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異世界最強は大家さんでした  作者: つよぐち2号
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プロローグ

元アカで掲載していた作品です。

移転に伴う再投稿になります。

よろしくお願いいたします。


今は新作の「冒険者高専冒険科」を書いています。

こちらもお願いします。

やっと家に着いた。

 数日にも及ぶ魔物の討伐任務を終えて、さっきこの王都に帰ってきたばかりだ。

 未だ慣れない馬車移動の疲れもあって、俺はギルドへの報告を明日に回して家のベッドにダイブすることに決めたのだ。

 古びたアパート。今にも崩れそうな階段を上り、借りている部屋のカギを開けて中に入る。

 あ゛~疲れた~~ とか、オヤジくさい独り言を吐きながら靴を脱いでいると突然声をかけられた。



「……おかえり」


「……」



 おかしい。絶対におかしい。

 確かに今の会話を客観的に見たらおかしいところなど無い。

 

 家に帰る。「おかえり」と言われる。

 

 誰がどう見ても当たり前のやり取りなのかもしれない。誰だって家に帰れば家族とそんなやり取りをするのかもしれない。

 だが、俺の記憶が確かならば、俺は異世界から飛ばされてきた日本人で、こちらの世界には人間の家族はいなかったはずだ。



 だから、部屋のちゃぶ台の前に正座し、湯呑みで茶をすすっている目の前のババアは少なくとも俺の家族ではない。

 家族でもないババアにお帰りと言われ、ただいまと返す義理など1ミリもないはずだ。

 未だ混乱から抜けきらない俺に、ババアは不機嫌そうに告げる。


 「『ただいま』も言えないのかい? 全く近頃の若いモンは……ぶつぶつ」 


 そもそも、中世ヨーロッパ全開のこの異世界で、その異世界住民が正座をし、湯呑みで音を立てながら茶を飲むとか、突っ込み所が多すぎて頭が痛くなる。

 勝手に家に入んなとか、勝手に茶を入れんなとか、色々言いたいことはある。

 

 人にとって我が家とは絶対不可侵のプライベート空間だ。

 裸になることも許されるし、酒を喰らって良くない酔い方をすることだって許される。見られたくないものだってあるし、おいおいとそれを見られる心配をしなくていい自分だけの空間、それが我が家だ。

 

 それを侵して目の前のババアは堂々と茶をすすっている。

 これは、例えば国家で考えると宣戦布告に等しい暴挙と言っても過言ではない。

 だから俺もこのババアにはそれ相応の態度と対応を示さなければならないはずだった。このババアは俺の聖域を侵した侵略者なのだ。

 俺は怒りに拳を握りしめ、ババアの横顔を睨み付けると口を開いた。

 

 「あ、あの、本日はどんな御用でしょうか……?」


 屈辱だった。

 異世界に勝手に召喚され、あれよあれよという間に勇者に祭り上げられたあげく、魔王討伐までやらされて(魔王は殺してない)帰ってきたら、見解の不一致と、言うこと聞かない奴は邪魔だということでポイ捨てされ、世界最強の戦闘力を有しながらも今はしがない冒険者として日銭を稼ぐ毎日。

 あんまり理由なく生き物を殺したくないという俺のこだわりもあって、お金になる討伐任務を避けていると、結局は大した収入も無く、勇者として活躍していたころの資金はポイ捨てされた時に凍結されてどうにもならず、必然的に住むところは苔生したボロアパートになってしまった。

 といっても今住んでいるこのアパートよりコストパフォーマンスの良い物件はそうそう無いわけで、ここを出ていくわけにはいかない。よって大家さんに下手打つことは出来ないという極めて冷静かつ論理的に考えた結果が先ほどのセリフだった。

 

 だがババアはそんな事情を考慮しない。

 一応名目上、俺は世界を救ったハズなのだが、王様は別人を勇者として公知してるし、ババアがそんなこと知るよしもない。

 平和主義な俺は泣き寝入りするしかないのだ。

 

 そこで俺はふと思い出す。

 先月の家賃の更新料はなんとか支払ったはずだ。俺のメインウエポンである聖剣を質に入れて払ったんだから間違いない。何も負い目など無いはずだ。

 ババア言ってみろ

 たとえオーナーだとしても、家賃も更新料も払い、なんの負い目もない真っ当な借主の家に勝手に侵入し、さらには俺取って置きの煎茶を勝手に飲む。よく見たら、楽しみにとっておいた近所の人気店「サイキルパ」の焼き菓子セットまで食ってるじゃねえか。

 いくら一般人で家主だからといっても、事と次第によってはこの質屋から取り戻したばかりの聖剣のサビにして――

 

 「あんた、ペットを飼ってるみたいだねぇ……?」


  ――――ピシッ

   

 俺は固まった


 同時に言い知れぬ怒りが腹の底からふつふつと湧き上がってくる。



 ――ペット……だと……?



 ペット不可のアパートでペットを飼っている不届き者

 何も知らぬ者からすればそう見えるのかもしれない。

 俺は神竜の子供「ノリ」ちゃんと一緒に暮らしているからだ。

 確かに若い兄ちゃんが1歳児くらいの大きさの竜と一緒にいれば、低位の竜族を使役しているか、飼っているかと勘違いしてもしょうがないだろう。

 だがここは断言させてもらいたい、これは絶対に譲れない。

 

 ノリちゃんは俺の家族だ 


 ある日突然異世界へ飛ばされ、家族から離れ、やっと忘れられたと思っていても、ふとした拍子に強烈に湧き上がってくる郷愁の念。

 弱いと笑われるかも知れないが、一人で暮らしていた時代、帰ってきた玄関先で立ちすくみ、帰りたい、家族に会いたい、と頭を掻き毟り泣き叫んだことだってある。無事を伝えたいのにそれを阻む次元の壁に絶望し、神を呪ったことだって数えればキリがない。

 だがそんな俺もノリちゃんと暮らしはじめて前向きになった。頑張ろうと思った。この子を守ろうと思った……

 いや、違うな。守られているのはきっと俺だ。彼女の存在が俺を正気の淵に踏み止まらせるのだ。

 もう一回言おう。

 ノリちゃんは俺の家族なんだ!

 

 「飼ってませんよ?」


 あくまで「暮らして」いるんだ! 万歩譲って飼っていると言われても「ペット」ではない。家族なのだ。断じて曲解ではない。

 そんな解釈をしたって許されるはずだ。

 パチンコが賭博にあたらないように、建前というのは大事なのだ。


 それに、俺の言質がとれない以上証拠は提示できまい。

 なぜならノリちゃんは今、街外れの霊泉に水浴びに行ったばかりだからだ。

 いつもの通りだと、あと数時間は帰ってこない。

 幼竜一人で行かせて大丈夫かと心配する者もいるだろう。ですが彼女は世界で俺の次に強いから大丈夫なんです。大人になったらダントツで世界最強になるに違いないのです。

 だから俺は余裕の笑みを浮かべ、何を言ってるんですか風にババアに言った。


 「それにホラ、大家さんだって勝手に上り込んでるくらいですから家捜しはしたんでしょう? 今だって俺一人ですよ?(笑)」 

 

 俺渾身のドヤ顔。俺は勝利を確信した

 しかしババアは何やら確信に満ちた声音で言い放つ。


「おかしいねえ……? 肉屋のカイルさんも、八百屋のデル坊も斜向かいのシエルさんも、近所の美人妻クルスさんも腕白坊主のドットも公園在住のメルトさんも、あんたが竜を飼ってるって言ってるんだけどねえ……?」


 俺は戦慄を覚えた。

 みんな俺の知り合いじゃねえか。ていうか何でホームレスのメルトさんからも情報仕入れてんだよ。 

 だが俺は怯まない。それはあくまで他人の証言であって、物証もない以上、俺が認めなければそれまでだ。

 内心の動揺を出さないよう注意しながら俺は言う。


 「そんなこと言ったって飼っていないものは飼っていません。用はそれだけですか? それならばお引き取り願―――」

 

 「あるじー あるじー」


 後ろから声が聞こえた。

 振り向くと1歳児程度の大きさ、雪よりも白い肌(鱗ではない)の西洋竜。お眼目クリクリのノリちゃんがいた。

 ノリちゃんは神竜。翼はあるが羽ばたく必要は無い。膨大な魔力を制御するだけで飛べるのだ。

 にも関わらず、中で羽をパタパタさせながら小首を傾げ、「あるじーあるじー」と言う彼女より可愛い存在がこの世にあるだろうか? いや無い(反語表現)

 俺は今すぐ抱きつき頬ずりしたい衝動を何とか堪えた。

 

  

 「あ、ノリちゃんおかえり、早いけどどうしたの? 泉に行ったんじゃなかったの?」

 「あんなー、ノリなー、石鹸忘れとったー」

 

 なんという破壊力

 相変わらず忘れんぼさんなノリちゃんに笑みがこぼれる

 

 「相変わらずドジっ子さんだなノリちゃんは、でもあそこで石鹸使っちゃダメって言ったでしょ?」

 「あっ そうだったー ノリ忘れてたー じゃあいってきまーす」

 

 ノリちゃんがくるっと背を向ける。俺はその背に向かって声をかけた。

 

 「気を付けてね。知らない人に付いてったらダメだよ」

 

 そう言って送り出そうとした俺に衝撃の言葉が告げられる。


 「えー、でもなー、さっきおじさんがなー 付いてきたらなー、飴あげるって言っててなー」

 「の、ノリちゃん、その汚らわしくて変態でお炉利を嗜まれるクソ虫のおじさんはどこにいるのかなー? 主ちょっと話したいことがあるんだ」

 

 不自然に声が震えなかっただろうか。

 俺は全身を駆け抜ける憤怒を堪えきれずブルブルと震えていた。何ら悪いことをしたわけではないノリちゃんを変に怖がらせてはいけない。

 


 しかし……

 やってくれるじゃねえか糞が。

 

 誰だ俺のノリちゃんに悪戯しようとするクソっタレは! 殺す! 絶対殺す!

 生まれてきたことを後悔するほどの苦痛をその変態ボディに物理的に刻み込んで殺してくれと哀願させてからベホマ的ケアルガ的なやつで回復させてからαΩ(始まりにして終わりの魔法(禁呪指定))で殺す。 

 こうしてはいられない、こんなところでババアの足止めを食ってるわけにはいかなくなった。このままだと俺は怒りのあまりこの国を更地にしてしまう。

 俺は振り返り言い放った。

  

 「おいババア! そういうことだからまた今度にし――」



 ―――ドンッ!



 湯呑みをちゃぶ台に叩きつけるババア。ゆらりと立ち上がりこっちを向いて言った。


 「……待ちな」


 なんてイラつくババアだ。一体何様なのだ。

 俺には今果たさなければならない使命がある。金より王より神より上位に立つ神聖な使命があるんだ。 

 だからおれはイラつきを隠さずに食って掛かった。

 


 「ああ? んなこと言ってる場合か! ババア、俺を止めたければ軍隊でも連れ――」

 「ペットを……」

 「ああん?」


 ババアは言った


 「ペットを飼っているな……?」

 

 空気が凍るとはこういうことを言うんですね

 どう考えても詰んでいます。本当にありがとうございます。

 ババアが獣のように獰猛に嗤いながら近づいてくる。


 「バ、ババア…… ちょっと待て、はははは話し合いが必要だと思うんです僕たち!」

 「……座れ」

  

 すぐさま玄関にあぐらをかく俺。

 すぐさま「正座だろ」と嗜めるババア


 「ペットは不可ですって最初に言っただろう……」

 「ノリちゃんは家族だ! ペットじゃないっ!」

 「犬もネコも飼い主はみんなそう思ってんだよクソガキ!」

 「わかりました、お叱りはきちんと受けますから、今はノリちゃんを誑かしたクソを殺させてくださいお願いします!」

 

 今まで倒してきたどんな化け物よりも恐ろしい気配を纏い、仁王立ちでカタカタと震える俺を見下ろすババア

 世界最強の俺が、キレた大家の前ではいつも震えることしか出来ない。何故だか全く勝てる気がしない。

 異世界最強は大家なのか……

 そうやって戦慄く俺にかけられる声。


 「あるじー ペットってなに~?」

 「おまえさんも主の横に座んな」

 「はーい」


 色々とカオスになってきた。俺にはもうどうしていいかわからん。



 可愛い家族、恐ろしい大家、

 故郷から遠く離れた異世界での暮らしは儘ならない。

 魔王を倒しても別に魔物は減らないし、俺を召喚した隣国の王様は未だに刺客を送ってくる。

 堂々と異種族排他主義糞喰らえって言ってるおかげで教会からは異端者扱いされてるし、魔王からは未だにラブレターが届く。

 意思ある聖剣は、平和主義な俺に使ってもらえないことを未だにブツブツ言うし、最近は質に入れられたショックで引き籠ってしまった。

 何より今は目の前のババアだ。

 

 本当に人生は儘ならない。

 

 だから俺はその「儘ならなさ」を綴ってみようと思う。 

 世界最強の力を持ちつつも、金も名誉も無い。大家には敵わないしこのイベントが終われば聖剣の心のケアをしなければならない。   

 それでもグチをこぼしながらも俺はこの生活を気に入り始めている。

 

 ラブストーリー、英雄譚、冒険譚。物語は数あれど、一つくらい日常にグチをまき散らすような物語があってもいいんじゃないか。

 最近俺はそう思うんだ。

 

 儘ならずとも、俺はここ異世界で何とか楽しく生きてる。

 これは、そんなどうしようもない俺、井川勇諸と、家族と仲間そして最恐大家との、どうしようもない物語

 




 「家賃値上げか、出ていくか、選びな」

 



 ――――えっ マジで?

 





――――――――――

 



この世界で命は軽い。


いじめがあれば糾弾し、事故で怪我でもしようものならお祭り騒ぎをしていた日本とは決定的にこの世界の価値観は異なる。


旅をしていると死体は珍しくないし、それを見つけた人の反応も極めて淡泊だ。

何度でも言える。この世界の命は軽い。

そしてその最たる存在が目の前にいた。



「盗賊」だ。




「おい、死にたくなかったら服も荷物も全部置いてきな!」




 目の前の盗賊がこれ以上ないくらい教科書通りのセリフを吐く。

 薄汚れた体に薄汚れた皮の鎧を纏い、抜身の剣を担ぎながら汚いツバを飛ばす盗賊たち。

 俺はこの殺伐とした世界に来たからと言って、当然のように盗賊を殺していいとは思わないし、殺して何が悪い? といった風潮に納得したつもりはない。


 人を傷つけた以上、苛烈な処罰を受ける彼らをかばい立てなどは出来ないし、その多くは自業自得だとしても、やむに已まれぬ事情でその身を盗賊に落とした人たちだって少なくない。

 だから俺は某漫画に出てくる雑魚キャラのように、刃物を舐めて奇声をあげている盗賊を目の当たりにしても同情以外の感情は持ってなかったし、軽くボコって脅して再犯防止に努めるつもりだった。

 しかしそんな最高に運のいい盗賊たちは自らその幸運を投げ捨てる暴挙に出たのだ。


 「抵抗するな、早くしろ、死にたいのか!」   盗賊A

 「何黙ってんだ! ぶっ殺すぞテメェ!!」   盗賊B

 「おいおいビビって声も出ねえってか?www」 盗賊C

 「ヒャッハァーー…… あ、舌切ってもうた」  盗賊D(負傷)


 ここまでは良かった。ここまでは良かったのだ。

 例えば俺が知り合いに会った時こんにちはと言うように、この失礼なセリフも彼らにとっては挨拶と同じだからだ。それだけで殺す理由になんて成りはしない。

 挨拶には挨拶で返すべきだ。


 「俺、貧乏で、金目のものなんてもってないスよ」

 

 本当のことだ。

 今だって値上げされた家賃を払うために薬草採取の依頼でノリちゃんと一緒に、街道から離れたここドラン平原に来ている。

 武器防具を買うお金も無く、着ているものは作業着に皮のプロテクターだけだし、腰にぶら下がっているのはリハビリ中の聖剣だけだ。


 「だいたい、お金持ってる奴はこんなところまで薬草取りにきたりしないでしょうよ……」


 こんな幸薄いカッコをした冒険者を襲ってどうにかなると思ったのか。そんなんだから盗賊なんぞになってしまうのだ。 

 多少なりとも俺は穏便にことを済ませようと思っていた。

 しかし、残念なことに彼らは、割りと簡単にデッドラインを踏み越える

 



「おい、てめえ! だったらその『亜竜』の『ペット』を置いていけ! 『悪趣味な商人』に『高く売れる』からな!」




 問題はこの暴言だ。この発言はいけない。四つも許しがたいワードが入ってるのがいけない。


 「亜竜」? 神竜だ! 本能に従うしかない魔獣と一緒にするんじゃねえ!

 「ペット」? ボケが! ノリちゃんは俺の一番大事な家族だ!

 「悪趣味な商人」? 殺すぞ! ノリちゃんを欲する人は悪趣味じゃねえ!

 「高く売れる」? 死ね! 俺に払ってもらう己の命とどちらが高いか天秤にかけろ!


 俺が堪え難い怒りに打ち震えてると、愚かなことに盗賊どもは己の首に縄をかけた



「そういや知り合いの炉利変態が、いつかチビっ子竜に一発お願いしたいって言ってたぜ!グェヘヘww」



 ――――ブチッ



 我ながらあっさり理性の糸が切れた。

 よし、殺そう。

 ノリちゃん本人が許しても神が許しても断じて俺が許しません。

 

 さてどうやって殺りましょうか

 聖剣で切り刻もうか、いや今彼女はリハビリ中だからいけない

 殴って爆殺しようか、いやそれはノリちゃんの教育上良くない

 何よりそんなやり方は甘すぎる。

 万死だ! 万死に値するのだこのクソ共と炉利変態はっ!

 


 まずは新鮮な盗賊を半日くらい塩に漬け込んで水でよく洗ってから丁度持ってきたロープでキツめに縛り軽く天日干ししてタレに漬け込んで香辛料をまぶしてから半日燻して近所の人気店「サイキルパ」で買った「もっちり白パン」にデル青果店で買ったトマトとレタスと厚めに切った盗賊を一緒に挿みマヨネーズとソースをたっぷりかけてお客様にお出ししてからÖrövan rátó(天駆ける竜の獄炎(禁呪指定))で殺す。


 そうだそうしよう。

 


 俺はさっそく収納魔具から大量の塩を取り出し――――


 「あるじー、あるじー」

 


 クリクリお眼目が今日も眩しいノリちゃん。


 「ん? 何だいノリちゃん?」

  

 なんでこんなに可愛いのだろう。俺は今すぐ抱きつき頬ずりしたい衝動を何とか堪えた。


「あんなー、このおじさん達だれー?」

「ええとね、この人たちは盗賊っていってね、人を傷つけて物を盗む悪い人達なんだよ、ノリちゃんは絶対に真似しちゃダメだよ?」

「はーい♪」

「おいてめえ!」


 あれ? 最後になんか雑音が聞こえたような気がする。

 まあいい、俺は世の中をまだあまり知らないノリちゃんに道徳を教えてあげなきゃいけない。これは大事な使命なのだ。


「ノリちゃん、悪い人はどうするんだっけ~?」

「ぬっころすー♪」


 白炎のブレス(約6000℃)をぷいーぷいーっと吐きながら答えるノリちゃん。


「ああ! 惜しいっ! 惜しいよノリちゃん! 正解なんだけどノリちゃんはぬっ殺しちゃダメだよ? ノリちゃんがしてもいいのは「せいあつ」。ノリちゃんはその綺麗なお手々を汚しちゃダメだからね?」

「ノリわかったー!」

「ところでノリちゃん、主ね、盗賊ハムを作って大家のババアのお土産にし―――」

「おいテメェ無視するんじゃねえ! クソ竜共々ぶっ殺すぞ!!」


 クソ……竜……?

 

 誰だ? 一体誰のことを「クソ」と言ったのだ?

 俺の事か? 確かに俺はクソかもしれない。甲斐性も無い、ノリちゃんの欲しいモノだって満足に買ってあげられない、そんなどうしようもないダメ人間なのかもしれなかった。

 だが俺はれっきとした人間で決して竜ではない。

 ならば誰だ。俺の、元勇者である俺の全てであるノリちゃんを、神にも等しい俺の天使を、クソ呼ばわりしたとでもいうのか。俺のノリちゃんを殺すと言ってのけたのか?

 俺の頭は瞬間湯沸器が裸足で逃げ出すくらい瞬時に煮え立った。 

 望み通り殺ったんぜクソ共が……っ!


「あ゛ぁ?」

「ガキが! 俺たちを舐めたらどうなるか教―――」

  

「……テメェ薄らハゲ売女の○○にこびり付いたチンカスに付着した汚汁で出来た結果のクソまみれのクソったれの分際でボケが殺すぞ」


 我ながらとんでもなく低い声が出たと思う

 ある程度のレベルの魔道士が今の俺を見たら、天を突きぬける魔力の奔流に腰を抜かすに違いない。

 溢れる出すのは限りなく黒に近いねっとりとした邪気。

 少なくとも元勇者が垂れ流していい種類の魔力ではない。

 

 

 俺の怒りに触れた場合、獣や大抵の魔獣、飼い慣らされた家畜ですらケツから火を噴く勢いで逃げていく。彼らの自己防衛本能が絶対に敵わぬ強者から逃げることを選択させるのだ。

 

 だが目の前の盗賊は愚かだった。圧倒的な力を前にしてもそれを感じる能力すら持っていない。彼らは顔を紅潮させ、唾を飛ばし、喚き散らし、剣を振りかぶりながら近づいてくる。

 俺は思う。こいつらは家畜にも劣る存在だ。

 家畜ですら察知する俺の力に気付かず、自分たちが奪う側だと信じて疑わず、俺の何よりも大事な家族を嗤い、奪おうとする。

 家畜より劣るこいつらは最早人ではない。とするならば今から俺がする行為は何か。

 屠殺だ。殺人ではなく屠殺なのだ。

  

 俺は頬を凶悪に歪めながら一歩踏み出した……その時


「めっ! あるじ、めぇ~~っ!」


 真っ黒に染まった俺の視界に入ってきた眩しい白。言うまでも無く、愛しい俺の家族のノリちゃんだ。 


「の、ノリちゃん、どうしたの!?」


 ノリちゃんはちょっとだけ怒っていた。

 くりくりお眼目をギュッと閉じ、翼を力いっぱいパタパタさせ「めぇ~!」と抗議の意を体全体で表現している。

 これはちゃんと聞いてあげなくてはなるまい。

 俺はきちんと話を聞くためノリちゃんに「ちょっと待っててね」と声をかける。

 そして加工品にするための血抜き処理の事も考えて、一瞬で近寄ってくる盗賊どもの背後に回り込むと手刀を打ち込み全員を気絶させた。(0.9秒)

 ノリちゃんのところまで戻ると、ノリちゃんは羽をパタパタさせながら言った。


 

「あるじー! きたない言葉使っちゃ「めっ!」ってノリに言ったー! あるじも使っちゃめぇ~っ!」 



 愕然とした。


 何をやっていたんだろうと思った。

 俺は決めたはずだ。ノリちゃんのお手本になろうと。

 ノリちゃんの情操教育を考えて自分をまず律すると決めたはずだ。それがどうだ? 

 俺は膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。

 

 盗賊をぬっ殺そうとしたことはいい。加工しようとしたことだって別にいい。

 だが罵られ、会話を邪魔されたからといって、ノリちゃんの前で汚い言葉を使ったことは許されるハズがない。

 俺は何と言った? 聞くに堪えないレベルの言葉を使ってしまったのではないのか? そんな汚い言葉をこの可愛い天使の、ぴょろっと可愛いお耳に入れてしまったのではないか?

 しかも当のノリちゃんに手本となるべき俺が怒られてしまった。

 

 獣は俺だ。家畜にも劣るのは俺だ。

 俺にこの盗賊どもに道理を語る資格など無い。ましてや断罪するなど傲慢の極み。

  

 俺は乾いた喉をなんとか動かし、溢れそうになる涙をなんとか堪え、俯きながらかすれた声でノリちゃんに謝罪した。


「の、ノリちゃん、ごめん……。俺はとんでもないことをしてしまった……。本当に、ごめんね……」


 許してくれるだろうか、こんな穢らわしい俺を彼女は許してくれるだろうか。

 そう思いながら彼女を見上げると……


「いーおー♪」


 ぱあぁぁぁ っと擬音が鳴りそうな勢いで満面の笑みを浮かべるノリちゃん。

 ああ、天使。ノリちゃんマジ天使。

 俺は気付かれないよう涙を拭って立ち上がる。そしてノリちゃんを抱っこすると街に向かって歩き出した。


「ノリちゃん、晩御飯は何が食べたい?」

「あんなー ノリなー シチューが食べたいのー」


 今日は奮発して新鮮な牛乳と金毛牛のスネ肉を買おう。

 さっさとギルドに薬草を渡して、じっくり煮込んだシチューを、猫舌のノリちゃんのためにふーふーしてあげるのだ。 

 そう考えるとニヤニヤが止まらなくなってきた。

 

「あるじー うれしー事あったのー?」

「ああ、あったよ。それに毎日嬉しいし楽しいさ」


 キャッキャッと嬉しそうに鳴くノリちゃんを撫でる。そしてなぜか輝いて見える風景を見て

 俺は幸せだ そう思ったんだ

 

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