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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
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アリアさんの出張 NTR物語

続いていた雨もやみ、いつものように俺たちは仕事をするためギルドに向かっていた。

 拳鬼捕縛報酬200万ギルは無事手にして懐に余裕がある俺だが、退去費用60万を払って入居費用も払うとなると、正直ちょっと心もとない。


 俺はたまたま今の大家に拾われる形で入居したものの、相場を見て俺もびっくりしたのだがこの世界の前払い保証金は恐ろしく高い。いや、正確に言うと「冒険者が部屋を借りる場合は」だ。

 当たり前といったら当たり前だ。この世界に商品保険以外の保険は無い。リスクはオーナー自身が担保しなければならないのだ。

 そう考えると冒険者など、いつどこで野たれ死んで家賃回収が滞るかわからないし、荒くれ者も多いので基本的には突っぱねたい。そうなれば保証金が魔除け代わりとして吊り上ることになるのもまた必然。


「世知辛いよなぁ……」

「あるじー かなしいことあったのー?」


 苦笑しながら「なんでもないよ」と返し、俺はギルドの扉を開けて中に入る。

 すると中にいた冒険者達が一斉にこちらを見た。


「ノリさんだ」

「ノリちゃんよ」

「ああ、天使だ」

「女神様……」


 ノリちゃん大人気。

 あの戦争でほとんどの冒険者が現場に行き、生き残ったほとんどの者たちが地獄に天使が降臨した場面を見ている。

 ノリちゃんが知り合いのブラックドラゴンに助けを求めてあの場に現れたという事になってはいるが、それでも彼らにとって彼女が恩人であることには違いない。 


 幾人かの冒険者達近づいてきて、俺の頭に手をやる。正確に言うと、俺の頭に座っているノリちゃんの頭を撫でる。

 俺よりも頭一つでかいマッチョ共が破顔しながらノリちゃん参りをする光景は、今やこのギルドの日常風景になってしまった。

 俺は俺で、オッサン共の胸板を見て萌える趣味なんてないので、正直勘弁してほしいが、キュイキュイ嬉しそうに鳴くノリちゃんを見てると無碍にも出来まい。

 ニョーラである俺は陶然の如く「いないもの」として扱われていた。 


「あ、お菓子はやめて下さい。すいません、お菓子はやめて下さい」

「なんでよ! 私達の天使ちゃんにお菓子あげたっていいでしょ別に!」

「「そうだそうだ!」」


 「私達の」天使ちゃんではありません~。「俺だけの」天使ちゃんですぅ~。

 そう心の中で訂正し、優越感に浸った。


「まあ、預かりますヨ。ウチではお菓子は一日一個と決まっているのでネ、そうだよねノリちゃん?」

「はい! ノリなー ノリは1こまでです! とくべつは3つまでです!」

「だそうですヨ?」


 ドヤ顔


「キィィ~! 何よニョーラ! 天使ちゃんの付き人の癖にムカツク~~っ!」

  

 はっはっは 愚民共め。貴様らとは過ごした時間が違うのだよ時間が。

 俺はすっかり気分が良くなって足取り軽くカウンターに並ぶ。

 ノリちゃんが来る人来る人みんなに挨拶をしているのを見ながら待っていると順番が来た。  


「イサオさん! 今日は来てくれたんですね! ブドウ収穫中は寂しかったです……」


 顔を輝かせてからシュンと項垂れるマイラさん。

 それを見てると、青少年特有の、「あれ?この子俺のこと好きなんじゃね?病」を発症しそうになるが、ギルドNO.1巨乳美人が今やノリちゃんの付属品扱いされている俺に惚れることなど有り得ない事を俺は知っている。現実の厳しさは地球も異世界も変わりはしないのだ。

 

「マイラさんは相変わらず上手っすねー、ところで何かいいクエスト無いですか」

「イサオさんは相変わらず下手ですよーだ! もう! いつもイサオさんが受けるような街の中の仕事は無いですね」

「ですよねー ていうか下手って何のことです?」

「知らないですぅ!」


 マイラさんが何に下手と言っているのかはともかく、今は街内の仕事はほとんど無いのが現状だ。

 あの戦争で騎士や兵士、冒険者の半数が死傷し、稼ぎ手を失った遺族や家族が仕事を求めて街中を走り回っているのだ。


 そして浅い階層の魔獣の大多数が討伐されたため、近隣集落での討伐依頼も無い。5階層から3階層の魔獣が単独で現れて、討伐対が編成されることもることもたまにあったのだが、ノリちゃんに恐れをなしたのか戦争以来それも無い。

 通常フィールドに生息する魔獣・害獣の討伐依頼は発注されているが、魔境がらみの討伐依頼がほとんど無いのだ。


 そもそも魔境がらみで増えていた冒険者がそれでは食っていけないだろうと思いきや、そんなことはなかった。

 冒険者の母数自体が減っているし、代わりに兵士の手が回らなくなった警備や護衛の仕事が増えている。

 また、現在でも重症患者や、装備がダメになった人が多かったため、素材採取の依頼がアホみたいに増えている。


「ポピュラーですけど、こんな依頼はどうですか?」


 マイラさんが差し出した依頼書。

 ヒカリゴケ採取、クルルちゃん護衛の際に入った亡者の大空洞に生えるヒカリゴケを採ってこいという、非常に割りの良い依頼だ。

 

「ええ! いつもこの依頼は奪い合いなのに、なんで……?」

「今、素材価格が高騰してるんですよ。それに護衛任務とかから上に雇われたい人たちも多いみたいで」


 いつもは割のいい仕事も、今では他にいい仕事がいっぱいあるらしい。

 じゃあ、その割のいい仕事を紹介してくれよ、とは思わない。護衛や警備は討伐が前提にあるし、マイラさんは俺がそういう依頼が好きではない事を知っているからだ。 


「じゃあ、これ受けますね。成功報酬18万って高騰してますねー」

「今、冒険者さん達は稼ぎ時ですよ! 頑張ってくださいねイサオさん!」


 頑張って下さいねと、巨の乳の前で両こぶしを握るマイラさん。

 腕に挟まれたお乳様がとんでもないことになっていて、俺の目には刺激が強すぎました。

 

「そういえば……っ!」


 そ、そういえば何ですかマイラさん!? 

 そういえばあたし今朝お乳を搾ってくるのを忘れちゃったとかそういう感じでしょうか!? ならばこのわたくしめがたっぷりと搾っ―――


「そういえば変態捕縛しましたよね? 一緒にご飯行く約束してたのになぁ~? もしかして忘れちゃった……?」 


 祈る様に手を組み、上目づかいで俺を見てくるマイラさん。おっぱいに手が埋没していて、こんちくしょうと思う。

 あまりの可愛さに脳がやられそうだった。

 

 これはチャンスかもしれない。生まれてこの方、まともに女の子と接してこなかった俺に到来したチャンスかも知れない。

 わかってるさ、社交辞令だってことはわかってるんだ。

 マイラさんがそこまで相手にしてくれるとは思っていないよ。そこまでは思い上がっていないつもりなんだ。


 だが、この先、来るかもしれない春に対応する為にも、俺は女の子に慣れておかなければならない。まともにお話くらいは出来るようにならなければいけない。

 そして将来、まだ見ぬ伴侶と、まずはお話するのだ。そして手を握るのだ。そしてききっききききキッスをするのだ!

 だからここで失敗するわけにいかなかった。張る見栄もないが細心の注意でもってマイラさんを誘わなければならない。


「そ、そんなこと言ってると、ほ、本当に誘っちゃいますけどいいんですか?」

「もちろんですよぉ! やたっ! 凄い楽しみです! 想像しただけで……んっ」


 変な語尾がついたように聞こえたのは気のせいだろうか。いや、困惑が表れたのかもしれない。

 やっぱりお誘いは社交辞令で、実際行く行かないの話になったらちょっと困って言葉に詰まったのかも知れない。

 そんな感じで食事に付き合ってもらっても、きっと彼女は楽しくないだろう。気を使わせるのも正直申し訳ない。

 チャンスだと思って張り切ってみたものの、相手の気持ちを察することが出来ない男にはなりたくなかった。

 だから俺はちょっとだけ凹みつつもキチンと言った。


「あ、あの、もし無理してるなら正直に言ってね。残念だけど俺が変に誘っちゃってるなら申し訳ないから」

「ち、違いますよぉ! んんっ…… お食事行きたい、です。あっ…… イキ……たい、ですぅっ!!」  


 なんか身を捩らせ始めたマイラさん。


「じゃ、じゃあどこに行きましょうか? 俺やっぱりあんまり店しらなくて……」

「んっ どこにイクぅっ あ、行きましょうか……ハァ~~ わた、私はどこでもイケますよぉ?」


 なんか小刻みに震えていらっしゃるが大丈夫だろうか。

 多少不安になるが、ここまで言ってくれたなら、是非お願いしたかった。

 当たって砕けろだ。


「うーん、やっぱあそこしかないかなあ、前言ってた店にしましょう! 以前俺がオルテ…… あ、マイラさんいけないよ、その眼はいけないよ!」


 ミスった! すっごいミスった!

 マイラさんはオルテナの事嫌いなんだった!


「ええ、イケなかったですよイサオさん……? なぜ今、あの売女の名前を出すの……?」

「い、いや、マイラさん違うんです、お、俺は店とか知らな―――」

「そういえば、オルテナさ…… アバズレさんは随分とイサオさんの家に出入りしていらっしゃるようで……」


 指先一つ動かせないプレッシャーに背筋が凍る。

 さっきまでのぽわわーんとした空気はどこへやら。今や俺達二人の周りは氷結地獄(コキュートス)並みの冥府と化している。

 俺は、マイラさんから噴き出した黒紫の瘴気に絡め取られていくのをはっきりと認識していた。

 一番この感覚に近いであろう単語が頭を過る。

 捕食だ。


「私にも限界ってものがありますよぉ? うふふふ、これはお仕置きしたほうがいいんですかね?」

「ま、マイラさん、何を言ってるんです……?」

「えへへへへぇぇ~~」


 ちょ、ちょっと待って! 怖いっす! マイラさんホント怖いですって!

 

 背中を滝の様に汗が流れ落ち、シャツがペタッと張り付いた。

 SSS級魔獣にも感じたことの無い怖気が全身を駆け回っている。頭の中では警報が鳴りっぱなしだ。このままでは死ぬと全身の細胞が悲鳴を上げた。 

 と、その時、マイラさんの目尻がズルンと落ちる。

 俺は声なき悲鳴を上げた。

 


―――喰われるっ!


 


マイラさんの目尻がズルンと落ちる。

俺は声なき悲鳴を上げた。


―――喰われるっ!









◇ ◇ ◇ ◇







「ノリちゃんチョリーッス!!」


 瘴気を切り裂く何一つ空気を読まない声。あいつだ。

 すかさずノリちゃんもチョリースを返すが、ちょっと戸惑っているようだ。

 いつもと違う、目にチョキを当てるようなポーズのチャラ男に困惑したのだと思うが、今はそれどころじゃない。

 俺は思わず声を上げた。


「ちゃ、チャラ男ぉ~~~っ!」

「あれ、イサオちゃんマジどうちゃた系? 顔真っ青過ぎてマジウケるんスけど」

「た、た、たす、助かった……っ!」

 

 いつの間にかあのおどろおどろしい空気は四散していた。やっぱり空気を読まない人はここぞという時に圧倒的な強さを見せる。

 俺はチャラ男の手を掴み、「卒業」ばりの勢いでギルドから逃走した。

 途中、頭の腐った女冒険者の腐った呟きが聞こえたが今は無視しておく。

 そのままギルド近く、たまに入る定食屋にかけこんでとりあえず落ち着いた。

 早い時間だからか、他に客はいない。


「助かったよチャラ男、ここは奢るからなんか食べよう。ノリちゃんは何がいい?」

「ノリなー ノリはシチューがいーなー」

「じゃあ…… オレは、マジ日替わり定食でシクヨロ」


 『マジ日替わり定食』なんてねーよ、と思わず突っ込みたくなるが我慢する。

 俺が店員さんに料理を注文すると、ノリちゃんが両手をブンブン振りながらチャラ男に言った。


「さっきのちょりーす ノリにもおしえてー!」

「いっすよ! ノリさんだからマジ教えちゃうよオレ」


 右手、親指も立てたチョキをして、そのまま右目にもっていく、人指し指と中指の間から目をパチクリ。


「チョリーッスっ!」


 キャッキャッキャッ


 なんじゃそれと思いながら眺めていると、今度はノリちゃんが一生懸命真似をしようとし始めた。

 うんしょうんしょと作った小っちゃいチョキをぎこちなく右目に当てる。そして元気にチョリース。

 

「なんかなー ノリちがうきがします」


 彼女は納得しなかったようだ。

 するとチャラ男が優しく解説を始める。


「ノリさんノリさん! まずね、マジでチョキ作って、そうそう!」


 自分の右手とチャラ男を交互に見ながら一生懸命なノリちゃん。


「そんでね、マジ親指立てる系、そうっ! OKチョベリグっ!! んでそれを、そーのーまーまーみーぎーめーにー 持ってっちゃ……ウィ~ネ~~っ!!! ノリさんウィ~ネェ~~っ!! で言っちゃって! ノリさんマジ言っちゃって!」 


 ノリちゃんが満を持して宣言する。


「ちょりーっすっ!」

「ウィウィウィウィ~ネェ~~~っ!」


 どうしよう…… 超殴りたい……

 だが、チャラ男は数少ない友人だし、何より何度も助けてもらっている。

 そして嬉しそうにキュイキュイ鳴いているノリちゃんを見てるとそうもいかないし、さっきのはさっきので高速保存余裕だったからどうしようもない。


「ノリうまくできたー?」

「マジパネェっす!」


 だが、こうしてチャラ男に色々教えてもらっていたら、この先どうなるか正直不安だ。非常に良くない傾向だと思う。

 なぜなら、このままではノリちゃんがギャルになってしまう懸念があるからだ。

 

 ギャル全てを否定するわけではない。

 あの日本語から遠くかけ離れた言語を撒き散らしつつも、ほとんどの子が実は優しく情に厚い女の子達だと言う事を俺は知っている。ただ少しだけ頭が可哀想なだけだ。

 

 だがどうだろう。

 ノリちゃんがコンビニの前でパンツ丸出しで屯するようになってしまったら。

 宝石よりもキラキラ輝く白い美肌をこんがりキツネ色に焼いたりしてしまったら。

 神力が宿る神竜の爪にギラギラのラメとかデコし始めてしまったら。

 

 一体どうなってしまうだろうか。

 答えは「泣く」だ。俺が全身全霊で泣いてしまう。

 いいかいノリちゃん、君のクリクリお眼目より5回りも大きいサングラスなんてこの世界には無いんだ。

 俺は思わず、人化もまだなノリちゃんがギャル化してしまった場面を想像した。

 

 ―――ノリなー まじシチューがたべたいってゆーかー

 ―――サイキルパのパンがなー まじやばい  

 

 ん?


 ―――あるじー ノリのつめなー まじかわいーけー?


 んん!? あ、アリじゃないですかね……? アリじゃないでしょうか……?

 

 そこまで考えてハッとする。

 なんということだ。ノリちゃんはギャル化しても天使だったのだ。

 俺は戦慄きながら項垂れた。


 高校1年の時のとある出来事を思い出す。

 彼女は日本語とは別体系の言語であるギャル語を駆使するアホな女の子だった。

 彼女はいじめを受けていた女の子を助けるために、加害者の女の子のケツを蹴った。「ダセェことしてんじゃねーよ」と。

 するとわらわら出てくる親御さんやらPTAやら教師陣やら。誰も彼女の正当性など見ようともしないし聞こうともしなかった。

 その時、体育会系集まる男子陣は、そんな大人たちを冷ややかに見つめていた。俺達はあの時、汚い大人は敵だと厨二的思考で認識したのだ。


 そして今の自分を顧みる

 見かけやイメージだけで判断し物事の本質や中身を見ようともしない。それは俺達が一番嫌いな大人の姿ではなかったか。

 そんな大人にはならないと固く誓ったのではなかったのか。

 俺は己の愚かさを痛感すると共に、深く恥じた。

 ノリちゃん、いいよギャルになっても、それでもあるじは変わらず君を―――


 ―――あるじ― ノリのかれしがなー ちょーいけめんでなー

 

「チャラ男さん、そろそろやめていただけないでしょうか? それは教育にはあまりよろしくない類の話です」


 やっぱり許さない事にしました。

 と、そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。

 俺達二人はいただきますと手を合わせ、チャラ男は神に祈りを捧げてから食べ始めた。そういえばこの前の白ローブはチャラ男の事を知っているみたいだったことを思い出す。

 まあ素性を詮索して欲しくないのはお互い様だし、俺もそれ以上聞こうとは思わない。

 3人で取り留めも無い話をしながらご飯を食べていると、チャラ男が「そういえば」と口を開いた。


「そういえばさー さっきマジ何が助かったとか言ってたの? やっちゃった系?」

「別に何もやってないよ、なんかマイラさんがさ~……」


 俺は先ほどのことをチャラ男に説明すると、いきなりチャラ男が噴き出した。


「ブフーーっ! マジやっちゃってんじゃん! ありえねーチョーウケるんスけど! いやーイサオちゃんパネェはマジで。なに、ガチでわかってない系?」

「なんだよ、わかんねーよ。わかってんなら教えろよー」


 するとチャラ男は、首を傾け、片眉を吊り上げ、ビッと俺を指差す。そして言った。


「ウィ~ネ~~!」 


 俺は、まるでイケイケ社長が「おめーらやってるー?」みたいな感じのチャラ男に心底イラっとした。


「っつーかアレよイサオちゃん、マジ本人同士のガチンコにさー、オレがマジ口出しするわけにはいかねーっしょ。マジオレそういうのフラットなとこにアサインすっから、これマジ覚えといて」


 何を言っているのか全く意味がわからないが、とりあえず教えてはくれないようだ。

 俺はため息しか出ない。 


「それとは別にさー、マジ頼みごとあるんスけど、マジ聞くだけ聞いてくんね?」

「なんだよ、聞くだけなら聞くよ」


 俺は一生懸命シチュー頬張るノリちゃんに癒されながら答える。珍しく真剣な様子のチャラ男がイケメンでまたイラっとした。


「んじゃマジ聞いてよ。この前ギルドでマジイサオちゃんに言いかけたんだけどさー それが確定方向なんでー……」


 そう言えばこの前、ギルドでチャラ男に何か言いかけられた気がする。

 その時は確かオルテナが飛び込んできて、ウチに泊めろと騒ぎ出し、マイラさんが鬼になって、結果的に第一回オルテナ様争奪大会がギルドで開催されたはずだ。

 結構前の話だが、まだ大丈夫なのだろうか。

 最近、散々借りがあるので、出来るならば引き受けたいと思いながら俺は先を促す。

 すると、チャラ男はどこか困ったような表情で切り出した。



「っつーか二日間くらいなんだけどさー、マジイサオちゃんの剣マジ貸してくんねっすか?」



◇ ◇ ◇ ◇










「アリアさんアリアさん、お仕事の話ですよ」


 ノリちゃんがお昼寝をし、オルテナさんがぬいぐるみを作っている。

 そんな中俺は今、ちゃぶ台の上のアリアさんと向き合っていた。


『ん? なんじゃ? 我はホイホイ仕事するような安い女ではないぞ』


 割と普通にダメ人間発言をするアリアさん。最近、また調子に乗り始めている。

 この前、ノリちゃんにイエス・ノー枕を教えた疑惑。冤罪だとあまりに号泣するので、思わず謝ったのが運の尽きだった。

 あれ以来、何かにつけて「我は傷ついたなー」とか「誠意が足りんのう~」とかホザいてくる。

 正直、ノリちゃんにエア不倫させようとした罪だけで万死に値すると思うのだが、女のガチ泣きに弱いのは誰だって同じだと思う。


『仕事はしたいのじゃがのぅ~ うぅっ! い、痛い! 心の傷がまだ痛むのじゃ……っ! これを治すのはベヒーモスの骨粉しか……』


 調子に乗って喋りまくるアリア。彼女の鞘に被せてある毛糸のカバーを見て、俺はさらにゲンナリした。

 オルテナが編んでる名前入りセーターを見たアリアが『我だけ仲間外れじゃ! 我は要らない子なんじゃぁ~~!!』とわんわん泣き出したのでオルテナに頼んで作ってもらったのだ。

 「ありあ」と描かれたカバーを付けてすっかりご機嫌になった彼女は、相当お安い女だった。


「ま、まあそう言わずにアリアさん、今度は俺の顔を立て―――」

『完璧な』

「完璧なアリアさん、今度は俺の顔を立て―――」

『馬鹿みたいに』


 うぜー


「完璧に馬鹿みたいなアリアさん今度は―――」

『順番っ! 順番大事よ! 気をつけてっ!』


 俺はもう取り繕うのも面倒くさくなってきたので、どちらが上なのか体に教え込んでやろうと腰を浮かしかけた時、彼女が言った。


『まあよかろう、聞いてやるだけ聞いてやる。申せ』


 一体何を根拠にそんな上から来れるのか全然理解出来ないが、とりあえずこの場はスルーする。


「ま、まあ、仕事の話なんですけどね……」

『えっ! 我に仕事? 討伐? ねえ討伐なの?』

「いや、ちがうんだけど……」

『我は剣じゃぞ! 討伐以外に何の仕事があるというのじゃっ!』


 俺はやたらと鼻息の荒いアリアさんに、ため息をつきながら語りだした。


「実は、決闘の立ち合いなんだよ」


 決闘

 1対1、1対多でも、多対多でもいい。両者の合意さえあれば人数も場所も選ばない戦闘行為。その究極的な姿は戦争なのだと思う。

 この世界において決闘はそこらじゅうで行われていて方法も様々だが、基本的にはガチンコバトルがほとんどだ。

 

 人数も場所もルールも当事者で決められる決闘だが、たった一つだけ公的なルールがある。

 立会人をつけることだ。

 これをしないとその決闘は違法行為になり、もし死なせてしまったら殺人となる。正直、その差がわかんないというのは日本人の俺の感覚であって、とにかくこの世界ではそういうルールで決闘が執り行われるのだ。

 

 そして立会人の実力は、決闘する当事者達より高くなければならない。

 大抵の場合はそうだが、「殺しはナシ」というルールを立てた場合、ギリギリの局面で双方を止める実力が無ければならないからだ。

 

 その立会人は、両者の中間に立って、剣を軽く地面に刺し、柄に両手を乗っけるスタイルで決闘を見守る事となる。

 それだけならいつも使ってる剣で充分なのだが……


「今回は当事者が貴族同士でさ、綺麗な剣じゃなきゃいけないんだよ」


 面倒くさいことに、ある程度の格式と見栄が必要なのだ。

 要するに剣が普通のものだったら締まらない、格好付かない。自分たちの行為を権威づけたい。

 そこで立会人も美しく綺麗な剣を、ということでアリアに白羽の矢がたった。


『何! 超絶綺麗で美しい我が必要じゃとっ!?」

「黙って聞け色ボケ金属が」


 とにかくチャラ男はそんな役割を押しつけられた。

 彼のメインウエポンが短剣であるから、いつも使ってるのはどこにでもありそうな安いショートソード。しかも何気に愛着があって砥ぎ屋さんで整備中。

 

 アリアは聖剣と謳われるだけあって、その性格とは裏腹に何だかんだ美しい刀剣だ。

 光り輝く失われた素材(ロストマター)で出来た刀身は、武器としての機能を損なわないギリギリのラインで優美なフォルムを描く、柄は華麗に装飾され、柄尻に埋め込まれた魔石は魂が吸われるような深い赤。

 

 もしこのバカ()がこんなんじゃなかったら、聖剣アリアは毎日文句なしにその美しさを褒めちぎられるであろう逸品なのだ。

 格式や品位が求められる場面ではこれ以上の剣もそうそう無いだろう。


 俺はアリアを煽てながら、そんな経緯を語る。

 するとアリアは呆然といった体で話し出した。


『ちょ、ちょっとまて(なれ)よ。我を…… 我を他の男に貸し出すというのか?』

「いや、他の男ってアリアさん……」

『我が他の男の獣欲赴くまま、弄ばれてもいいと言うのかっ!!』


 お前マジ何言っちゃってんの?


「あの、アリアさん…… 変な言い方はやめて欲しいんですケド……」

『酷い! そんな、我に飽きたからって! 他の男に使われて来いだなんて! そんなの鬼畜亭主のやり方ではないか! 他の男に我の操を奪―――』

「だから変な言い方はやめろっ! オルテナもそんな目で俺を見るんじゃない!」


 なぜオルテナが非難がましい眼を俺に向けているのかがさっぱりわからない。

 これは、決闘の立会にボロ剣だとカッコつかないから綺麗な剣を貸してくんない? というただそれだけの単純な話だ。決して愛憎渦巻く泥沼劇の話じゃない。

 それなのにこの痛々しい空気は何だ? サイッテー!と言わんばかりの女性陣の視線が痛すぎる。

 一体俺が何をしたというのだ。 

 

 

『よいのか!? 汝はそれでよいのか! 一緒に寝食を共にした伴侶にも等しいこの我をっ! そこらの馬の骨に寝取られても何の抵抗も無いのかっ!?』


 アリアの悲痛な叫び。

 正直、普通に突っ込んでも良かったのだが、残念ながら俺は空気を読む男だった。現代日本人の性が、空気に合わせてそれなりの対応をせねばならないと耳元で囁くのだ。 

 だから俺は沈痛な面持ちで言葉を絞り出す。

 

「……無いよ」

『うああぁぁ~~~~~~っ!!!』

「イサオっ!」


 だから一体何の茶番劇だよ。

 アリアはとっくに手遅れなのがわかっているが、オルテナさんには何とかこちら側に戻ってきてほしい。彼女はちょっと空気に流されやすいだけなのだ。


「オルテナさん、ちょっと冷静にな―――」

「あなたがそんな酷い人だとは思わなかった! 私の事もそうやって売るつもりなんだっ!」


 あんたもか

 つい最近までの、冷徹無比な孤高の戦士というイメージを返してほしい。

 色んなものが頭ン中に咲き乱れて、色んなものが手遅れになっているじゃないかと、俺は一人絶望した。

 

『ぐすっ 我は、我は捨てられたんじゃ! うぅ ぇぐっ こんなに、こんなに汝に尽くしてきたと言うのにっ! 要らなくなったらポイ捨てじゃ…… この…… このっ 人でなしの女衒がっ!』


 もう正直どうしていいのか全くわからない俺だが、とりあえず慰める体で言ってみる。


「お、おいアリア、いい奴だから大丈夫だって、変な扱いはされないって、貸すだけだから」

『すわっぴんぐじゃ! 貸し出し妻じゃ! 我は知りもしない触れたことも無い男に抱かれるんじゃ! ウワァァァ~~~ッ!』

「だから知ってる奴だし、抱かれねーしスワッピングじゃないし、そもそもお前妻じゃねーから」

「アリア、私もあなたは妻ではないと思う」


 少しだけ正気に戻ったオルテナさん。

 大体、何で金属ごときが人間である俺の正妻気取ってるのか淡々と詰めたいところだが、とりあえず今は自重する。

 アリアにヘソを曲げられたままでは、チャラ男に借りが返せないからだ。

 おいおいと泣くアリア。

 こんな状況で言うべきか多少は悩んだが、とりあえず俺は彼女に口を寄せて囁いた。


「……相手はイケメンだよ」


―――ピタッ


 HIT! 俺は構わず踏み込んだ。

 

「……お金持ってるよ」

『………………ホント?』


 なんてどうしようもない()なんだ。

 聖剣アリアには清らかなる淑女の魂が宿っていると記す、十字教の神なる経典はどうやらウソを書いているらしかった。

 こんなのが聖剣と呼ばれ、俺のメインウエポンであるのだから頭だって痛くもなる。

 俺がため息をついていると、アリアはおずおずといった風に口を開いた。


『いけめんなの……?』

「ああ」

『お金持ちなの……?』

「俺よりは断然持ってるな」

『あの、や、優しいかな……?』

「それは知らんけど、いい奴なのは間違いない」


 するとアリアはその刀身をブルブルっと震わせたかと思ったらピカーっと光った。


『我の時代が来たかも知れぬ……』

「お前ホントどうしようもねーな」

「え、え、えぇっ!?」


 オルテナに視線を向けると、彼女は唖然とした顔でアリアを見つめていた。さすがにオルテナさんはそこまで可哀想な子ではないらしい。


『それに、我なんかちょっと興奮してきたかも知れん……』

「まあ頼むよ……」


 俺は本日何回目になるかわからないため息をつきながら、昼寝をするため、ノリちゃんが寝ているベッドに潜り込んだ。







【◇ ◇ ◇ ◇








 俺たちは大通り広場英雄像の前で待ち合わせをしてアリアをチャラ男に渡した。

 昨日、アリアは興奮して眠れなかったらしく、調子が悪いとボヤいていたが、調子が悪いからといって切れ味が鈍ったりはしないので正直どうでもいい。とにかく楽しみにしていたことは間違いないようで何よりだ。


 渡す時チャラ男が、愛剣が整備から返って来たので貸すと言っていたが断った。

 というのも明後日に緑地公園の枝払いがあるし、今後も何かと雑用に剣を使うかもしれないのだが、アリアはそういう仕事を嫌がるし、俺としては前回のアンデッド狩りの時みたいに、フィーバー聖剣アリアになってもらっても困るので、そろそろ普通の剣が一本欲しい。

 そして今は多少懐に余裕があるので安剣でも買おうかなと考えていたところだったのだ


 だが俺は、包丁やナイフ以外、武器らしい武器など買ったこともなく、相場にも疎ければ目も肥えていない。

 そんなに良いものを買ってやろうと息巻いてる訳じゃないが、ぼったくられるのはイヤだった。

 そこでオルテナに付いてきて貰ったのだが……



「イサオ、やっぱりさっきの店が気になる。もう一回戻ろう」


 その彼女に俺は連れ回されていた。

 女性の買い物は長いと言うが、どうやら武器の買い物でもそれは変わらないらしい。

 高々2万ギルの剣を買うのに、もう三軒もハシゴして、お昼もまわっている。

 武器屋などには普段行かないから、ノリちゃんが嬉しそうにしていることが救いだが、それでもそろそろ勘弁して欲しい。


「お、オルテナさん…… もうこの店でいいじゃないですか……」

「いや、ダメだ。あなたはどうせ剣なんて滅多に買わないのだから、この際きちんとしたものを買うべきだ」


 とはいっても、明後日は緑地公園の一斉清掃で植木の枝払いがあるから今日明日でヒカリゴケを取りに行かなければならない。

 確かに俺が全力を出すと亡者の大空洞まで2時間もあれば着いてしまうのだが、できれば余裕を持って行きたいところだった。


 先ほどの店に戻る道すがら、文句の一つでも言おうかとオルテナを見る。

 彼女は嬉しい時も凹んだ時も表情はあまり変わらない、変わらないのだが、なぜか彼女は感情表現が豊かな女の子なのだ。

 そして今は、彼女の周りにお花畑が浮かび上がるくらい嬉しそうにして、鼻歌まで歌っている。

 そんな彼女に何か言えるはずもない小心者の俺は、気づかれないよう小さくため息をついた。


「うーん、やっぱりダメだな」


 どうやら戻ってまで確認した店も結局ダメだったらしく、オルテナは次の店へと歩きだす。

 すると別の中通りに差し掛かった時、オルテナが突然足を止めた。

 

 店の通り側が一面観音扉みたく広く開け放たれ、外からも見やすいようにズラリと商品が並ぶ店、見た感じ八百屋さんみたいな珍しいスタイルの武器屋だ。

 オルテナさんが吸い寄せられるようにふらふらーっとご入店し物色を始める。そして彼女が例によってふんふん唸り始めた時だった。


「いるぁっしゃいませぇ~~っ!!!」

「なっ!」


 やたら大声の店員登場。

 そしてその店員を見たオルテナさんがなにやらびっくりしている。


「本日はどのような…… オルテナ様ではありませんかっ!」

「大きいって! 声大きいって!」


 わたわたと焦るオルテナさん。

 なんだなんだと店の周りに出来始める人だかり。

 「オルテナだって!」「闇姫じゃないか」「え、誰それ?」「あんた知らないの、この街のアイドル冒険者よ!」

 オルテナさんはいつの間にかアイドルにまで祭り上げられていたらしい。

 

「いつも弟の店をご贔屓にしていただいているそうでっ! セーターはもう編めましたかっ!?」

「だから声大きいんですって!」


 すると広がるざわめき。

 

 セーター? 孤高の魔人が? ありえんよ(ヒソヒソ)

 う、うそよ、闇姫様がそんなっ(ヒソヒソ)

 オルタソほんとー? ねーオルタソほんとなのー?(ニヤニヤ)


 みるみる間に真っ赤になるオルテナ。

 やだなにこの可愛い生き物。


「ではオルテナ様っ! 今日はいったい何をお探しでっ!?」

「え、ええちょっとした雑用に使う安価な剣を……」

「オルテナ様っ! 雑用剣をお探しなのでっ!?」


 食い気味に被せてくる大声店員。

 人だかりがどよめいた。

 Sランカーが、迫撃最強の魔人が、黒の使徒【闇姫】が、雑用剣を買ってどうするのだという微妙に責めるような空気が広がる。

 すると店員が周囲を代弁するかのように陳情した。


「オルテナ様、雑用剣は戦闘に向きませんよ? ささっ あなた様にはこちらの剣こそ相応しいっ!」


 店員が取り出したのはおそらくミスリル製であろう、目が覚めるような神秘的な煌めきを放つ片刃剣。刀身は広く、鏡のように周りの風景を映している。

 目利きなど出来ない俺にだってそれがかなりの業物であることがわかる。

 周囲のみなさんもその美しさに見惚れ、ご納得のご様子だ。


「これは、かの名工『フラヴィデンス』が打った純ミスリル製の一級品でございますっ! お値段950万ギルで奉仕させていただいておりますっ! Sランカーであるオルテナ様が振るうに相応しい剣かとっ!」

 

 周りの人たちが、おおっ!とどよめいた。

 目ん玉飛び出る値段にびっくりしている人もいれば、お買い得だと騒ぐミスリルの価値を知る人もいる。もし本当にミスリル製ならば適正価格だと俺も思う。

 店員は、どうです私の賞品は!? と言わんばかりのドヤ顔。

 イラつきはしない。それは商品に自信をもつ真っ当な商人の顔だ。

 

 周囲は、とんでもない高額の買い物をこの目で見れると興奮し始めていた。

 しかし残念ながら、今日俺たちが探しているのはそういう業物ではなく、刃が欠けたら研がずに買い換えるような、そんな量産品で十分なのだ。

 

 だが、今俺が口を出すと話がややこしくなってしまうに違いない。金魚の糞に過ぎない木っ端冒険者が横槍を入れてたところで、お前には聞いてないからと言われて終わりだ。

 だから俺はオルテナさんがきっぱりと趣旨を説明することに期待をし、潔く口を噤む。

 当のオルテナさんが満を持して口を開いた。


「え、あ、あの、その……」


 何となく買わなくてはならない雰囲気に涙目になるオルテナ。

 俺は愕然とした。なぜなら俯いた彼女の震える手がポーチへと伸び始めていたからだ。

 お、オルテナさん、もしかして買おうとしていらっしゃいませんか……?

 すると、オルテナはポーチへと伸ばしかけた手をギュッと握りしめ、意を決したようにキッと顔をあげる。


「あ、あの! 今日は! 5万ギル前後の剣を…… さが、しに……」


 勢い込んで言い出したものの、周りの「え?マジで?」的な反応に言葉も尻すぼみになる闇姫様(Sランカー)

 どんだけ押しに弱いんだよと俺が額を押えていると、店員がまたもや人々の意見を代弁する。


「オルテナ様、5万ギル程度の量産品ではS級魔獣を倒せませんよ?」


 そうだそうだと激しく頷く周りの人たち。

 闇姫様、血迷ってはいけませんよ的空気が周りに充満する。

 そんな空気を切り裂くように涙目のオルテナが叫んだ。


「きょ、今日は彼の、イサオの雑用剣を買いに来たんだ! 私だってプレゼントとかするんだっ!」


 沈黙、圧倒的沈黙。


「本当はもっと高いものを買ってあげたいけど! それではきっと受け取ってもらえないから安くていいものを探しているんだっ!」


 『沈黙は伝播する』とどこぞの偉い人が言ったが、これは本当だった。

 一番活気に溢れているはずの時間帯なのに、今や水を打ったように静まり返る中通り。

 気が遠くなるような数秒間が過ぎ、ざわめきが爆発的に広がった。

 表現は様々だが、つまるところその内容はこうだ。


―――あの連れのショボイ兄ちゃん誰よ?


 誰よりも強く可愛い俺のノリちゃんが言う。


「ノリなー ノリしってる! 「みつがせた」ってゆーんだよ!」

「ノリちゃん、今度アリアに然るべき入浴をさせるから今そういうこと言うのはやめようね……?」

「そうだぞノリちゃん。私は今から買ってあげるんだから意味がちょっと違うと思う」

 

 オルテナさん、頼むから余計な事言わないで下さい。


「天高く射昇る冥路不帰ず、来たりし滴よ我が巳を啄み彼の―――」

「ちょ、ちょっと待てってリリン! おまっアホかっ!」

「放して! あの異端者を殺すのよ! お姉様を守るのよぅ! は~な~し~て~!!」


 いたたまれない空気の中、全身全霊で凹む俺に向けられたのは、この辺一帯を氷づけにするほどの凶悪な殺意。

 氷雪輪舞曲(ヴァリカルマンダ)とかマジで勘弁してもらいたい。一体俺が何をしたというのか。


 冷や汗を流しながら周囲を見渡すと、女性陣は有名人のゴシップに目を輝かせ、男性陣は黒い炎で目を濁らせていた。

 正直、剣をプレゼントしようというのも初耳だし、貢がせるつもりだって無いし変に勘違いされても困る。

 俺にはノリちゃんがいるし、それに加えて女の子と付き合ったり、果てには養ったりするなんて甲斐性無しの俺にとって、少なくとも今は到底無理な話なのだ。

 だが、先ほどから空気を読み続けた店員がまたもや余計なことを口走った。


「オルテナ様、お連れの方は恋人なので……?」

「そっそれは……っ!!」


 するとさすがのオルテナも焦ったのだろう。俺をチラチラ見ながら言葉に詰まっている。

 客観的に考えて、美人で強くて有名人でお金持ちな彼女がこんなショッパイ男と恋仲だと噂されて嬉しい筈がない。

 男は金を稼いでナンボ! という風潮が強い日本よりもさらにこの世界では甲斐性無しに価値など無い。お金持ちが何人もの女性を囲って当然だとされるこの世界の価値基準において、悲しい事だがそれは考えるまでも無い当然の帰結だ。

 だから彼女も当然のように否定したいのだろうが、俺達が中途半端に仲良くやっているため、きっと俺本人の目の前では言い辛いのだ。

 

 こんな美人さんに否定されるのはちょっと寂しいが、おれは身の程と言うものを知っているし、彼女に迷惑をかけるのは本意ではない。

 だからちゃんと助け船を出してあげなければならない場面だった。


「え、あ、あのっ わた、私はそのつも―――」

「違いますよ。俺達はただの冒険者仲間ですね」


 再度沈黙が降りる。

 心なしか先ほどより重い沈黙のような気がして、目を瞬かせた。

 何故かこんどは女性陣がその眼に怒りの炎を灯し、男性陣が死んだ魚のような目をしている。

 俺とノリちゃんが首を傾げていると、オルテナはおもむろに『大特価! どれでも1本1万ギル!』の箱から剣を引き抜いて言った。


「……これください」


 うんうん、そうだね。最初からそうすれば良かったね。と頷く俺。

 どことなく気まずそうに会計を済ませる店員。

 すると会計を済ませたオルテナが無言で俺を睨みつけながら剣を突き出してくる。

 なんか少し機嫌が悪いみたいだが、プレゼントしてくれるということだし、きちんとお礼は言わねばなるまい。まだまだ世を知らないノリちゃんの前では特にそういう大事な事をキチンとしなければならないのだ。


「オルテナさんありがとう。なんかごめんな、大事に使―――」

「死んじゃえ~~っ!!」


 そう叫んで、黒い塊と化したオルテナさんが飛んで行ってしまいました。

 何故か殺気立つ観衆の中、ぽつんと取り残された俺。心なしか、段々人の輪が狭まってきているような気がします。


「え、え、え!?」


 俺は俺で逃げ出しました。


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