゃいない。俺には女神がいるのだ。

 どんな窮地でも、どんな絶望に陥った時でも、いつだって笑顔で俺に手を差し伸べてくれる無垢なる天使が俺にはついているのだ。 


「の、ノリちゃん…… 誤解なんだ…… あるじはね、普通の人なんだ……。君なら…… 君なら本当のあるじをわかってくれるよね……?」


 すると俺のノリちゃん(天使)は、あらゆる魔を払う真なる笑みを浮かべながら、こう言ったのだ。


「ありあがなー 『びーえるはせいさんせいがない』ってゆったー」


 俺はその場に崩れ落ちた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ