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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
51/59

真祖さんの人類滅亡計画②

「はぁ~~~~……」


 ファーガソンさんの領地の集落で情報収集をしてから、俺たちは今、【悪鬼の森】に向かっていた。


 気が重い。どうしようもない程やる気が出ない。

 俺は木っ端冒険者で、討伐NGなんていう我儘を通してるから、それ以外だと仕事を選んでいる余裕なんて無かった。

 振られる仕事は居酒屋の店員さん並みのスマイルで「ハイ喜んで!」と受けてきた。


 普通に考えたら無茶な依頼だってスマイルを引き攣らせながらも、厨房に戻ってゴミ箱を蹴っ飛ばした店員さんが一たびホールに出てきたら喜んでお客様に尽くす様に、本当は喜んでいなくても「喜んでお引き受けいたします」を貫いてきたのだ。

 それでもこれほどテンションが上がらない依頼がかつてあっただろうか。


「貴様っ! その溜息をやめるのだっ! 一つ溜息をつくと、一つ幸せが逃げていってしまうのだぞっ! TPOを弁えたまえ!」


 そしてこれほど聞き入れたくない正論がかつてあっただろうか。

 俺は不機嫌を隠しもせずに、隣を歩く暑苦しい筋肉ダルマを、ウンザリと見遣った。

 冬に入ってんのにほぼ全裸のお前が言うな。


「あるじー てーぴーおーってなーにー?」

「それはねノリちゃん。時と場合を考えて服装や言動を選びなさい、って事なんだ。間違っても気温以前に女性用下着を身に付けて外出する変態が言って良い言葉じゃないんだよ?」

「き、貴様ぁっ! 言葉を慎みたまえっ! 我が聖衣を侮辱するなどっ! 私が許しても唯一神、オパンティーナ様が許さんのだっ!」


 どこの異世界の神だ。

 何で俺が一度は殺し合った相手と一緒に依頼をこなさなきゃならんのだ。それ以前になぜ変態と一緒に街道を歩かなきゃならないのだ。


 一応俺だって抗議はしたさ。

 意見も述べずに後になって結果に文句をつけるというのは最低だと、いつも投票率の低さを嘆いていた父ちゃんの背中を見て育っているのだ。たとえ相手が変態だろうと、通すべきスジは通さなければならない。

 それなのに―――


―――け、拳鬼さん、お願いですから少し離れて歩いてもらえないですかね……?

―――団体行動の大切さを貴様は学んでないのかっ!?


 これだ。

 近年稀に見る変態だというのに、なまじマトモな論理を振りかざしてくるものだから手に負えない。

 お前が言うなのオンパレードだとしても、ノリちゃんの前で正しい倫理を否定するわけにもいかないので、結果俺は大人しく拳鬼に従うがままになっていた。


「きんにくさん きょうはきんにくさんしゃべらないのー?」

「おおっ これは失礼したっ! 幼い竜よっ それでは一緒に呼んでみようではないかっ! せーのっ」


「「きんにくさん きんにくさ~~ん!!」」



―――は~い!



 殺したい…… もう、ホント殺したい……

 さすがにノリちゃんの前で実行できないし、往年のミッ○ーマ○スを彷彿とさせる裏声の中途半端な腹話術で大喜びしている彼女を見てしまうと、中々止めにも入れない。


 今回は俺たちのスピードで進んで片道2日の長丁場だ。そして生粋の変態と一緒に行動をするのだ。

 本当はノリちゃんをドロテアに預けてきたかったのだが、正直、ウチの残念衆に大事な天使を任せるには不安要素が多すぎた。


 家事壊滅で常識とか気にしない魔王様 (2翻)

 全身女子脳で色々拗らせてるアラフォー金属 (2翻)

 ニート街道爆走中のゆる~い乙女 (2翻)


 跳満ではないか。

 ただでさえ不倫に泥沼離婚までいってるのだ。次に何が待っているのか考えるだけでも恐ろしい。

 何よりノリちゃん本人が俺と一緒に行きたがったのもあるが、常時跳満カマすような面子に預けるという選択肢は無かった。


 せめてオルテナさんが元に戻ってくれれば……

 ていうかオルテナさんは何で俺の家で引き籠ってるんだろう……


 

 未だ開演中の筋肉劇場に、嬉しそうに手を叩いてクルクル回るノリちゃん。

 彼女だけが俺の救いだ。


 魂の抜けた瞳を何となく街道の先に向ける。

 すると森周辺で狩りを行っていたのか、3人の男たちが獲物を担いで和気藹々と談笑しながらこちらに向かって歩いてきた。

 

「こんにちわ」

「こんにちわー!」


 すれ違いざまに挨拶をする。


「お、おい、とんでもねえ変態だぜ……ヒソヒソ」

「近年稀に見る変態だな…… ヒソヒソ」

「まさしく変態の所業…… ヒソヒソ」


 もうやだ。

 すれ違う人たちから向けられる好奇と侮蔑の視線にそろそろ精神も限界だった。


「隣の男も凄まじいレベルの変態に違いない……」

「人は見かけによりませんな……」


 今すぐここで臨時精肉店を開業してやろうかと思ったが、猟師さんたちは悪くない。俺だって拳鬼の横を歩いている奴がいたら、人は見かけによらないなと思う。

 ファーガソンさん、いや、ファーなんたらさんが良い例だ。俺は先日のどうしようもないやり取りを思い出した。









□□□□□□□



「ファーガソンっ! 私はこんな変態と一緒に仕事など出来んぞっ!」


 こめかみが噴火するかと思うくらい、心外極まりない拳鬼の言い掛かりに対して、ファーなんたらさんはワタワタと焦りながらこう言った。


「も、申し訳ありません先生! しかしどうかそんなご無体を言わずに…… はっ! そうだ! 先日、先生のお目にかなう逸品がっ!」


 そう言ってファー何たらさんはポケットをまさぐると、可愛らしい刺繍が施された1枚の布を取り出した。

 拳鬼は興味深気にそれを受け取ると、おもむろにガッツリとその布に顔を埋め、深々と深呼吸した。


「こ、これはっ! 年齢は13歳前後っ! 金髪碧眼っ! この高貴な香りは貴族っ! 更に鍛練の汗が染み込み魂を磨く気配を感じるっ! 途上ながらも見上げた向上心っ! くっ そしてまた想い人に寄せる一途なる恋慕の感情が青く…… 切ないっ!」


 お前スゲエな…… 

 

「流石は先生です! このファーガソン、青雲の志を新たにする想いっ! 実は申し訳ないのですがそれは知り合いの娘のものでしてね」


 俺は段々嫌な予感がしてきた。 


「美しく気高く青い果実…… ああ、なんと甘美で危険な響きか…… 極度の親バカなのでバレたら困ったことになるのですが、そのリスクを侵してでも手元に置きたい逸品だと自負しております!」


 嫌な予感的中でござる。

 おいお前か下着ドロ。

 ベルトさんのアーティファクトパクッったとか、あのおっさんキレ過ぎて『変態Mk-Ⅱ』に改造するとか言ってたぞ。

 そして大変申し訳ないのですが俺は犯人捕縛依頼受けてるから。


「精進したなファーガソンっ! よかろうっ! 貴様に免じて依頼を受けるとしようっ!」

「ありがとうございます先生! イサオ殿、あなたも先生と協力して―――ん? 僕の手を縛ってどうしたんだい? え、ちょ、どこに連れて行くんですか!? 乱暴はやめてください!」





□□□□□□□







 ファーが何たら、いや、下着ドロは今頃どうしているだろうか。

 無事に改造が終わり、変態Mk-Ⅱへとクラスチェンジを終えた頃だろうか。

 俺は心の中で黙祷を捧げつつ、旅路を急いだ。


 

 そうして数時間も街道を行くと、見渡す限りに拡がる森が迫って来る。直線で歩いても抜けるのに5日はかかる大森林【悪鬼の森】だ。

 集落の長の話だと、自生するほとんどの木は紅葉樹であり、もちろん全域ではないが高低も少なく、綺麗な小川が行く筋も走り、比較的歩きやすく迷いにくい森なのだという。

 

 危険な場所なのに、なぜそんな事がわかるのか突っ込むと、実は高位の魔獣が幅を利かせはじめたのはここ数十年の話で、それ以前は周辺村落の住民が気軽に出入り出来た場所だったらしい。

 道が切り開かれ、森の中心には避難所も兼ねた大きな館が建てられ、森の向こうにある集落との交流も盛んに行われていたという。


 それが今では危険な魔獣が闊歩し、森向こうの集落との交流もぷっつりと途絶えた。

 嫁に行った妹ともう何十年も会えていないとか、南の果物の味が忘れられないとか、そんな話をチラホラ聞く。

 そこで俺はようやく心に引っかかっていた疑問が解けた気がした。

 

 ここはつい最近までB級の魔獣がウヨウヨ歩いていたのだ。Aランカーですら命を落とす事もあった危険な森、だからこそ【悪鬼】などという仰々しい呼び名が定着してしまったのだ。

 それなのに突然魔獣がいなりましたと言われたところで、近づきたいと思う人間なんて普通に考えたらいる筈がない。

 だから村人が個人で中に足を踏み入れるなんていう無謀な行為が信じられなかった。危険が無くなったと決まったわけではないのだから。


 しかし、この森に関して、そんな経緯があったのならば話は別だ。

 森の向こうで娘はちゃんと無事に暮らせているだろうか。昔の友人の顔を見てみたい。またあの豊かな森で幸せに暮らしたい。

 そう思って、いてもたってもいられなくなった人がいたって、何ら不思議ではない。


「人の幸せ……思い出……か」


 彼らの思い出は美化されている。

 魔獣がいなくたって森は森で、侮ってはいけない自然の怖さがあったはずだ。楽しい記憶だけではなく、悲しい思い出だって散らばっているに違いない。

 それでも昔を懐かしむ集落の長の細めた目は、帰って来ない過去に想いを馳せ、心からそれを惜しみ、懐かしんでいた。


 俺は腐っても勇者だ。

 敵を殺して人を救う事は出来なくとも、人々のささやかな幸せの背を、そっと押すこと位は出来るとはず。いや、出来ると思いたい。


 勇者とは何だという自問に未だ明確な答えを見出せない俺にとって、この案件は答えに近づく重要な要素のような気がした。

 フレイヤとの約束もいつか果たさなければならない。

 きっとここで俺に出来る事がある筈だ。


「あー 何か燃えてきた」


 目の前に広がるのはかつての局地的魔境。

 俺は鬱蒼と茂る木々を見上げながら、よしっと拳を握りしめた。

 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 鬱蒼と茂る森に足を踏み入れ、半日ほど歩いた俺たちの前に楽に馬車が進めそうな『道』が伸びていた。

 俺は足を止め警戒するが、拳鬼がまるで『あ、道あんじゃん、ラッキー!」とばかりに道をズンズン進む


「お、おいちょっと待てって! 拳鬼さんあんた警戒したりしないの!? 」


 変態筋肉が振り返る


「警戒っ? 何を警戒するというのだっ!?」

「だっておかしいだろ! 何十年も人の手が入ってないのにこんな立派な道があるなんて!」


 この森は数十年前から高レベルの魔獣が蠢く悪鬼の森だ。周辺住民は決して森には近づかず、森向こうの集落との交易も絶えて久しい。

 自然の侵食力は凄まじいというのは語るまでも無い事だ。人の手を離れた畑は1年で荒れ、3年で木が生え、5年で林になる。これは数々の耕作放棄地を見てきた俺の田舎の爺ちゃんの経験が籠った重い言葉だ。

 

 この理屈は日本に限った話ではない。他の国でも同じだし、この世界だって変わりはしない。

 だから数十年もの間放棄された森の街道が、こんなにも綺麗に残っているハズが無いのだ。


「何がおかしいというのだっ! 道が在るっ! それだけが真実だっ!」


 話はそれだけかと言わんばかりにスタスタ歩いて行ってしまう拳鬼さん。

 台詞だけ見れば厨二病患者がバンザイしそうなくらいカッコイイが、変態に言われたと思うと猛烈に腹が立つ。

 くっ これでは俺がただの臆病者みたいではないか。


「あ、あるじー! いまのはいーなー! いまのはかっくい~!」

「の、ノリちゃん! 実はあるじもそう思ってたからね!? こういうのは口にしない方がカッコいいんだよ!?」

「――っ! あるじかっくいー!」


 キャッキャッキャッ


 すっかり機嫌を直した俺も、拳鬼に続く形で街道を進む。

 さらに半日ほど歩くと、森を切り開いた広場のようなものが現れた。その昔、街道を行く商人や旅人の為に設置された休息スペースなのだろう。こちらも長い間放置されたとは思えない程、綺麗に整備されている。


「やっぱおかしいなこの森……」


 とはいってももう夜になる。

 俺は準備してきた簡易テントを組み上げ、夕飯の準備を始めた。献立は干し肉と野菜を煮たスープと塩の利いたパンだ。長期の旅ならば乾パンを齧るのがせいぜいだが、長くても往復1週間を予定しているので、旅にしては豪勢な食材を持ってきている。


「しっかし拳鬼さんどこ行ったんだか」


 協調性云々を説いておきながらこれだから変態はどうしようもない。

 しかも見た感じ、大荷物が入ったリュックを背負った俺とは違い、拳鬼は荷物らしきものは余計だとばかりに完全に手ぶらだった。

 むしろ余計なものを削ぎ過ぎてパンツとブラジャーだけだから始末に負えない。もし手ぶらと手ブラをかけたジョークでもしようものなら殺してしまう自信がある。


 俺たちはご飯を食べ終わると、火を絶やさないよう最少規模の【業火】(術者の気が済むまで燃え続けるサイコ魔法)を使ってからノリちゃんとテントに入る。

 慣れない旅で疲れたのか、すぐに寝息を立て始めるノリちゃん。

 俺もノリちゃんの寝息をBGMにすぐに微睡みに身を任せた。




―――――――――――――――




 パチパチと音を立てて爆ぜる【業火】の音で目が覚めた。

 テントの隙間から差し込む光を見る限り、どうやら朝の様だ。

 欠伸をしながら上半身を起こし、何となく横を向く。


 半裸の拳鬼が寝ていた。


 あからさまな事後描写に俺の思考は固まった。目が覚めたら半裸のGACHI MUCHIが横で寝ているのだ。混乱しない方がどうかしている。

 俺は身を強張らせ、そしてワナワナと震えながらおしりに手をやり、ホッと胸を撫で下ろした。

 よかった。汚れていない……


 未だに清い体の俺が、お嫁に行けない体にされてしまったかと一瞬本気で焦ってしまった。

 うんうんと満足げに頷いた俺は、まだ寝ているノリちゃんを寝袋ごと優しく抱えてテントの外にそっと置いた。


 森の中、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。うん、今日も良い朝だ。

 冷気を孕んだ風が、俺の髪を揺らす。軽く伸びをして深呼吸。マイナスイオンが体に染み込むようだ。

 

「ああ…… 良い朝だ……」 


 オレは爽やかな笑顔を浮かべてながら、屈伸をして首をコキコキ鳴らす。体を捻って腰をパキパキ鳴らす。そして右手で左拳を握り込んだ。



――――バキバキッ ベキッ ボキィッ



「あ゛あ゛…… 本当にっ 良い、朝だ……っ!!」



 再びテントに戻り、置き去りにしてあったアリアを一息で引き抜く。


「さあアリア。仕事の時間ですよ?」

『な、汝れよ…… ど、どうしたのじゃ、そんな怖い顔を―――」

「何を言ってるんだい? 私が怖い? ははは、面白いな君は。とにかくそこに転がる汚物を消毒してからにしようじゃないですか」

『汚物って…… ウホッ! いつぞやの変態ではないかっ! ちょ、汝れよ、奴は人間じゃぞ! やめるのじゃ!」 


 俺は爽やかな笑みを浮かべながら髪をかき上げた。


「何を言ってるんですか君は。いいですかアリアさん? コレは『人間』ではありません。『変態』だ」

『イヤッ 汚いっ 汝れってば! や~め~て~~~っ!!」


 俺はかけらほどの躊躇いも無く、アリアを全力で振り下ろした。




□□□□□□□□□





「整備された街道、綺麗な広場に、そしてこれは……」


 おれはソレを見上げて絶句していた。

 おかしな森だと思っていたが、これは極め付けだ。

 

 俺たちが森に入り、危険な事など何一つ無かった。

 高レベルの魔獣の気配がしないのは勿論、そもそも魔獣すら見当たらなかったし、危険な肉食獣や野盗に襲われることも無かった。これでは森の外の街道の方がよっぽど危険じゃないか。

 

 どう考えたとしても集落の若者が帰らない理由が思い浮かばない。もちろん相手は自然なのだからそれなりの危険というものは存在していると思う、しかし、小学校の林間学校と同じ気安さで歩けるこの森のどこに高ランカー派遣を要請する要素があるというのだろうか。

 そう、ここに来るまで俺たちは変わり映えのしない景色を眺め、ノリちゃんと口笛の練習をしながらのんびりと街道を歩いていただけだったのだ。しかし―――


「おしろー! あるじー おしろだー!」


 お城でござる。

 いや、おそらくは『屋敷』が正しいのだろうが、俺にとって庭付き一戸建ては男の城だ。

 とにかく、深い森の中には似つかわしくない、それこそベルトさんの大邸宅と比べてもなお大きい屋敷が、今、目の前に立っているのだ。


 森が切り開けたあたりから、建物しか目に入っていなかったのでわからなかったが、こうして見てみると邸宅の前には、森の澄んだ川が流れ込むため池があり、その周りには美しい花が咲き乱れ、所々生えた果樹の周りを綺麗に刈り込まれた芝が広がっている。

 そして庭の向こうには広大な丘があり、家畜が草を食む光景が目に飛び込む。それはまるで小規模な領地を見ているようで軽く眩暈がした。


「ほう、良い陽気だっ 冬だと言うのに、ここは暖かいのだなっ!!」


 今朝方に殺し損ねた拳鬼が横に現れ、顎に手をやりながら首を傾げる。

 冬でも変態なので、感覚器官が壊滅している人なのかと思っていたら、一応気温を認識することは出来るらしい。


「どうやら人が住んでいるようだなっ! どれ、私が一つ、挨拶してきてやろうっ!」

「おいやめろって! 絶対おかしいから! ここ絶対なにかいるってっ!」

「立派な屋敷、立派な庭っ! いるのは話の出来る友好的な文明人に決まっているっ!」

「お前が行ったら友好的な人でも武器持つからやめろってば!」


 魔法が地を焼き川を沸かし空を割る世界だ。魔法があれば大概の事は出来る。

 しかし、何も無い森の奥地を短期間で作り上げた話など聞いた事も無い。一体何がどうやったらこんなことになるのかサッパリ理解が及ばないのだ。

 ここには常識を超えた「何か」がいる可能性が高い。 


「貴様は何を言っているっ! 人がいれば挨拶をするのが道理っ! この愛らしい幼竜の教育を考えたまえっ!」 

「だったらお前は服着ろよっ!」


 俺の叫びを無視してスタスタ歩いて行ってしまう拳鬼。

 あー と頭を頭を掻き毟っていると、チョイチョイと袖を引かれる。そちらに目をむけると、ノリちゃんが目をキラキラ輝かせていた。


「あまいのたべたい、かも?」


 ああノリちゃん……

 君の瞳は反則だっ


 ノリちゃんの中では 屋敷 = お菓子 の美しい等式が成り立っているのだろうが、ここは悪鬼の森で、アレは得体の知れない屋敷だ。

 周辺の若者が帰らず、女性すら消えている事実からも、ここに何かあると考えて間違いない。


 ノリちゃんが目を輝かせて屋敷に行きたいアピールをしたとしても、ただ闇雲に行くわけにはいかない。彼女を危険に晒す事など絶対に許されないのだから。


「の、ノリちゃん、ちょっと待とうね? もう少し情報を集―――」

「たのもーっ たのも~~~っ!」


 ノリちゃんを説得している間にも勝手に屋敷に入って行く拳鬼さん。

 協調性とやらはどこ行った。


「ノリちゃん、あの変態をエサに様子を見るからもう少しだけ待ってみようね?」

「ノリわかったー!」


 ここからは別行動だ。

 もし危険な何かが潜んでいるとすれば拳鬼さんの断末魔が聞こえる筈だし、撃退したらそれはそれで依頼達成だ。

 我ながら何と言う完璧なチームワーク。そう考えたらアリアさんも連れて行って欲しかったくらいだ。


 俺は満足げに頷くと、ノリちゃんの手を引いて偵察を始める。

 

「わぁぁ~~~~!」


 ノリちゃんが目を輝かせながら、庭向こうの丘で草を食む牛を見ているので、とりあえず放牧地に向かう。

 ノリちゃんがてけてけ歩きながら牛の正面に回り込んで挨拶をする。


「うしさん、ノリです! うしさんはー?」

「ンモォ~」


 牛さんにベロンと顔を舐められ大はしゃぎなノリちゃん。

 俺は一瞬、牛さんのケツに丸串ぶっこんで丸焼きにしてやろうかと思ったが、畜生のやることだからと許してやる事にした。


『あっ 汝れよっ! 羊さんじゃ! 羊さんがおるぞっ! モコモコじゃ!』

「あー いるなー 羊さん。モコモコしてんなー」

『扱いが…… ノリと我の扱いが……っ』

 

 ノリちゃんがいそいそと草を千切って束ねると牛の前に突き出す。それを食べるのを見てキャッキャっと声を上げた。


「あっ! あるじー あっち! あっちにとりさんがいた!」


 今度は屋敷近くの鳥小屋に向かって駆けだすノリちゃんをのんびり追いかけながら思わず呟く。


「あー いいなー 癒されるわ~ たまにはこんな休みもいいよなあ」

「ヒッヒッヒッ それは光栄にごじゃりまする」

「――っ!」


 ブワッと背中に冷たい汗が浮かぶ。急に現実に引き戻された俺は戦慄に震えた。

 それは牧場めぐりを楽しんでいた俺のすぐ後ろから放たれた声。

 確かに俺は斥候能力は並み以下だ。それでも冒険者として生きていくうえで、自然と身に付いた気配察知能力のようなものはある。

 たとえ油断していたとしても、それを掻い潜り、一切の気配を察知されることも無く背後を取られた事に冷や汗がこめかみを伝った。


 おれがぎこちなく振り返ると、そこには小奇麗な紳士服を着込み、禿げ上がった頭頂部を陽光に晒しながら、「く」の字に腰が折れ曲がった老人が立っている。

 老人はモノクルを指で押し上げ、妖怪じみた不気味に笑みを浮かべると、口を開いた。


「ヒッヒッヒッ ようこそお客様。我が主がお待ちでごじゃりまする」



 

 

 

 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇









「ヒッヒッヒッ お客様をお連れしたでごじゃりますお館様」


 そこは薄暗い大広間だった。


 執事服に身を包んだせむし男に案内されて足を踏み入れた館は、その老人の不気味な様相とはまるで正反対の明るく清潔な屋敷だった。

 明るい日差しを存分に取り込んだエントランスや、規則的に照明が並び、シックな作りの廊下からも、この館の主がきちんとした感覚の持ち主である事が覗えた。


 だからこそこの謁見の間のような大広間の薄暗さが俺の警戒心を掻き立てる。

 窓も無い。廊下にすら在った照明魔具もない。部屋を照らすのは規則的に配置された燭台に灯る蝋燭の火だけ。

 まるでゲームの中のラスボスの部屋だ。ラスボスの部屋など実際見たことも無いので、正直表現が正しいか判断できないが、とにかくこの部屋に入った俺はそう思った。

 

 ちなみに人類にとってのラスボスである魔王の部屋に上がったことはあるが、ご存じの通りアレな人なので、普通に部屋もアレだった。


「……大義であった」



 突然の声に軽く焦る。

 蝋燭の灯りだけを頼りに、揺らめく陽炎の向こう側に目を凝らす。

 正面、部屋の奥には薄いレースのカーテンのようなものがあり、その向こうに人型のシルエットが浮かぶ。それがどうやらこの館の主らしい。

 

 眉を潜めその気配を窺っていると、いつの間にか部屋にいたメイドが天井から吊るされた紐を手繰った。またもや気配すら感じさせないまま、ただそこに居たメイドの力量に鳥肌が立つ。いよいよおかしな事になってきた。やはりこの館は普通じゃない。

 俺はノリちゃんの手を握って、いつでも退避出来るよう腰を少し落とす。

 そしてスルスルとカーテンが開き切る。


「―――っ!!」


 その向こうに現れたモノを見て、俺はゴクリと喉を鳴らした。

 そこにいたのは『玉座』と呼ぶにふさわしいほどの豪奢な椅子と、その椅子に優雅に腰掛ける妙齢の女性。

 露出が多い黒のドレスから突き出された足を、惜しげも無く晒して組んでいる姿は妖艶を通り越して恐怖すら覚える。


 肌は病的なまでの白、髪は業火に燃えるような朱、瞳は刃のように光る銀。

 鮮血を練り込んだような紅色の唇は軽く捲れ上がり、その隙間からチラリと異常に発達した犬歯が覗く。

 恐ろしい程美しい。本能に訴えかける原始的な美だ。


 俺の足は凍りついたように動かなかった。そこに居たのはまさしく『王』。

 威圧すら感じる程圧倒的な存在感を放ち、堂々とした風格で深く腰を下ろして足を組み、肘掛に頬杖を付いて、こちらを見下ろす様は言を挿む余地無き絶対的強者であった。


「く、くそ……っ!」


 餌を捉えた獣の様に凍てつくような鋭い視線に晒され、足が凍ったように動かない。

 今、まさに俺は捕食されようとしているのではないか。

 凄まじいプレッシャーだ。油汗がとめどなく噴いては流れ落ちる。自然と歯がカチカチと鳴る。

 

 俺はこの人物が【魔王】である言われても納得する。少なくとも今、我が家の居候の食っちゃ寝魔王よりよっぽど本物だ。

 すると王者は無言のままゆっくりと立ち上がる。ドレスがハラリと舞い、盛り上がった凶悪な胸がユサリと音を鳴らし、強烈な色香が周囲に撒き散らされる。


 化物だ。なんでこんな辺鄙な森にこんな化け物がいるのだ。

 ほっそりとした腕、華奢な腰、スラリと伸びた足。見かけに騙されてはダメだ。容姿や体格などこの世界では強さを測る尺度足り得ない。俺の本能が告げている、アレは理の外にいる存在だと。


 勝てるのか、いや勝てはするだろう。

 俺が明確な殺意を持ち、彼女の居場所を特定し、離れた場所から全力でぶっ放せば負けはしない。俺は遠距離特化の殲滅型だ。

 だがこの間合いになった時点で勝てる気がしない。異世界最強の大家とどちらが強いか、そういう次元だった。


「あ、あるじー……」


 ひしと俺の腰にしがみ付くノリちゃん。微かな震えが伝わってくる。

 神である彼女が怖がっているのだろうか。ノリちゃんは何気に威圧に弱くて、冒険者同士の喧嘩にも脅えたりするのでイマイチ基準がわからない。

 すると俺だけに聞こえるようにアリアが囁く。


『マズイぞ汝れよ…… アレは、化物じゃ……」

「分かってるよ。アレはヤバイ……」


 対する女性は、玉座の前にスッと立ち、目を細めて塵芥を見る様に俺たちを睥睨していた。

 余裕すら滲ませるその姿に苛立ちを抑えきれない。

 そう言えば拳鬼はどこに行った?

 同じ入口から館に入ったのではなかったのか。この館の主に挨拶をしに行ったのではなかったのか。

 それなのに奴は姿を見せず、今や気配すら感じられない。これが意味するのは何だ。目の前に立つ規格外は何だ。もしかして奴はもう……

 そんな事ばかりが頭を巡っていると、女性は唐突に口を開いた。

  


「卿らは何をしにここへ参った」



 魂を鷲掴みにされるような重々しい口調。

 ダミ声でもしゃがれ声でも無い。特別低い声でも無いのに胸の奥にズシリと響く。


「お、おれ、俺は……っ」


 乾き切った喉に張り付いて言葉が出ない。緊張で舌も動かず、ただ乾いた空気だけがヒューヒューと咽頭を往復する。

 余裕なんてある筈がない。俺は闖入者であり、招かれざる客だと言う事も忘れ低い声で問いかけた。


「俺は…… あんたは何者だ……っ!?」


 女性の目がスウっと細まる。


「塵芥に等しき者よ。余が何者か。それが卿によしなし……有るのかえ?」

「ここは異常だ。冬なのに暖かく、数十年もの間人の手が入っていないのに綺麗に整備されている。何より、わんさかいた魔獣の影すら見えない……」

「ほう、それは面妖な事もあるものよ」

「もう一回聞くぞ。あんたは誰だ。何者だ……?」


 凄まじい圧力が俺を襲う。彼女の背後から禍々しいオーラがブワリと吹き出し、陽炎のように揺らめいている。なんて力だ。

 女性は、俺たちを見下すかの様に顎を上げ、片頬だけを釣り上げてニヤリと嗤う。


「か弱き哀れな者よ。余の名はこの場で軽々と口にするほど…… 安くは無い」


 謳う様に朗々と紡がれる台詞と共にプレッシャーが強まっていく。

 重力が数倍に跳ね上がったような圧迫感に息苦しくなる。

 危険だ。相手が女だとか、暴力は嫌いだとか、命の危機を前にそんな戯言を言っていられるほど俺は聖人でも何でも無かった。今この瞬間にも襲われ、心臓を握り潰されるかもしれないのだ。甘い事を言っていたらこっちが死ぬ。


「闖入者如きに語る言葉など……持たぬ」


 加速度的に張りつめていく空気。今にも砕けそうな均衡。

 するとそんな究極的な場面で、あろうことか我が家のお姫様がおずおずと切り出したのだ。


「の、ノリはイガワノリです。2さいです……」

「の、ノリちゃん!」


 まさかの自己紹介。

 初対面の人には挨拶をするんだよといつも言っていたとはいえ、この場、この空気の中でもそれを実践しようとする彼女の健気さに涙が出そうになる。

 だがこの局面でそれはマズイ。女性が『舐めているのか?』とばかりに血も凍るような恐ろしい眼光をノリちゃんに向けた。

 

「あ、あんなー しちゅーがすきです……」


 女性の背後で轟音と共に空気が爆発する。魔力爆発だ。

 今や修羅の如き闘気を纏った女性の背後に世紀末の廃墟を幻視した。巻き上がる土砂や瓦礫のイメージを脳が補完する。


「しゅみは、おゆうぎです……」




――――ゴゴゴゴゴゴゴ



 

 もはや擬音ではない。実際に鳴り響き、空気を振動させるほど凄まじい魔力圧。

 ノリちゃんが俺の服の裾をギュッと握った。

 話など通じない。問答無用。一触即発。もう、やるしか……無い。

 すると、身構える俺たちに向かって、女性が死の宣告とばかりに思い切り顎を上げて見下ろすと、地獄の底から響く様な禍々しい声音で言い放った。

 


「余の名は…… アヤ・ヴァレンシュタイン」







 ……………………ん?







「生命を踏み躙り、無残に搾り取った朱い汁を……好む。」




 ええと……


 何か、言っちゃう感じです? 

 さっき闖入者に語る言葉が云々言うてましたけども




「趣味は……バーゲンぞ」



 魂の奥底に響くような禍々しい声音で『バーゲン』とか言われても、正直処理しきれない。

 更に言えば『バーゲン』と『ぞ』が絶望的なほど噛み合っていない。

 



「年齢は……………………」




――――ゴゴゴゴゴゴゴゴっ




「にじゅう、5……ぞ」


 

 アヤさんがスッと目を逸らした。幾分頬に朱が差している。

 すると空気を読めないアホが騒ぎ出した。


『サバ読みじゃ! サバを読んだけどあたしちょっとやりすぎちゃったっ の顔じゃっ!!』

「俺もそう思ったけど黙ってろ……っ!」

 


 とにかくふざけてる場合ではない。

 たとえ何となく、本当に何となくだが、微かに天然さんの香りを感じ取ったとしても、相手は恐るべき使い手であることに変わりは無い。今この瞬間に戦闘が開始してもおかしくない場面であることも間違いない。

 アヤ・ヴァレンシュタインがゆっくりとこちらを向く。先程のアリアの台詞に若干傷ついているように見えるのは気のせいに決まっている。

 

 油断せずに身構えている俺を無言で見下ろすアヤ・ヴァレンシュタイン。

 炉端の石ころでも見る様な目付きで、俺の顔をじいっと見つめ続けている。そのまま数十秒経過しただろうか、俺は魔力圧でも闘気でもなく、視線の圧力に耐え切れず口を割った。


「い、イガワイサオです……」

「ほう……」 


 アヤが片頬を釣り上げ、犬歯を剥き出しに邪悪な笑みを浮かべる。

 緩みかけていた空気が再び張りつめていく。


「では聞くがイガワとやら。ここが誰の館が知っての……狼藉か?」

「い、いや……っ 俺達は知らなくて、それを調べにきたんだ」

「ほう、知らぬで我が領地へ迷い込んだか嗟嘆すべき暗愚よ。ならば卿らには相応の仕打ちを……与えねばなるまい。ストラーディ」

「はっ これに」


 ここへ俺たちを案内したせむし男が「ヒヒヒ」と不気味な笑みを浮かべながらアヤの足元に跪いた。


「ストラーディ、支度はどうか」

「はっ 済んでごじゃりまする」

  

 それを聞いたアヤが、更に凶悪な笑みを深める。


「血と肉の宴よ、哀れな生贄の慟哭が聞こえるわ フフ、フハハハっ ハハハハハっ!」


 それは突然だった。

 高笑いの直後、突如として彼女の周りに可視化するほどの凄まじい魔力が集まり、渦を巻き、まるで地獄の業火のようにのた打ち回る。


―――マズイ。このままではやられてしまう!


 確信があった。アレは常時展開障壁を余裕で超えてくる。防御を固めなければ一撃で『死』だ。

 時間を稼がなくてはならない。せめて10秒、いや5秒で更なる障壁を張って見せる。やらなければ死ぬのだ。やるしかない。


「ま、待ってくれ! 俺たちは戦いに来たわけではな―――」

「問答は……無用」

「待っ―――」




 瞬間、俺の目の前に白い何かが奔り、全視界が奪われる。 

 アヤを見失った俺は半ばパニックに陥った。


―――殺られる――っ!

 

 ノリちゃんもカバーする障壁を全方位に展開できたのは奇跡だった。無意識以外の何物でもない。

 これでも心もとない。だが耐えねば。いや耐えて見せる。来るなら来い!

 そうしながらも、俺は周囲に目を走らせた。

 


―――居ない! どこだっ! どこにいるっ!



「クハハハ。何を焦る……人間?」


 ゾっとする。

 全身の毛穴という毛穴が一つ残らずかっ開いた。

 指先がチリチリする。喉はカラカラだ。そして眼球の奥がキュウっと締め付けられた。

 なぜならば―――


「泣き叫ぶがいい。狂宴はまだ……始まったばかりぞ」


 すぐ耳元で生暖かい吐息を感じたからだ。

 反射的に振り返って俺は絶句した。

 既にそこに彼女の姿は無い。


 だがそこには|テーブルがあった《・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》


 雪よりも白い純白のテーブルクロスがフワリと舞い、次の瞬間にはメイドたちの手によって皺ひとつなくテーブルへと被せられる。

 俺が固まって動けない間にもメイドたちがテキパキと動き回り、食器やナプキンなどがセットされていく。


 そして、ポカンとアホみたいに口を開けている俺。

 アヤ・ヴァレンシュタインは邪悪に頬を歪め、その銀の瞳に狂気すら浮かべながら、

 

「余の人類滅亡計画の礎となれ。この【真祖】アヤ・ヴァレンシュタインの手によって……な」


 スッと椅子を引いたのだ。

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