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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
3/59

元勇者の借金返済計画 ②

鐘8つに間に合うよう、俺はノリちゃんを頭に乗せ、アリアを腰に差して家を出た。

 今回は大型の馬車3台で移動することになっている。

 その為、大通り商店街にあるギルドでは無く、俺たちが住んでいる王都、ゼプツィールの南門前が集合場所となっていた。


 余裕をもって家を出たので、特に急ぐことも無く、人が歩き始めた朝の、心地よい喧騒の中をのんびりと歩く。ノリちゃんとアリアさんが、ノリちゃん作詞作曲の「シチューの歌」を一緒に歌っていた。

 ご機嫌そうなところ申し訳ないが、アリアさんが喋ってるところを見られるのは洒落にならないので大人しくしてくれないものか。


 目的地の結構手前あたりを歩いている時から、なぜか物凄い強い視線を感じた。

 一瞬、レガリアの刺客か! と思緊張するも、敵意は感じない事に気付き、軽く息を吐く。

 誰が、何のために俺を見ているのだろうか思案するが、南門前にチラホラ集まり始めていた冒険者の一人を確認して納得する。と、同時に勘弁してくれよと思った。


 オルテナ・レーヴァンテインだ。

 遠目で見ると、顔がこちらを向いていることはわかるものの、その視線が間違いなく俺に向かっているかと言われれば断言できない。だが顔がこちらから動かないところをみると正解なのだろう。

 どんだけ目がいいんだよ……

 そんなことより彼女も今回の討伐チームに参加しているのか…… 普通の団体クエストにSランカーが参加するとかどんな冗談だよ

  


 俺はウンザリしながら歩調は緩めず南門へ到着。

 乗り馬車ではなく、荷馬車が3台留めてある。おそらくはあの馬車で移動だ。戦争モノの映画で兵士がトラックで移動する時みたいに向かい合って座る感じだろう。何気にそのまま荷台で寝れるので、野営の準備が楽なのだ。

 オルテナといえば、彼女はまだ俺を凝視していた。

 

 居心地が悪い気分で15分ほど待っていると、ギルドの担当官がやってきて点呼を始める。

 冒険者にとってはこの点呼も重要な手続きだ。数日間とはいえ、命を預ける者の名前や、情報を把握するのことは地味に自身の命に直結してくる。例えば……


「パーティー、ブラックウインドの4名」

「「おう」」


 どよどよと他の冒険者が噂話を始める。この前盗賊の幹部を捕まえただの、以前一緒に仕事をしたとき、腕は確かだっただの、あいつらはあまり周りをフォローしないから連携しにくいだの。


「ソロ、オルテナ・レーヴァンテインさん」

「ああ」


 一瞬静まり返る冒険者たち。そして先ほどより大きいざわめき。

 俺は全く知らなかったけど、腕っぷしで生きてきた者にとって、ある意味力が全てだ。そしてその力の権化であるSランカーを知らない者などいないのだろう。

 その突き抜けた美貌に下卑た嗤いを仕掛ける者もいれば、技を盗むため近くで行動しようと考える者や、彼女の近くで行動すれば生存率が上がると計算する駆け出しパーティーもいる。


「ソロ、イサオ・イガワさん」

「はーい」



 しーん

 圧倒的誰あいつ?感が広場を占拠した。


 おい、あいつ誰だよ。 俺知らねーよ的な会話がそこかしこでなされているのを聞いて少しだけ悲しくなる。

 ブラックウインドのみなさんは、ニョーラがとか言って一斉に俺を睨んでくるし…… 俺が一体何をした。

 

 そしてそんな俺に構わず、ギルド担当官が最後の参加者の点呼を終えると、まあ一応、といった感じで形式的な確認がなされる。


「他に呼ばれていない方はいらっしゃいますか?」

「はーい!」


 予想外の返事に全員の視線が俺に集中する。正確には俺の頭の上だ。

 ノリちゃんは俺の頭から地面に降りると、持ち前の天使っぷりを存分に発揮して言った。


「イガワノリです、2さいです!」


 ペコリとお辞儀したノリちゃんは、凶悪と言っていいほどの破壊力を持っていた。苗字と名前を逆に言ってしまったのは俺がそう教えてしまったからだが、今そんなことはどうでもいい。

 

 俺は音の壁を超えノリちゃんの前に回り込み、片膝立ちになると、すかさずЙЦБЭ(消えない記憶(古代魔法(ロスト・ワード)))を使って、お辞儀をするノリちゃんを激写した。

 後でЁГЖЯШ(過去をこの手に(古代魔法(ロスト・ワード)))で出力し、ノリちゃんが嫁に行くときに渡すつもりのアルバム『ノリちゃんのあゆみ』にその記録を残すのだ。まあ旦那は殺すけど。

 

 それにしても、以前よりノリちゃんの可愛さは世界に通用すると思ってはいたが、これだけの圧倒的破壊力を目の当たりにすると不安にだってなる。彼氏は殺すと決めているものの悪い虫がついてしまうのではないか心配にもなってしまう。まあ悪い虫も殺すけど。


「すきなごはんはシチューです。 きらいなごはんはぴーまんです!」


 ああ、ノリちゃん、ピーマンはごはんじゃなくて食材よ!

 周りを見るとほとんどの冒険者たちがハートを撃ち抜かれていた。オルテナに至ってはその眼に流星群を召喚してクールな美貌を台無しにしている。

 中には


 「おい、あの幼竜マジ喋ってるってマジヤベぇ、アレ高位種だよやべぇよマジパなくヤバくね?つーか超やべぇ」


 ノリちゃんの特異性に気付く者もいたが、最高に頭の悪い喋り方だったので無視することにした。

 アリアさんが俺の腰元で自己紹介したそうにウズウズし始めたので「お前はダメです」と黙らせる。どうせ我なんか……、とショボーンとしていたが、『我の好きなタイプはぁ~♪』とかアホ抜かされても困るだけだ。

 



 ともかく、そんなこんなで点呼が終わり、今回の編成が明らかになる。

 パーティー5組、ソロ3名 総勢17名の大所帯となった。まあ少なくとも40匹以上の武装オークを相手にするクエストなので当然と言えば当然、むしろ少ないほうだ。


 討伐チームは二手に分かれて馬車に乗り込み移動を開始する。もう一台の馬車は食料等の荷物運び用だ。 

 俺はブラックウインドの皆さんと別になってホッとしていたのだが、オルテナさんが向かいに座りじ~っと見つめてくるので居心地が悪くてしょうがない。

 彼女は時折聖剣に視線をやって目を細め、ノリちゃんに視線をやっては、目をキラめかせていた。クールな表情のまま目をキラめかせるもんだからなんか怖い。たまに唇を尖らせ「チチチチチ……」とやっているが、きっとノリちゃんを呼んでいるつもりなのだろう。


「イサオさんマジヤバくないっすか?っつーか超ヤベぇんすけど、オルテナさんがイサオさんのことマジガン見してんスけどぶっちゃけこれってパなくねっすか?」

 

 なぜか隣に座りグイグイ来るチャラ男にも微妙に精神を削られた。

 あまりにもいたたまれなくなった俺は、御者をやってくれている冒険者に「俺、変わりますよ」と声をかける。そして御者をやっていたら、オルテナさんが当然のごとく隣に腰を下ろして俺を見つめてきた。この子は自分の美貌を理解しているのだろうか。後ろではチャラ男が「イサオさんパネェっす!」と興奮している。

 

「あの……、御者を代わっていただけるんですか……?」

「いや、私はやったことないので出来ないと思う」

「あの、ならば何故この御者台へ……?」

「あなたが私の探し人に似ているからだ。むしろ本人ではないかと思っている。あとノリちゃんが可愛いからだ」


 前半でドキっとして後半で、さすがSランカーはわかってんなと思った。


「なあ、この大陸で黒髪黒目は珍しい。あなたは知らないか? レガリアの金の勇者と黒の元勇者、黒の方の勇者を探しているんだ」


 俺です(笑)

 とは簡単に言えない。元勇者を友好的な意味で探している人ももちろんいるが、敵意を持って探す人だって中にはいるのだ。この子がどちらかまだわからない。


「ちなみに、なぜ探しているか聞いても?」

「彼は恩人だ。お礼が言いたい」

「他には?」

「色々あるがそれは言えない」


 なるほど、まあ悪い感情を持ってる方ではなさそうだ。

 しかし、恩人となると誰だろう。結構な数の村や街を助けて旅をしてきたから、助けた人達全員なんて覚えていない。

 

 確かに黒髪赤目という彼女の特徴は珍しいけど、俺としては、青の髪や金の瞳やピンクの髪なんてものまであるファンタジー全開のこの世界で、それが決定的な記号になるとは思えない。

 そういえばドロテアのところに預けた女の子も黒髪赤目だったような気がするが、なんていうかこうもっとガリガリでちんまくて弱っちいガキだったはずだ。そもそも気まずい事情があって顔もあんまり見れなかったのでちゃんと覚えてない。

 それにあの子は「リュリュ」という名前だったはずだ。オルテナではない。 


 俺は再度オルテナを見る


「うーん…… やっぱ違うよなあ……」

「何が違うんだ?」

「いや、こっちの話」


 オルテナさんは艶々した長髪だし、175cmの俺よりちょい低いくらい背が高いし、見た感じおっぱいは何ていうか……こう、生意気そうだし、唇厚めのエロかっこいい系の超絶美人さんだし……

 

 うん、無い。違うわ。あの子ではない。ていうかそもそも盗賊一人も相手に出来なかった女の子が2,3年でSランカーとかあり得ない。

 となると誰だろ、わかんね。


 思い出せないことをすっぱり諦めるのは俺の特技だ。

 そもそも名乗るつもりが無いのは一緒だし、実はあなたの恩人でしたと言ったところで気まずいだけだ。


「もし会ったら言っておくよ。オルテナさんが探していますよって」

「ああ、ありがとう。お願いする。あとノリちゃんと触れ合いたい」


 美人さんを隣に、天使ちゃんを頭の上に、カッポカッポ馬に引かれながらのんびり街道を行く。

 目指すはドラン平原最奥、『ガザの森』

 邪魔にならない程度に、目立たない程度に頑張ろう。

 俺は、オルテナさんに遊んでもらって大喜びのノリちゃんを眺めながら、

 今日も幸せだ、そう思った。

 



◇ ◇ ◇ ◇






 現地に到着し討伐開始より2日目

 こんにちは

 俺は未だ一匹のオークも討伐することなく後方支援に徹しております。





 予想よりも2倍以上オークの数が多かったにも関わらず、今回の討伐は順調だった。

 ブラックウインドの方たちは、口だけではなく腐ってもBランクのパーティーであったし、チャラ男が意外なほど強かった事、その他のパーティーも、きちんと自分たちの力量を把握しており、無理な行動を控え、細かく連携を重ねることで大きな戦果をもたらしている。

 とはいうものの、やはりそれ以上にオルテナの存在が大きかった。


 客観的な話として、多くのSランカーは傲慢で自分勝手な振る舞いをする奴が多いと聞く。力がものを言うこの世界においてそれは当然の帰結なのかも知れなかった。


 だが、オルテナはその例外にあたるらしい。

 雰囲気や口調が硬かったり冷たかったりするものの、気さくに他の冒険者と接し、昨日の野営の時などは、他の冒険者に乞われて剣の手解きまでしていた。


 戦闘中の今だって自分から突っ込むことはせず、一歩引いて周りを俯瞰し、手の足りなそうなところへと積極的に介入して回っている。

 3名の新米パーティーに6匹のオークが突っ込んできた時なんかは、一瞬で4匹を切り殺すと、新米たちが残りの2匹との戦闘が終わるまで待機していた。危なくなったら加勢するつもりだったのだろう。びっくりするほどの面倒見の良さだ。

 4倍以上の数のオークを相手にして、誰も大怪我をしないで済んでいるのは間違いなくオルテナのおかげだ。


 それで俺は何をやっているかというと

 回復魔法が使えることもあって、俺の仕事は専ら回復援護だった。

 

 ちなみに帰ったら薪拾いと炊事も俺の仕事だったりする。ブラックウインドのリーダー役であるブレットの一声で押し付けられてしまったのだ。他の冒険者は手伝おうとしてくれるが、その度に彼らの横槍が入るので、謹んでお断りしている。


「イサオさーん、回復お願いしまーす」

「はいよー」


 無詠唱で軽めの回復魔法をポンポン飛ばす。このくらいなら身バレすることもないだろう。


「おいニョーラ! 早く回復よこせ! ぶっ殺すぞ!」

「ういーっす」


 ぽい~~ っとな

 楽なモンだ



「イサオちゃん、オレ的にマジちょっと回復願いたい方向っつーかー」

「……」

「マジっすか!? マジシカトの方向っスか!? オレ、イサオちゃんとはマジWinWinなカンケー築きたい系なんスけどぉ!」

「…………」



 ふう~ 労働は素晴らしいね。





 そんなこんなで今回の討伐も終盤。きっと何事もなく終わるだろう。


『……おい』


 よし、帰ったらノリちゃんと一緒にお風呂に入ろう。すべすべお肌をちゃんと洗ってあげなくてはならない。

 そんで久々の大口依頼達成記念として、ライラック鳥をこんがり焼いて甘辛いタレにつけて食べさせてあげよう。


『……おい…………(なれ)よ……』


 そういえば今度「勇者の大冒険」って絵本を読んで欲しいって言ってたな。ノリちゃんは読み始めるとすぐ寝てしまうから、何回も最初から読み直していてもうほとんど暗記してしまっている。

 だから今日の野営の時にでもお話してあげようかな、いや、やっぱり絵本を指定するあたり、絵が無いと物足りないのだろう。

 ああノリちゃん、ホントはそんな絵本より本当の勇者(元)のお話を聞か―――――




――――ブワッッ!!!!!!




 やっべえ……

 聖剣さんが呪いの剣になりかかってる


『……そんなに……死にたいのか……』

「アリアさんマジすんませんでした……」



 最初は、『あ、オーク発見じゃ! 汝よ早く、早く斬ろう!』とか大はしゃぎだったのだが、ブレットさんに「ニョーラはすっ込んでろっ!」と怒鳴られ、俺が後衛に下がってからは完全にダークサイドの住人と成り果てた。

 俺は、最初は意識的に見ないようにしていたのだが、刻一刻と膨れ上がる瘴気と、段々と狂気を孕んでいく独り言。

 紫色の触手的な瘴気か何かが、俺の左腰でウネウネし始めてもなお彼女を無視できるほど俺に根性はない。

 俺が最強の勇者(元)だろうが関係ない。怖いもんは怖いんです。




『ああぁ……肉を切りたい、骨を砕きたい、血を、吸いたい……』




 完全にキてやがる

 呪われた武器の思考回路じゃねえか。

 恨みや怨念も無く、どうやったら単独でここまで高く飛べるのか

 俺は思った。"死にたくない"



 俺は生まれたての小鹿のようにガクガク震えながら、近くで放置されたオークの死体に近づいた。

 死体に鞭打って喜ぶような下種な趣味は持ち合わせていない。

 そもそもこの世界に召喚されて4年たってもなお、ヘタレな俺は生き物を傷付ける行為すら多大なストレスを伴う。だが俺に選択肢は残されていなかった。

 俺はシャランと聖剣を抜き放つと、死体に剣を突き立てた。


『おい、聖剣たる我が死骸の血を啜って喜ぶと思っているのか? 生き血を吸わせろ』

「頼むから聖剣の言うセリフじゃないことに気付いて下さい」

『む、むう、それはそうじゃな、聖なる我が、ちと戯れが過ぎたわ。今回はこれで我慢してやるのじゃ』


 戯れにもほどがあるでしょうよ

 それでもアリアが奇跡的に正気を取り戻したと安堵していたら、彼女は『あ、あ、あぁぁっ!』とか言って死体から血を吸ってトリップしていらっしゃった。

 俺はそっと目頭を押さえて、首を振る。

 今度良い病院に連れて行ってやろう。







 そんなこんなで討伐自体は終わり、全員で帰る準備をしていた時だった。


 黄色く光る半透明の小鳥がギルド担当官の肩に止まった。

 すると小鳥は、足に着けていた紙切れを残し、光の粒子となって消える。 中位の伝達魔法だ。

 

 この世界に転移先座標を制御できる転移魔法や念話といった魔法は存在しない。急ぎの情報伝達は専らさっきの魔法でなされる。

 あらかじめ対象の魔力波にアンカーを打ち込み、魔力で顕現させた疑似生物がそれをたどることで軽量物を運ぶことができ、主に手紙などをやり取りして情報伝達を行うのだ。

 国家間、都市間、ギルド間、あらゆる組織で用いられるこの魔法も簡単なものではなく、専門的な訓練と入念な準備が必要とされ、使い手は一生食べるのに困らないと言われる魔法だ。


 そうやって届けられた手紙を見たギルド担当官が目を剥いた。何か良くないことが起きたのだ。



「南東にあるデボア村が盗賊の襲撃を受けているらしいです」



 ギルド担当官から告げられた一言、一行に緊張が走る。

 この世界において、村といっても自立している集落である以上、落とすことなど言うほど簡単なことではない。

 野党が闊歩し、魔獣が徘徊する世界でコミュニティとして存在しているのだ。ただ畑を耕すだけで生き残れるわけがない。

 そんな組織を白昼堂々襲うことの出来る盗賊団となると限られてくる。



「……バルガス盗賊団」



 誰かが呟いた。

 幹部がみな元Bランク以上の冒険者という、近隣では最大最強の盗賊団だ。


「これより緊急クエストを発布します。希望者を募りますので希望者は手をあげてください」



 誰も手をあげるものなどいない。あたりまえだ。

 武装し戦い慣れた数十人規模の盗賊集団に、誰が好き好んで特攻したいものか。しかも幹部連中は全員Bランク以上ときている。見返りが大きくとも命あってのモノダネなのだ。

 青い顔をした冒険者たちが目を伏せ、互いに視線をあわせた。その時


「……私が行く」


 殺意を秘めた押し殺すような声。

 オルテナだった。

 紅い眼に危険な光を湛えた彼女は宣言する。


「私だけで十分いける」


 ギルド担当官の「ほ、他に志願者はいませんか」の声に、俺はオルテナがちょっと気の毒になり「手伝おうか?」と言うと


「騎士団の足止め部隊が出ている可能性がある。あなたはこの集団を守ってくれ。回復魔法の使い手は希少だ」

「でも一人で行くのはさすがにマズくない? 万が一ということもあるし」

「いや、聞く限りでは一刻を争う。デボア村ならこの森を突っ切るのが最短ルートだが、馬車で移動となると街道まで戻らなければならない。それに私のスピードに着いてこれる者がいるとも思えない。どちらにしても一人で戦闘に突入することになるだろう。ならば帰りの街道の安全を確保してくれ」


 正直俺は舌を巻いた。

 無双の戦闘力を持っているだけではなく、高度の状況分析能力を有している。やけにギラつく目を見て不安になったのだが、これなら大丈夫そうだ。


 そんなことを考えていると、オルテナは自分の獲物を掴み、凄まじい速さで森へと突入していった。

 彼女なら大丈夫だろう。


 俺たちはなんとなく気まずい空気の中、片づけを済ませ、馬車と並行して歩いて街道に出ると馬車に乗り込んだ。

 街道を行き始めて1時間くらいだろうか、両サイドが林のエリアに差し掛かった時、林から武装した集団が出てくるのが見えた。

 警戒をしていた冒険者が叫ぶ。




「敵襲だっ!!!!」






◇ ◇ ◇ ◇





「敵襲だ!!!!」





 馬車から飛び降りる冒険者たち。みな状況を確認して顔面を蒼白にした。


「か、囲まれてるっ!」


 正面の20人程の盗賊たちが武器を打ち鳴らして威嚇をしている。待ち伏せをしていたのだろう、後方にも同じくらいの数の盗賊たちが展開していた。

 ニヤつきながら野卑な笑いを上げる盗賊たち。どいつもこいつも圧倒的優位を確信している。


「やるしかねえ! お前ら構えろ!」


 ブレットが檄を飛ばしてはいるが、冒険者たちの士気が上がるはずもない。相手は倍以上の武装集団、そして囲まれているという圧倒的不利な状況、Bランカー以上の猛者がいるかもしれないという恐怖。誰もが戦線離脱を狙っているが現状がそれを許さない。

 このままだと、破れかぶれに突撃して果てるのが目に見えていた。

 新米のパーティーなどは、足を震えさせながら「や、やってやる!」などと悲壮な決意をしている。


 そんな中、俺だけがはどうしたもんだろ、と気楽に考えていた。

 何をどう間違っても俺がやられることなんてありえない。かといって俺は、俺以外はどうなっても関係無いなんてスカした思考は持ち合わせていなかった。

 自分でも損な性格だとは思っているが、生まれ育った環境で培った価値観を大事にして悪い事なんて無いはずだ。

 それに俺はオルテナに頼まれた。"この集団を守ってくれ" と。ハナからみなさん無事に帰ってもらうのは決定事項なのだ。

 しかも何よりも、その他の理由なんざハナクソの如くどうでもいい程の重要な理由が俺にはある。



ノリちゃんの教育のためだ。



 人からものを盗んだり、傷つけたりすることがどれだけイケナイことなのか。そんな悪いことをする人はどうなるのか。

 俺はノリちゃんの目の前で、盗賊どもに「めっ!」をする義務があるのだ。


 考えてもみろ!

 もし将来、ノリちゃんが悪を悪とも思わず、盗賊になる! とか言い出したらどうなるかを!

 神獣が超魔法でもって行う強盗を一体誰が止められるというのだ。

 

 ただの反抗期ならまだいい。多感な彼女が、成長の過程でちょっと悪ぶってみるというだけの話なら、結果、国の一つや二つが消滅しようがそれはしょうがない事だ。よくある話だ。

 だがノリちゃんが本気で悪の道に入ってしまったら俺はいったいどうしたらいいというのか。

 「あなたをそんな風に育てた覚えはない! 主は知ってるよ、ノリちゃんは本当は優しい子だってことを!」と全世界に向けて涙ながらに訴えるしか方法は無いではないか。

 

 そんなことは絶対にあってはいけない。

 俺は決意を新たにするため、ノリちゃんが盗賊になってしまった時のことを想像してみる。




 ――――あんなー ノリなー 盗賊になったのー



 …………



 ――――あるじー ノリなー 盗賊シチューがたべたいのー




 ん?




 ――――イガワノリです、盗賊です!(ペコリ)





 んん……??




 アリ……じゃないですか……?

 全然アリなんじゃないスかコレ……?



 俺は新たな発見に、今まで常識というつまらない枠に捕らわれて生きてきたのだと痛感した。

 簡単な事だった。ノリちゃんはどうなっても可愛いのだ。

 これだけ一緒に暮らしていて、そんな当たり前のことすらわからなかった自分を深く恥じる。


「ノリちゃんごめんね、主頑張るよ」


 うりゅ? と首を傾げるノリちゃん。


「でもねノリちゃん。やっぱり俺も人の子で、親から教わった道徳を信じるよ。ノリちゃんは悪い人好き?」

「きらいー」


 うん、それでいいんだ。

 君が将来どんなことをしたって、君は可愛いし、俺は君を愛し続けるよ。でも俺は君が世界中から愛される子になって欲しいんだ。



 俺が一つの結論を出していた時、状況もまた動き出していた。

 正面の盗賊の集団が割れ、一人の男が歩み出る。筋骨隆々の歴戦の猛者っといった印象だ。身に着けている鎧も、黒く木目のような波紋が揺らめいている。希少なダマスカス鋼で作った逸品だ。おそらくは幹部なのだろう。

 歩みを止めた男が朗々と告げる。


「俺はバルガス。この盗賊団の団長だ」


 静かに告げられた一言に、俺以外の全員がすくみ上る。


「お、おい……、バルガスっていやあ、元Aランクじゃねえか……っ!」


 そもそも圧倒的劣勢の状況で戦意が崩壊しかけていたというのに、ここに来てAランクの登場。もうすでに士気もへったくれもない。

 終わった。ここで死ぬ。ほとんどの冒険者がそう諦めかけた時


「この中に、「ブラックウインド」というパーティーがいることはわかっている。そいつらを差し出せ。部下を可愛がってくれた礼をしなきゃならん」


 冒険者達が一斉にブラックウインドの4人を見た。


「ほう、お前らがブラックウインドか。約束しよう、抵抗しなければ、こいつら以外は全員無事に返すと」



 僥倖

 


 盗賊から告げられた一方的な通告。

 だが、素直にそれを信じられるほど甘い状況ではない。そうやって生きられるほど冒険者稼業は甘くない。

 中堅パーティーのリーダーが口を開く


「なぜだ? あんたらはその気になれば俺たち全員を殺せる。なぜ4人以外を見逃すんだ? それを信じられるとでも?」


 当然の疑問

 バルガスも、その質問は当然といった風に答える。

 

「全員殺せば伝わらないからだ。俺たちに手を出せばどうなるのか、それを効率的に広めたい。まあこちらの損耗を抑えたいというのもあるがな、どちらを選んでもいいんだぞ」


 ここまで聞いて冒険者たちが納得する。納得できないのはブラックウインドの4人だった。


「おい、テメエら! 裏切ンのか! 一緒に旅した仲間じゃねえのか!」


 仲間と言われても…… とか、この遠征で一番傲慢で高圧的だった奴が何を言ってるんだ? 的な空気で冒険者たちが目配せする。

 俺から見ても、他の冒険者達を冷たいとか薄情だとかは思わない。

 彼らが生き残るためには、バルガスの申し出に従うしか道は無いし、即席の討伐チームに共闘以上のモノを求められたって、そりゃ困るに決まってる。

 それに名を上げることで付き纏う危険が増えるなど当たり前のことだ。リスク無くしてリターンなど無い。要するに自業自得であって、むしろ他の冒険者は巻き込まれた方だ


「クソっ! ふざけるんじゃねえ! 誰のおかげで今回のクエストを完遂出来たと思ってんだ!」

 

 ますます白ける冒険者たち。


「決まったようだな、他の連中は武器を閉まって帰る準備でもしてな。おい!テメェらもあいつらに手をだすんじゃねえぞ!」


 背後に展開していた盗賊たちも、他の冒険者を素通りして、ブラックウインドの4人に近づいていく。

 俺は、助けようかと一瞬迷ったが、こうなるとさすがにしょうがない、と帰り支度をしようとしたとき、ブレットが叫ぶ。


「おい! 俺たちを助けろ! 手を貸した奴には100万ギル出す! 金持ってんのは知ってんだろ!」


 今ここにいる誰もが、何言ってんだお前みたいな顔でブレットを見る。

 100万もらっても死んだら意味ねーだろ、と全員の顔に書いてあった。




 ――――そう、俺以外はな!




 おもむろに俺は、パチンと指を鳴らす。



 ―――ドサッ ドサドサドサドサッ 



 ブレット以外の冒険者全員が崩れ落ちた。

 盗賊は眠らせていない。理解させなければいけないからだ



 俺は口元を三日月形に釣り上げる。

 そして瞬時にブレットの背後に迫ると、耳元で囁いた。


「……今のは本当だな?」


 ビクッと振り向いた彼の顔には怯えが浮かんでいる

 豹変した俺に言葉が出ず、口をパクパクさせ何か言おうとしていた。


「70万でいい、その代り…… これから起こることを口外するんじゃない……」


 腰を抜かして尻もちをつき、呆然と俺を見上げるブレットをしり目に、バルガスに言い放った。



「ていうわけで、申し訳ないけど俺の借金返済計画に付き合っていただきますよ」



 返事を待たず右腕を振る。

 馬車の後ろから近づいてきていた盗賊たちが


 一人残らず空に舞った。


 時が止まったかのような沈黙、はるか頭上から聞こえる絶叫だけが鼓膜を刺激する。

 誰も身じろぎもしない十数秒後、俺は厳かに左腕を振った。

 盗賊どもを地上激突寸前でスピードを落とし、ゆっくり優しく地面に下ろしてやった。

 落下中に気を失ったのか、急激な減速に耐えられなかったのか。彼らは例外なく白目を剥き泡を吐いていた。


「さて……と……」


 俺はゆっくりと、正面に展開する盗賊たちに体を向ける。

 突然の超展開について来れない皆さん。呆然と泡を吹く彼らから視線を外せない。

 俺はどうやって残りの盗賊たちを気絶させようか思案していると、突然、声が上げられた。


「はーい! はーい! はいはいはーい!」


 元気よく右手を上げるマイエンジェルノリちゃん。今日もキラッキラしてる。

 俺は珍しいシリアス場面にも関わらず、だらしなく相好を崩して問いかけた。


「はい! 今日も元気なノリちゃん! どうしたの!」


 ノリちゃんは満面の笑顔で元気に言った


「あんなー ノリもなー せいあつしたい!」

「いいでしょう!」


 ノリちゃんに既に制圧されている俺はうんうんと頷く。

 

 考えてみると、ノリちゃんが「せいあつ」するのは今日が初めてだ。いつもノリちゃんを守りたい一心で俺が何とかしてきたが、いずれ独り立ちする時のためにきちんと練習させてあげなくてはならない。

 

 そう、今日はノリちゃんの『はじめてのせいあつ』だ!


 今日という日を心に刻み、毎年お祝いをしなければならない。なんせ今日はノリちゃんの初制圧記念日なのだ。


「ノリちゃん、今日は赤飯を炊こう」


 目頭が熱くなってきた俺は、鼻を啜って笑いかける。

 ノリちゃんが嬉しそうにキャッキャッと頭を振っていた。


「き、きさまら何を言ってぐふぇ―――」


 うるさい外野を黙らせて俺はノリちゃんを見つめた。


「ノリちゃん、じゃあやってみよう。最初は慣れないだろうから思い切っていこう!」

「はーい!」


 ノリちゃんは元気よく返事をすると、かわいいクリクリお眼目を閉じて、ふいーふいーと一生懸命力を溜め、


「え~い♪」


 力を解放した。

 ノリちゃん同様キラキラ綺麗な魔力が上空を駆け上がり、そして……






 ―――夜になった。







「「「え?」」」(俺含む)







◇ ◇ ◇ ◇







 ノリちゃんは元気よく返事をすると、かわいいクリクリお眼目を閉じて、ふいーふいーと一生懸命力を溜め


「え~い♪」


 力を解放した。

 ノリちゃん同様キラキラ綺麗な魔力が上空を駆け上がる。次の瞬間……





―――夜になった。







「「「え?」」」(俺含む)









 少し焦った俺は上空を見上げた。そして知る。神竜たるノリちゃんの力を。


 夜になったわけではなかった。

 ただ巨大なソレが日光を遮っていただけだ。

 はるか上空に、何メートル、いや……




 何キロメートルだろうか、




 ――――氷塊



 圧倒的質量の氷塊が、

 大地に落ちれば長期に渡って粉塵が太陽を遮り、海に落ちれば大津波が起きる。そういうレベルの代物が


 地上に向けて全力疾走中であった。





「―――っ!!」





 さすがの俺も、これは無いなと思い、焦りながら事態回避のための魔法をチョイスする。



奈落門大決壊(アビスゲート)!!!」(封滅魔法)




 ――――バリバリバリバリバリッ 





 大轟音を伴ってやはり上空、数キロメートルにもわたり空間に亀裂が走った。

 と、突如亀裂の向こう側から、例えるのも馬鹿馬鹿しいほど巨大で真っ白な一対の手が現れ、亀裂の淵を掴むとメリメリ亀裂を広げていく。現れたのは百メートルは下らない巨大な顔。

 顎が左に反っている左右非対称な歪な輪郭に、凹凸も無いのっぺらぼうが地上で這う塵芥を睥睨する。


 すると、いきなりその顔が縦に裂けた。剥き出されるはヌラヌラ光って蠢く紫色の肉。次いで響き渡るおぞましい叫喚




――――イ゛イ゛イイイイイイイィィィィイイッ!!!




 盗賊たちが腰を抜かして股をぐっしょり濡らしている。バルガスですら例外ではない。

 ブレットは脱糞までしてしまっていた。

 誰もが背骨を駆け上がる悪寒と、腹の底から這い上がる恐怖にブルブル震え、そこらじゅうに汚物が撒き散らされ異臭が立ち込める中、


「ふぃー、間に合った~」 


 俺は一仕事終え、額の汗を拭っていた。

 すると、金属を擦り合わせたような甲高く耳障りな声が響き渡る。




『わたしを解き放った塵に等しき者達よ、あなたたち全てを塵に還しがぶぁ――――』





    どかーん





 大隕石クラスの氷塊が化け物に直撃。

 化け物は氷塊と共に亀裂の向こうへ、びっくりするほどあっさり消え去った。



閉門(ミズガルズ)」(天空魔法)



 開いた亀裂が音もなく閉じて、やがて消えた。

 何も起こりませんでしたと言わんばかりの、ある種の気まずさだけが現場に残る



「「「「「…………」」」」」




 呆けたように空を見上げるみなさん。

 ふうと息をつく俺

 きゅう?っと不思議そうに首を傾げるノリちゃん。



「ノリなー やらかしたかもしれーん」


 ちょっと伏し目がちに悲しそうなノリちゃんがとぼとぼと近づいてくる。

 可愛い。誰よりも、何よりも愛しい、命に換えても守り抜くべき大事な家族だ。

 だけど、だからこそ俺はきちんとしなければならない。つぶらな瞳を見ていると、躊躇してしまいそうになる、罪悪感でいっぱいになる。

 だが、それでも俺はノリちゃんの家族としてキチンとしなければならなかった。

 俺は心を鬼にしてノリちゃんと向き合う



「ノリちゃん! めっ! めっ だよ!!」

「――っ!」



 ビクっと震えたノリちゃんが驚いたように俺を見た。

 そして、本気で俺が「めっ」をしていることに気付くと、じわっと涙がクリクリお眼目に広がり、耳も翼も尻尾も小さく縮込めて俯いてしまった。

 俯き涙目になりながら、チラチラと盗み見るように俺を見上げるノリちゃん。


「ノリ……ノリなー ノリ悪い子だった……?」


 消え入りそうな小さな声。


「ノリちゃん違うよ、ノリちゃんは悪い子じゃない。俺が不注意だったんだ」

「で、でもなー あるじなー ノリ…… ひっ、うぐぅ……ノリに『めっ』てした……っ」


 とうとう堪えきれなくなったのか、そのお眼目から大粒の涙が零れ落ちる。

 ノリちゃんを叱る時、俺はいつも自分をぶち殺したくなる。切り刻んで限界を超えて苦痛を受け入れ、全ての罪の罰を受けたくなる。


「うっ、ふぅぇっ、あるじが、あるじが『めっ』ってしたぁっ!」


 だが、彼女のために、たとえ俺が「思いきっていこう」と言った結果だとしても、理不尽だと感じたとしても、彼女の将来のために叱らなければならない。


 表現が間違っているかもしれない、だが誤解を恐れず言わせてもらう。




 ノリちゃんは災害だ。




 神竜という力の極致の存在。

 彼女にとって何の気なく垂れ流した力が、多くの人にとって絶望的なまでの脅威だ。

 彼女が無邪気に放った力が、多くのものを壊す。何気なく放った力が、多くの命を奪う。

 彼女に悪意や敵意など無い。罪すらないと俺は思う。

 だが他人はどう考える? 奪われた人は「知りませんでした」の一言で納得するか?

 

 答えはNOだ。


 人は恐れ憎むだろう。こんなにも素直で愛らしい彼女の事を、人は心の底から嫌悪するだろう。

 そうなった時、一番傷つくのは誰でもないノリちゃんなのだ。

 例え俺がどうなったとしても、俺はそれだけは絶対に認められなかった。彼女は愛されるべきだ。いや、愛されなければならない。

 そのために、例え右も左もわからぬ幼子だとしても、力ある者だからこそ、その意味を知らなければならない。俺はそれを教えなければならないのだ。


 だから俺はそっとノリちゃんを抱きしめる。



「ノリちゃん、いつも言っているだろう? 君はすごい力を持っている。だからこそ力を制御しなくちゃならない。むやみに人を傷つけないよう注意しなくちゃならない。人はねノリちゃん、君が思ってるよりずっと弱くて脆い存在なんだ」

「あるじ…… ノリのこと嫌いになった?」

「なるわけないだろうノリちゃん。俺はね、世界で一番君が好きさ」



 気付いた時には、なぜだか俺も泣いていた。


 なぜ俺は泣いているんだろうと考えてみる。

 彼女を泣かせて悔しかったのだろうか。違う。

 彼女が泣いて悲しかったのだろうか。それも違う。

 だったら何故俺は泣いている?


 ああそうか、あまりに単純な答えに俺は苦笑した。



 愛おしいのだ。



 自分は悪いことをしたのかもしれないと、俺に嫌われてしまうかもしれないと

 扱いきれないほど巨大な力を秘めた小さな体を震わせ涙を流す。


 そこに打算や嘘はなどない。二人の間には地位も名誉も性別も種族も何も、阻む壁など存在しない。勇者だ神竜だ魔王だSランクだ、そんな御大層なものでも特別な何かなど塵ほども関係ない。

 ただそこにあるのは、どこまでいっても「家族」とその「絆」だった。一緒に手をつないで歩み、慈しみ合う。

 一度は失い、そして何よりも欲した、そんな当たり前のことを当たり前に与えてくれる。

 俺はそんな彼女が愛おしかったのだ。


「ノリちゃん、主のこと好き?」


 抱きしめられ、身動きがとれないまま、コクリと頷くノリちゃん。


「俺はこれからも『めっ』することがあるかもしれない。ノリちゃんが俺のことを嫌いになるかも知れない。だけど聞いてくれノリちゃん。君がどんなことをしようと、世界が君の敵になろうと、もし君が俺を嫌いになっても……」


 ノリちゃんにはまだわからない話だろう。

 だが俺が何か大事な事を言おうとしているということを感じ、真っ直ぐ、ただひたすら真っ直ぐ俺を見つめている。

 だから俺は今日一番伝えたかったことを口にした。



「……君を愛することをやめるつもりはない」



 普段聞いたらクサ過ぎて眩暈がするようなセリフ。

 間違ってもヘタレな俺から出ていい言葉ではないのはわかってる。

 でも今日、今、この瞬間、思うが儘を彼女に伝えるべきだ

 俺はそう思ったんだ。









◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇










 始めから終わりまで何が起きたかまだよくわからない盗賊たちは、もはや抵抗する気も無いようだった。


 全員を縛り終え、冒険者たちが目を覚ますのを待っていると、ひょっこりオルテナがやってきた。

 オルテナによると、盗賊たちにとってはデボア村ではなく、こっちこそが本命だったらしい。それを聞いて飛んできたとのことだった。

 盗賊側の情報として、ブラックウインドがオーク討伐に出ていることまでは判明しているものの、それが広大なドラン平原のどのあたりで作戦が行われているかまでは把握できなかった。

 

 そこで、デボア村を襲うことで、そちら側の街道の使用を意識的に控えさせ、もう一本の街道を行くよう仕向ける。騎士団はもちろん真っ直ぐデボア村へと向かうので、万が一にもカチ会うことはない。そうやって考えると、デボア村の人はとんだとばっちりだった。


 聞けばなかなか考えられた作戦だったものの、盗賊たちの誤算は、デボア村にSランカーが向かい、本命には俺とノリちゃんがいたことだろう。

 一軍を相手に出来る女と、世界を相手に出来る俺と、同時に相手にしてただの盗賊団がなんとか出来るわけがない。

 彼らに運が無かったとしか言いようがなかった。


 盗賊40人も乗せる足が無いため、結局俺たちは騎士団待ちとなった。

 その間、盗賊とブレットは俺に怯えっぱなしの態度をとり、他の冒険者達をごまかすのに苦労した。オルテナも常の俺を視界に収めて何かを探るような素振りを見せている。

 なんやかんやあったけれど、正体を隠したい俺としては結局のところ散々な遠征となったのだった。


 だが悪い事ばかりではない。俺はこの遠征でノリちゃんとさらに深い信頼関係を築くことができたんだ。


 のんびり御者台に座る俺、頭の上にはノリちゃん。隣にはやっぱり今回も絶世の美女。なぜか近くに陣取るチャラ男

 カッポカッポのどかな道を行きながら俺は思う。


 愛しい家族の成長に責任を持つということは、楽しいだけでは済まされない。

 時には叱り、嫌われることだって覚悟し、それでもやっぱり嫌われたくないという、無限ループに頭を悩ませることだってあるだろう。

 だから強さ以外に何もない俺にとっては、見ている者が滑稽だと笑うくらい必死に走り回るしか選択肢なんて無い。

 でもきっとそれでいいのだ。なぜならば


「ノ~リちゃん!」

「あ~るじ!」


 キャッキャッキャッ



 俺にはノリちゃんがいるんだから

 




「イ~サオ」(オルテナ)

「「え?」」







◇ ◇ ◇ ◇









「はぁ、はぁ、はぁ……」




 違う! こんなはずじゃねえ! こんなはずじゃなかった!

 俺たちは狩る側だ! 俺たちはいつも狩ってきたんだ。 こんな……、こんな狩られる側じゃねえ!


 俺はあの女に背を向けて逃げた。


 知ったことか!

 斬りかかろうが警戒しながら後退しようが関係ねえ、あの女にそんなことは関係ねぇ!

 だったら一歩でも遠く、少しでも早く逃げて時間を稼ぐ方がまだ利口だってもんだ。


 俺は右に曲がって既に誰もいない民家の中に逃げ込んで息を殺す。


 そこらじゅうで悲鳴が上がっていた。

 さっきまでは俺たちが悲鳴を上げさせる側だったんだ。それがどうだ、今悲鳴を上げてるのは一人残らず俺たちの仲間だ。

 抵抗する馬鹿を切り殺して、上玉見っけたら犯して。俺なんかさっきまでは女二人を殴って犯して、3人目を物色してる最中だったんだ。


「ひいっ! やめてっ やめ―――っ!」


 また一人、どこかで仲間が意識を飛ばす。そう、意識を飛ばしている。


 殺されてるならまだいいんだ。クソったれめ! まだ誰も死んじゃいねえ、誰も殺されてねぇんだ。

 あまりの痛みに意識を飛ばされてるんだ! クソっ イカれてやがる、狂ってやがる!


 俺は隠れた民家の窓から外の様子をうかがう。


 あの女から四つん這いで逃げている男が見えた。

 女はそいつに近づいて、剣を振り上げる、そして……


 両足首を切断した。



 一際大きい悲鳴がこの村にこだまする。

 足を切断された男は、足をきつく縛られていた。

 救命措置? 見てたらわかる。そんなモンじゃねえ。失血死を防いで、逃げれないよう、一人一人手間をかけて処理しているんだ! 狂ってやがる化けモンが!


 だが俺に他人を気にしている余裕なんて無ぇ。

 あと、何人くらい残っているのか、間髪入れず聞こえる悲鳴の数は、優に両手両足の指を超えた。

 誰も俺を助けるヤツなんていないんだクソったれめ!



 誰もいない民家の木壁にもたれかかり必死に息を殺す。

 ザッザッザッと足音が近づいてくる。走りも早歩きもしない、余裕の歩調。

 だが俺にとっては死神の足音にしか聞こえねぇんだ、一歩一歩、音が近づいてくるにつれ心臓の鼓動が跳ね上がるのがわかる。

 俺はこの破裂しそうな心臓の音がヤツに届いてしまうような錯覚を覚え、パニックを起こしかけたが、口から飛び出そうになる恐怖の悲鳴を、両手で口を塞いでなんとか堪える。


 あの女が俺が隠れている民家の前を通る。奴と俺の間には今、木壁一枚があるだけだ。俺は息を止め目を瞑った。

 

 大丈夫だ! 絶対逃げ切れる! 俺だって元Bランクの冒険者じゃねえか! なにビビってやがる!自信を持て!


 そうだ、今ここであの女をやり過ごすことが出来れば、村から逃げれる。風魔法でサポートして走ったらこの冗談みたいな状況から必ず逃げれる。

 そしたらまた残った連中をまとめてどこかの村でも襲えばいい。簡単な話だ。逃げることが出来れば、また楽しい事が出来る。


 いつか必ず後悔させてやるあのクソアマめ! あの綺麗な顔がグチャグチャになるぐらい殴ってから犯し―――



 ――――ゾンッ!



 壁から剣が生えていた。肉厚で血に塗れた漆黒の剣だ。

 俺の左頬がバックリ裂け血がダラダラ滴り落ちる。それに気付いてやっと痛みが追いついた。


「――っ!」


 ズズズとゆっくり引き抜かれる剣。


「臭う、臭うなァ 虫ケラの臭いが」


 空いた穴からあの女が覗き込んでる気配がした。


「気のせいか……? まあいい、同じことだ」


 俺の潜入スキルとか、気配を消す能力だとか、そんなのは関係ない

 ただただ恐怖で動くことすらできなかっただけだ

 

 嫌だ、死にたくない……っ!


 俺は凍りついたように身じろぎひとつせず、ただ恐怖が歩き去るのを待っていた。

 遠ざかっていく足音。


 ああ……、助かった……っ! 

 ただそれだけのことなのに、嬉しくて涙が流れそうになる。

 だが、そんな余韻に浸るより、今はこの場を離脱するのが先だ。


 俺は、あの女の足音が遠ざかるのを確認してから、足音を立てずにドアを開けて外に出る。

 そして、この村の通りに向かって移動し、建物の陰から通りの様子を伺った。

 その辺には俺たちが殺した村人の躯、そしてそれ以上の数の足を切断されもがく仲間の姿。

 それを見ても助けようとは思わねえ。とにかくおれは逃げなくちゃなんねぇんだ。

 建物の陰から、女がいないことを確認し、一歩踏み出そうとした時、

 生暖かい吐息と共に耳元で声がした。



「どこに、行くつもりだ……?」



 全身が総毛立つ。毛穴という毛穴から汗が噴き出した。


「ひぃぃぃぃっ!」


 俺自身聞いたことのないような声が俺の口から洩れる。

 俺はつんのめる様に走って逃げ出した。なりふり何てかまってられるか。

 途中で振り返ると、女が悠然と歩いてくるのが見える。俺はそれを見て歓喜に震えた。

 

 やった! 調子こいて歩いてやがる! 助かった!

 

 俺は魔走士だ。斥候職として、逃げ足には自信があった。これだけ離れれば追いつかれることはない!

 俺は走る。もうすぐ村を抜けられる、森に逃げ込める。俺は安堵の笑みを浮かべ――――


 見えない壁にぶつかり尻もちをついた。


 な、何が起きた!


 もう一回突撃するも、またもや壁にはじかれ向こう側には行けない。


「な、何だこれは――っ!

「結界だよ」


 ゆらりと近づいて来た女が口を開く。


「逃げれないよ、逃げれないようにしたんだ。貴様ら虫が外に出れないようにな……」

「なっ!」


 もうここまで来たら対峙するしかない。俺は剣を抜き放ち女と向き合った。そして気付く。

 黒曜石のような艶光る漆黒の髪、血のように紅い眼、彼女の背から立ち上る漆黒の魔力。


「ま、まさか……闇姫……っ!」


 聞いたことがある。Sランカーである闇姫は3種類の魔法しか使えないと。

 夜魔族という、桁外れな魔力を保有する古代種であるにも関わらず魔力を扱う才が無く、膨大な魔力をただひたすら身体能力強化に使うのだという。古の技である、魔力筋構成にまで達したその技の結果として、光背(ハロウ)のようにも見える黒い光。この限りなく闇に近い黒光を纏い、全力時には、闇に紅い眼だけが浮いているように見えるというのだ。そうやって戦う彼女を見た人からつけられた二つ名が【闇姫】だ。

 ブッ飛んだところはあるものの、Sランカーにも関わらず人格的に優れているとの評判が高い、迫撃のスペシャリストだ。


「な、なんでだ闇姫! 俺たちはお前に何もしちゃいねぇだろっ! 俺達が何をした!」


 俯き、幽鬼のようにフラフラと近づいてくる闇姫。


「したさ、貴様らは私から大事なものを奪った。貴様らが殺した分だけ、私が生まれる。この村でもきっと私が生まれるだろう」

「生まれる、だと……? 何言ってやがる!」

「虫が理解する必要はない。 私は貴様ら略奪者の理屈を踏襲して、貴様らから奪う。蹂躙する」


 闇姫の口が三日月型にパックリと裂ける。壮絶な笑みだった。


 狂ってやがる、誰だSランカー随一の人格者だとか言った奴は!

 見てみろ! 目の前のクソ女を見てみろ! 俺はこんな悪魔みたいに醜悪な笑顔を浮かべる女なんざ見たことねぇぞ!! クソッ! 完全に目がイってるじゃねえか!


「……緊縛(バインド)


 両ふくらはぎに強烈な圧迫感が走る。

 お、おい、まさか……

 

 と、十数歩の距離にいた闇姫が消え―――


「……恐怖しろ」


 生暖かい吐息をうなじに吹きかけられた。



 ―――ォンッ



 両足にくすぐったいような感覚を覚えると、トンっと背中を押された。俺は体を支えるため、足を一歩前に出―――


「ア゛ア゛ァァァアアアアアアァアァァァ――っ!」


 足が! 俺の足がっ!

 ふ、ふざけんな、痛ぇ、舐めやがって! ブっ殺してやる!


「お、俺たちにこんなことしてただで済むと思ってんのかこのクソアマ!!」

「済むよ。なぜならば貴様らは全員、今日この日に死ぬからだ。言っただろう? 一匹たりとも逃がすつもりはない」

「ふ、ふざけんじゃねえ! 俺たちを誰だと思ってやがる! バルガス盗―――」

「虫だ、虫だよ喋る虫だ。虫の分際で無辜の人々から当然のように奪い、殺す、害虫だ。厠にたかる羽虫より生きる価値の無いクソ虫だ。だから私がやっていることはただの害虫駆除だ。あまり囀るな」


 

 闇姫は絶句する俺の髪を鷲掴みにすると、そのまま村の広場の方へとズルズル引き摺って行った。

 思いつく限りの罵詈雑言を闇姫に浴びせ、無事な両手を使って散々暴れるがビクともしない。そうやって連れていかれた先、村の広場。そこには……


「いでぇ、いでぇよ~……」

「うぅ、ぐうぅぅ……っ」

「た、助け、助け…………」

「殺してやる、絶対に殺してやる……」



 ―――積まれた仲間がいた。



 ちょっとした家ぐらいの大きさの塊は、無造作に積まれた、折り重なりうめき声をあげる仲間だった。全員が全員両足首を切断され、ふくらはぎを縛られている。


 その周りには多くの村人たち、立てこもっていた領主館から出てきたのか、一人残らず目に浮かぶのは「憎悪」。突き刺さるような視線が俺にも向けられていた。


 一番下にいるヤツなど声も上げてない。圧死してるのではないか

 呆然と広間を見上げる俺に、闇姫が言う


 ―――さァ、貴様が最後の一匹だ。残り36匹全てがここにいるぞ 


「や、やめっ―――」


 ―――ブチブチブチブチィ


 髪を掴まれたまま、ブンっと肉塊の頂へと放り投げられる。

 髪が抜け、千切れ、頭皮がベロンと捲りあがった。

 あまりの激痛に声も無い俺


「た、助けて! 何でもやる! 全てやるから助けてくれっ!」

「そうやって命乞いをされて見逃したことが貴様らにはあるのか?」

「あ、あるっ! 俺はあるぞ! 俺は―――」

「そうか、だが私は見逃さない」


 身も蓋もない答えに広がる絶望

 すると闇姫は、村人から盥のようなものを受け取り、おもむろに俺たちにかけ始めた。

 これは……っ この匂いは!


「油だよ、油をかけているんだ」


 闇姫が紅目に狂気を灯しながら言った。


「私はな、貴様ら略奪者に知って欲しいんだよ。奪われる者の痛み、恐怖、屈辱、絶望、憎悪。全て余すところなく知って欲しいんだ。その上で死んでくれ」

「お、おい! 冗談だろ! 冗談なんだろ! おい何とか言えクソ女が!」

「今から貴様らに火をつける。ゴミは燃やすものと相場が決まっているからな。生きている人間はなかなか燃えないんだ。衣服が燃え、肌が爛れ肉が焦げても中々死ねない。そのうち下の人間が燃える熱で燻されるようにして貴様らはじっくり死ぬ」

「ふ、ふざけんじゃ―――」

「痛みに悲鳴をあげろ、憎悪に心を狂わせろ、恐怖に汚物を撒き散らせ、絶望に身を焦がせ、じきに喉が焼けうめき声すら上げられなくなる、せいぜい今のうちに泣き叫んでおいてくれ。」


 村人が闇姫に火種を渡す。

 火種を片手に闇姫が言う。


「何か言い残したいことがあれば聞くぞ?

「地獄に落ちやがれ!」


 あらん限りの黒い思いを一言に込めて吐き捨てる。

 すると闇姫は、先ほどの狂気などなかったかのように、見る者全てを魅了するような優しい笑みを浮かべて言った。



「どういたしまして」




 火種が弧を描き、俺たち向けて飛んできた。

 そして……






■■■■■■■






「ふんふふ~ん♪」


 大通りを70万ギル入りの袋片手に、上機嫌でスキップなどしてしまってる俺。

 大家のババアに「今お金をとってくるから待ってて下さい」と声をかけ、今は金を回収した帰り道。

 そんな俺に頭の上から声が投げられる。


「あるじー それ! それノリにも教えてー!」

「それ、って何のこと? スキップのこと?」

「ふんふふ~ん って歩くやつのことー!」


 おお、我が姫がスキップに興味をもたれたらしい。姫を守る騎士としては、これは全力で教えてあげなくてはなるまいっ!


 俺はノリちゃんを頭の上から下ろすと、「見ててごらん」と言ってスキップをする。

 ノリちゃんは、えいっえいっ と一生懸命真似しようとするが、なかなかうまくできない。体の構造上の問題なのだろうか。


「あるじー ノリなー なんかなー 上手くできーん」


 ちょっとだけしょんぼりしているノリちゃん。


 ああ!これはいけない!いけないよ!

 ノリ姫様がその御顔に憂いを浮かべ俯いていらっしゃる!


 俺はすぐさま膝をつくと手を差し出す。


「姫様、御手を」


 ノリちゃんが俯いたまま、ちょこんと右手を俺の手に重ねる。


「いいかい、ノリちゃん、あるじがタイミングを教えるから一緒にやってみよう」

「ノリ頑張る!」


 俺は右、右左、左とタイミングを教えながら、俺を中心にノリちゃんをぐるぐるまわらせる。

次第に明るくなっていくノリちゃんの顔、キャッキャキャッキャとはしゃぐその様は天使そのものだ。


「あるじー ノリできたー! あるじ見ててー!」


 てんててん、てんててんと俺の手を離れスキップするノリちゃん(輝)

 同じ方の手と足が前に出るので、傍から見ると右に左にえっちらほっちら、なんか危なかしい。

 それでも俺から離れ一人で一生懸命スキップする。


 ―――独り立ち


 将来避けて通れないだろう言葉が頭をよぎり、軽く凹んだ。


 一人で歩く、一人でスキップする。

 次は一人で走るだろうし、最終的には一人で生きれるようになっていくのだ。

 そこに行くまでにはまだまだ時間はかかるだろうが、こうして少しずつ出来ることが増えていくノリちゃんを見て、嬉しくもあり寂しくもある。


 まったく……


 俺は苦笑する。手を取って導いてもらってるのはどっちだよ。

 飽きることなくスキップもどきを続けるノリちゃんをひょいと抱え上げ頭に乗せる。


「ノリなー すきっぷの歌考えたー!」


 すきぃっぷすきぃっぷた~のしいな~ と歌うノリちゃんは今この瞬間、誰よりも輝いていた。

 アリアがも騒ぎに参加する


『ノリ、その歌はいいな! 我にも教えよ!』

「いーおー♪」


 さて、俺は俺がやるべきことをやらねば。

 手元にはブラックウインドからブン取った70万ギルがある。

 それを大家のババアに突き付け渾身のドヤ顔をキメてやらねば何も始まらない。


「さあ、ノリちゃん、そろそろ帰ろう!」

「はーい♪」












 こうして俺の初借金、そして初借金返済計画は幕を閉じる。

 その結果、新たな仲間が出来、俺たちを探る連中が現れることになるのだがそれはまた今度のお話

 ババアは俺のドヤ顔にイラつきながらも、きちんと手続きをしてくれたし、ノリちゃんも堂々と住めるようになった。


 誰にも言っていないが

 俺の次の目標は「引っ越し」だ。

 もちろん、あの妖怪ババアから逃げたいというのもあるが、8畳程度の一間では、ノリちゃんとの今後の事を考えると中々厳しいものがあるのだ。

 

 その為にはもちろんお金も入用で、俺は少しだけ依頼と移動の範囲を広げることになる。

 まあ、その辺のことは追々語っていくよ。


 確かに儘ならない異世界の生活。

 いろんなことに右往左往して、3歩歩いては2歩下がる毎日。

 未だ大家に勝てる気はしないし、借金が無くなっただけで生活状況が向上したわけではない。

 だけど毎日一歩は進むんだ。

 だから俺はその3歩に喜び、2歩にグチをこぼすよ。


 これは、

 そんなどこにもあるようで、どこにもない俺たちだけのどうしようもない物語








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