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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
43/59

金色のブレイブ・ハート・ストーリー金色の⑪

「美しくない、ですねえ……」

「マジ吠え面かきやがれ……っ」


 瞬時に障壁を張る。気休めにもならない、いや、時間稼ぎにすらならないだろう。

 相手はSSランカー。その気になれば街一つ程度、たやすく破壊することが出来る、歩く災害だ。

 それでも咄嗟に防御を選んでしまったのは、ヤツの吹き付ける冷気が尋常ではないからだった。体中の細胞が「逃げろ」「防御しろ」と叫ぶのだ。


「ほう、聖魔法師ですか。こんなところで出会うとは、残念、だ……っ!」


―――ドンッ


 気付いたらオレ達は空中に放り出されていた。

 突然すぎて何をされたのかもわからない。一瞬前まですぐ目の前にヤツがいたというのに、今はあんなにも小さく見える。

 先程、一瞬で出来上がった氷の壁を眼下に収めながら頬をヒクつかせると、すぐ近くに出来ていた氷の柱が目に入る。そうか、アレで突き上げられたのか。しかも詠唱破棄の無拍子で。

 あまりの実力差に馬鹿らしくなって笑ってしまう。

 そして落下が始まる。少し遅れてニックの絶叫が高等区の空に響き渡った。

 

「ニック! 風だっ! マジ魔走士だろっ!」


 オレの叫びは錯乱状態のニックには届かない。

 魔走士は高速移動に特化した職種で、その多くは風系の魔法を用いて移動を補佐するのだが、もちろんそれは地上での話。空中での行使など想定していないだろうし、もしそれが出来るならば彼等は地上など走らず飛んでいるだろう。それでも落下の衝撃を和らげる程度の事は出来る筈なのだ。


「クッソ! マジやべぇ! つかマジ死ぬっ!」


 このままではあと数秒もすれば地上に激突する。

 光属性魔法とて万能ではない。道具に用途があるように、属性魔法にもそれはあるのだ。

 とにかく、激突死を避ける必要がある。助かったところで絶望的な状況は変わらないが、それでも何もせず大人しく死ぬつもりは無かった。

 迷う時間なんて無い。オレは即座に方策を選択、全力の物理障壁を展開する。これは博奕だ。

 そして少しでも冷静になってくれとニックを対象指定で巻き込んだ。

 風圧で瞼を抉じ開けられながら猛烈な勢いで迫る地面がある筈の闇を見据える。左腕を捨てるつもりで左側を下に向けて体を丸めた。


―――ドッ


 激突。

 大型魔獣に跳ね飛ばされた時のような衝撃に、横隔膜がその役割を放棄する。

  

「ケッ、ヒュっ…… カ……ッ」


 想像していた痛みは来ない。ただただ左腕が痺れて熱い。どうなっている。無事か。生きているのか。

 呼吸を忘れた内臓に反抗するように悶え回る。右腿を地面に擦り付けながら、自身の肉体がまだここにある事に安堵した。

 

「【青星】殿! そいつらを! 早くそいつらを殺して下されっ!」

「まあ待ってくださいガラム様。一応情報は美しく引き出さないといけませんからね。だからまだ死なないで下さいよ。困ります。」


 そんな台詞が灯りもまばらな薄闇から投げかけられる。

 ふざけんな。どこが死んでもらったら困る攻撃だったってんだサドめ。

 声に向かって顔を上げようとするも、首を動かす事すら出来ず、目だけで声の主を睨み付ける

 

「ちゃらおー!! ちがいっぱい!! ちゃらお~~~~っ!!」

「ニック~~っ!! 逃げテ~~っ!」


 お姫様二人の悲痛な叫び声に軽口を返そうとするも、喉奥になだれ込んでくる鼻血に息が詰まりそうになった。

 ここまでか。これが結果か。これがSの称号を持つ者の実力か。

 どうやら負けだ。賭けは。

 最初から詰んだ事はわかってはいたが、こんなに何もできずにあっさり幕引きかと情けなくなる。こんな事なら物理障壁技術をもっと磨いておくんだった。

 

「向こうさんも未だ生きているようですねえ。あなたよりダメージが少なそうだ」


 ダメージの大小は変わらない。どちらにしろ殺されるのだから早いか遅いかの違いだ。

 ニックの呻き声を聞きながら無性に悔しくなって唇を噛み締める。唇の感覚すら無い事に気付いて諦念だけが元気に独り歩きをした。

 

 クソっ クソがっ

 解り切っていたこの結果に悔しさは無い。殺すけど殺されたくないなんて身勝手が通用する世界ではない。

 青星だって任務があるのだ。逆の立場だったら俺だって相手を殺している。だから、相手を恨むなんてお門違い甚だしいし、そんな感情を持ち込む余地も無いのだ。

 だが、そうした諦めと共に駆け上がってくるのは、あの時から変わらぬ身を焦がすような激情。

 

「フェイ…… オレはまだ…… キミを……」


 いつだって

 いつだって、強者はオレ達から奪う。あの時だってそうだ。

 奪われる者の苦しみを、憎しみを、いつだってヤツ等は理解しようとしない。

 ただそれだけが悔しかった。

 死にたくない。オレはまだ願いを果たしていないんだ。

 

「おそらくはあなたの方が上位の斥候ですね。あなたの方が色々知っていそうだ。そして、二人とも生かしておく必要は無い」


 青星がオレの脇を通り過ぎて歩いて行く。当然の如くニックに止めを刺す気なのだ。オレにはもう、それを目で追う事しか出来なかった。

 

「ニックぅ~~っッ! ニゲテっ! 殺されルっ! 」


 捕らわれのガーゴイルの絶叫が夜空に空しく消える。

 檻から突き出された届くはずも無い彼女の右手が、溺れてもがく様に中を掻いていた。

 そんな叫びなど無かったかのように青星は進み、いつの間にか構成していた氷のサーベルをまるでスローモーションのようにゆっくりと振り上げた。

 

「やめてっ! ヤメテェェ~~~ッッ!!」

 

 その時、ガーゴイルの右手が光る。

 種族的特性により瞬時に構成された美しい立体魔方陣が唸り声を上げて魔弾を吐き出した。

 それは凄まじいスピードで青星に迫り、振り返った青星が目を見開く。

 そして着弾。

 もうもうと立ち込める土煙。

 と、同時にガーゴイルが閉じ込められている檻が発光。


「ンぎッ ギぃィィぃ~~~っ!!」


 容赦ない電撃の雨を彼女に降らせ始める。

 『魔導獄』。高位の魔獣を捕獲・調教する際に使うため開発された魔導具だ。捕獲対象が禁止動作に及ぶと、悪意をそのまま形にしたようなえげつない制裁が執拗に対象を襲う。

 必要悪から生まれた道具だと知っていても、止まない絶叫を聞き続けていると胸糞悪くなる。

 土煙が晴れると、そこには何事もなかったかのように立つSSランカー【青星】。だが彼の顔は怒りに染まっていた。


「貴様……っ! 魔獣の分際でこの僕にっ!」


 少しでも焦らされた事にプライドが傷付けられたのだろうか、眼鏡の奥の瞳に怒りを灯し、氷のサーベルを握りしめながら、呻き声を上げ続けるニックに背を向ける。いつでも殺せるという余裕がそうさせているのだろう、ゆっくりと歩きガーゴイルの檻の前に立つ。


「喜べ。檻から出してやる。そして美しく切り刻んでやる……っ!」


 青星がパチンと指を鳴らすと、頑強であるはずの檻が紙切れの様に千切れ飛んだ。

 唐突に終わった拷問。呆けたように顔を上げるガーゴイルの瞳に、サーベルを振り上げる魔人が映る。

 

「死ね」

「ま、待って下せえっ!」


 それは誰もが予想だにしない出来事だった。

 いつの間にか現れたその男は、ガーゴイルを庇うように青星の前に膝を付き、媚び諂うような笑みを青星に向けた。


「あ、青星様、待って下せえ! こ、こんな下等な魔獣、青星様が手を下されるような価値もありやせんぜっ!」

「なんだ君は……」

「へぇ! すいやせん! あっしはマルって者でして。いやいや、あなた様に覚えていただく様な上等な名ではあり―――」

「なぜ僕の邪魔をするのかと聞いているんだ……」


 溢れる怒気に、露骨に怯えるその男は、この公館地下に潜入した際、詰所に待機していた3人のうちの一人。うだつの上がらなさそうな疲れた中年だった。

 なぜその男が青星の前に立ち、ガーゴイルを庇うような行為に出るのか全く分からないが、それは相手側も同じようだった。詰所の護衛たちも飛び火を畏れて青くなっている。

 

「ヒィ、ち、違うんでさあ! じゃ、邪魔するつもりなんてこれっぽっちもありやせん! ええ神に誓って本当ですともっ!」

「ならばどきたまえ。君は死にたいのか……?」


 情けないほど恐怖に顔を歪めながら作り笑いを浮かべ、膝をガクガク震わせている。

 裏返った声で喚き散らしながら、火を噴きそうなほど両手を擦り合わせながら

 それでもその男が道を譲る事はなかった。

 青星が我慢の限界だとばかりにサーベルを横に薙ぐ。


「マルっ!」


 男の額がバックリ裂け、血がダラダラと流れ出す。

 いくらなんでも無理な話なのだ。

 怒れる化け物を前に、その怒気を直接浴び、攻撃を受け、それでも立ち塞がる事など常人には無理なのだ。

 撒き散らされる魔力は、魂が震えるほど根源的な恐怖を呼び起こす。溢れ出る力の気配は生物的な本能に危険を訴えかける。

 千人いても傷一つつける事が出来ない超常の存在に、「道を空けろ」と言われたら、ただ黙って道を空けるしか選択肢は無いはずなのだ。

 最初から負けているのだ。闘う事すら出来ないはずなのだ。誰だってそうだ。オレだってそうだ。

 だが男は、必死の形相で笑い、失禁すらしながらも、不様に喚き散らすことを止めなかった。

  

「いやぁ、す、素直じゃないんでさあコイツは! ちゃんと話せ、話せばっ きっとコイツは青星様の役に立つ使い魔にっ! そ、そうだ! あっしの故郷にもベラっていうどんくさい魔獣がおりましてねっ!」


 支離滅裂だ。意味不明だ。

 殺すと言っているのに何が使い魔だ。故郷の魔獣に何の関係がある。

 力の権化相手に何をしたいのだ。

 失笑を通り越して滑稽ですらあった。そこに感じるモノなど何もないはずだった。

 なのに……


「き、きっと! きっと貴方様のお役に立―――」

「どけろ……」


 青星が男を蹴りつける。男が呻き声を上げながら崩れ落ちた。

 そして、茶番は終わりだとばかりに、ガーゴイルに向かって再度サーベルを振り上げる青星。

 青星はサーベルを振り下ろそうと腕に力を込め、そして

 

 盛大に眉をしかめた。男が青星の足に縋り付いたのだ。


「あ、ああ青星様ぁァ~~! そいつは! そいつはイイ奴でぇぇ! お、おでの友人でぇぇ! おお御慈悲をっ! 御慈悲をォォォ~~~!!!」


 なのに、この苛立たしさは何だ


「もういい。死にたまえ」


 この怒りは何だ。

 なぜこんなにもオレは悔しいのだろうか。

 なぜこんなにも強く拳を握りしめているのだろうか。


「ひぃっ!」

「マルぅっ!」


 わかっていた。そんなこと、最初から。

 後悔してからでは全てが遅い。俺はあの時知ってしまったのだから。


「させるかよっ!!」


 だからオレは不様にも立ち上がったんだ。

 唯一動く右腕でナイフを投擲、そのまま詠唱に入る。

 左半身から奔る激痛に脳が焦げそうになる。だから何だ。オレは思う。

 失う痛みに比べたら、こんな痛みなど蚊に刺されたようなものだ。

 不様でもいいんだ。格好悪くてもいいんだ。


聖魔弾(バロウズ)!!」


 俺の展開上限である12の魔法陣が、衛星のようにオレの右腕を旋回する。

 

斉射(ファイア)


 その数、1秒間に12発

 光線が魔響音を撒き散らしながら【青星】に殺到する。

 弾数はこの魔力尽きるまで、そして……


「命尽きるまでマジ撃ちまくってやんよハゲっ!」


 ああ、詰んでいるさ。

 ああ、終わっているさ。

 だから何だってんだ。

 無駄なのは知ってる。こんな出力でヤツには傷一つ付けられないって事も。そんな事はわかっているんだ。


 だがな、敵を斃せば勝ちじゃない。最後まで立っているのがオレである必要は無い。

 みるみる間に減っていく魔力。命が削れていく感覚。

 時間稼ぎ上等だ。

 オレは主人公なんかにはなれない。脇役すら怪しいもんだ。今こうして命を懸けた攻撃だって悪あがきにもなっていない。

 オレは噛ませ犬だ。オレは当て馬だ。

 でもな、そんなオレが持ってるものだってあるんだよ。オレが戦う意味だってきっとあるんだ。

 

「そう、思うだろ?」


―――ズドンッ


 地響きすら伴う轟音に、オレは泣き笑いながら振り向いた。

 背後で俺たちの行く手を阻んでいた氷壁が、真っ二つに割れていた。  

 そしてその割れ目から飛び込んできた人影を見つけて、情けなくも涙がこみ上げる。

 そう、脇役なオレにも『仲間』がいるんだ。だから最後に立っているのはオレじゃなくていい。


「来んのマジ遅っせーんスけど」

 

 そいつはヘタレだ。どうしようもない親バカだ。情けないほど甲斐性無しだ。

 だがな、オレの自慢のダチなんだよ。

  

「後はまかせろチャラ男……っ」


 そいつは異世界から来た主人公。

 世界最強の【勇者】

 

「イサオちゃん」


―――オレの勝ちだ! 吠え面かきやがれ!


 そう、高らかに叫んでオレは崩れ落ちた。




◇ ◇ ◇ ◇





 俺は警報が鳴り響く内壁から音も無く飛び降りると、すぐに走り出した。

 背後からオルテナが喚く声がかすかに聞こえる。その内容さえ聞こえてこないものの、彼女は俺たちの将来の事を考え、囮となって内壁警護兵の注意を引いてくれている。

 彼女は俺が勇者であることはもう知っていて、一人で敵地に乗り込むという危険を許してくれても、この街で暮らせなくなる事を認めなかった。そのためには兵士たちに悟られる事無く高等区に忍び込まなくてはならない。



―――私に策がある。任せろ。



 そう言って微かに笑う彼女に思わず見惚れてしまったのは内緒だ。

 俺に出来る事は少ない。何かを壊したり、傷付ける事しか出来ない俺は、彼女の笑顔を信じて甘える事しか出来なかった。

 細かい策は聞いていないが、彼女が任せろと言った。ならば俺は仲間を信じるだけだ。

 


『汝れよ、その角を右じゃっ!』


「わかった! あとどれくだいだ!?」


『まだじゃ! アンカーの反応が明確に感じられるようになってきたがの!』


「都度指示を出してくれ! お前の感覚を信じる!」


『急ぐのじゃ! チャラ男さんが危ない!』

 


 アリアがそう言って再度、魔道線を確認する。

 人と金属がアンカーを打ち合えるのかという根本的問題はいつか詰めなければならないと思うが、今は置いておこう。

 ゼプツィールの街は広大で、一般区や中等区に比べてかなり狭い高等区であっても、ちょっとした町くらいの広さがある。迷っている暇など無い今はアリアとチャラ男に繋がっているアンカーだけが道しるべだ。

 俺はアリアの指示に従い、ただひたすら街を疾走する。

 

 失ってたまるか。

 

 やっとこのどうしようもない世界で出来た友達なんだ。アパートを紹介してくれた恩、借りたままでは済まさない。絶対に助けてやる。待ってろよチャラ男。



『汝れよ、近いぞ! あれじゃ!』



 剣にあれじゃと言われても正直どれかは解らないが、遠くに聳え立つ氷壁が視界に入り、そこが目的地であることを確信する。そこにノリちゃんは捕らわれ、チャラ男は闘っているのだ。

 チャラ男ほどの実力者が助けを求めてくるのだから敵は相当な手練れだとは思っていたが、どうやら超がつくほど高レベルの魔道士が相手らしい。



「Sランカーか、それともSSランカーか……」



 Aランクまでは努力の世界だ。正確に言えば、冒険者としてすべき事をきちんとこなし、通すべきスジを通し、時間とコストをかければ手が届かないランクではない。亀がウサギに勝つ理屈が通じる世界なのだ。


 だがギルドが付与する称号『S』というランクにその理屈は全く通じない。才能、運、キッカケ、どんな理由があるかは別として、あらゆる意味での『強さ』を手に入れた者達。成るべき者が成るべくして成る、人という枠を超えた別次元の存在、それがSランカーだ。

 迫撃では拳鬼とも戦えるであろうオルテナもシングルS止まりであることから、その称号を持つ者達の異常性が伺い知れるだろう。

 

 氷壁はもう目の前だ。俺は乱れてもいない息を少しだけ整えると、聳え立つ氷の檻を軽く見上げた。ここがどこかは解らないが、夜中だと言うのに周囲の人々が慌ただしく動いているのを見て、深くため息をついた。



『ここまでの術式を組める魔道士ともなると、頭一つ超えるかの。どうするのじゃ?』 


 

 アリアの呻くような低い声。それも無理からぬことだった。

 SSランクともなるとその『強さ』は尋常ではない。単騎で軍隊を撃破出来るのがSランカーならば、単騎で都市を落とすことが出来るのがSSランカーだ。それは海割り地を割り天を裂く人外の化け物共、片手間で千を殺し、その気になれば万を殺せる魔界の住人、そんな異常者がこの世界には7人もいる。

 

 そしてその内の2人までもがマイノリアに属し、護衛という名目でこの街に入り込んでいるのだ。前回の大侵攻の事もある。無関係であると楽観を許してくれるほど4年という歳月は甘くは無かった。間違いない。|大陸最強集団≪ゾディアックが≫俺たちに牙を向いたのだ。



『しかしSSとはやってくれるのう汝れよ? それ程のレベルのともなれば汝れにとっては……』


「ははは、笑うしか無いよ……」



 乾いた笑いしか出てこない。

 相手は最低でもSランカー。属する組織は|大陸最強集団≪ゾディアック≫。そしてその背後には大陸最大の宗教国家マイノリア聖王朝。あまりにも彼らの持つ『暴』は強大で凶悪なのだから。

 日銭を稼ぐのに必死な木っ端冒険者にとっては荒唐無稽過ぎて気の利いた冗談だって言えやしない。

 

 だから俺は、迫りくる闘いの気配に嗤いながら呟いたのだ。



「雑魚だな……」

『雑魚じゃな』




 一撃。




―――ズゥゥンンッ!!




 拳一つで氷壁をカチ割る。

 数億数兆の細胞一つ一つに隈なく通した魔力。ここまでの精度で重ねがけされた強化魔法の威力はエゲツないの一言だ。



「やってやんよ…… 戦争だボケ共が……」



 ナメやがって……。



 俺相手にガチンコ仕掛けといて高々SSランカー様だと? たかが人外だと? 上等だ。こちとら人外を越えた人外だ。 笑わせるんじゃねえ。大陸中の戦力全部掻き集めてこい。

 俺たちの最後の居場所を、掛け替えのない日常を、奪いに来たのだ。壊しに来たのだ。全部まとめてケツから火ぃ吹かしてやる。

 


「今代勇者は身内に手ェ出されて黙ってられる程お行儀良くねえンだよ」

『お、おい…… 汝れよ…… 年甲斐も無くマジ切れか……?』



 オルテナに感謝をしたい。

 彼女がいなければ俺は目の前の全てを壊してここに立っていただろう。その先に守るべき日常は無かった。

 満を持して戦場に足を踏み入れる。周囲を見渡すと誰が敵か味方かもわからないが、全員が目を丸くして俺を見ていた。



「来んのマジ遅っせーんスけど」



 血だらけのチャラ男が、左腕をグニャグニャ揺らしながら泣き笑う。

 自身の髪の毛が逆立つような感覚に陥った。

 安堵の顔で崩れ落ちるチャラ男を抱き留め横たえる。

 押さえて押さえて押さえて、それでもなお燻っていた『熱』が、一気に全身を駆け巡るのを感じた。



「後はまかせろチャラ男……っ」



 どう見ても骨がめちゃくちゃになっている。骨を癒着させない程度、しかし消えかけた命を繋ぎとめるには十分な治癒魔法をチャラ男の体に流し込む。

 

 頭が沸騰しそうだった。


 自分が今、どんなことを考え、何をしようとしているか、何をしたいかすらわからない程、様々な感情が押し寄せ、頭の中がグチャグチャだ。

 オルテナの努力を無にするつもりかと叫ぶ理性がいる。堪えなければ駄目だと頭では理解しているのに、感情がそれを許してくれそうにないのだ。

 どんどん黒く染まっていく視界。感情の囁くまま凶暴な破壊衝動に身を任せようとした時、またしてもこの世界に俺を繋ぎとめたのは俺の天使だった。



「あるじーっ!」


「ノリちゃんっ!」


 

 その声。


 忘れる筈も無い。永遠のようにも感じた1日の中で求め続けた、たった一つの灯。



「あるじーっ!」



 ノリちゃん……


 やっと会えた。

 やっと君の声を……

 安堵感が酷過ぎて泣きそうになる。

 耳鳴りがするほどの『乾き』が潤い、満たされてゆく。



「き、君は誰だ!? 僕の美しい|氷獄≪エインファルト≫をどうやってっ!」


「ああ……良がっだ…… 本当に良がっだ……」



 たった一日、たった一日会えなかっただけで、俺を支配していたのは喉を掻き切りたくなるほどの閉塞感と身を掻き毟るほどの飢餓感。それらがウソみたいに消えてゆく。

 またしても俺は思い知らされた。

 袖で涙を拭った。みっともなく鼻を啜る。



「ここがどこだか美しく解っているのか!? 僕を誰だと思っ―――」


「あるじが来だがらにはっ ぼ、ぼう大丈夫だよ。ぞ、ぞんな顔しぢゃダベだ……」



 保護者としては、今すぐ助けるよとカッコよくキメたいところだった。敵を倒し、お姫様を迎えに行く王子様のように、綺麗にキメたいところだった。

 俺から君を奪おうとした敵を、真っ先に八つ裂きにしなければならない所なのだ。


 だけど無理だった。


 情けないと思う。締まらないと思う。だけどこれが俺なんだからしょうがないじゃないか。

 不安だったんだ。

 怖かったんだ。

 君がいなくなってしまうのではないかと、その可能性が頭を過ぎるたび、俺は震えていたんだ。


 今、ここに君がいる。それだけで俺は……。

 

 止まない激情に軽くえづく。

 拭っても拭っても溢れ出てくる涙を何度も何度も乱暴に拭った。



「イサオちゃん…… マジあいつは【青星】だ。マジ気を付けて」



 意識を取り戻したチャラ男が注意を促す。だが俺にはもうそんなことはどうでも良かった。

 SランカーだかSSランカーだか、そんなの知ったことか。

 結界装置に閉じ込められたノリちゃんが、泣きながら心配そうに俺を見ていた。チャラ男からも困惑を隠しきれない感じが伝わってくる。

 現れた俺がいきなり泣き出したもんだからびっくりしてしまっているのだろう。

 ごめんねノリちゃん。こんなに情けないあるじで。



「貴様! 無視するな! この僕を美しく舐めているのかっ!」


「あ゛あ゛ぁ……?」



 舐めてる? そりゃこっちの台詞だバカタレ。

 散々無防備晒してやってんのに逃げも仕掛けもしないとか頭おかしいのか?

 幸福感の後ろで燻っていた業火は鎮火したわけじゃないんだ。そんなにお仕置きされたいのかドMめ。


 俺は牙を剥き出しに笑った。

 星付き様だか何だか知らんが邪魔をすんなインテリメガネ。

 お前はノリちゃんを泣かせるほど偉いのか。変態に一撃で伸された分際でいきがってんじゃねえ。



「貴様は何者かと聞いているんだっ!」


「俺? 俺か……?」



 ハハっ と鼻で嗤う。。




 

「勇者様だバカヤロウ」





 宣戦布告などそんなものは無い。工夫も捻りもしない。

 ただ愚直に踏み込んだ。

 青星の懐で着地。

 まだ視線すらこちらに向けていない、認識すらしていないであろう青星の横っ面を

 

 利き手ではない左拳でブン殴る。


 青星の体表に展開された複数枚の障壁を、素手でブチ抜きながら思いっきり振り抜いた。

 感心するほど豪快に吹っ飛んだ青星が、外構を破砕しながら向かいの建物に突き刺さった。ビクンビクンとケツを痙攣させているが、後の事は知ったこっちゃない。



『雑魚じゃったな』


「雑魚だって言っただろ」



 何事も無かったようにパンパンと手を払いながら改めて周りを見渡すと、目を見開き、大口を開けながら腰を抜かしている商人っぽい男がいる。離れの小屋に陣取っていた数名の男たちは悲鳴を上げながら慌てて逃げ出し、血だらけの中年が、どこかで見たことがあるガーゴイルが閉じ込められた檻に覆いかぶさり気絶していた。



「マルっ! 助かっタヨ! マルゥ~~っ!!」



 ガーゴイルが必死に中年に呼びかけているのを見て、とりあえず治癒魔法をかけてやる。

 ギルドで顔を合わせたことがある男が倒れていたのでそちらにも念のため治療魔法を飛ばした。



「ひ、ヒイっ! あ、青星殿がぁ~~っ!!」



 悲鳴を上げながら逃げていった男たちを追いはしない。

 俺には何よりも優先されるべき事があったからだ。




―――何度、君の名を呼んだかな?





「アリア、いけるな?」


『ほう、【イージス】……の出来そこないじゃな。一体誰がこんなものを作ったんじゃ……』


「アリア、この結界装置が神器うんたら全く興味は無いんだ。このふざけた代物が斬れるか斬れないか、それだけを答えてくれ」


『早い男は嫌われると言ったじゃろ! 全くいっつも汝れは急かすんじゃから……』


「アリア……」


『き、斬れる! 斬れるからっ! 怖い顔やめてっ! 我はアリアぞ! 対神兵器のオリジナルじゃ!』



 何気に衝撃の設定をサラリと言われたような気がするが今は関係無い。

 神竜であるノリちゃんを閉じ込める事が出来る程の兵器を切り裂けるかどうか、それだけが重要だ。

 俺は横溜めにアリアを構えて軽く息を吐くと、ノリちゃんを閉じ込める結界を切り裂いた。  


 ガラスの割れる様な音と共に結界が砕け散り、一瞬だけ花が咲く様な笑みを浮かべたノリちゃんが、顔を曇らせるとしゅんと項垂れトボトボと近づいてくる。

 俺の裡、最早抑える事など出来ない愛おしさが爆発した。



「あ、あるじー あ、ノリ、ノリなー……」





―――何度、君の名を叫んだかな





「ノリちゃん、ごめんね……」



 第一声は決めていた。謝ろうと。

 こんな大事になってしまったけど、元はと言えば俺の不用意な一言が彼女の心を傷付けたからだ。傷付けられてもなお、あの狭いアパートしか行く宛ての無かった彼女にとって、それはどれだけ辛い出来事だっただろうか。

 もう少し早く、俺が勇気を出していれば、一歩踏み込んでいれば。今でも後悔せずにはいられない。彼女を追い詰めたのは他でもない、俺だったのだ。



「あ、あるじ……! ノリは! ノリわるいこだった……」


「違うんだノリちゃん……」


 

 それは違う。君を傷付けたのは俺だ。君を追い詰めたのは俺だ。

 君は悪い子なんかじゃない。君ほど心の綺麗な子なんてこの世界に存在しないさ。

 そんな事、俺は誰よりも知っているんだ。だから……



「ノリは、あるじのゆーことをきかななかった……」


「ノリちゃん、いいんだ。だからあるじの話を聞いてほしい」


「ノリはっ ふぐっ ご、ごじんぱいおがげじて……っ」



 だから、そんなに泣かないでノリちゃん。

 俺は一人、押し寄せる罪悪感に身を千切られながらただただ立ちすくむ。

 上目使いすらしない。ただ俯いて震える彼女に、伝えたい事がたくさんあると言うのに、

 いつだってそうだ。この期に及んでも涙を流す彼女にかける言葉すら思い浮かばない俺は、どこまで行っても空っぽだった。

 いくつもの言葉が浮かんでは消えてゆく。そのどれもが安く軽い気がして、何一つ選ぶことが出来なかった。


 ただ拳を握りしめるだけで伝わる何かがあるならば、どれだけ幸せな事だろう。伝わらないこのもどかしい想いは、どうやったら君に届くのだろう。

 それでも俺は、君に伝えたい事があるんだ。俺には何もないのだとしても、君以外に確かなモノが無いのだとしも




―――それでも、何度でも




「ノリちゃん……」


「もん、もんげんを゛っ ノリも゛んげんを゛」



 心配かけたっていいじゃないか。門限を破ったって、それが何だ。

 俺は心配する義務と、そしてその権利がある。それはとても誇らしい事なんだよ。

 我儘を言ったっていい。素直に本音を語っていいんだ。

 俺が望む「良い子」に捉われて、俺の望むままに生きようとする必要なんか無い。だから―――


 


―――何度でも、何度でも何度でも何度でも




「ノリちゃん、ごめんなさいよりも、本当は思っている事があるんじゃないかな? 言いたい事があるんじゃないかな……?」



 だから俺は笑った。いつの間にか滂沱と流れ落ちる涙をそのままに。

 言葉を持たないどうしようもない俺が、届かぬ想いを祈る様に抱えながら。

 そして彼女はハッと顔を上げた。

 ポロポロと涙をこぼしていた可愛らしい顔がクシャリと歪む。



「悪い子とか良い子とか、そういうことじゃないんだ。君の気持ちを、本当の気持ちを、あるじは聞きたい。聞かせて欲しいんだ」


「ノリは…… ふぅっ ノリは、あ゛あ゛あぁ~~っ」



 しゃくりあげる彼女をそっと抱きしめた。

 俺の胸で鼻を啜る彼女の頭を撫でる。それしか俺に出来る事は無いからだ。

 こんなにも小さい女の子が震えている。罪悪感を感じると同時に、こうして彼女を感じられる幸せに、俺は一人苦笑した。



 「ご、怖がっだ……」



 くぐもった声でポツリと呟かれた彼女の本音



「あるじも怖かったよ……」



 だから俺は言った。


 彼女の気持ちが消えてしまわないよう、俺たちの気持ちが途切れてしまわないよう。



「あ、会いだがっだぁ……っ!!!」


「俺もさノリぢゃん゛……っ!」



 俺は間違えた。今後も間違うかも知れない。

 だけど、その度に、何度でも、何度でも俺は……





―――君の名を、呼ぶよ。




「ノリちゃん」

 


 会いたかったよノリちゃん。俺の全て。俺の世界。

 互いに縋るしかなかった俺達の、歪に始まった關係だとしても。

 そうしなければ生きていけなかった偽りの外殻なのだとしても。

 今、この胸に宿る想いに嘘なんて無い。誰にも否定なんかさせないさ。だから聞いてくれないか。


 気の利いた事一つ言えない俺の、たった一つ確かな想い。

 言葉に出来ないこの想いが、どこまで正しく届くのかなんてわからない。所詮は言語に感情の全てを込める事など出来やしないのだから。

 それでも今、君に聞いて欲しい。

 

 何よりも、誰よりも君を―――




「君を愛している……」




 だから始めよう。物語の続きを。

 君と俺、この世界でただ一つの真実を、

 もう一度君と共に綴っていきたい。

 心から、そう思うんだ。

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