第19話 爪痕
ライとクロウが凰和国を歩いて、数時間が経過した――。
クロウの手を握り締めて、兄弟のように寄り添うライは空を指さして無邪気にはしゃいでいる。
「見て見て、飛行機だよお兄ちゃん」
「ああ、そうだな」
飛行機に手を振って見送るライは本当に無邪気な子供だ。
この子がこの国の兵士に狙われる理由に関して、クロウは検討がつかない。
『センティメントの方でしたか』という兵士の言葉から推測するならば、この国でもセンティメントの権力が効いているという事になる。
そして、その事を考えているクロウのポケットから振動が来る、それは着信だった。
タイミングが良すぎるというのだろうか、『非通知』という表示から見ても明らかに『ラクーン』からだ。
「はい」
「クロウ。そろそろアライが君のラートフォンに戻るだろう、どこに行っていたのかは直接聞くといい」
アライの事も気掛かりだが、それよりも気になったのはライの事だ。
クロウはラクーンに質問する形で問いかける。
「ラクーン、この国の兵士に追われてる少年を見つけたんだけど」
「少年?」
「ああ、白い髪で目は緑色をしてる。まだ幼いと思うんだが」
その言葉を聞いて、ラクーンは明らかに少し動揺していた。
何かまずいことでもあるのかとクロウは少し表情を硬くする。
「クロウ、その少年は君が保護したまえ。おそらく私の読みが正しければセンティメントの連中がその子を狙って襲ってくるだろう」
「おい、どうゆう事だよ」
次の瞬間、通話は途絶えた――。
ラクーンと通話をすると、いつも途中で途絶えてしまう。
だが、ライとセンティメントには何らかの関係があるという事だけは分かった。
「何なんだよ全く」
「誰と通話してたんだい、クロウ」
話しかけて来たのは人工知能アライだ。
通話が切れたのはアライがクロウのラートフォンに戻った事で電波障害を起こしたのだろう。
「アライ、お前今まで何処に行ってたんだよ」
「ちょっと、ボク達の障害になりそうな奴を排除しようとしたんだけど、一部しか破壊できなかった」
『一部しか破壊出来なかった』そのアライの発言から人ではない事が予想できる。
物であるなら、なぜアライほど高性能な人工知能が完全に破壊出来なかったのだろうか。
「お前が破壊出来ないって何を壊そうとしたんだよ」
そのクロウの質問に対してアライはある真実を告げる――。
それは、この国の運命を左右するようなものだった。
「人工知能フィーリング、この国にあるもう一つの人工知能だよ」
アライのその言葉はクロウの背筋を凍らせた。
同時に青ざめたような顔に表情は変化し、それをみてライは心配そうな表情でクロウを見つめる。
「ねえ、お兄ちゃん大丈夫?」
そのライの呼び掛けにクロウは一瞬、応じなかった。
人工知能がもう一つ存在するという事実から『感情規制法』がこの国でも可決するという事を意味するのかとクロウは恐怖に囚われていた――。
「ああ、大丈夫だ」
そう答えるクロウだったが、手の震えは止まらない。
心拍数は上昇し、これ以上の興奮状態が危険だと判断したのかアライが口を挟む。
「落ち着け、クロウ。フィーリングなら一時的だが、ボクが抑えてきたから」
「だといいんだがな……」
フィーリングの一時停止に成功したと告げるアライの言葉は、クロウにとって気休め程度にしかならないだろう。だが、ライの存在がクロウに落ち着きを取り戻させた。
「気を付けてねクロウ。中立の立場にあるボクが手助けできるのは限度がある」
その言葉と共にアライは画面から姿を消した。
アライが帰還した事で、クロウは専用モードが使えるようになったものの、不安は消えなかった――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時刻は17時――。
アライの帰還から一時間が経過し、クロウとライは歩いている途中で夕日を眺める。
二人がその夕日に目を奪われていると、その夕日に照らされるようかのに建物が出現した。
いや、元々あったのだろう。二人の目線がずれただけだ。
「あの建物って……」
そう言ってクロウは駆け足でその建物の近くまで進んだ。
その建物は骨組みと思われる名残だけが残されており、周りには焼けた物が散乱している。
どうやら全焼したようだ。しかも、長らく誰かが出入りした痕跡もない。
「何だここは、全焼してるのか」
今となってはどんな建物であったかも分からない。
クロウは建物の入口付近でライを待たせて進んでいく――。
足場は不安定で、天上が崩れ落ちたような跡がそのままだった。
「足場が悪いなここ、って」
何とか足下を見ながら進んでいくが、半分ほど進んだところで
クロウは足に何か当たったような感覚を覚えた。
「こ、これって」
それは紛れもなく、『人の指』だ。わずかに残っている形状から判断して女性だろうか。
その女性と思われる人物は全焼した建物の下敷きになっている。
「マジかよ、ちょっと待ってろ」
クロウは下敷きとなっている物を退かす。
すると、顔が判別できないほどの真っ黒な屍がその姿を晒した――。
「焼死体か」
クロウは目線を死体に合わせて、同時に手も合わせる。
もうこの人が誰なのかも分からないが、ライと同じぐらいの子だろうか。
全体から見ても死体の身体は大人にしては小さく、死亡していたのは子供だ。
「ここは調べる必要があるかもしれないな」
死体がクロウに訴えていた、むしろ彼にはそう聞こえたのだろう。
『私は殺されました』という死体の声を、この国で起こった事件の爪痕がこれなんだと。
しばらく死体を見つめた後、クロウはライに見せられるものではないと判断して入口まで戻る。
「お兄ちゃん、何かあったの」
「いや、何でもなかったよ」
ライの質問に嘘で答える。
次に背を向けてライと共にその施設を後にしようとする。
しかし、少し進んだ所でクロウの足取りは止まった。
全焼した建物から人の気配を感じたのだ……。