第5話 楽との対峙
――あれ?俺、死んでない?
クロウはそう感じて目を少し開くと、見覚えのある姿がそこにはあった――。
弾丸を二重感情と短剣で無力化したキャットの姿が……
「キャット!?」
キャットはそんなクロウには見向きもせずに、襲撃した取締役の男の方へ顔を向ける。
一方、男はキャットを見てもその不気味な笑顔を変えることはない。
「お久しぶりですねぇ、あなたとこうして会えたことが俺は嬉しいですよ」
なんだ、こいつ?『久しぶり』ってキャットの知り合いなのか?
そんな不思議な顔をするクロウをよそに
キャットは少し沈黙した後、男に言葉を発した。
「私も出来ればこんなところに出たくなかったけれど、放っておくわけにもいかないでしょ」
そして、そのままのタイミングで危険な真似をしたバカな連れに説教を始める。
「――あんたも8年修行してその様なのに、一人で取締役とやりあおうなんて無茶するんじゃないの!!」
クロウは意識が朦朧とする中、自分の未熟さと現実を改めて知った。
キャットの言う通りだ。自分はまだまだ弱い……
しかし、自分を責める暇も考える暇もなく、即座に現在の状況へと引き戻される。
「お話は終わったのかな?お説教なんて優しいな」
「あれだったら、その彼捨てて俺の元へ来なよ」
「今、告白してくれたの?嬉しいわね」「でも、私は……」
「――あんたみたいな男、タイプじゃないから!」
そのキャットの言葉と同時に男の凶弾が襲い掛かる。
まるで、運動会のピストルがスタートの合図を出したかのように……
それを読んでいたかのようにキャットは弾丸を短剣で真っ二つ
クロウの想像をはるかに越えるレベルの戦闘が日曜日の街中で始まった。
「やるねぇ~」そう言いながら男は銃をこれでもかとぶっ放す。
響き渡る銃声と刀の弾く音で流れ弾は辺りに飛び交う。そう、どう考えても危険度倍増である。
しかし、キャットは弾丸を避けることなく真正面で斬りながら距離を積め、下から上に短剣を振り上げた――。
男は後ろに下がって回避行動を取ろうとする体勢だ。
直後にキャットは腰に隠し持っていた「第2の刃」を右手で取り出し、男の右肩から左脇腹にかけて攻撃を繰り出す。
その刃は刃渡り30cm程のナイフで、キャットの体術とスピードが上乗せされれば相当な殺傷力を有するだろう。
しかし、男は跳躍でそれを避け、空中で放った蹴りで右手にあるキャットのナイフを蹴り飛ばす。
その時、勢いよく飛んだナイフがキャットの頬を傷つけた。
体勢が崩れたキャットを狙って男は銃を突きつける。
――だが、そこにキャットの姿はない。
男が落ちている血液をたどると……
時既に遅し、キャットは既に後ろに回り込んで左手のナイフを
男の喉に突き付けていた――。
「まいったなあ、君の方が早いなんてぇ」
「感想はそれだけ?」
男は気づいた、自分のラートフォンが破壊されていた事に――。
そう、2撃目のナイフは男ではなく、スマホを狙って放たれていたのだ。
勝負はキャットに傾いた。いや、彼女の勝ちだ。
「気づくのが遅いね。ねえ、スペシャルチャンスで見逃してあげるから私達も見逃してくれない?」
キャットは今殺すべきではないと判断していた。
今殺せば、後々まずいことになるのを考慮してたからだ。
仮に本当に殺す気なら男の両足も斬って逃げる手段を封じていただろう。
「ははは、分かった分かった。俺の負けだよ」
男は敗北を素直に認めて、その場を退いた。
そして、クロウはキャットのおかげで命拾いしたと同時に安心してその場で意識を失った……
――目覚めると、クロウは見知らぬ天井と見知らぬベッドに横たわっていた。
「……どこだよ、ここ」
とりあえず、部屋は誰かの家みたいな感じで肩と足には包帯が巻かれていた。
誰かが手当てしてくれたんだろう。
ガチャっという音と共にドアが開き、キャットが入ってくる。
「どうよ、具合は?」
「大丈夫、ありがとう。あと、ごめん……」
キャットはスタスタとベッドに居るクロウのところまで来た。
「度胸だけは大したもんよね、あんなヤバい奴に飛び込むなんて」
ヤバいのは確かにそうだった。
キャットがいなかったら、クロウは心臓をブチ抜かれて死んでいたのは確実だったからだ。
取締役とやりあおうなんて考えてはなかった。
元々キャットはそれが目的でクロウに8年もの間、稽古していたわけじゃない。
「自分の身は自分で守る」ためだ。
そして、クロウはその事を踏まえて反省する。
正直、ラートフォンって呼ばれるスマホにも変形する銃が、政府の人間が持っていることは知ってたが、
あいつの言ってた「専用モード」ってなんなんだ?
あの専用モードの前に俺は一方的に逃げるしかなかった。
しかも、蜂の巣になりかけた。
今のクロウでは立ち向かうどころかまともに逃げることもできない。
キャットは運良く現場に駆けつけてきたが、そういえば今までどこに行ってたんだ?
色々聞きたいことがある。
クロウは少し、心の整理をした後キャットにどこに行っていたかを聞いた。
「情報収集してたのよ、それで取締役の1人がライムシティに居るって聞いたから」
「行ってみたら、あんた虫の息だし」
クロウが虫の息だったのはさておき、
キャメロンと一般人の情報であそこにたどり着いたが、まさかキャットもキャメロンから?
偶然だとは思ったものの、クロウはキャットがキャメロンと関連があるんじゃないかと聞いてみた。
「キャット、キャメロン・リティックって奴知ってるか?」
「知らないわよ、誰?」
どうやら名前を聞いた時の反応から見て、本当に知らないらしい。
なら誰が情報をくれたんだと言うと、「信頼できるもう1人の仲間」とだけキャットは答えた。
あとは、あの追尾弾を撃ってくる鬼畜野郎は何者なんだ?
感情取締役って言っても、取り締まる感情は1人1人違う。
あいつが何の感情を取り締まる奴なのかを突き止めれば……
そう頭を抱えるクロウの疑問にキャットがあっさりと答えを出した。
「楽しさの感情、だよ」
「楽しさ!?」
「あいつの本名は比楽光晴、楽しさの感情を取り締まる感情規制取締役の1人」
正直驚いた、キャットは情報を持って帰ってくる時もクロウを超えている。
てか、さらっと本名まで突き止めてやがる。
「よし、あいつを倒しに行くぞ!キャット!」
本名まで突き止めているんなら後は倒してそれで終わり!
キャットと一緒なら行ける!そう思っていた彼の考えを見事にぶち壊したのもキャットだった。
「まさか、あれがやりあってたって思ってるの?」
明らかにキャットが強かったあの戦い、勝利は目前だったのに敵に情けをかけて見逃した点
キャットは自分の頬を見せてクロウに話す。
「私も一応、負傷はしてるしお互い手を抜いてたの。もし本気でやりあったら多分私でも苦戦する相手よ」
「それともし、仮に殺せたとしても彼奴らのボスが黙ってないわ」
しかも、キャットはボスを直接叩くより、この国を管理してる取締役を叩いた方がこの国を救えると言う。
つまり今、比楽光晴を追って倒しても何の得もしないのだ。
それに交戦したせいで国中大騒ぎ、今は下手に動ける状況ではない。
「ボス」という言葉を聞いて確信した。
彼らはやはり、政府の人間ではないことを――。