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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
21/59

魔王降臨③

「ノリなー いらない子だったけどなー あるじがのぞんでくれた!」

「――っ!」


 事実だ。それは紛う事無き事実なのだと思う。

 辛そうに顔を背けるドロテアの気持ちだってよくわかる。

 俺みたいに、失うもの無い自由な立場に彼女は居ないのだ。彼女は一族を、一国を率いる義務と責任があった。

 その経緯と事実について、人々はそう思わざるを得ない理由があったに違いないのだ。


「ノリちゃん、そんなこと言っちゃダメだ」


 だが彼女を守る者として、彼女の口からそれを言わせたままにはしておけるはずがない。

 例え孵化前の記憶があるのだとしても、俺は彼女に言わなくてはならないと思った。


「ノリちゃん、それはね、みんなが君の事を知らなかったからさ」


 「しらなかったから?」と首を傾げるノリちゃんを射抜くように真っ直ぐ見つめる。

 言葉を失っているドロテアや、涙目になっているオルテナには申し訳ないが、今は彼女たちは何一つ関係なかった。

 これは俺とノリちゃんがどう生きていくか、俺達を拒絶した世界とどう向き合っていくか、そういう類の話だ。


「君は何一つ悪くない。それは1ミリ足りとも君のせいなんかじゃない」

「じゃーなー ほかのひとがわるかったのー?」


 そうではないからこの話はややこしい。

 確かに、もし俺の目の前でノリちゃんがそう扱われたら、俺は間違いなく相手をぶちのめすだろうと思う。そこまで人間出来てはいないからだ。

 しかし、彼等の行為の源泉は何かと考えた時、彼等が悪だとは思えない。彼らは怯えていたのだ。

 

「それも違う。君はね、いつも言っているけど凄い力を持っている。もしノリちゃんが悪い子だったらって想像して、その人たちは怖くなったんだ。ノリちゃんは悪い子なのかな?」

「ノリはわるい子じゃありません! よいこなので!」

「だよね、あるじもそう思うよ。ギルドの人とかお店の人とがノリちゃんを可愛いがるのはノリちゃんが良い子な事を知っているからなんだ。君が卵の中に居た時はねノリちゃん、その事を誰も知らなかったんだ」


 わかったようなわかってないような表情のノリちゃん。

 ドロテアには辛い話かもしれないし、話に入れないオルテナには可哀想だが、この事だけは時間がどれだけかかろうが理解するまで話し合うつもりだった。

 世界中から愛されるべき彼女が怨念全てを呑込み、結果として刺さってしまった棘、それをそのままになどしていられるものか。彼女が気にしないのだとしても、俺が我慢できるはずがない。


「うんとねー ノリにいまいましいってゆったひともなー ノリよいこだって知ってる?」


 普通の時、突然言われたら黙り込まざるを得ないような純粋な質問

 だが俺は何一つ迷わず答えを告げる。


「知らないと思うよ、だからノリちゃんは将来、その人にも良い子だってことを教えてあげなくちゃならないね?」

「ノリはわかりました! ノリがんばります!」

「うん、偉いね! ノリちゃん、ちょっとこっちおいで」


 嬉しそうに俺の膝の上に乗るノリちゃん。

 膝の上から俺の顔を見上げるその眼は、宝石などよりもよっぽど澄み渡ってキラキラ輝いている。

 その笑顔は俺の全てだし、その顔を曇らせないよう、そのためだけに俺は生きている。  

 

 おもむろに彼女が両手を上げた。「あるじ抱っこして」のサインだ。

 だが俺はそれに応じない。正直抱っこしたくてしょうがない。だけどそれはこの事がキチンと済んでからにしなければならないのだと思う。

 どうしたの?と首を傾げる彼女の肩に優しく手を当てて、真っ直ぐ、どこまでも真っ直ぐ彼女の瞳を見つめる。

 めっ されると思ったのか、幾分不安げに上目使いになる彼女が堪らなく愛おしかった。

 だから俺は、今日一番言いたかったことを告げたんだ。

 

「ノリちゃん、要らない子とかそういうことを言っちゃいけない。それがあるじと出会う前の話だったとしても、一瞬たりとも君が要らない子であった瞬間なんて無いんだ」


 不安げに揺れていた瞳が真剣な色に変わる。

 彼女は彼女で、俺が大事な事を言おうとしていることを敏感に察知しているのだ。

 

 俺に全てを委ねるのだと語る彼女の目。

 本当は、俺にそうされる資格や甲斐性なんか無い。だが滑稽に背伸びしてでも、みっともなく強がってでも、彼女のその瞳に答えなければならないのだと俺は思う。

 なぜなら俺達はこの広過ぎる世界で出会った、たった二人の家族だからだ。

 そして彼女は、色を失した俺の世界を、燦然と照らし上げた太陽だからだ。


「もし本当に君が要らない子なのだとしたら、きっと生まれてはいないさ。あるじと出会えなかったかもしれないよ?」 

「やっ! それはやーっ!」


 体全体で拒絶を表わす俺の女神。

 そんな健気な彼女を見て自然と笑みが浮かび上がる。

 

 抱きしめればいいのだろうか、撫でればいいのだろうか。

 境界を創る体など邪魔だ。

 どうやったら湧き上がるこの気持ちが、余す所なく彼女に届くのだろうかと半ば真剣に思い悩む。

 

「あるじもイヤだよ、もしノリちゃんと会えなかったらなんて考えるだけでもゾッとする。だから例え昔の話なのだとしても、要らない子とか言ったらあるじは悲しいな。あるじはね……」


 俺は君がいなければ生きてなどいけない。

 息することだって儘ならない。

 

 違うんだ。本当は違うんだよ。

 俺が望んだわけじゃない。

 望まれたかったのはきっと俺だ。俺が君に望まれたいんだ。

 

 頭に浮かぶのは千の言葉。それなのに彼女に届けるには到底足りはしない。

 どこまでいっても別の存在である以上、それが叶う事は無いというのは解っている。

 この狂おしい程のもどかしさすらも、きっと彼女に伝わらない。

 

「ノリちゃんが大好きだよ」


 だから俺は、飾りも捻りも何もないその一言に全てを込めたんだ。





□□□□□□□□□






 俺達は、家に向かって歩いていた。

 今日はギルドに行ってもロクなことにならないというみなさんの判断により、今日は開店休業としゃれ込むことにしたのだ。

 4人での昼食は思いの外楽しく、結構な時間が経ってしまっていたこともあった。

 

「……いっくんの家に上がれるなんて、幸せ」

「もうここまで来たら隠したってしょうがないしな。家っていってもそんなご立派なもんじゃないよ」

「……いっくんがそこにいれば問題ない。ドロちゃんも一緒に住む」

「だ、だめだ! そんなことダメだ! ダメだぞイサオ!?」


 ノリちゃんは、シチューを食べて満足したのか、頭の上でくーくー寝ている。

 姦しいのはこの二人。

 話を聞いている限り知り合いっぽいんだけど、一体何なんだろう。


「あのさ、二人は知り合いなの?」


 するとビックーンと体を硬直させるお二人様。

 俺が首を傾げていると、二人は一瞬目配せをして首を振った。


「……今日初めて会った」

「そ、そうだぞ! ははう…… ドロテアさんとは今日初めて会った。決して折檻を恐れているわけではない!」


 最近オルテナさんのZP(残念ポイント)の成長著しい気がしないでもないが、あえて何も言わないことにした。


「……それより、ドロちゃんはベッドの下の木箱が見たい」

「そこには俺の知的財産的なアレがいっぱいあって見せられないんだ」


 とりあえずどこに隠そう……

 ていうかマイラさんは何で知ってんだよ

 

 冷や汗を流しながらてくてく歩くと、アパートが見えてくる。アレが俺達の家だよと指差すと、ドロテアが目を剥いた。

 きっとあまりのボロさ加減にびっくりしたのだろう。

 そうこうしているうちにアパートに着き、階段を上がる。3人同時に乗ったら崩れそうなので、とりあえず俺が上りきってから二人に上がってもらった。


 ドアを開け中に入る。俺はまずノリちゃんを寝かしつけるためベッドに彼女を横たえて毛布をかけてやった。

 後ろを振り返ると二人がいない。どうしたのかなと玄関を見ると、何やら二人が言い争いをしていた。

 ドロテアが、どういうこと? とか、匂いがとか何とか言っている。それに対してオルテナが必死に言い訳をしてるっぽい。


「おーい、二人ともー 入るのか? 入らないのか?」

「……入るけど、問題が起きた。武力攻撃も辞さない」

「マジで勘弁してくれ……」


 二人に何があったかは知らんけども、闇姫と魔王がここで戦ったら、このボロアパートなんざ一瞬で吹き飛んでしまう。

 例えアパートが爆散しようが、階下に住む大家は絶対生きているし、2秒で俺の前に現れ、俺を死ぬまでシバき倒した上に容赦ないグレーゾーン金利での借用書を書かせるだろう。想像しただけで死にたくなる。


「……いっくんに免じて今は置いておく」

「助かるよ……」


 本当に助かったので、理不尽だと思いながらもお礼を言う。

 俺がため息をつきながら畳に座ると、ドロテアが俺の横にちょこんと座った。

 するとオルテナがいつものように水桶から水を汲んでお茶を沸かしだす。


「イサオ、番茶でいいのか?」

「ああ、おねがーい、いつもすまんねー」

「…………オルテナさん、ちょっと話がある」


 またキッチンで何やら揉め始める女性陣。

 一体何だってんだよ全く


「ドロテア、落ち着かないからこっち座ってなさいよ」

「……いっくん、ドロちゃんは遊びは許すけど本気は許さない派。覚えておいて」

「あんたは一体何を言ってるんです?」


 すると留守番をしていたウチのごくつぶしがキラキラっと光った。


『修羅場じゃ! ドロドロの三角関係じゃ! いいぞもっとやれ』


 おつむの弱いアリアさんが何やら誤解をしているようなので、失礼が無いよう一応窘める。


「若頭のケツにブッ刺されたいのお前?」


 ブルブル震えて黙り込む我が家の聖剣を横目に、俺は出された番茶を啜った


「……アリアリ、久しぶり。元気だった」

『あれ? もしかしてドロちゃん? え~ 久しぶり~! 元気してた~?』


 きゃいきゃい


 いきなり始まった女子トークに頭を押えながら項垂れる。

 魔王を倒すために生まれた聖剣アリアが、実は魔王と馴れ合ってる事を教会関係者が知ったら卒倒するに違いない。


『主は鈍感だし、草食系とかいうヘタレだからグイグイ行かんとダメじゃぞ』

「……グイグイ行ってるつもりなんだけど受け止めてもらえない。どうしたらいい?」


 しかもアリアの方が若干立場が上だ。

 それより余計な事を吹き込まないで欲しい。魔王と勇者が付き合うとか、何をどうしたいんだよ。世界征服でもすればいいのか。

 ノリちゃんは寝てるし、オルテナはセーターを編み始めちゃったし、ドロテアとアリアは女子会を始めてしまっている。

 カオス過ぎて頭が痛くなってきた。

 だが、正直、こんな日も悪くないなと一人苦笑しながら、俺はまた番茶をすすったんだ。




 こうして

 突如として降って沸いた騒動、「魔王降臨」は幕を下ろす。

 騒動により起きた出来事は、正直、何一つ解決なんかしちゃいない。

 これからマイラさんに土下座しなきゃいけないとか、ギルドで撃たれるであろう怨嗟ビームとか、考えるだけで泣きそうになる。

 

 だけど、そんなことは俺にとってどうにでもなる事の一つにしか過ぎない。

 プライドなんてとっくの昔に捨てたし、カンスト状態の自制心でもって額を擦り減らせば何とかなる問題だからだ。

 今までもそうだったし、これからだってそうなんだ。


 俺達にとって大きかったのは、ノリちゃんの心の奥底に刺さった棘だった。

 「要らない子だった」 彼女は言った。

 彼女は強い。それすらも呑込み、時折走るであろう鈍痛に耐え、それでも毎日笑って過ごしていた。

 それに気付けなかった俺は俺を殴ってやりたい。

 だが、それは後でもいい話なのだ。俺は彼女と出会った日の誓い通り、全身全霊でその傷を癒さなければならない。

 もしそれが出来ずに将来、広がった痛みに彼女が涙してしまったとしたら、一体俺は何のために生きているというのか。

 だから俺は自身の存在意義を賭けて、彼女の痛みを取り除く。これは決定事項だ。


 過去、俺達を拒絶した世界、今では世界が少しずつだけど俺達を受け入れてくれるようになった気がするのは、単なる俺の願望なのだろうか。

 いや、違う。

 彼女は彼女で日々成長し、健やかに育ったその真っ直ぐな心で、その存在を世界に認めさせ始めているんだ。

 

 俺はそんな彼女と共に生きれることを誇りに思う。

 ノリちゃん、俺は君を誇りに思うよ。

 だから俺だって頑張らなくちゃいけないな。

 引越しだって待っている。

 他人から見たら擦れるほど小さい前進なのだとしても、積み重ねるしか手段を持たない俺は、それを必死に頑張るしかない。

 だから今は取るに足らない小さな幸せを精一杯喜びたいと思うんだ。


 これは

 俺達の、小さな幸せを噛み締めては手を取り合う。

 そんな取るに足らないどうしようもない物語

 







□□□□□□□□□








「じゃあ二人とも気をつけてな」

「ああ、またギルドで」

「……しばらくこの街に滞在する。また来るから」


 さらっと爆弾発言をする魔王を華麗にスルーしながら勇者がドアを閉める。

 オルテナとドロテアが二人でアパートの階段を降りた。


「……オリピー」


 来た……! とばかりにビクビクするオルテナ。

 通い妻状態なのはもうバレてしまったので、折檻は避けられそうにない。

 するとドロテアが以外にも、別の事を言い出した。


「……先に帰ってて、ママはママで会わなきゃいけない人がいるから」


 オルテナが、わかりましたと喜び半分驚き半分で帰っていく。

 ドロテアは彼女が立ち去るのを見届けてから、先程のアパートに引き返した。

 そして階段の前で名残惜しそうに上を見つめると、階段は上らず、一階のとある部屋の前で立ち止まると、ノックをする。

 

「誰だい? 勧誘ならお断りだよ」


 部屋の中から聞こえる声。


「……久しぶり、ドロテアです」

「空いてるよ、入んな」


 ドロテアは躊躇無く部屋に入ると靴を脱ぐ。そして奥に進むと、小柄な老女に抱き着いた。


「久しぶりだねえ、数十年くらいかい? 手紙も寄越さないでさ、元気にやっていたみたいで何よりだ。ところで何しに来たんだい?」

「……イサオに会いに来た」

「あの小僧かい」


 老女がニヤっと笑いながらドロテアの頭を撫でる。

 それはまるで甘える子犬を撫でるように優しく愛情の籠った所作だった。

 

「それで、約束の竜には会えたのかい? どうだった?」

「……心配ない。とても良い子。レーヴァンテインの心配も杞憂」


 すると、老女は少しだけ寂しそうに息を吐くと、何度か頷く。


「そうかい、じゃあそろそろ彼にも逝かせてやんな。心配ないと伝えてやんな。AIだって安らかに眠る権利はあるさ」

「……うん、そうする」


 ドロテアは老女から離れると、何か重い頸木から放たれた様な晴れやかさと、待ち受ける困難を内包した、複雑な声音で老女に告げる。


「……ノリちゃんが生まれた。神竜の加護も私の代で終わる。シンクレアも変わらなくちゃいけなくなる。手伝ってほしい」


 老女は苦笑しながら首を振るとドロテアの肩に手を乗せた。

 

「もうあたしはただの大家さ。そんな大層なことをする力も気力も無い。あんたたちの時代はあんたたちが責任を持ちなァ」

「……わかった。頑張る」


 決意に拳を握りしめたドロテアは、軽く頷いて踵を返す。


「なんだい、もう帰るのかい? ゆっくりしていってもいいんだよ」

「……ううん、近々また会いに来るから。その時はゆっくりしていく」

「そうかい、遠慮しないで遊びにくるんだよ」


 人類の仇敵である魔王に、慈愛の籠った視線を向ける人間の老女。 

 しかも二人の間には、確かな信頼関係があるとわかる。人類側の権力に知られでもしたら、最大級の罵りと共に磔が間違い無い光景からは何の違和感も感じない。

 二人が旧知の仲であることは明らかだった。

 

 老女が、じゃあねと不敵に笑い魔王に手を振る。

 すると魔王は完璧な無表情をほんの僅かだけ綻ばせてこう言った。




―――じゃあまたね、ひいおばあちゃん

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