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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
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金色のブレイブ・ハート・ストーリー⑦

「昨日、ノリちゃんと喧嘩して…… 俺が悪かったんだ……」


 私の胸で、消え入るような声で呟くイサオ。

 夕闇に限界まで引き伸ばされた影が、段々とその存在を闇と同化させていく。

 日はとうに沈み始めており、通りの店に灯りが灯り始める。街を行き交う人も、どこか落ち着きを失い待っている宴に向かって足を速める。

 そんな当たり前の日常の中、私はただ黙って彼の頭を撫で続けた。


「俺は、ヒドイ事を…… 言った…… だから出ていったのかも知れない……」


 イサオが昨日の騒動の経緯について細切れの言葉を紡ぎながら語る。

 私には確信があった。

 状況は聞かずとも大体理解している。この場で言えるわけも無いが、なんせ私はママと一緒にイサオの後をつけていたのだ。大まかなやり取りも知っているし、その後の捜索にも肩身狭く参加していた。

 昨日の晩、彼が自宅で胸を撫で下ろしたことを知っているからこそ言える事があるのだ。

 

「イサオ、ノリちゃんは出ていってないよ。私は断言する」

「だったらなんで……っ!?」


 グルグルと焦点の合わないイサオの瞳を真っ直ぐ見つめながら私は言った。


「そんなに酷い事を言っても、喧嘩をしても、それでもノリちゃんは家に帰って来たんでしょ? ノリちゃんの帰る場所はあなたの横にしか無いんだよ。あなたにとってノリちゃんの代わりがいないように、ノリちゃんにとってもイサオの代わりはいないの。何があったってそれは変わらないよ」


 悔しさが無いといったらそれは嘘なのだと思う。

 今更自分の気持ちに嘘をついても始まらない。私は、彼が好きなのだ。

 何よりも、誰よりも。

 4年前に救われたあの日に巻かれた種が芽吹き、再び出会い、また救われた。何のためらいも無く血を流し、そして笑う。あの瞬間から、もしかしたらずっと前から。私はずっとイサオが好きだった。

 だが、どんなに好きでも、仲良くなっても、近づけば近づくほど深まる確信。


―――私ではノリちゃんの代わりになれない


 彼の世界の9割9分がノリちゃんで出来ている。残りの1分で彼自身とその他大勢が出来ている。

 それが彼の世界だ。彼の全てだ。

 どれほどの極限状態でノリちゃんと出会ったのか、その瞬間、それほどの衝撃をその身に受け止めたのか。考えてもわからない。だからこそ見失った時の絶望感だって私には解らないのだ。

 

「でも、じゃあ、どうして……。 ノリちゃんが帰ってこれないなんて状況は…… 正直、考えられない…… ぶっちゃけもう彼女は俺よりも強いんだ…… なのになんで……っ! う、うぅぅ……っ」


 そうして私の胸に押し付けられる彼の額。生暖かい吐息が鳩尾に広がりゾクリとする。

 通常だったらドキドキしただろうシチュエーションなのは間違いない。だが今の彼は普通では無かった。この瞬間も無意識的に添えられた彼の手が、私の脇腹をミシリと握る。

 瞬間、飛び出そうになる悲鳴を堪え、深呼吸をしながら冷静に息を整えるも、彼はまた再び小刻みに震えはじめてしまった。

 いつだって頼りない笑顔を浮かべる彼は、【勇者】だなんて信じられない普通の男の子だけど、それでもこんなイサオは初めてだった。彼らしくないとは言わない。みっともないとも思わない。

 全てを失い、そしてまた奪われる恐怖に震える普通の人間がそこにいるだけだ。どれだけ強くなったとしても克服出来ぬ人としての真理がそこにはある。

 身を引き裂かれる様な嗚咽を繰り返す彼に私の言葉は届くのだろうか。私にはわからなかった。


「行こう、イサオ」


 だから私は彼の手を掴んだの。

 そこらに捨てられた子犬より惨めで無力な彼の震える手を。

 かつて無力に慟哭した自身を抱きしめるように。


「行こうイサオ。ノリちゃんはきっと大丈夫。だから早く迎えに行ってあげなきゃ」

「迎えに行くって…… どうしたら……」


 縋る様に私を見上げるイサオ。焦点のが合わずに空虚を灯す彼の瞳にゾッとした。

 ノリちゃんを失ってしまうかも知れないという恐怖に、彼の心はバラバラになる寸前だ。

 だけど大丈夫。絶対に私がそうはさせないから。


緊急依頼(サンセット・オーダー)を出すの」

緊急依頼(サンセット・オーダー)って…… そんなの無―――」

「イサオが思っている通りだよ。ノリちゃんの身に何かあった。彼女があなたのもとに帰ってこないなんて、それ以外にあり得ない」


 呆然と目を見開く彼を引き摺ってギルド内に入る。

 ギルド内はもう依頼受託どころか、完了報告のピークすらとうに過ぎ、明日の仕事に目星をつける者や、今から夜の街に繰り出そうと、せっせと準備にせいを出す冒険者達で静かなる賑わいを見せていた。


「オルテナ無理だ……っ! そんな依頼誰も見向きもしてくれないって!」


 そもそも、ギルドへ星の数ほど寄せられる依頼の中でも、人探しの類の依頼は一番忌避される。

 仕事が無いとボヤく暇な冒険者に直接話を持っていったとしても片手で追い返されるのが普通だ。

 考えてみれば当たり前の事なのかも知れない。

 口頭で語られる人物像と、絵心が有るとは限らない手描きの絵を頼りに探し人を特定し、連れて帰らなくてはならない。仕事の性質上、成功報酬である場合が多く、そもそも対象が生きているという保証はない上に、連れて帰ったところで人違いで無い保証も無い。

 さらには、依頼者の心情的にも、時間が経つほど『乱掛け』と呼ばれる重複依頼になっていくのはいいが、あくまで報酬は一本なのだ、トラブルだって絶えない。

 そんな依頼を一体誰が好き好んで受けるというのか。


「俺ごときの手持ちじゃどうにもならない……っ!」


 だから、もし本気で人探しを依頼するならば見つけられなくても報酬を支払うという意思を見せなければならない。要するに成功報酬制ではダメなのだ。


「知ってるよ。イサオがそんなに裕福でない事くらい。そんな事は知ってるの」

「だったら―――っ」

「違うよイサオ。私、言ったよね?」


 そろそろ、だと思った。

 私の本気を見せる時なのだと思った。

 

「あなたに…… 恩を返すの」

 

 自分はヒドイ女の子なのだと思う。

 緊急時だというのにこんなにも嬉しいの。

 ゴメンナサイ。ごめんね。

 こんなにあなたが落ち込んでいるというのに、私はこんなにも高揚してるの。

 

「あなたを守るの」


 壊れてしまうから。

 このままだと、あなたはあなたでなくなってしまうから。

 大丈夫。私が絶対にそうはさせないよ。

 あなたの大事なものを、これ以上絶対に奪わせたりしない。

 呆然と私を見つめる彼に向かって、心からの笑みを向ける。

 毎朝、笑顔の練習をしていたのは今日この時のためだったのだと思った。


「みなさん聞いて下さい!」


 まったりとした喧騒を切り捨てて私は言い放つ。

 なんだかんだ少なくない冒険者たちが、何事かとこちらを向いた。

 いつもは億劫だったSランカーという肩書が、やっとこの場で輝き出す。

 イサオには無い「信用」が私にはあるのだ。


「緊急依頼を掛けます」


 しいんと静まり返るギルド内。

 一瞬だけ視線を走らせて彼らの反応を探る。彼らは皆、ポカンと呆けたような顔をしていて、横を見るとイサオもあんぐりと口を開けていて少しだけ胸がスッとした。

 私は腐ってもSランカーで、自惚れでも何でもなく冒険者ギルドというコミュニティの中では有名人だという自覚がある。

 本来依頼を受ける側のトップに君臨するはずのSランカーが依頼を出すなどこれ如何に? というのも頷ける。上位ランカーが投げるような依頼を一般の冒険者がこなせるとは思わないからだ。

 すると唖然としていた冒険者たちが我に返ると、一斉にどよめきが広がる。

  

 こんな時間に何の話だ

 Sランカーなんだから自分でやったほうが早いだろ

 そもそも依頼があるなら窓口に行け

 オルテナ様、何なりとお申し付けください 


 どよめきを要約すると大体がこの4つに集約される。

 最後の反応に若干引くが、様々な種類の視線に迷うことなく私は真っ直ぐ前を見た。

 迷うことなんて無い。

 

「街を救った幼竜、ノリちゃんが迷子になりました。朝出かけたきり戻って来ません。誘拐の可能性も否定しません。いや、そっちの可能性のほうが高い。一刻も早く捜し出してほしい。一人でも人手が必要だ」


 盛大なため息、鼻を鳴らす音

 割に合わない。ほとんどの者がそう思ったに違いない。


 だが「救いは孤独の向こう側にある」という格言通り、手を差し伸べる者もいるのだ。


「いいぜ、受けてやろう。あのチビちゃんが困ってんだろう? 恩を借りっぱなしってのは気持ち悪くてしょうがねえ」


 ひげダルマのようなむさ苦しい顔を不敵に歪めて立ち上がる男がいた。


「もしあたしが見つけたらあたしのノリちゃんと一日一緒に過ごす権利をよこせ。話はそれからだ」


 若干頬を紅潮させながら立ち上がる、赤毛で肉感的な女戦士がいた。


「あの子がいなかったら俺たち死んでたんだろ? 俺は参加するね。オラお前らもだ」

「っつったって手がかりもないのにどうすんだよ」

「それでも私たちは冒険者よ。義理を捨てたらただのゴロツキだわ」

「でもよー……」


 そこらじゅうで行くか否やかの議論が始まる。

 俺は行くけどお前はどうする? といった会話がそこかしこでなされ、なんとなく、キルド内の雰囲気が恩人が困ってんだから協力しようぜ的な流れに傾きかけたとき、それに冷や水を浴びせるようなタイミングでその声は上げられた。


「報酬はどうするのですか?」


 フロアの奥の飲食スペースから静かに表れた長身で細身の男がこちらに向かって歩いてきた。この街に来て間もない私だって、その男クラスの人物ともなると知っている。

 どこまでも薄い笑みを、如何なる時にも顔に貼り付けながら容赦なく敵を屠ると噂される、その男の名は【微笑】のペラール。この街生粋の実力者であると同時に、冒険者という荒くれ者達をまとめ上げる事のできる大人物だ。

 どこか気品と薄気味悪さが同居するその微笑を浮かべたまま、ペラールは言葉を続けた。


「依頼を投げるのもいい。受けるのもいい。しかし幼竜は一人だけです。成功報酬制ならば少し…… 話がおかしいのではありませんか?」


 冒険者たちがそう言えばと気づいたように私を見る。

 野暮言ってんじゃねえよという声も上げられるが、それでも、どこまでいっても彼らは危険に身を晒して金を稼ぐ『冒険者』達だ。どちらが正論を言っているのかなど問いかけるまでもないのだ。  


「ここにいるほとんどの冒険者は、無報酬で時間を費やして生きていけるような生活はしていない。単なる気まぐれならば、巻き込まれるほうはたまったものではない」

「気まぐれで声を上げたつもりはない。もちろん報酬は用―――」

「報酬は、俺が出します……っ!」


 普段、滅多に感情を露わにすることのないイサオが一歩前に出た。

 そして爆発しそうな感情を噛み締める様に言葉をひり出す。

 

「ちょ、ちょっとイサオ待っ―――」

「今は手元に162万ギルしかないけど、絶対に払う…… 借金してでも…… 信念を曲げてでも耳揃えて払う。だから…… だからっ! お願いしますっ! ノリちゃんを探してください!」


 数瞬の沈黙。マズイと思った。

 お金ならある。私にとっても大事なノリちゃんのためと思えば、すぐに稼げるお金に頓着するつもりも無かった。

 だが、今ここにいる人間は、ノリちゃんがそもそも誰と暮らしているのか知っているし、本来誰がこの依頼をしなければならないのかを知っている。

 もちろん上位ランカーである私が誰の為にどのようにお金を使うかなどは自由で、誰に何を言われる筋合いも無いのだが、私が一介の冒険者であるイサオの為に大金を叩く事に面白いと感じる者などいるはずがない。冒険者同士の相互扶助が慣例だとしても、行き過ぎた援助に人は寛容ではいられないのだ。

 だとすればこの話の行先はどうなるか、イサオの口にした条件がベースに進んで行ってしまう。


「イガワさん。あなたは今自分が何を言っているのか理解していますか?」


 微笑の男は、まるで虫を見る様な凍てつく瞳でイサオをねめ上げた。

 そしてそのまま歩を進め、イサオの傍まで来ると、微笑みを絶やさないまま少し俯くイサオをしたから覗き込んだ。


「イガワさん、あなたの言っていることはこうだ。『今報酬払えないしいつ払えるかわからないけど、金が出来たら払うから待っててくれ』。話にならない。金は無い、アテもない。そんな紙よりも軽い底辺冒険者の言葉を信じろ、と?」

「そ、そう、です……っ! でも、絶対に俺は―――」

「オルテナさん。あなたにはわかるはずだ。我々冒険者がどういった理屈で動くのか。通すべきスジが何なのか。そしてそれを知った上で、あなたはこの男に手を貸すのですか……?」


 誰もが固唾を呑んでこのやり取りを聞いていた。

 そこまで事を難しくしなくてもいいのではないか。誰もがそう思うと同時に、誰もがペラールの唱える冒険者の矜持に共感せずにいられない。

 気軽に「恩を返そうぜ」という感じで始まった流れに強烈に深く打ち込まれた楔。その楔を引き抜くのにイサオでは役不足だとペラールは言外に告げている。

 彼は一体、何を微笑の仮面の下に隠しているのだろうか。一体何を求めているのだろうか。何となくだが、難しい事ではないような気がしていた。


「難しい話はおしまいにしましょうオルテナさん。私はあなたの覚悟が聞きたい。あなたが本心から何を望むのかを知りたい」


 だったら私は変わらぬ決意を口にしようと思う。

 結局のところ振出しに戻っただけだ。どこか目の前の男に誘導されたような気がするのは癪だが、それでも答えは最初から決まっている。

 不謹慎にも頬が吊り上るのを感じた。非常にシンプルな話だ。

 何としてもノリちゃんを探し出すのだ。何があってもイサオを助け出すのだ。

 

「参加者に無条件で10万ギル。手がかり一つに20万ギル。発見者に1000万ギル支払う。出来るだけ人出が欲しい。片っ端から声をかけてくれ。1億ギルまでなら即金で払う。それ以上は……」

「それ以上は……?」


 楽しくてしかたがないといった雰囲気で私に先を促す微笑の男。

 呆然と私を見つめるイサオを横目に、私はペラールに向かって轟然と言い放つ。


「オルテナ・レーヴァンテインの名に誓って、何をしてでも金を作って支払う。破産してでも私は彼を助ける」


 ぐにゃりと微笑の仮面が歪に歪んだ。

 嘲りでもない。驚きでもない。とてつもなく熱い何かが男の仮面(微笑)から吹き出るのを感じた。

 それが狂喜であったのだと、私は後に知ることになる。

 ペラールは無言で後ろを振り返ると、厳かに口を開いた。


「みなさん、聞きましたね……? 我らが女神が人出を所望だ」


 奥の飲食スペースに陣取っていた多数の冒険者達がユラリと立ち上がる。

 すると何事かと眉を潜めた私に構わず、ペラールは右手を高く掲げた。


「監視班、直ちに全ての隊員に招集をかけなさい。集合場所は西の広場。優先度はレベル5。執行部は即時人員配置の検討に入れ。魔導衛星ミノムシMk-Ⅱを起動、1時間以内に完璧な捜索計画を練り上げろ。粛清班は西の広場を直ちに接収。反抗する異端者がいたら粛清しなさい。無慈悲に、徹底的に。何人足りとも我々の崇高な任務の邪魔をさせるな!」

「ちょ、ちょっと……。ぺ、ペラール、さん……?」


 突然の超展開について行けない私。

 イサオの手前もあって、ちょっとだけカッコつけた後だけに、どうしていいかわからないこの状況にあうあうした。 


「たった今、聖なる戦の戦端が切られた! 我々の存在意義がここに問われているのだ! これは神命であるっ! 日々研鑽し練磨し鍛練した諸君の力を、神から賜った神聖なる初任務のため全て捧げるのだ!!!」

「「「「「「「応っ!!!!」」」」」」


 呆然と口をパクパクさせる私に向かって、ペラールが振り返る。

 そして先程とは嘘みたいな晴れやかな笑みを浮かべた彼は、静かに跪くと、右手を胸にやりこう言ったのだ。


「報酬など要りませぬ戦女神(マキナ・バルデス)。私達はこの時を待っておりました……」


 そうして男が顔に浮かべるのは凶つ笑み。

 誰がゼプツィールきっての人格者などと彼を評したのか。

 とんでもない。彼の本質はこれだ。狂おしいまでの激情を身に宿す無頼漢こそがこの男の本当の姿だ。

 男は謳う。心から誇らしげに。 


「全ては女神の御心のままに。気高き女神の為にマキナ・ニョル・レーゼ

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