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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
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クルルちゃんの大冒険 ②

俺は、トントンと玄関のドアがノックされる音で目を覚ました。

 誰だろうか、いつもは9つの鐘を数えてから起きるのだが、まだ8つも鳴っていないのではないか。

 俺は欠伸しながら起き上り、ふしゅ~と寝ているノリちゃんを軽く撫でてから玄関に向かう。そしてドアノブに手を伸ばしたまま固まった。


 そ、そういえば……


 そういえば、そろそろ家賃の支払いの時期ではなかろうか、そのことに気付き、血の気が引くのがわかった。


 ちくしょうミスった! 俺は何を調子に乗っていたんだ!

 最近、ブラックウインドを脅し、懐が暖かくなっていたおかげで忘れてたっ!


 考えてみれば、俺は家賃の値上げ分を払うため必死に走り回り、今度は借金払うために奔走した。

 そう、俺は今月、2回もババアに少なくないお金を払ったのだ。

 結果として訪れる根拠のない満足感と、俺払ったった感。そして手元に残った、使うには簡単だが貯めるのは大変な程度の小銭。


 俺は部屋を見回してみる。


 聖剣の鞘は新調されているし、壁に立てかけられるのは、手軽な()みたいで嫌だと騒ぐアリアのために、お洒落な剣立ても買ってあげた。

 何より、ベッドの下で待機する俺のジャイアンツ打線(エロ本コレクション)は、大砲の獲得に性交し史上最高の布陣となっていた。

 そして昨日は、そんな状況にも関わらず、多少値が張るリストランテのお誘いなどに、ほいほいついていってしまった。


 改めてここ最近を振り返って思う。

 典型的なダメ人間のパターンではないか。

 俺は頭を掻き毟り身を捩った。75000ギルも持ってないのです神様。


 ―――コンコンコン


 今度は強めにノックされた。どうしよう…… 


 走馬灯のようによぎる過去の悲劇。

 嫁さんに頭の上がらないカイル精肉店のオヤジが、「カミさんには内緒にしろよ」とウインクしながら貸してくれた秘蔵の春画。

 著名な絵師が書いたとされるその名作を片手に「家賃が払えないならこれを売って補填するよ」とのたまったババア。

 「大家さんに没収されました……」と俯きながらオヤジに報告した屈辱を俺は忘れない。

 友達に借りたゲームソフトを先生に没収された山田君の気持ちを、まさか二十歳を超えて体験することになるとは思わないじゃないか!


 このままだと俺のジャイアンツ打線は、親会社の不調によりIT的などこかに買収されることは間違いない。

 マジキチな聖剣は是非持って行っていただきたいのだが、ババアは絶対ピンポイントで抉ってくるに違いない


 ――――コンコンコンコン


 ダメだ、逃げれないし、いい案だって浮かばない。

 俺にはもう二択しか残されていなかった。

 

 殺るか…… 俺の右手が反射的にアリアを探す。


 いや無理だ。この前だって全力の俺の陽炎(物理的12分身)をものともせず暴虐の限りを尽くしていったのだ。

 元勇者の俺でもどうにもならない。間違いない、異世界最強は大家さんだ。


 そこまで考えた時、俺に残された道は一つしか残っていなかった。

 俺はおもむろにカギを開け、玄関に並べられた靴を脇に退けると、無言で腰を落とす。


 DOGEZA


 スッと、音も立てずにドアが開かれ、朝の爽やかな光が俺の後頭部に降り注ぐ。

 俺は遙か頭上より投げかけられる御言葉を、地面に額をこすり付ける正式なスタイルで待ち続けた。

 最早俺の視界からは確認する事かなわぬ人物が口を開く



「お迎えに上がりました」








□□□□□□□□□









 カッポカッポ馬車の中。


 隣には、初めのての乗り馬車ではしゃぐノリちゃん。あっちこっち見回しては「あるじー すごいなー」と笑顔で同意を求めてくる。

 俺は「そ、そうだね……」と返しながら気が気じゃなかった。


「もう少しでございますよ」


 俺はビクっと正面に座る老執事さんを見る。

 物腰柔らかく、穏やかな笑顔を湛えて背筋を伸ばす姿は、誰もが中二の時に夢想する完璧な執事のそれだ。


「……ノリ様」


 俺は再度ビクっと震え、祈るような気持ちで執事さんを見つめる。


「屋敷に着いたら甘いお菓子を用意してございますよ」

「おかしー! ノリはあまいのすきだよー!」


 正直、土下座の事をノリちゃんに言われるのではないかと気が気じゃない。

 あなたの主はね、この私の前で土下座を敢行したんですよ、とか言われたら、ただでさえ少ない主の威光がとんでもないことになってしまう。ていうかノリちゃんに「あるじ、どげざしたの?」とか言われたら、きっと俺は死んでしまう。

 なぜ俺の家を知ってるんだよとか思うけど、きっと考えるだけ無駄だ。

 俺が悶々としているうちに、馬車は目的地に着いたようで、降車を促された。


 俺は一歩下りて絶句する。


「あるじー! おしろー! おしろだー」


 お城だった。



 いや、正確には屋敷なんだろうけど、俺にとっては20畳を超えたら全部お城だ。

「こちらでございます」と案内された後ろを夢遊病者のようにフラフラとついていく。


 重そうな扉がゆっくりと開けられ、玄関広場に整然と居並ぶメイド陣。

 20人近くのメイド達が両側から「いらっしゃいませ」と一糸乱れず一斉に頭を下げてくる光景は、生来の小市民である俺にとっては極めて心臓に悪い。

 「ど、どーも……」と恐縮しながらメイドアーチを進む俺。 

 縋る様に、後ろからついてくるノリちゃんを見ると、


「こんにちは。ノリです!」「こんにちは。ノリです。2さいです!」「こんにちは、ノリです。あまいのたのしみです。こんにちは…………!」


 頭を下げているメイド一人一人にお辞儀と自己紹介をカマしていた。


 徹底的に訓練され教育されたであろうメイドをしてノリちゃんの攻撃力の前には成す術がない。

 そこらじゅうで「ああ……天使……」とか「か、かわいい……!」とか言って身をくねらせ、メイドアーチが乱れに乱れ捲っていた。


 とてつもなく礼儀正しく良い子に育ったねノリちゃん。主は嬉しいよ。あとあるじに君の強さを分けてくれないでしょうか。

 俺が半ば呆然とその光景を見つめていたら、ノリちゃんがパタパタする。


「あるじもあいさつしなきゃ、めぇ~~!」

「こんにちは。イガワイサオです。21歳です」


 オメーには聞いてねーよ的な空気が爆発した。


 一番手前の子なんて、お客様には絶対に向けてはいけないヤンキー顔で俺を威圧する。この子放っといたら、唾とか吐くんじゃね?

 もうそろそろ泣いてしまいそうですがよろしいでしょうか。

 俺のライフが0に限りなく近づいた時


「我が家へようこそイサオ殿。詳しい話はこちらでしようか」


 ベルト・カイナッツォさんご登場。

 俺は瞬時にノリちゃんを抱きかかえ、ベルト兄貴の方へと逃走した。

 



 ふっかふかの廊下をベルトさんの後をついて行く。

 庭の前の通路を通っていた時、テラスで優雅に紅茶を飲んでいる12,3才くらいの少女がいた。

 憂いを帯びた表情で美しい庭を眺めながら、時折ティーカップを口元に運ぶ。そんな彼女に、手入れされた木々の隙間から漏れる光が、艶めく金の髪を撫で、その光景はまるで名だたる画家が描いた一枚の絵画のよう。

 体からは抑えきれぬ気品が溢れ、深層の令嬢然とした雰囲気を醸し出していた。文句なしの美少女だ。


 だがその完成されたはずの絵の中には、決定的な違和感が存在していた。

 ベルトさんが軽く窘める。


「クルル、家にいる時くらいはちゃんとした格好をしなさい」

「いいえお父様、貴族として、あの約定を果たすまで、私は戦士です」


 話が全然見えないが、昨日、ベルトさんが言っていた「クルルの護衛」の「クルル」とは彼女の事だということはわかる。

 だがなぜ目の前のお嬢様が鎖帷子を装備し、四肢を皮のプロテクターで覆っているのかがわからない。

 そしてその姿でなぜ故、優雅に紅茶を嗜んでいるのかも全く分からない。


 ベルトさんは、困った…… と言った感じで廊下の奥へと歩き出した。

 俺はベルトさんを追い、彼女の横を通り過ぎる時、『あれ…… この子どこかで見たことがあるな……』と思った。


 








◇ ◇ ◇ ◇






 ちょっと離れたテーブルの上には10種類以上のお菓子。

 ノリちゃんがくりくりお眼目をキラキラさせていた。それ以上に給仕をするヤンキーメイドがノリちゃんに目を輝かせている。


 ノリちゃんは、いただきますとお菓子に手を伸ばしたところでハッと気付いたように俺を見た。


「あるじー おかし食べてもいいですか!」

「1個だけだよ?」


 ノリちゃんが、ガーン! という顔になる。

 メイドさんが、ハア? テメー何言っちゃってんの? みたいな顔でガンつけてくる。


「で、でもなー おかしいっぱいあってなー ノリもうすこし食べたいかもしれんくてなー……」


 上目使いで俺を見るノリちゃん。

 おお!?テメー殺すぞ!あぁ? みたいな目で俺を見るメイドさん。


「じゃあ今日は特別に3つまでにしよう!」


 自制する事がまだまだ出来ない彼女を甘やかすのもよくないが、厳しすぎるのもよくないと俺は思う。


「はい! ノリ3つまで! ノリ3つまで食べます! うんとねーうんとねー」


 むいーむいーと悩むノリちゃんと、ムハームハーと鼻息荒げるメイドさん。

 こっちはメイドさんに任せておいても大丈夫そうだ。 

 それを微笑ましい顔で眺めていたベルトさんに向き直り、俺は仕事の内容について促した。



「依頼というのは、わかっている通り娘クルルの護衛をして欲しい」


 老執事を横に控え、困ったように声を捻り出すベルトさん。

 正直、これだけの身分の人間が、護衛を雇うことになぜ苦しい顔をするのかがよくわからない。なぜ、大した面識もない冒険者に頼むのかもよくわからなかった。これだけの財力があれば、俺なんかよりもっと信頼度の高い人間を雇えるはずだ。


「護衛って、普通に護衛をすればいいんですか?」

「いや、クルルに……娘に見つからないように護衛をして欲しい」


 途端、難易度が跳ね上がった。なるほど、そういうことか。

 

 護衛対象に見つからないように護衛をする。

 

 魔法を使えるなら、見つからない距離からポンポン魔法撃てば出来んじゃね? と言われるかもだがそんなに世の中甘くは無い。言葉にするのは簡単だがどれだけ難しい事か。

 

 確かにこの世界には魔力で補強した弓矢もあれば、魔法による長距離狙撃だってある。長距離から一方的に相手を攻撃することも可能だ。

 だが大抵の魔法は、元の世界の銃より遅く、スペルエンドから発動までラグがあるし、発動してから座標に展開するまでにもラグがある。

 

 戦闘は長距離レンジでの戦闘だけではない。詠唱中、常に前衛が守ってくれるわけでもなければ、一方的な狙撃戦を仕掛けて、接敵されない保証があるわけでもない。

 接近されましたハイ負けました。ではお話にならない。この世界における戦闘の敗北はイコール『死』だからだ。


 とすると結果的に『魔道士』の戦闘スタイルだって見えてくる。

 俺のように戦略級魔法を無詠唱でポンポン使えるチート野郎は置いといて、この世界の魔道士はほぼ例外なく迫撃をこなすことが出来る。いや、出来るではなく、出来なければ生き残れないのだ。


 だから長距離戦闘を得意とするジョブである魔道士ですらも、相手の攻撃が届く距離であることを前提とした技術を練磨しているのが普通だ。『魔道士の真価は迫撃で決まる』という格言があるくらい、それは当たり前なのだ。


 そこでベルトが言う条件に戻ろう、「護衛対象に見つからないよう護衛する」という条件についてだ。


 護衛対象に見つからずにということは、戦士系は論外、魔道士系だって護衛対象と離れて、護衛対象に近づこうとする輩を不可視の攻撃で仕留めるなど至難の業。

 残るは斥候職ということになるが、敵が複数で包囲攻撃を仕掛けられたらひとたまりもない。

  それにそもそも論として、普通に考えると、先に魔法を撃たれた時点で、見つからないで守るなんて無理だ。魔法をぶつけて相殺するか、障壁魔法で守るしかないのだから。




 ともかく、




 それだけ大きな制約がある以上、俺はまず確認をしなければならない。


「なぜ御嬢さんに見つかってはいけないのですか?」


 ベルトさんは渋面を浮かべながら言う。


「あの完全防備を見ただろう? そもそもは平民の子供との約束から始まっているらしいんだが……」


 ベルトさんが語る平民との約束は、つまりはこういうことだった。

 最近、クルルが何かと張り合っている平民の子供がいて、その子と言い争いになり、貴族の云々を説いていると、


 ――貴族が平民を守るって言っても、俺より弱いお前がどうやって俺を守るんだ?

   私はあなたより強いんだから!

 ――認めて欲しかったら、ヒカリゴケの親株でも持ってこい

   持ってきたら私をちゃんと認めるのね!?

 ――どうせ貴族サマの力で手に入れて持ってくるんだろう?

   そんなことは絶対しない! 私は神と私の名に誓って自分の力でとってくるわ!


 そんなやりとりがあったらしい。

 どこにでもある子供の売り言葉と買い言葉の応酬だ。きっと彼女がヒカリゴケを持って来れなくとも、一言謝ればそれで終わる話に過ぎないだろう。


 だが彼女、クルルちゃんは良くも悪くも貴族だった。

 何よりも名誉を重んじる彼らにとって、自身の名に誓うという行為が持つ意味はとてつもなく重い。

 もしクルルちゃんが、貴族であることに誇りを持っているならば、彼女が貴族であることをやめない限りヒカリゴケ採取に一人で向かうことになるだろう。

 そして、先ほどテラスで重装備で紅茶を飲んでいたクルルちゃん。ようやく話が見えてきた。


「イサオ殿も冒険者なら知っての通り、ヒカリゴケは『亡者の大空洞』で採れる我が国の名産品だ。駆け出しの冒険者でもパーティーを組めばそうそう危険なことも無いランクEのダンジョンだとしても、討伐経験の無い娘にとっては大冒険だ」


 ベルトの言う通り、ヒカリゴケはゼプツェン皇国の名産品だ。魔力を吸収して幻想的な光を発するそのコケは、ちょっとした店の照明に使われたり、雰囲気を出すためのツールとして広く利用される。

 栽培も盛んにされてはいるものの、人工的にはどうしても曾曾孫株までしか栽培できず、定期的に親株を調達する必要があった。


 そこでギルドに出される『ヒカリゴケ採取』の依頼。ランクはE。

 ヒカリコケは、『亡者の大空洞』にしか存在せず、冒険者はここに採取に行くことになるわけだが、この大空洞は、地形的にちょっとした魔力溜まりが起きやすい場所であり、さらに大昔のお墓だったらしく、魔力に当てられた死体が徘徊する、つまりはアンデットの巣窟となっているのだ。

 

 といっても、怨念も無く自然発生的に生まれたアンデットであるためか、それほど積極的に人間を襲うわけでもなく、強い個体もいないため、たまに討伐隊が組まれるものの、基本は放置プレイ。

 ヒカリゴケ採取をする冒険者は、手が空いてる時にある程度討伐しておいてね、というのが暗黙の了解だったりする。


 ギルドではポピュラーな依頼の一つで、駆け出しの冒険者パーティーでも出来る結構割りのいい仕事の一つでもあったが、女の子一人が乗り込むには少々危険だと言わざるを得ない。

 ベルトの言う通り、彼女にとっては大冒険になるだろう。


 


「娘ももう今年で13歳だ。その娘が自身の名に誓ったことだから、口を出さずに見守りたいところだが、父親としては、その…… わかるだろう……?」



 非常によくわかります。思い当たるフシが多すぎます。


 親が子供を心配するのは当然だ。子供にとってはそれが余計なお世話だとしても、たとえ邪険にされたとしても、親としては心配する責任と義務があると俺は思う。

 俺も元世界では、心配する親をウザイなどと思ったことは多々あるが、きっとそれ以上に見えないところで俺は親に守られていたんだと思う。


 俺はベルトさんの顔を見る。

 ノリちゃんの力を見られた直後だから、それを利用しようとか、探りを入れようという輩だとばかり思って警戒していたが、なんてことない。

 子供を心配するあまり、純粋に腕の立ちそうな人間を雇おうと奔走する、どこにでもいる一人の父親に過ぎなかったのだ。

 貴族の名誉と親の責任の狭間で苦悩する彼の顔を見て、俺はこの依頼を受けようと思った。


「そ、それにだな…… それに……っ!」


 ベルトさんが口籠る。


「その約束をした平民の小僧なのだが、どうやら娘と最近仲が良くてだな、娘は、父親である私が言うのもなんだが、その…… 美少女だ。それに加え優しく、奢らず、努力をし、誇り高く、今は亡き若りし頃の妻にそっくりだ、非常に魅力的な女の子だ…… そう! 男なら放っておかないほどにっ!!!! イサオ殿もそう思うだろう!!!」

 

 え? 何? 何が始まる感じ?


「もしだ、もしもの話……いや、それは無い事はわかってるんだ、そんなことは絶対にそれは無いさ、私のクルルはそんなことしないんだ。何言ってるんだろうな私は、ははははっ!」


 俺も身に覚えのあるセリフを吐くベルトさんは、右手で顔をおさえ笑っていた。だが指の隙間から見える目が血走り過ぎていて怖いです。


「も、もしも、そそっ、そそそそそそその小僧が私の可愛い可愛いクルルちゃんに、ろろろろろろ狼藉を働こうとするならば…… こ、ここっこここここっこここここここころコロコロコロコロ―――ッ」


 キていらっしゃった。

 

「旦那様、落ち着いて下さいませ。イサオ様がドン引きされております」

「おおおおお落ち着いていられるかっ! 私のっ! 私のクルルちゃんに振り向かない♂などいない! 世の全ての♂がクルルちゃんを狙っているんだ! 私には分かる! はっ! ま、まさか貴様もクルルちゃんを狙―――」

「わたくしめは元より熟女好きにございます」


 さらっとカミングアウトする老執事

 少なくとも両者共、客の前でする話ではなかった。

  


「そ、そうか、しかし世の熟女好き以外の全ての男はクルルちゃんを狙っている。私には分かるのだ! クルルちゃんに色目を使う輩は……殺す。ただでは殺さん……」


 何言っちゃってるんだろうこのオッサン


「加工だ! 不埒な輩は若干濃い目のハムに加工してやる!!」


 とんでもない親バカだった。

 なぜ娘の恋路の邪魔をし、相手に報復を加え、挙句の果てには人様をハムに加工しようなどという野蛮な思考が出来るのか、愛する娘に愛する人が出来たのなら祝福してあげるのが親ではないのか。俺には全く理解の出来ない世界だった。


 俺はハアハアと息を荒げるベルトさんを、若干憐れみのこもった目で見ながら、「依頼は受けます」と告げる。


 そして横でまだ、むいむいムハムハ やってるテーブルに行って、その様子に苦笑するとノリちゃんが好きなお菓子をチョイスして一緒に食べた。


「あるじー 帰ったらノリしゃかしゃかー?」

「そうだよ、甘いもの食べたらちゃんと歯を磨くんだよ?」

「はーい♪」


 たまにはこんな依頼も悪くないかも知れない。横で美味しそうにお菓子を食べるノリちゃんを眺めながら、俺はそう思った。

 


 

 



【後書き】

次回はアリア回の予定


------------------------- 第20部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

クルルちゃんの大冒険⑧


【本文】

「偉大なる聖剣アリアさん違うんです今回はそうい―――」

『……可憐で』


「可憐で偉大なる聖剣アリアさん違うんです今回はそうい―――」

『……超可愛い』


 超めんどくせえ……


「超可愛くて可憐で偉大な聖剣アリアさん、違うんです今回はそういう話ではなくて仕事の話でして……」



 俺は今、久しぶり聖剣アリアさんに仕事の話をしようとしていた。


 以前は、討伐依頼を入れないことでブツブツ言われていたのだが、最近、オシャレをさせていることもあって非常に機嫌がよく、討伐云々に関してはあまり文句を言わなくなっていた。しかし……


『なんじゃ、我はツミカグラ油を所望すると言ったぞ? 乙女が柔肌を手入れするのは礼儀じゃ』

 

 完全に調子に乗っていた。


 ツミカグラ油は、レガリアの北にあるムンゼスカ共和国で栽培される木花の油で、ここゼプツィールに流れてくるときは、小瓶一本で10000ギルを超える超高級油だ。

 なぜそんな高級商品を把握しているのかわからないし、なぜ安油で喘いでいた安上りのアリアさんがそんな妄言を言い出したのかもわからない。

 ちょっと何かを買ってあげただけで、次は次は、というまさかの貢がせ女体質にも引いてるし、そもそも論として、金属生命体がどの口で「柔肌」とか抜かすのか。


『我はこの前、着飾ったオルテナを見て思った。あ、我負けてるなって』


 聖剣としての自負があるのもプライドがあるのもわかる。歴史書で聖剣アリアの軌跡をたどると、いかに彼女が偉大な功績を残してきたかがこれでもかというほど示されているのだ。

 俺だってその辺は否定しないし、するつもりもない。

 だがなぜこの剣は、種族以前に生物としての根本形態が異なるオルテナと張り合おうとしているのか。


『オルテナはあんなにお肌がプルプルなのに、なぜ我はこんなにも肌が突っ張っているんだろうって』


 それはね聖剣さん、物理的に構成物質が違うのですよ、と言ったところで彼女は聞きゃしない。

 その柔らかお肌を切り裂くため硬く鋭く生まれたのが剣という存在なのに、美人のお肌ほどプルプルになりたいとか、一体君は何のために生まれてきたのだ。

 

 言いたいことは山ほどあるが、何でもかんでも全て正直に言うほど俺も子供ではない。俺は言い知れぬ憤りを感じながらもこの場を収めるために妥協することにした。


「そんなことないよアリア~! 全然まだまだツルツルじゃ~ん!」

『え~うそ~!(驚) 我なんて全然だめじゃ~ 汝のほうが全然きれいじゃよ~~(嬉)』


 あまりの女子会トークっぷりに軽く眩暈がした。

 この一桁多いアラフォー女子(笑)は一体全体どこに着地をしたいのか。

 俺はウンザリしながらアリアの方を見ると、何やら何かを期待するようにキラっキラッとこちらにアピールをしてきている。


 ここで「だよね~」で話を終わらせるのは簡単だ。

 きっとこの場はこれで終わり、何事もなく次の話に持っていき、彼女はニコニコしながら仕事をこなしてくれるだろう。

 しかしこの手のタイプは給湯室のOLよろしく、俺のいないところでノリちゃんにあること無い事吹き込みだすに違いない。あるじってさ~最近無いよねぇ~ とか間接的報復に出るのは目に見えているのだ。

 だから俺は腹の中に渦巻くあらゆる感情を飲み込んで言い放った。


「そ、そんなことないよ~」


 そんな俺の努力に対するダメ()の返答はこうだ。



『え~ そうなのかな~(悩)』



 ああ……ぬっ殺して差し上げたく存じます……

 

 俺は今すぐアリアを近所のガジル金工店の溶鉱炉にブッ込んでやりたい衝動に襲われるが、なんとかそれを我慢する。


「アリア、聞いてくれ、仕事の話なんだ」

『なんじゃ、それなら最初からそう言え』


 最初からそう言ってるわボケ

 俺は落ち着くために深呼吸してから、ベッドでお昼寝するノリちゃんに目を向ける。

 いつもは自分で歯を磨くのに、今日は甘えたい日だったのか、俺に磨いてくれとせがんできた。もちろん俺にとってはご褒美なので入念に磨いて差し上げましたとも!

 そんな幸せタイムを反芻してからアリアに向き直る。大分心に余裕ができた。


「アリア、いい話と悪い話、どっちが先に聞きたい?」

『なんじゃ勿体ぶって、我は回りくどい話は好かんぞ』


 先ほどの会話を一切覚えていないほど脳ミソからっぽなアリアさんが若干不憫になりつつ、俺は話を進める。


「じゃあいい話を先にするよ。今回の仕事は討伐依頼じゃないけど、討伐は必須だと思う。君を使うよ」

『やっ……! てない! 我は騙されんぞ! 前回は討伐依頼なのに討伐してくれなかった!』

 

 前回のオーク討伐の際、後方支援に徹したことを今でも根に持っているらしい。

 あの時は酷かった。あの時のアリア姫ご乱心っぷりには、さすがの俺もドン引いたし、ていうか普通の人だったら精神喰われてるレベルだったと思う。

 ここまで考えた時に、俺別に根に持たれる筋合い無いんじゃね?と思った。ていうかオークの死体に刺さってトリップされていらっしゃったではないか。


「いや、今回はもう一人受託者がいるらしいんだけど、基本ソロだから討伐は避けて通れない」

『な、なんじゃ…… 討伐嫌いの汝が、どうしたのじゃ……? はっ! そうやってまた我を連れ出して質に入れようと―――』

「いや今回はマジで討伐です。あなたを使って相手を斬ります」


 ここまで言った時、アリアがおずおず、といった感じで聞いてくる。


『……ほんとに?』

「ほんとだよ」

『ほんとのほんと?』

「ほんとのほんと」


 アリアは数瞬、ブルブルっと震えると刀身がピカーっと光った。


『やた~~~~~~~~っっっ!!!!』


 ちゃぶ台の上を鮮魚のようにびったんびったん跳ね回るアリアさん。

 何気に結構シャレになってない。


『とうばつ! とうばつじゃ~~!!』


 嬉しそうで何よりだ。散々めんどくさい聖剣だが、一番付き合いの長い戦友でもある。なんだかんだ彼女を大事に思ってはいるし、こうして喜んでいるのを見ていると素直に嬉しいものだ。

 だが俺は一つだけ、きちんと告げなければならないことがあった。


「アンデットですけどね」

『…………………………え?』


 ピタッっと動かなくなる聖剣さん。俺は再度口を開く。


「討伐対象はアンデットです」




 ―――ピシッ



 

 キラキラしていた刀身が一瞬で灰色になり、ヒビが入った。物理的に。

 そして聖剣アリアさんは、ワナワナと刀身を震わせると叫んだ。


『い~~や~~じゃ~~~~っっっ!!!!!!』


 俺は、「まあまあ」と宥めながら言う。


「アリアさん、そうおっしゃらずに……」

『ぜっっったい、い~~や~~~~っっ!!!』

 

 デパートで駄々をこねるガキのようにちゃぶ台の上を転げまわる聖剣様。

 しばらく放置していたらキッとこちらを睨むように彼女が言う。


『お、おかしいと思ったのじゃ! 討伐嫌いの汝が討伐するぞとか言うからっ! 我はおかしいと思ったのじゃ!!!』


 そう、生き物を斬ったり殺したりするのは本気で避けたいヘタレの俺だが、実はアンデットを討伐する事には全く抵抗が無い。

 なぜなら、彼らはもう死んでいるからで、意思も心もなく、生前の記憶を宿しているということも無い。そのことについては散々調べたし、実際に色々と確認したから間違いない。

 

 何より彼らは悲鳴を上げない。

 魔獣だろうが害獣だろうが何だろうが、生き物が痛い時に上げる悲鳴。俺はそれを聞くことで猛烈な罪悪感と嫌悪感に襲われてしまう。頭ではこいつを殺さないと、もっと多くの人が傷つくことになるとわかっていても、悲鳴を聞くとダメなのだ。

 偽善者だと罵りたいなら好きにすればいいさ。とにかくダメなものはダメなのだ。

 

「でも受けちゃったし、仕事なんだから討伐に行きますよ」

『イヤ!! なんで聖剣たる我がアンデットなぞ斬らねばならんのじゃっ!!!!!』

「いや、アンタそもそも、対アンデット強化属性でしょうよ」


 ううぅ~~~っ! と涙目で唸る少女を見たような気がした。

 俺は以前から気になっていたことをいい機会だと思い聞いてみる。


「ていうかなんでアンデット討伐が嫌いなのさ?」


 よくぞ聞いてくれたとばかりにアリアが語り出す。


『だって! 我は剣じゃろ? 剣以前に女じゃし? 身だしなみにも気を付ける派じゃし尽くしたいけど大事にもされたい微妙な乙女心ていうか? その我が腐った相手に使われてくちゃいのが我に付くと、なんか使い手が触りたくないから我にやらせてるみたいで嫌っていうか大事にされてる感が無いしそういう奴に限って剣をとっかえひっかえするんじゃ!! 我は便利な道具扱いされたくないっていうか一人の女の子として扱ってほしいと言うかっ! な、な、わかるじゃろ!?』


 だからわかんねーって言ってんだろ。

 十字教経典にも、強く気高く美しく優しく献身的で慎み深い崇高な淑女の魂が聖剣アリアに宿っている的な事が記されているらしいが、それはいったいどこのアリア様なのか。少なくともウチのアリアさんじゃない事だけは間違い無い。

 憤り始めたアリアさんは止まらない。刀身をギラつかせながら攻撃的口調で語り出す。


『それに斬っても血が吹き出ないし! 硬い骨だけの連中とかもいるし! 刺さってもズルってなっちゃうし! 腐ってるしくちゃいし! 硬いのばっかりで痛い我! 汚される我! ああっでもそれは、それで、いいかも、あ、あ、あああぁ~っ!』


 ドMだった。


 ドン引きする俺をよそに、わけのわからん妄言を喚き散らすアリア様

 ガリガリと精神を削られた俺は、既視感を覚えながらも癒しを求めてベッドの上のノリちゃんに視線を移す。ノリちゃんは、くーくーと可愛い寝息を立てていた。ノリかわいいよノリ。


 俺はアリアを放置して無言でベッドに入る。


『お昼寝は我も一緒じゃ!』


 プンスカするアリアさんを、ため息つきながら布団に入れてやった。


『我、なんか楽しみになってきた!』


 無邪気なアリアさんのセリフに「そうだな」と返す。

 そして今度時間がある時にでも、いい病院に連れて行こう。そう考えて俺はお昼寝タイムに突入した。





◇ ◇ ◇ ◇







 冒険者ギルド。

 切り開く力を象徴する「剣」と、国家、都市、権益団体、その他全てのコミュニティからの中立及び不干渉を顕す「天秤」を象った紋章を掲げる巨大組織だ。

 

 各国各支部合わせた予算はそこらの小国を軽く上回り、誰からも縛られぬその力はとてつもなく強大だ。

 だからこそ、その力の矛先は正しく定められる必要がある。

 人々の生活向上や、生命の安全に寄与することが最大にして唯一の目的である彼らは、普段は身分や貴賤を問わず、人々から広く依頼を受け、冒険者として登録した者たちへそれらの依頼を斡旋する。 

 そうすることで直接的・間接的に人々の安寧を守り、時には勝ち取ることでその本分を全うするのだ。

 

 だが、彼らにはそんな表向きの仕事とは別に、その組織特性上、別の役割も求められている。

 情報の収集及び拡散。いわば裏の仕事だ。

 

 冒険者ギルドほど、各国に万遍無くその拠点を置く組織など、大陸中どこを探しても存在しない。

 必然として地域から受動的に吸い上がる情報。各支部人材による能動的情報収集。冒険者に対する出入国審査手続きの優遇。各支部間を洩れなく網羅する伝達魔法網。どれもが唯一無二の情報インフラを構成している。

 体制だけではなく、実際の話としてどの国の諜報部よりも冒険者ギルドが、早く、正確に、情報を入手出来ることは純然たる事実なのだ。

 

 そして今回、上層部から降りてきた調査〝命令″。

 


 ―――イサオ・イガワの身辺調査



 気が付く範囲で冒険者の身辺情報を収集するのは職員の義務でもある。会話を通じてでもいいし、会話の盗み聞きでもいい。各国に一定レベルの身分保障をしているのだから、その責任を担保することも必要なのだ。

 

 だが私は、その命令書の中身を確認して眉を潜めた。

 ギルド権限による潜入許可まで発動されている。いったいこれはどういうことだろうか。


 確かに私は彼の事なら、他の職員よりは「ほんのちょっとだけ」知っている。


 弟の命の恩人でもある彼は、今から1244日前にフラリとこの街にやってきて、それから450日後にまたどこかへ行ったと思ったら、32日後、今度は竜の赤ちゃんを連れてこの街へとやってきてから現在までは、ここゼプツィールでランクDの冒険者として活動している。

 最近まで、討伐系は緊急任務以外で受託したことが無く、雑務系ばかりを行い、依頼主からの評判はすこぶる良く、指名で依頼をしてくる依頼主も少なくない。

 マルルッカ通り23番地、築121年2階建てアパートの202号室で幼い竜と一緒に暮らし、毎朝、近所の人気店「サイキルパ」で「もっちり白パンハムサンド」を購入し、幼竜と仲良く食べながらギルドに向かう。依頼はいつも夕方前までに終わらせ、デル青果店で野菜を買い、カイル精肉店で肉の切れ端を買ってからまたサイキルパでパンを購入して家へと戻る。ちなみに昨日はアスパラとブロッコリーとベーコンの炒め物がメインディッシュだった模様。

 毎週、黒星の日は斜向かいの女性が経営する食堂で幼竜と一緒に食事をし、その女将であるシエルさんとは家族ぐるみでつきあいがあるようだ。

 そして白星の日は、幼竜を郊外の霊泉へ見送って数十分してから緑地公園へ散歩に向かい、近所の人妻クルスさんとベンチで談笑をし、たまに公園在住のメルトさんより相談を受け、弟の稽古をつけてから幼竜が戻る頃に帰宅する。

 家を訪ねる者は基本的に大家のみでたまに上り込んで何かをやっていることがある。

 大家以外に女の影は無し。いや……近頃公園で談笑する人妻クルスさんが彼を見る目が怪しいし、なにより最近、あの女が……っ


 まあいい。Sランカーだろうが殺り様はいくらでもある。


 それより今回の調査についてだ。これが私に回ってきたということは、ただ知っている彼の情報を報告しろというだけの話ではあるまい。


 各ギルドに数人は必ず配置されている、能動的情報工作のスペシャリスト達。

 普段は事務やガイド、試験官等をしているがそれらは仮の姿だ。私もその中の一人であり、本職は隠密工作であって、「笑顔を絶やさない人気受付嬢」はその隠れ蓑に過ぎないのだ。

 その私に「潜入」許可が発動されているということは、要するに彼の家に忍び込み、情報を収集せよということに他ならない。

 仕事だからとはいえ、知り合いの家に潜入するなど、願っても無いチャ……心苦しいことだが、致し方ないことだ。


 しかし、なぜ彼が? とは思う。

 彼が「特別な何かを持っているな」とは正直前々から思っていた。これだけ多くの冒険者と対面で接していたら、ある程度の事はわかる様になってしまうものだ。

 だが、とてもじゃないが、彼が危険な人物で監視が必要な人物だとは私には思えない。


 彼は極めて善良、温厚な青年で、トラブルは避け、困っている人を助け、小さい子にも優しくて、微笑みを絶やさない冒険者の中では珍しいタイプだしなんか見てると可愛くて健気でほっぺたスベスベででも意外に体がガッシリしてて女顔なのにたまに男の顔をする時があってそれは超カッコよくて見てるだけでキュンってなるっていうか正直ジュンってなってるしもう彼とやらかしたい……っ!


 私は顎に手を当て首をひねる。

 なんだっけ? 


 ああそうだ。確かに裏仕事伝いでの噂は流れて来ていた。

 先日捕縛された盗賊が口をそろえて彼を化け物だと怯えていたというし、立ち会ったらしいブラックウインドのリーダーもそれ以来、彼と接触しないことに全力を上げているフシはある。

 それについ昨日も、最近話題のレストラン「カナリヤ」で尋常じゃない規模の魔力爆発があり、そこに彼は居合わせていたのだという。

 だが私にとっては、あの女と家族よろしく丸テーブルに3人並んでご飯を食べていたという事実のほうがよっぽど重要だ。


 「潜入するしかないわね……」


 誓おう。冒険者ギルド・ゼプツェン支部ゼプツィール本部隠密工作班班長マイラ・レガースの名に懸けてこの潜入任務を成功させると。

 

 

 あの女が彼の家に上がったことはないが、それらしい素振りを見せてることは間違いないし、絶対無いとは思うが、あの大家のババアが彼に色目と使っていないとは限らないし、っていうか彼の部屋で何もしかけないハズが無いし、それらしい何かがあるのならば、キッチリババアを殺すことがきっとギルドのために、延いてはそれが無辜の人々の生命と財産を守ることに繋がっていくはずだ。


 探るのだ。潜入して、女の痕跡を徹底的に探るのだ。


 ちょうど今さっき、個人的な〝草″から、彼の家にカイナッツォ家の執事が訪れ、彼を連れ出したとの報告が入っている。おそらく仕事の話をするため、カイナッツォ家に数時間は滞在するハズ。



「本部長、装備Eを申請します」

「い、いや、マイラ君…… 装備Eは、その……敵性地潜入用装備じゃなか―――」

「これは戦争です」







◇◇◇◇◇◇◇◇


 





 私は今、イサオさんの部屋の前にいる。

 当たり前だがここに来るまで足音など立てるわけもない。


 ドアのカギを一瞥


 だめよイサオさん! こんなセキュリティーじゃ! 

 こんな旧式タイプのカギだったら、あなたがいない時にどこぞの変態に侵入されたっておかしくないよ! 何て言うんだったっけそういう下種のこと……そう! ストーカー! 

 どうすんのよ、そんな頭おかしいストーカーとかに付き纏われないか私は心配ですイサオさん!


 すごく心配になったが、今は任務中でそんなことを考えている余裕はない。後でさりげなく助言してあげよう。

 そう思いながら私は鍵穴に器具を突っ込んで2秒でカギを開けた。


 イサオさんが家では靴を脱ぐ人だというのは知っていたので、私もそれにならい靴を脱いだ。人の気配はしない。

 軽く見渡すと、いつもイサオさんが作業や遠征に使っているブーツが玄関にぽつんと置かれていることに気付く。今日は人と会うための外出だから、きっと軽装で行ったのだろう。

 とりあえず私はしゃがんでそのブーツを手に取ると調査を開始した。


 ス~ハ~ ス~ハ~ ス~~~~~~~~~~っ 

 

 あ、ああっ! これがっ! これがイサオさんのっ!! 

 

 きっと私はその時、陶然とした表情をしていたと思う。なぜなら私は腰が砕け無様にもへたり込んでしまったからだ。

 マズイ、玄関を調査しただけでこの体たらく、こんなことでは任務を遂行できないではないか。

 私は自身を叱咤すると、断腸の思いで靴を元に戻す。帰りにもう一度堪能していこう。

 

 後ろ髪引かれる思いで短い廊下を歩き、室内へ。

 一言でいうと殺風景な部屋だった。でもちょっと変わっている。

 床には見たことも無い分厚い干し草のカーペットが敷かれ(これがイサオさんの言っていた「タタミ」だろうか……)その上には低い円形の机。そしてベッドが置かれているだけ。

 椅子は無いから、この干し草カーペットの上に直接座るのだろう。

 

 唯一飾り気らしきものといえば、部屋の隅に置かれた、女の子が好きそうなデザインと装飾の剣立て。そして立てられた剣。いつもイサオさんが腰に下げている剣だ。

 私はぐるりと部屋を見渡して、調査の優先順位を決める。

 ベッドが怪しかった

 私はおもむろにベッドに横たわると、毛布を頭からかぶった。


 す~は~す~は~クンカクンカす~は~クンカクンカ…………

 

「あぁぁぁ~~~~~っ! もうっ もうっ! 超す~~ご~~い~~~っ! 何コレ! ねえ何コレ~~! どうすんのよ! どうす~ん~の~ も~~~~ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~っ!」


 私はベッドの上を全力で転がりまわった。


「超すごい! 超イサオさんの匂いがするんですけどっ! あ、ああもう、ちょっとヤバい、ホントヤバイ! 持って帰れないかなあコレ……  ねえダメ!? 持って帰っちゃだ~め~で~す~か~~~っ!」


 マズイ、このままだとこの誘惑に勝てず、潜入失敗してしまう。ちょっと落ち着こう、深呼吸だ。

 私は毛布を被ったまま立ち上がり、玄関へ走るとブーツを口元へ持っていって深呼吸をした。

 徐々に呼吸が安定し、気持ちが落ち着いてくる。体も何か軽くなった気がする。

 どうやらイサオさんのブーツには癒し効果があるらしかった。


「すごい魔道具ね……」


 私は、「作業ブーツが魔道具」とメモしてから部屋に戻る。

 そして壁にかけてあった作業用の上着を羽織ってみた。

 

「え、ヤダ、これちょっと……スゴイ……」


 いくら綺麗に洗濯しても、長年染みついた汗と、本人の体臭は落ちるモノではない。そんな作業着を羽織ることで、 まるでイサオさんに後ろから抱きしめられているかのような錯覚に陥った。

 

 自慢でも何でもなく事実として言うと、私はゼプツィール本部人気、仕事量NO1の受付嬢だ。

 カウンターの向こうで楚々と佇み、柔らかな笑みを絶やさず、問い合わせには丁寧に答え、冒険者を待たせない様、ゆったりと、しかしテキパキと事務をこなし、対応に困っている後輩を助け、上司との連携も怠らない

 

 ギルド内、ことカウンター内において、私はマイラ・レガースではなく、冒険者達が想像する受付嬢マイラとしての偶像だ。

 マイラ嬢はこうあるべきという理想像を忠実になぞるアバターだ。

 だからマイラ嬢は汚い言葉も使わないし、極端な話、排泄行為だってしないのだ。そういう存在であろうと日々努力をしている。

 そう、だからそんなマイラ嬢が欲情するようなことなど絶対にあってはならないことなのだ。

 

 だが正直もう我慢も限界に近かった。

 これだけ条件が揃ってもなお、マイラ嬢で居続けならないのだとしたらもうそれは拷問ではないか。


 私は、上着を羽織ったままベッドに潜り込んで毛布を被ると、下半身に手を伸ば―――


『何やってんのじゃ……?』


 声が聞こえた。

 私は飛び起きて、周りを見回す。だが誰もいないし、やはり人の気配もしない。


「気のせいか……」

『おぬし、見てるととんでもない変態じゃぞ……?』


 やはり聞こえた。女の声が……


 

 オンナノ、コエ、ガ……



「……出てきなさい。殺すわ、この部屋に存在する女は全て殺す」


 私が殺気を撒き散らしながら周囲を警戒していると、なぜか、立てかけてある剣から声がする。


『我は女じゃが剣じゃぞ』

「い、インテリジェンスソード……っ!」


 どうして古代の遺物をイサオさんが……

 ただ者ではないと思っていたけど、いつも腰に下げている剣がインテリジェンスソードだったなんて……


『どこかで見たと思っていたら、ギルドの受付をしている牛女ではないか』


 どうする、持ち去るか、破壊するか、いや、そこまでしてしまうと後々面倒なことになってしまう。

 しかし、見られたのは失敗だった。このままではギルドが彼を調査していることがバレ、不信感を与えてしまう。どうしたらいい……

 私は歯ぎしりしながら拳を握りしめる。

 

『何か警戒しとるようじゃが、おぬしに敵意は無さそうなので、まあどこかで落とし所をつけてやってもよいぞ』


 渡りに船だった。というより、向こうの提案に乗るしか選択肢はなさそうだ。

 私はまだ警戒を解かずに問いかける。


「……何が望みだ」

 

 すると剣は、どこかションボリした様子で語り出す。


『まず、我の事を誰にも話さないのはわかるな? イサオが困るぞ?』

「それはわかります」

『実はな、最近、我のお肌がよろしくなくてな……』



 彼女が言うには、あの女、オルテナ・レーヴァンテインのプルプルお肌を見て、悔しくなったらしく、負けないために良い手入れ油を教えて欲しいとのことだった。

 私もあの女には煮え湯を飲まされているので、彼女に協力するのはやぶさかではない。二つ返事で応じても何ら問題は無かった。

 だが、今日の事を口外されないようにするためには、逆にこちらが一歩踏み込み協力関係を築いた方が得策であるように思えた。明確な利害関係があったほうが物事は長続きするものだ。

 だから私は彼女に語りかける。


「わかりましたが、こちらもお願いがあります」

『……なんじゃ?』

「イサオさんが普段何をやっているか、何をやったかについて、話せる範囲で教えてもらえませんか? 出来れば今後とも。私も随時、良い情報をもってきましょう。私にとってもあの女は敵です。協力しませんか?」

『おお! それはいい案じゃ! 我も協力するぞ!』

「ではまずこちらから、ツミカグラ油という油がありましてね……」






☆☆☆☆☆☆☆☆☆







 その後も色々なやり取りをしたが、結果的に私は中長期的な情報源を獲得した。

 これは公私両面からとてつもなく大きい成果と言える。

 

 私はギルドに帰ると、約束通り、彼女のことを伏せて報告書を作成し本部長に提出した。

 なぜか本部長が引き気味の笑顔で労ってくれたのが気になるがまあ問題ない。



 私はカウンターに戻ると、冒険者たちが望む私の姿に変身する。

 有象無象が相変わらず私を口説きにくるが、その全てを優しく受け流す。

 なぜならば私はマイラ・レガースであって、マイラ嬢ではないからだ。

 

 ふっと窓の外に目をやってみる。

 

 ――マイラさんがちゃんと笑ってんの見たこと無いわ~

 

 そう言った彼はきっと同じ空の下、今日も必死に走り回ってるだろう。

 自然と笑みが浮かびあがる。一体私はどうしてしまったんだろう。


 ふふ、今日も頑張りますよイサオさん


 私はゆっくり視線を戻し、依頼の説明を始めた。

 

 

 


 

 

 


 


 ◇ ◇ ◇ ◇









 カッポカッポ馬車で街道を北へ

 今のところ何もなく、いたって平和なのんびり旅だ

 くあ~っとノリちゃんが欠伸を一つ


「あんなー ノリなー 寝てまうかもしれーん」

「寝ててもいいんだよ?」

「ふぃぃ~」 


 まだまだ幼いノリちゃんは寝ることも重要な仕事だ。 

 俺は横でウトウトするノリちゃんを見て目を細める。


 亡者の大空洞は、ゼプツィールの北門より馬車で半日、徒歩で一日と、意外なほど近くにある。

 これほど近くにダンジョンがあるにも関わらず、危機感も無く本格的な討伐がなされないのは、理由が3つある。

 1つはダンジョンランクが低いこと、2つ目は何よりもアンデッドが大空洞の外に出てこないから。


 そもそも怨念で生まれたわけではないアンデッドたちは、人を襲うという行動指針があるわけでもなく、近くに人がいたとしても、どちらかというと襲われない事の方が多かったりする。

 土地勘無く、雨風凌ぎに迷い込んだ冒険者にとっては可哀想なことになってしまったりもするが、放っておいても危なくないのだったら、目の色変えて危険を冒す必要も無いと言えば無いのかもしれない。


 何より重要なのは3つ目の理由だったりする。矛盾するかもしれないが、正直言って多少は危険でないと困るのだ。

 

 ヒカリゴケは亡者の大空洞にしか無い天然資源でゼプツィールの特産品だ。

 確かにアンデッドは斃しても一定期間でまた復活するが、その一定期間の間、誰でも出入り出来るようになった結果、乱獲されて絶滅しましたでは目も当てられない。

 そのことを知っているからこそ、街の人間も特に文句は言わないのだ。


「それにしても平和だな~」


 俺は完全にこっくりこっくりしだしたノリちゃんを見て癒されつつ、前方に視線を向ける。

 ここからだと、はるか前方を行くクルルは豆粒くらいの大きさにしか見えない。

 打ち合わせ通りだと、今クルルと一緒に歩いているのは、もう一人の受託者のはずだ。この距離だと誰だかはわからないが、装備から男だろうと予想をする。

 そいつは偶然を装って道中にクルルと即席パーティーを組み、彼女をさりげなく護衛して、洞窟近くで別れる(フリをする)。というのが今回の旅程だった。


 本来なら俺も偶然を装って合流し、道中の護衛をするよう要請されていたのだが、俺は彼女をどこかで見たような覚えがあるため、念のため顔を見られない様、遠くから周囲を警戒することになったのだ。


 ベルトの話によると、実はクルルが大空洞に向かうのは3度目らしい。

 1度目は道中、オークの集団と遭遇し人生初の魔獣との戦闘、健闘するも逃走した。2度目はなんとか大空洞近くまで行ったものの、初めての遠征で野営道具を持ってくることを思いつかなかったのか、運悪く降った雨を凌げず、体調を崩し引き返すことを余儀なくされる。

 今日は3度目の正直といったところか。


 護衛と協力してではあるが、彼女も時々現れる魔獣を屠っては何事も無かったように大空洞に向かっている。背に背負ったリュックもパンパンで入念な準備をしてきたことが伺えた。


「意外にけっこう強いんだな……」

 

 ランクE程度の力量はありそうだった。

 12歳の貴族の娘、何よりあの超絶親バカの娘だ、甘やかされて、こういうことは一切出来ないのではないか不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 親がダメだと子供がしっかりするという話はどうやら本当らしかった。


 明確に視認されない距離から護衛をするとはいえ、やはり出来るだけカモフラージュはするに越したこと無い。

 そこで俺たちは行商に行く商人に扮してのんびり馬車での北上となっていた。

 今日の夕方には大空洞に到着し、おそらく近くで野営をして、明日大空洞に入ることになるだろう。

  

 少し暇だなあと欠伸をした時、反対方向から来ていた、馬に乗ったカッコイイ女冒険者とすれ違う。

軽く会釈をした時、隣から「わあぁぁぁ♪」という声がした。

 いつの間にか起きていたノリちゃんが、それはもうお眼目をキラッキラさせ女冒険者を見ていた。

 

「ノリちゃんそんなにキラキラしちゃってどうしたの? もちろんいつもキラキラ輝いてるけど」


 ノリちゃんがお眼目をキラキラさせると可愛さ5割増しになる。

 5割増しと聞くと、そんな大したこと無いように聞こえるかもしれないが、元の攻撃力が半端なく高いため、いつも彼女のそばにいる俺ですらクラクラするのだ。

 無双モードのノリちゃん(輝)は俺を見ると言った。


「あんなー ノリもなー お馬さんに乗ってみたいのー」

「御意」


 俺は馬車を下りノリちゃんを優しく掴んで、馬車を引く馬の背中にちょこんと乗っける。

 うんしょうんしょと乗り心地の良い体勢を探し、馬の背中からずりずりと首元まで移動するノリちゃん。

 馬は馬で、一瞬驚いたように首をこちらに向けるが、背中に乗っているのが特に害の無さそうな小さい生き物であることを確認し、また何事も無かったように歩き出す。

 ノリちゃんは微妙に上下する馬の首に縋り付いてキャッキャッキャッと大喜びだ。


「お馬さん、ノリだよー お馬さんはー?」

「ヒヒーン!」


 ノリちゃんは歌う。頭を左右に振りながら。

 

 ―――ふーんふふーんふ おうまさ~ん↑ ひひーんひひーん おうまさん~↓♪

 

 人は知らない。

 それはしょうがないことなのかも知れなかった。

 街から離れ、周りは荒れ地、申し訳程度の草木が生え、剥き出しの岩は風雨にさらされ角もない。目に麗しいものなど特にない。 

 

 ここは街道。寂れた小道。ただすれ違う人の人生が、ただ無機質に交錯する、ただそれだけのそんな場所。 

 だが確かに俺は見たのだ。

 だから俺はそれを知ること叶わぬ哀れな人々のために弁明しなければならなかった。

 

 こんな場所に天使が降臨するなど


「一体誰が想像できるっ!」


 

 右手に浮かび上がるは(いにしえ)の御業。

 俺は持ちうる身体能力の全てを活かし、天使に全方位写激を敢行した。

  

「はーいノリちゃんこっち! こっち向いてねー…… はいっそこっ! そこで……はいっ! はいいいねー! ノリちゃんいいよ~!」


 数百回に及ぶ魔力行使の末、おれは気付いてしまう。

 

 〝下アングル斜め25°前方からの角度がベストだ″

 

 俺はおもむろに地面に横たわると、下から天使を狙った。


「ああ!! ノリちゃ~~↑↑↑ん! ノリちゃぐべえ――――」 


 馬車に轢かれた。


 だが俺はめげずにすぐさま起き上がると再度同じポジションをキープする。

 タイミングはわかっている。轢かれる前に逃げればいい話だ。それさえわかっていれば同じことを繰り返すほど俺は愚かではない。


「ああ!! ノリちゃ~~↑↑↑ん! ノリちゃぁぁああげべぇ―――」


 また轢かれた。

 

 俺は驚愕する。〝何てことだ!″

 ノリちゃんが可愛すぎて体がこのポジションを離れることを拒否するのだ。

 俺は今後の事を考え、今の教訓を脳内のノリちゃんあるあるに追加する。『可愛すぎて俺が危ない』

 

 一仕事終えた俺は、服を払って土を落とすと御者台に戻る。

 そしてすぐに耐えられなり、馬車を降りて馬と並んで歩きだした。

 

 てくてくカッポカッポキャッキャッキャッ


 



□□□□□□□□□ 







 大空洞前

 クルルちゃんは近くの広場で野営をしていた。

 同行していた受託者は、一つ手前の分かれ道をマイヤーズ領方面に行くという名目で既に離れている。


 視界に入るであろう不気味に口を広げる大空洞は、行き慣れている俺にとっては別に何でもないが、クルルちゃんには結構怖いんじゃないかと思う。

 中に入るとなればそれは尚更だ。

 ゼプツィールの多くの冒険者はここの内部構造や、コケが生えやすい場所、アンデッドが集まりやすい場所を大まかに把握しているが、彼女はそうではない。

 冒険者にとっては割のいい気楽な仕事であっても、クルルちゃんにとっては大冒険に違いない。


 俺は、甘やかすつもりはないが、それでも彼女が将来、子供に語って聞かせるであろう若かりし頃の最初の冒険譚を、なんとか無事に終わらせてあげたいと今は素直に思う。

 明日、俺も潜ることになるのだが、念のため露払いはしておくべきだ。

 

 俺はノリちゃんがぐっすり寝ていることを確認してから、気付かれない様、高速で大空洞に近づきそして侵入する。途中で光源魔法を使い先へと歩いた。


 中は「大空洞」と呼ばれるだけあって、少し進むとかなりの空間が広がる洞窟だ。

 この体育館2個や3個では聞かない空間が、いくつも存在し枝分かれするようにして奥へと続く。

 思いっきり武器を振り回しても絶対大丈夫な空間と言えども、俺が攻撃魔法を使うととんでもないことになってしまう。

 

「アリア、今からある程度間引きをするよ、悪いけど付き合ってくれ」

『最後の一文だけもう一度言って欲しいのじゃ』


 軽く言ってみようかなとも思ったが、この聖剣の性格上、何か人生重いものを背負わされそうな気がしたのでやめておく。

 膨れるアリアを宥めながら足を進め、3つ目の空間に差し掛かった時、何やら見たことがある人間がアンデッドと戦っていた。

 

「マジどんくらい間引けばいいかわかんねーしー…… あ! イサオちゃんじゃね? マジパねぇ! マジイサオちゃんじゃ~ん!」 


 チャラ男だった。



 マジイサオってなんだよ





◇ ◇ ◇ ◇






「あ! イサオちゃんじゃね? マジパねぇ! マジイサオちゃんじゃ~ん!」 


 チャラ男だった。

 マジイサオってなんだよ




 反射的に少しだけ警戒を強めた俺を見て、チャラ男が少し悲しそうな顔をした。

 ちょっと可哀想だったかなとも思ったが、ある意味しょうがない。

 

 街から離れた場所で同業者と出会う。

 

 悲しいがこれは、魔獣と出会うよりも警戒しなければならないシチュエーションなのだ。

 定期的に騎士が巡回している街道ならまだしも、低ランクとはいえダンジョンともなるとその危険度は跳ね上がる。

 

 力が全ての冒険者稼業。

 格下の冒険者が、自分より良い装備を持っていたらどう思うだろうか。

 普段から気に入らない奴だったらどう思うだろうか。

 可愛い女の子を連れていたらどう思うだろうか。


 街で出会ったなら凄んでみたり、ちょっかいをかけるだけで済むだろう。人の目もあれば警邏の者だって巡回している。

 だが、それがもしダンジョンだったらどうだ?

 魔獣が徘徊し、死と隣り合わせの場所で、毎回無事に帰ってこれるとは限らない場所で、1日も経つと死体すら残らないような場所で、そんな場所で出会ったのだとしたらどうだ?


 残念ながら答えは決まっている。

 だから冒険者達は、ダンジョンで同業者と会うと警戒するのが普通だ。いきなりヘラヘラと声をかけてきたチャラ男のほうがおかしいのだ


「オレ今マジ凹み系です。マジショックでマジ泣き系。っつーかオレらダチだべ?」

「いや、友達じゃないし」


 最近やたらグイグイくるので、ここいらではっきりさせとこうと思って言ってみた。ていうかそもそもこいつは金精様になる予定だから友達でもなんでもないのだ。

 するとチャラ男は、チェキラ! みたいな感じで俺を指すと、言い放った。・

 

「っか~ら~の~~↑↑」


 なんなんだお前は

 召喚された日本人とかじゃないよね?

 俺はもしやと気になってチャラ男をまじまじ見てみる


 そこら辺うろうろしているアンデッドを気にもしない彼は、見た感じ歳は俺と同じくらいだろう。モンゴロイドとコーカソイドの中間くらいの顔立ち。悔しいがイケメンだ。

 どこか嘘くさい金髪は、全体的になんかモフっと捻じれており、耳を隠すように頬にかかる髪は鎖骨あたりまで伸びている。

 植物油以外の整髪料がないこの世界で、一体どうやってこの髪形を維持しているのか。

 

 肌もどこか嘘くさい小麦色。健康的、自然的に日焼けした色とは言い難い。昔、同級生にUVAをこよなく愛する、お生がお好きな、おさせの女の子がいたが、彼女と同じ肌の色だ。

 日焼けマシーン以前に電気すらないこの世界で一体何をしてくれとんのか。


 肌の色はこの世界でも差別の根拠に成り得るので、あまり突っ込むのはよくないと思うが、それでも気になったので聞いてみる。


「あのさあ、あんた元々肌は白い人種でしょ? どうやって肌を焼いてんの?」

「えっ マジそこに気付くの? イサオちゃん超ヤベーんだけどっ! ヤバくね?っつーかヤベェし」


 やべーのはお前の頭だ

 俺はあまりに頭の悪い喋り方にイライラして話を打ち切ろうとした。


「まあ、別に言いたくなかったらいいや、じゃあ俺はそろそろ―――」

「待ってよイサオちゃ~ん、別にマジ隠すことでもなんでもねえし、っつーかさぁ、俺、マジ光属性の使い手でさぁ、光をいじっちゃったりラクショーっしょマジで~。紫色の光がマジ効くから、これガチな!」


 驚くところは3つある。

 一つ目は、「光」は女神が魔法使って作ってるとか普通に言っちゃってるこの異世界で、紫外線のみをよりわけるという異端技術を確立してしまった目の前のバカについて。

 もう一つは、美白が尊ばれるこの異世界で、その技術をただ肌を焼くためだけに使ってしまうバカの傾き具合について。

 そして何より、そのバカが「光属性魔法」の使い手であることについて、だ。


 大陸随一の宗教である十字教。

 彼らは光の女神アラウネを唯一神と崇め、その教えを大陸中へと広げている。

 そして、その女神の加護とされる光属性魔法、通称「聖魔法」の使い手は、今も昔も極めて少ない。


 威力も威光も強い聖魔法を使えるということは神に愛されているということであって、大昔から平民だろうが奴隷だろうが、大抵はすぐに身分の高い者に召し抱えられてきた。

 結果として、権力者たちに集約される聖魔法の使い手。そうやって権力の裏付けとして彼らは祭り上げられては歴史に埋もれていった。

 

 聖魔法が使える。

 現在において、それが意味することはほぼ例外なく高位の権力が背景にあるということだ。


「お前……、そんなこと俺に言って大丈夫なのか? 聖魔法が使える意味、わかってるだろ?」


 呆れ半分、心配半分で訪ねる俺。だが俺はチャラ男を舐めていたことを思い知る。


「え? っつーかノリさんだってマジ超高位種ジョートー系なんだから、おあいこでよくね?」

 

 二の句が告げられない。俺の周りの人間はみなノリちゃんを「礼儀正しい可愛い竜の子供」程度にしか認識していなかったので、完全に油断していた。

 ごまかそうとも思ったが、チャラ男の「当たり前の事何いってんの?」といった口調に、コイツは確信の域に達していると判断する。

 一瞬でMAXに達する警戒心、俺は自分でも驚くほどの低い声で問いかけた。


「……貴様誰に聞いた、誰に言った……。答えによってはお前を―――」

「YO! っマ~ジオレのこと黙ってくーれたら♪ っマジお前のこと黙ってるぅカモンっ!」


 胸の前で腕を交差させ系の、ジョジョ立ちをするチャラ男。

 今のラップ、マジキマってたっしょ? と言わんばかりのドヤ顔に、俺は信じられないくらいイラっとした。 

 

「いや、マジオレだけ秘密知っててダチがマジオレの秘密知らねーとか無いっしょーマジで」

 

 何てこと無いようにあっけらかんと笑顔を見せるチャラ男が、ずかずかと俺に歩み寄って、ガシっと肩を組む。

 そして呆然とする俺の胸をコツンと叩き言った。


「これね、WINWINっつーからマジ覚えといて」


 叩かれた胸から、何か温かいものが広がったような気がした。

 なんだろうか、一瞬で頭を駆け巡る過去の記憶。部活の県大会で強豪校に勝ち、仲間と抱き合った時の気持ち。同じ高校に合格した親友と、拳と拳をぶつけてカッコつけた時の気持ち。

 

 甘いのだろうか。


 冒険者ほどヤクザな商売なんて無い。

 気に入らなければ暴れ、欲しいものは奪い取る。手に入った小金は全てあぶく銭。今良けりゃ全て良いといった刹那的な連中の吹き溜まり、それが冒険者だ。

 

 ヤツも俺も同じ穴のムジナであって、結局お互いロクなもんじゃないはずだ。

 そんなロクでもない同業者に、追憶の煌めきを重ねてしまったロクでもない俺。

 それは俺の甘さなのだろうか。

 

 きっとそうなんだろうとは思う。

 こちらの世界で、冒険者なんざをやっていて、損得無しに付き合える友人を望むには、この世界はあまりにも容赦がなく、そして優しくない。


 だからといってそれは間違ってることなのだろうか。

 俺はそうは思わない。

 俺はどこに出しても恥ずかしくない尊敬する両親に育てられ、貫くべき道義や倫理を教わった。「正直者が泣きを見るとしても正直に生きろ」と言われ続けた17年間、俺の背骨となった価値観は、異世界に来たからと言って簡単に揺るぎはしない。

 

「い、いや……、俺は、その、ダチはともかく……だ、黙ってて、やるよ……」

「イサオちゃんマジ照れウケルんすけどwww」

「うっせチャラ男」

 

 長々と回りくどい考えたものの、今の気持ちは結局一つに集約される。

 嬉しいのだ。

 甘いっていうより、寂しがり屋だな。俺は苦笑する。

 だから俺はここ数年言ったことも無いセリフを吐いた。


「あ、あの、その……チャラ男、お、お前の名前なんつーの?」

「は?」


 素で「お前マジ何言っちゃってんの?」的な感じで驚くチャラ男。


「え、イサオちゃん、マジさっきからオレのニックネーム呼んでんだけど」 

「は?」


 今度は俺が、お前何言っちゃってんの? 的な感じで驚いた。

 何? この世界にもチャラ男って言葉あんの?


「ええーマジ! オレマジショックだわー、俺的マジショック! どんくらいショックかっつったらマジ超ショック!」

「え? え? え?」


 焦る俺に、チャラ男はおもむろに ウィッシュ!!的なポーズを決めて言い放った。


「オレの名前はチャラウォード・カラドボルグ、チャラオって呼ばれてる系だから」


 

 先天的なチャラ男でした


 

◇ ◇ ◇ ◇







「ふえぇぇぇ~~」

「あ、ノリちゃんおはよう」 



 俺は空が白み始めるころ、寝床に戻ってきた。チャラ男と一緒に間引きをすませてきたのだ。


 多分そうだろうなとは思っていたが、今回の依頼、もう一人の受託者とはチャラ男のことだった。

 オーク討伐の時もそうだったが、あの親バカ親父が純粋に腕の立つ者をと選んだだけはあって、チャラ男は強い。斥候職とは言いながらも、迫撃におけるセンスはかなりのものだった。

 不安要素は潰したし、護衛の詳細についても打ち合わせをした。それに遠目では見ていたが、彼女の剣の腕前もなかなかのものだという。


 きっと大丈夫だ。後はイレギュラーなアンデッドの流れだけを離れたエリアから抑制すれば、きっと彼女はヒカリゴケを手に大冒険をハッピーエンドで終えられる。

 

「ノリちゃんもう少し寝てても大丈夫だよ」

「ふぁああい」


 後は彼女が出発するのを待つだけだ。

 

 




□□□□□□□□







 精度がイマイチの光源魔法のせいか、限られた視界のなか、おずおずと進んでいくクルルちゃん。

 水滴が落ちる音にも反応し「誰っ!」と涙声になる怖がり様だ。

 そりゃ怖いだろうと思う。こんな暗い洞窟を12歳の女の子が一人で行くのだ。高校のキャンプでの肝試しなんてレベルではない。それに実際この世界にはお化けがいるからなおの事。

 へっぴり腰で剣を前に突き出しながらアヒルみたいに歩く姿は微笑ましくもあった。

 ノリちゃんも暗いところが苦手なため、今日は外でお留守番だ。きっとお馬さんに歌を聞かせて待っててくれているだろう。


 亡者の大空洞、コケが群生する洞窟最奥には入口が二つあり、ルートも二つ存在する。

 彼女が今行っているルートは遠回りのルートだ。だとしても地図も経験も無い彼女があっちこっち迷いながら進んでいるのだ。贅沢は言えまい。


 クルルちゃんはアンデッドが現れては「キャー!」と悲鳴を上げて逃げ回っていたが、いかんせん向こうは足も遅いし敵意も無い。昨日の間引きがやっぱり効いていて、囲まれるような事態にもならなかった。

 そうして彼女はかなり時間をかけてだが洞窟最奥へと到着する。広大な空間一面にヒカリゴケが密生し、淡く揺らめく光が幻想的なエリアだ。


「素敵……」


 彼女は見たことも無い光景に感動しているようだった。俺も始めてここに来た時は、こんな美しい光景があるのかと呆気にとられたものだ。

 中にアンデッドがいないこともあり、まるで散歩のようにあちこちを歩き回ってコケを見ては嬉しそうに微笑むクルルちゃん。

 俺には極罪たる炉利の趣味は無いが、それでも幻想的な空間をまるで妖精のように歩き回る彼女はとても可愛らしかった。まあ親バカになってしまうのもわからないでもない。


 俺達はそんな微笑ましい光景を、エリアの入り口から見守って居たのだが、チャラ男がヤッベと舌打ちをする。

 俺はどうした? と振り返ろうとした時に舌打ちの意味を知った。


 こちらから見れば右側の壁にあるもう一つの入り口、そこから二人組の冒険者が入ってきた。

 おそらくはクルルと同じくヒカリゴケを採取しに来たのだろう、ボリボリと頭を掻きながらダルそうに歩いている。ダンジョンで冒険者とカチ合うことの危険性は知っての通りだ。いざとなったら俺達が何とかするし、俺ならば遠くから気付かれない様撃退することも出来る。

 だが、いくらチャラ男がいい奴だとしても、あまり俺の特殊な魔法などは見られたくない。出来れば何事も無く終わって欲しい。

 

 俺は祈るような気持ちで様子を伺った。

 だが現実はやはり優しくない。


「イサオちゃん、やべえよあいつらマジドーガ兄弟だ」

「マジでドーガ兄弟なのか、マジドーガ兄弟なのかはっきりしてくれ……!」

「ドーガ兄弟だからマジで、マジ聞いたことあるっしょ?」


 あいつらか……

 耳に入ってくる噂はロクでもないものばかりだ。

 強いものに媚び、弱いものを虐げ、どこでどんな女とヤったかというのが生涯のステータスだと勘違いし、弱い魔獣を討伐しては小銭を稼ぎ、飲み屋で飲んだくれる、そんな正しく典型的な〝冒険者″だ。

 ランクはEで、別に強いわけでもなんでもない、しかし不幸なことに彼女は12歳の女の子だ。


 ドーガ兄弟がダルそうにあたりを見回してクルルちゃんの存在に気付く、そしてやはり懸念の通り、クルルちゃんに近づいていった。遠目でよくわからないが、彼らの顔はグチャっと喜悦に歪んでいるはずだ。

「チャラ男、準備はしておけよ」

「ったりめーっしょ」


 




 美しい光景に見惚れていたクルルちゃんだったが、剣呑な空気を感じたのだろうか、振り向いてドーガ兄弟を確認すると一瞬顔を強張らせる。 

 そして、彼らの顔つきに気付き、早歩きでその場を離れようとしたら、一人に回り込まれてしまった。

 クルルちゃんは強気に眉を跳ね上げ、勇敢にも声を上げた。


「何か用? そこをどきなさい!」


 それが虚勢であることはここから見ても明白だ。

 間近にいるドーガ兄弟にもそれがわからないはずはないのだ。きっとクルルちゃんの膝は震えてるに違いなかった。

 ドーガ兄弟が野卑な笑い声をあげる。


「そ、そこをどきなさいって言ってるのが聞こえないの!」


 再度声を上げるも、声が震えてしまっていた。

 俺は思う。世の中を知らなすぎる……

 商人でも戦士でも狩人でもいい。本来、少しでも外での経験があるならば、この現場、この状況なら、回り込まれた時点で剣を抜くべきなのだ。それもせずにただ声を上げるだけなど、私は素人ですと公言しているようなものだ。

 

「そこをどきなさい! だってよー ギャハハハハ!」

「そう言ってやんなよ、すぐに、お願いだからどかないで! って言いたくなるんだからよぉ」

「ちげぇねえな! ギャーハハハハ!」


 男たちが下品に腰を振りながらクルルに近づくと、剣を抜こうとしたクルルの腕をガシっと掴んだ。


「痛い! 離してっ!」

「なぁに、お嬢ちゃんのすべきことはつ3しかねえ、簡単だ。 脱ぐ、そこに手をつく、ケツをこっちに向ける、な? 簡単だろう?」

「別に喘ぐのは禁止しねぇから安心しなぁ」


 クルルちゃんは顔面蒼白で、既にガタガタ震えることしか出来ない。

 頃合いだった。彼女一人で解決出来る道はもう完全に閉ざされている。

 俺はチャラ男に目で合図して飛び出そうとしたその時だった。



 ――――お前ら何やってんだ! クルルから離れろっ!

 

 

 怒声。

 声変わりするかしないかといった少年特有のアルトボイス。残念ながら迫力などは微塵も無い。だがそれは間違いなく、少年ではなく「男」が発する怒りの声だった。 

 そして何よりその少年を俺は知っている。なぜなら……

 

「ドット!」


 歓喜に咽び泣くクルルちゃん

 駆けつけたのは、数年前、俺が助けた近所の腕白坊主、ドットだった。

 助けて以来、弟子入りを懇願され、毎週白星の日(日曜)に公園で稽古をつけてやってる少年だ。


「待ってろ、今助けてやる!」


 きっと心に張っていた何かが切れたのだと思う。「くしゃっ」とクルルちゃんの顔が歪む。


「ドッドぉ、ど、どうじでここに……」

「口ひげの爺さんからクルルが本気で一人でここに行ったって聞いて飛んできたんだ!」 


 もう彼女が何を言っているかなんてわからない。あまりに大きな歓喜の波に襲われた彼女の顔は情けなく歪み、行き場を失った波が目から吹き出るように溢れ出す。


「べ、別に助げでな゛んて……ひぐっ、私は、うぅ、言っでないんだがら!」


 ツンデレもここまで貫けると大したものだ。男の俺には貞操を狙われる恐怖など分かるわけもないが、本当に怖かったのだろうと思う。

  

 そこで俺は気付いた。

 クルルちゃんをテラスで見た時、どこかで見たことある子だな思ったが、何のことはない。毎週ドットの稽古の時にコソコソ覗きに来て、最終的に「あらドット、偶然ね」とかスカした顔で言ってお帰りになられるお嬢様じゃないか。

 誰だって、メイドを従えたふわふわドレスのお嬢様が、まさかフル装備で剣をブン回すなんて思いもしない。そもそも俺は人の顔を覚えるのが苦手なのだ。


「死にたくなきゃすっこんでな王子様」


 嗜虐的な笑みを浮かべる大人二人。

 チャラ男に目をやると、相当焦っているようだった。そりゃそうだ、可愛い女の子ならまだしも、ドットは男の子。普通に考えたら生かして帰して貰えるわけがないではないか。

 いくらランクがEだとしても相手は武装した大人二人、毛も生え揃ってない貧相なチビガキが勝てるわけがないと誰だって思う。


「マジヤベェってイサオちゃん! オレたちも出なきゃアイツマジ殺さ――――」

「まあ待てよチャラ男」


 俺は一人落ち着いていた。帰り支度すら始めようとしていた。

 なぜなら俺は知っているからだ。


「大丈夫だ、アイツは大丈夫だよ、負けないって」

「ちょ、マジそんなこと言ってる場合じゃ―――」



 ―――ギィン!

  

 

 視線を戻すと既に剣戟が始まっていた。

 俺は弟子の動きに目を細める。そうだ、それでいい。

 ドットが持つのは小ぶりのショートソード。力まかせに振り回しても大人には軽くいなされてしまう。だからドットは振り回さない。


 上段から振り下ろされる斬撃を、握りを遊ばせ斜めに構えた剣で受け流す。金属が擦れるシャランと澄んだ音色と同時に、流された剣が勢い余って地面に刺さった。

 直後、剣を斜めにしたまま、ドットは低く低くさらに低く強く踏み込みドーガAの横を駆け抜ける。数瞬後、バックリ裂けたドーガAの腿からピュッピュッと断続的に血が噴き出した。

 噴き出す自身の血を見て初めて痛みを感じたのか、随分呆けてから患部を押さえて転げまわった。 

 

「ああ! あああ痛ぇ! 痛ぇぇぇっ!!

「ガキが! 望み通り殺してやる!」


 クルルをドンと突き飛ばして剣を構えるドーガB。

 ドットは足を止めず、剣を振りかぶりながらに全力でドーガBに接近。

 接触直前、到底剣が届き得ない距離で剣を振りおろし、そして「投げ」た。と同時に腰のホルスターからナイフを引き抜き、つんのめる様に前に飛ぶ。

 突如飛んできた剣に焦り体を縮こめたドーガBの横を、転がる様に通り過ぎた後、今度はふくらはぎがブルンとピンク色の肉を剥き出しにして、やはり断続的に血を噴出させていた。

 ドーガBが叫び声を上げながら崩れ落ちる。ドットがそれを見下ろして言った。


「足を縛ってから、すぐに戻って治療しないと命はないぞ」

「殺してやる! テメェクソガキが絶対殺してやるからな!」

「二人とも顔を覚えたぞちくしょう! ぶっ殺してやる!」

 

 罵詈雑言を撒き散らして凄む大人二人は、這い蹲らされてもなお、どちらに非があるかなど、顧みもしないようだ。

 目を丸くして驚いてるチャラ男、

 足を引きずりながら入口から退散していくドーガ兄弟を、拳を震わせ睨み付けるドット 

 俺はそれを見て少しだけ誇らしい気持ちになる。


 そうだ、お前は殺すな。 


 絶対に殺すなとは言わない。

 価値観云々を論じたところで、この世界においてそれを貫くことが、いかに難しい事か、俺は痛いほどに知っているからだ。だが今はその時じゃない。

 知り合いが襲われ、思うところも色々あるだろうがお前は殺すな。そう、残念ながらここから先は……

 

 ―――俺たち大人の時間だ。


「さて、マジチャチャっとやっちゃう系でイサオちゃん」

「ああ、行くか」


 エリアに背を向けると、わーんと泣きだすクルルちゃんの声が聞こえてくる。「なんでこんな無茶したんだ」と怒鳴りつけるドットの声も。


 あとは任せても大丈夫だろう。

 ベルトが発狂しかねない事になるかも知れないが、正直そこまで知ったこっちゃない。

 

 そしてやっぱりこういう状況、この期に及んでも俺はヤツラを殺さないと思う。

 だがヤツラは「顔を覚えた」と言った。「殺してやる」といった。

 ならば受託者として、彼の師匠として、顔を忘れて貰わなければ困るし、殺さないと言ってもらわなければ小心者の俺は安心して夜も眠れない。

 それに、テメーで巻き散らかしたクソはテメーでキッチリ拭いてもらわないと終わる話も終わらないではないか。

 


「思い知らせてやりますかー」

「イサオちゃんマジ切れモードウケルしwww」


 何より、今はノリちゃんがいない。自業自得だが運が無い連中だ。

 

 ふふっと互いに笑いあうと、俺たちは凶悪に顔を歪めて歩き出した。





◇ ◇ ◇ ◇






「おお? 何だ? 今日はやけに打ち込みが鋭いな、何かあったのか?」

「何にも無いっす―――――よっ!」


 ヒュッと空を切る小さい棒切れ。

 白星の日。今日も俺は近所の緑地公園でドットの鍛練をしている。

 

「そうだ、ナイフの使い方を工夫しろ、まだちんまいお前は剣で有効打を与えられないと考えろ」


 あの後、俺たちはドーガABを、ちょっと攫ってちょっと奥へ連れて行き、ちょっと強めのお願いをした。

 そしたら文字通り血涙を流しながら子供達に手を出さないと誓ってくれたので、ちゃんとお帰り頂いた。

 あまりに熱心に理解を示してくれたので、傷口を焼いて止血という破格のサービスまでしてあげたのだ。俺たちも大概慈悲深い。

 

「剣は手打ちでいい、剥き出しの部位を狙え。間違っても力技には走るなよ」


 体が出来ていないドットにはまだ対魔獣戦の戦い方は教えていない。魔獣戦ともなると、型も剣技も対人で通じる常識も何も関係なくなってしまう。生物レベルでの理が違うのだから当然の話だが、人間の子供が立ち向かいにはあまりにも危険だ。

 

 ここは、漫画の主人公みたいに、過酷な試練を乗り越えたら無双出来るような甘い世界ではない。レベルアップなんて概念もなければHPという概念だってない。どんな屈強な騎士だろうと、運と当たり所が悪ければゴブリンの棍棒で簡単に死ねる、ここはそんな世界だ。

 だから俺は、対魔獣戦は徐々に経験を積ませ、段階的に教えていく予定だった。どうしようもない場合を除き、魔獣と戦うことを俺は厳禁していたのだ。

 

 俺は布を巻いた木剣をわざと大きく振りかぶり、ドットに打ち下ろす。すると、ドットはそれを躱して、棒切れではなく、木剣のほうで袈裟がけで俺に切りかかる。

 俺はその木剣を打ち払い、ドットの首に剣を突き付けた。


「……参りました」

「お前の腕力で袈裟がけに斬って皮鎧や金属鎧を切り裂けるのか? 何故小枝で関節を狙わなかった?」

「そ、それは……っ!」


 ビクッと身を強張らせるドット。可哀想だが俺は言わなくちゃならない。

 今回は上手くいったとしても、次はどうだ? その次は? 

 彼は良くも悪くも子供だ。今の実力でも低位の魔獣は十分倒せると気付いた時、生来の立ち止まることを良しとしない、熱く真っ直ぐなその性格が、いつしか引き返せない程の窮地に彼を追いやるだろう。

 その時俺が傍にいるなら問題など無い。だが俺は神でもなんでもないんだ。


「ドット、お前、魔獣と戦ったな……?」

「――っ!」 


 歯を食いしばり、俯くドット。俺は、何か自分が悪者のように感じて、少々凹んでしまう。だがこれは必要な事だった。


「何か言い訳はあるのか?」

「……ありません」


 俺は厳しい顔を崩さず問い詰めるが、内心は褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。ドット、お前カッコいいよ。

 

「二度は許さないぞ……?」

 

 怒る側にだって限界はある。

 フッと表情を緩めて見たドットは え? という何ともマヌケな顔をしていた。

 

「本当に次は思いっきり怒るからな? まあ、ちょっと休憩にしよう」


 俺は未だ呆けているドットの横に腰を下ろし、彼の腕を引っ張って座らせて、ドットの顔を見る。

 ドットは今回の事でどこか凛々しくなり、そこ等辺にいるちんまいガキは、ちんまい少年へと変貌をとげていた。

 

 オレなニヤニヤしながら意地悪く尋ねる。

 

「おい。ところでさ、いつも冷やかしにくる女の子、お前に気があるんじゃねーの?」


 ちょっと周りを見渡せば視界の片隅、木の陰に隠れ、いつものようにこちらをコソコソ伺っている少女がいる。いつもは手ぶらでメイドを従え、こちらの様子を伺うだけだったが、今日は何やらバスケットなどをぶら下げている。そしてその遥か後ろに、ドス黒い特濃の怨念を携えブルブル震える父君が木の陰からこちらを見ていた。

 キィィィィ~~! と擬音が聞こえるくらいハンカチを噛み締める父親が非常に滑稽だ。


「ははは、何言ってるんすか、貴族の女の子がんなことあるわけないじゃないっすか」


 心の底から、何を言ってるんだ? とばかりの表情のドットに俺は絶句する。

 お前、あれだけスキスキ光線出されても気付かんのか。 俺は、あの日、洞窟入り口でのことを思い出していた。


 


 ドットにクルルのことを伝えた口髭のじいさんは、彼に馬まで貸し与え、頑張って下さいとどこかに消えたのだと言う。

 まったく、なかなか粋な執事の爺さんだ。


 帰路、馬に乗る前、大空洞入口での二人の会話は、近くで隠れていた俺たちの耳にも入っていた。


 ―――べ、別に頼んだわけじゃいけど一応感謝しておくわ

 ―――ちょ、調子に乗んないでよね! 平民のあなたなんかが気になるわけじゃないんだからねっ!

 ―――あんたが、もし、もしなりたいんだったら、あたしの騎士にしてあげてもいいわ! 一生あたしについてくるのを許してあげる! 感謝しなさいよね!

 

 彼女なりの渾身の一撃だったのだろう。だがドットはそれら全てを「俺は冒険者になるから別にいいよw」の一言で切り捨てた。

 聞いていて可哀想なほど空振りを続けるクルルちゃん。健気な彼女はその後も、最低でも27連続三振くらいはしていた。

 

 ―――あたし、将来、今回の冒険のことを子供に聞かせると思うの。きっとドットと私の子供ゴニョゴニョゴニョ…… 


 妄想全開な彼女に、81球で完全試合を達成した小さな勇者は無慈悲に言い放つ。


「え? 何だって?」


 ハーレム系主人公だった。

 見ていてイライラするほど鈍感&難聴なドット。

 静かにしろって言ってんのに、アリアなんかは『女の敵じゃ!』などと騒いでいたから相当なものだ。

 道中は、また遠くから護衛をしていたので、やり取りなどはわからなかったが、二人で一頭の馬に乗って帰った事と、前に座る彼女がずっと真っ赤になって俯いていた事だけはよくわかった。





 俺は呆れながら訊ねる


「お前さ、ホントそう思ってんの?」

「俺、女の子に好かれた事なんて一度も無いっすもん。正直モテたいっす」

「お前、いつか女に刺されるぞ」


 将来間違いなくイケメンになるだろう少年の綺麗な横顔をみながら俺はため息をついた。

 クルルちゃんも大変だな。

 

 クルルちゃんにはバレないように、木の陰からこちらの様子をチラチラ伺うクルルちゃんを見てみる。

 えいっと一歩踏み出しては、出した足を戻しウンウン唸っている。いつだって最初の一歩には勇気がいるものなのだ。背中を押してあげたい気もするが、きっと彼女はそれほど弱くない。


「ホント、儘ならねえな……」


 突き抜けるような蒼穹を仰いで俺は苦笑する。

 リア充ばくはつしろと常日頃思っている俺だが、年若いお姫様と、ちょっと頼りない王子さまの逢瀬を邪魔するほど無粋な男ではないつもりだ。

 

 俺は立ち上がると、「用事があるから今日はここまでな」と告げ、少しびっくりした表情のドットに構わずさっさと歩き出した。

 昼ドラの寝取られ女よろしく怨念を垂れ流す御父上、その横に控える老執事に目で合図。意地悪く片頬を釣り上げる老執事を見て、あんたもカッコいいねと思う。 


 背後でクルルちゃんが動き出す気配を感じた。すぐに「あ、あら偶然ね! さ、さらに偶然なんだけどサンドイッチがあるの……!」という声が聞こえる。

 俺は振り返らない。なぜならば、ここから先は俺の物語ではないからだ。

 頑張れよ、独りごちて歩を進める。邪魔者はコソコソと退散するのみだ。

 それに俺は俺でやることがある。毎週白星はシチューの日なのだ。霊泉に行ってるノリちゃんが帰ってくるまでに準備を済ませなければ俺のお姫様が悲しい顔をするではないか。


「さーて、今日は奮発するかな~」






 こうして、クルルちゃんの大冒険は無事に幕を閉じる。


 元の世界には「可愛い子には旅をさせろ」なんて言葉があった。

 だが、この世界にそんな事を言う人はいない。道端に転がるか、下種貴族の慰み者になるか、そんな結末しか想像が出来ないからだ。だからベルトは俺たちを雇ったし、俺だって受託した。

 そんな世界の片隅でなされた、たった2日間の少女の旅。


 傍から見たら、底辺冒険者が毎日こなすような、そんな他愛も無いたった2日の旅路が、彼女にとっては大冒険だったに違いない。

 そして、たった数日、一皮剝け、ガキから少年へと凛々しく変貌したドットの横顔を忘れない。きっと彼にとっても大冒険だったのだ。

 

 俺にもそんな時があったのだろうかと、次元の壁に阻まれ会うこと叶わぬ家族に想いを馳せる。

 とうちゃん、俺、弟子に偉そうなこと抜かすくらいには元気にやってるぜ

 かあちゃん、俺、竜の子供を育ててるんだ。

 

 言いたいこともたくさんあるし、それは向こうだって同じことだろう。

 寂しくはある。だけど俺はもう下を向くのはやめたんだ。

 

 

 儘ならない俺の人生

 俺にはさっぱり来ない春とか、先に弟子に来た春とか、ホント俺の人生どうなってんだよと思う。

 だけど俺にはノリちゃんがいる。アリアもいるしオルテナもいる、可愛い弟子もいるし友達だって出来たんだ。


 大家にはサッパリ勝てないけども、俺はやっぱり幸せだ。

 

 だからきっと単なる愚痴なんだよ

 これは、

 そんな俺たちの、小さな小さな大冒険の物語


                 了










  ~~クルルちゃんの大冒険~~



 私には彼が眩しかった。


 知っている。子供が売り買いされるこの世界で、何不自由なく育った私は恵まれていると。

 私が小さい頃にお母様は亡くなってしまったけれど、お父様はその分も私を愛してくれていると。

 だから不満などあるはずもない。足りないものなどあるはずがなかった。


 だけど、全力で笑い全力で怒り、毎日を飛び跳ねて過ごしている少しだけ頼りない少年を見た時、私は少しだけ、ほんの少しだけ羨ましいと思った。


 きっかけなど些細なことだった。

 広場で遊んでいる子供たちを眺めていたら、急にこっちへ来た彼が「お前も見てないでこっちきて遊ぼうぜ!」と私の腕をとったのだ。

 当初、平民は無礼だわ! と憤っていた私だったが、みんなと泥まみれになって遊ぶうちにそんな事は忘れてしまった。

 私たちは毎日遊んだ。初めて出来た友達は私が貴族だと知っても笑顔で迎え入れてくれた。

 

 そんなある日、散歩に出かけた先で偶然彼に出会う。

 彼は、貧相な大人の平民相手に、汗だくになって真剣な顔で剣を振るっていた。いつもは無邪気に笑い転げている彼が見せる男の顔、私は彼が眩しかった。そして言い様も無い焦燥感に襲われた。


 ―――私も何かやらなくては!


 何かに真剣に打ち込む彼を見て、置いて行かれるのではないかと急に怖くなったんだと思う。

 だがやりたい事が見つからない私、だからとりあえず私も彼と同じ剣術を学ぶことにした。

 騎士の家であるカイナッツォ家、剣術を学びたいと言うとお父様は大喜びで教師をつけてくれた。

 そうやって、彼と別々に剣術を磨いて1年がたったある日。

 彼と、ちょっとした口論をした。

 そして彼の口から飛び出た難題。彼が本気で言っていないことはわかっていた。だからこそ私は本気になった。どうしても、眩しい彼と並びたいと思ったのだ。

 

 そうして目指した亡者の大空洞最奥

 2回は失敗し、悔しい思いもしたけれど、それでも

 私は到達した。

 目の前には息を呑むような美しい光景が広がっていた。

 

 ―――私にだって出来た! 私は初めて自分の意志でやりたい事を成し遂げた! これできっと彼だって認めてくれる!


 有頂天だった。

 そこが危険なダンジョンであることも忘れ、ただ無防備にはしゃいでいた。

 

 だから遅れた。

 

 どうしようもないところまで追い込まれて初めて自分が危険に晒されていることを知った。


 足が震えた。舐めるような粘つく視線に吐き気がこみ上げた。獣のようにギラつく目に腰が抜けそうになった。

 

 腕を掴む大人の男の圧倒的な力。私はその先を想像し絶望した。

 ガチガチと鳴る歯、行き過ぎた恐怖で流れることも忘れた涙。



「お前ら何やってんだ! クルルから離れろっ!」



 圧倒的質量で押し寄せる狂喜

 それからしばらくの事を私は覚えていない。

 気がついた時には、私は彼に縋り付いて泣きじゃくっていたのだ。


 なんでこんな無茶なことをしたんだ! 彼は言った

 ごべんな゛ざい…… 私は言った


 二度とこんなことをするな、と言った彼は、私の手を引き大空洞の外まで連れて行く。そして二人で一緒の馬に乗ると街へと向かった。

 道中、なんとか彼に感謝の気持ちを伝えようとするも、背中に感じる彼の体温が燃えるように熱くて、私はただ俯くことしか出来なかった。



 そして今日、少し離れた先、声が拾える程度には近い広場で汗を流す彼。

 少しすると、怒気を孕んだ声が聞こえる。


「ドット、お前、魔獣と戦ったな……?」

 

 私は震えた。彼が怒られる!私のせいで……っ!

 私は、もし彼が酷く怒られるならば、飛び出そうと思っていた。

 貴族である私が、平民の前で頭を地面にこすり付けて、叱らないでと懇願しようと思った。

 だが、なんとかそうはならなかったようだ。しばらくして立ち去る彼の師匠。


 私は何て声をかけようか迷っていた。

 年頃の貴族の娘が、自分で作ったサンドイッチ片手に、男に会いに行く。

 その客観的な事実が私の一歩をとてつもなく重くする。

 

 別に彼が気になってるわけじゃない。

 ただちょっとだけカッコいいとは思うし、手を繋ぐと火傷しそうになるほど体が熱くなるし、気が付くといつも彼を目で追ってるし、毎週彼の訓練を覗きに来てるし、彼に女の子が近づくと全力で妨害したりしてるし、彼との子供はきっと可愛いだろうなとも思うけど、

 断じて彼が気になるわけではない。


 だけど私は踏み出せない。

 大空洞まで一人で行く勇気があったのに、今、この瞬間、少し先に座る彼までの距離がとてつもなく長く険しいように感じるのだ。

 だけど、私は行かなくちゃならない。だって私は決めたんだもの!


 私は勇気を振り絞って歩き出す。そして彼の前に立った。


「あ、あら偶然ね! さ、さらに偶然なんだけどサンドイッチがあるの……!」


 びっくりするほど声が裏返ったけど問題は無いはずだ。だって……


「おお! ハラ減ってたんだ! クルルありがとな! 一緒に食おうぜ!」


 彼は笑ってくれたもの!



 



 こうして私の大冒険は始まった。

 

 確かに大人たちから見たら、今回、大空洞へ行ったことこそが大冒険だったように映るだろう。だけどそうじゃない。

 彼を遠くから見つめることしか出来なかった私が、今日ここで、木の陰から踏み出したその一歩こそが私にとっては大事なのだ。

 今でも遥か向こうにいる目の前の彼。それでも彼は止まらない。

 そんな彼と並ぶためには、歩いてたって間に合うわけがないじゃない。


 嬉しそうにサンドイッチを掴む彼を見て、今に見てなさいよ と不敵に笑う。

 結末なんて知らない。だけどそんなことは関係ない。


 そうよ!

 やりたいことをやっと見つけたんだもの!

 私は走り始めたんだもの! 


 だって、私、クルルの大冒険はきっと……



 ――――ここから始まるんだから!

 

 










「……不味っ!」

「なんですってっ!」


 






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