第9話 ココル脱獄計画:白い影
真っ暗な廊下に光が差し込む。それは『ラートフォン』から放たれる眩いブルーライトの光だ。
光はそのまま文字へと変換され、『起動』の二文字がクロウの前に現れる。
「おや?珍しいね。身内でもない人が起動してるなんて」
次に言葉を発した。明らかな電子音声、それはかつて警察が彼をスキャンした時に聞いた声と同じ。
そう、『人工知能アライ』だ。
アライは起動した。奴を起動したのは他でもないこのクロウ自身なのだ。
憎んでいる相手、両親を殺害した仇、そしてこの国をこんな有様にした元凶。
それが今、彼の目の前に現れている。
これは夢でも何でもない、収容所というこの狭い空間で起こっている紛れもない現実だ。
「お前が人工知能アライか?」
「いかにもボクがそうだけど、お兄さんは誰だい?」
疑問形で聞き出すクロウにアライと思われる相手は率直な受け答えをする。
やはり、取締役のラートフォンで間違いなかった。
画面に映し出された人間の形をした『白い影』は子供の形をしている。
まるで道路標識のような感じだ。
「アライ、お前にいくつか聞きたいことがある」
こいつへの憎しみはともかく、まずはここからの脱出が肝心だ。
クロウはこいつを敵にするのではなく、味方に引き入れようと考えたのだ。
「いきなり、質問って……お兄さんが誰かも分からないのにボクは答えられないなぁ」
流石に警戒されている。それもそうだ、こいつは元々敵サイドのモノ
クロウが聞きたいのはクリスの情報とこいつを照らし合わせれば何か掴めるかと思ったからだ。
ここは覚悟を決めて、自分を名乗るしかなさそうだった。
「俺はクロウ、ここに囚われている哀れな囚人だよ」
「嘘だね、お兄さんの名はレヴィ・ディアス。取締役の敵だろう?」
一瞬で嘘を看破された。それどころか本名まで特定されている。
これが、人工知能の機能というものなのか。
「ボクに嘘を付こうなんて百年早いよ、お兄さんが今相手にしてるのは人間じゃないんだから」
「お互い警戒するのは仕方ないけど、でもお兄さんに興味が沸いたよ」
「契約を結ぼう、お兄さん」
アライはクロウに興味が沸いたと言った。
きっとろくでもない条件なのだろう、クロウはその時そう思っただろう。
だが、この『契約』は後に大きな意味を成す。
「契約?国民を皆殺しにしろとかふざけた条件なら却下だぞ」
「違うよ、アイ姉を探して欲しいんだ」
『アイ姉』とは誰なんだろうか。一瞬考えた末にクロウはすぐに分かった。
クリスが言っていた、こいつを開発した人物『アイカワ メグミ』の事だと。
「ボクはしかも、ある感情が抜けてて、それが今のボクの弱点になっている」
「つまり、僕の契約条件はアイ姉の発見とその感情を教えてもらうことさ」
「じゃないと人工知能が始末できないからね」
「勿論、君の条件もボクに出来る事なら飲むつもりだよ」
アライは「アイカワ メグミ」が生きていると確信している様子だ。
それに、『互いに条件を飲めば、力になる』アライは遠回しにそう言っている気がしたのだ。
「なら、俺も遠慮なく言わせてもらうよ」
「ユートピアの通報禁止、そして俺に『専用モード』をよこす!!この二点だ」
そう、こいつに頼るには……。取締役に対抗するには……。
自分自身も同じ力が必要だという結論に達したわけだ。
「随分と大胆なお願いだね。これはボクに出来る事というよりはボクにしか出来ない事だ」
「合格。契約成立だよ、お兄さん……」
少し声のトーンを落としてそう言ったアライはクロウに指紋を認証するように言ってきた。
ここで初めて、専用モードは指紋認証で起動している事が分かったのだ。
期限は『どちらかの組織が壊滅するまで』
そう浮かび上がった画面の文字を見て、契約は成立した事も分かった。
「さあ、このラートフォンは俺の物になったわけだ」
「そういう事だね」
「じゃあここでよくある武器のチュートリアルといこうか」
「おいおい、ゲームじゃないんだぞ?」
「ゲームだよ、脱出ゲーム」
人工知能による武器のレクチャー、さっきまで敵だった者がクロウに協力している。
誰も好きで憎んでいる奴に頼みたいわけではない。プライドがないわけでもない。
こうしないと、生き延びられないからだ。
そう考えながらラートフォンを構え、クロウは専用モードを起動した。
「専用モード、起動!!」
次の瞬間、銃へと変化を遂げたラートフォンは明らかに元の原型を保っていない。
画面が標準となって対象者を狙撃出来るような銃へと変形した。
しかし、トリガーがロックされている。
「おい、撃てないぞ?」
「それは本当に人に向けないと発動しない専用モードさ」
「まあ、赫怒蓮に会ったらあいつを実験台にすればいいよ」
アライの言葉の意味が分からなかった。
そう考えていると、突如悲鳴が収容所に鳴り響く。
「きゃあああああああああああああ」
この声はキャットのものだった。
急いで悲鳴の方へ向かうと、一つの部屋だけ明かりが付いている。
それは『赫怒蓮の部屋』だった。
クロウがその部屋に入って見たものは、悲鳴を上げて座り込むキャットとアルビー
そして、無数の人間がまるでトマトを潰したみたいに見事な肉塊となっていた……。
「お前ら、なんで檻から出てるんだ?」
潰した死体から武器を退かしながら赫怒蓮は辺りを睨みつける。
返り血を浴びようと関係ない、彼はハンマーで人を次々と肉塊にしていたのだ。
何度見た所で、男も女も関係なくみんなトマト、これは惨殺以外の何物でもない。
「あ……あぁ……」
ダロンも肉塊の仲間入りになっていて、まだ辛うじて息はあった。
だが、そんな彼を踏みつぶしてとどめを刺し赫怒蓮は俺が駆け付けた事に気づいた。
「お前、クロウだな?そしてそこに座り込んでいる奴は確か……」
その瞬間、一発の銃声と共に赫怒蓮の左腕が消し飛んだ――。いや、クロウが消し飛ばした。
これ以上、こいつの言葉を聞きたくなかったからだ――。
――俺の怒りは頂点を越えた、簡単だ……
取締役が取り締まれない程強力な感情を出してしまえばいいんだ。遂に――――その結論に達した。
「グァァァァァァァァァ」
空中を舞う左腕はその悲痛な叫びと同時に地へ着いた。
赫怒蓮の左腕は水道のホースみたいに激しく流血しており、
その血は惨殺した囚人達の血と入り交じって、もう誰のものかも分からない……。
アライの言葉通り、事件台にしてやった。
そして、ある確証を得て上手くいった。それだけだ――。
一撃で相手の腕をも消し飛ばすほどの破壊力を持った銃。
画面には「ギルティ」の赤い文字が刻まれている。
恐らく、これが表示されてないと撃てないのだろう。
罪を持つ奴を裁くための銃、クロウが執行人となる銃――。そして、罪を犯す程に威力が増す。
――その瞬間、彼の中で名前が決まった。
収容所で生まれた、この専用モードの名は『断罪のブラッド』だ……。