第17話 あなたとの出会い
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――哀川慈という人物の話をしよう。
彼女は捨て子を集めた孤児院で働いてる哀川家の元で、長女として生を受けて育った。
慈の友達は機械仕掛けの友達ばかりで両親は滅多に帰宅してこない。家ではいつも一人、そんな彼女は機械を組み立てる事でしか喜びを感じなかったのだ。
だが、やがて機械作りも退屈な日々に思えてくる。彼女はそんな毎日にも飽き飽きしていた。本来ならば、帰ってこない親にいくらでも甘えたいはずである。天才少女といってもまだ子供なのだから……。
「めぐみー、ただいまー」
母親のその声を聞いたのはいつ以来だろうか、滅多に帰宅してこないその母親。
興味など微塵もないが、その声が聞けるだけで慈は幸せだった。
「ママー、おかえり」
まだまだ無邪気な子供。母親の呼びかけに答えて足音を立てながら走る姿は何処にでもある光景だろう。
彼女は嬉しそうに玄関前に居る母親の元へと駆け寄る。
「あなたもずっとお留守番じゃ可哀想よね。ママたちと一緒に施設に行ってみない?ママもパパも居るし、何より施設の子たちとも仲良く出来ると思うわ」
母親のその台詞を慈は待っていただろう、勿論彼女の答えは決まっていた。
首を縦に振って、母と家を出た。そして、その日から「哀川慈」は施設に出向くようになった。
初めて行った日の施設の周りは騒がしく、コミュニケーションがあまり得意ではない慈は母親の服にしがみついていた。すると、そこへ「施設の創始者」である人物が慈に駆け寄る。
「こんにちは、あなたが慈ちゃん?私はここで子供達を預かっているの。遊びに来てくれてありがとうね」
「ほら慈、挨拶しなさい」
慈は突然知らない人との接触や会話に慣れていない、彼女は母親の服にしがみついて離れなかった。
「すいません、うちの子ったら人見知りで」
「いいのよ、私も子供が居るけど慈ちゃんと似てるから」
創始者である人物は少し笑いながら答えた。
施設の創始者は慈の両親からすれば、上司とも言うべき存在だ。
慈は施設に遊びに来たのはいいものの、子供らしい事は今まであまりできていない。
母親は少し心配していただろう。この子は友達が出来るのだろうかと――。
「せんせー――!」
その時、ダッシュで駆け寄って来たのは施設の子供である一人の少女だった。
彼女は黒髪のロングで碧眼。麦わら帽子を被って白のワンピースを着用している。
「見て見て、四葉のクローバー見つけたの」
「まあ、凄いわね」
「あれ、その子だぁれ」
ワンピースの少女は慈に興味津々だった。
なぜ先生の後ろに知らない子が隠れているだろうかと――。
「この子はね、先生の娘なの」
「へー、こんにちは。私達のおうちへようこそ」
少女の視点は先生の顔から慈の顔へと移転した。
手を差し伸べる彼女に、慈は少し戸惑いつつも自らの手を差し伸べた。
「私は海相美月よろしくね。あなたのお名前は?」
「哀川慈……」
小声だったが、自己紹介は何とかできた。
すると、美月は再び慈の母親の方へと向いて――
「ねえ先生。早速幸せな事が起こったよ、だってクローバーを見つけてすぐにお友達が出来たんだもん」
「友達、私が?」
驚きのあまり、慈は声が出た。
自分の事を友達と言ってくれる人物が居る事に――。
「大丈夫だよ、慈ちゃん。美月はいい子だから」
そっと耳元で囁いたのは施設の創始者だ。
慈はその言葉に背中を押され、美月と手を繋いで一緒に施設の中へと入っていく。
その日は慈にとって人生最良の日だっただろう、初めて友達という存在を手に入れたのだから――。
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「あれ、ここは」
――哀川慈は目を覚ました。この状況から察するに、昔の夢を見ていたというべきだろう。
手足は縛られて王室のような場所で監禁されている。
戸惑う彼女の前に足音を立てて一人の人物が近づいてきた。
「お目覚めかな、哀川慈くん。君が弟のように気にかけているあの坊主はやってくれるね、おかげで取締役がまた一人やられたよ」
キャットに話しかけて来たのは三十代ほどの男、センティメントの一員だ。
その男にただならぬ因縁を持っているキャットは警戒心をむき出しにする。
「あんた、あいつらにどんな残酷な事をしてるの。今度は何を企んでるの」
「企むとは人聞きが悪いな。それに、あの事件と今の俺がしている事はどっちが残酷だ?」
過去の事件への関与。そして、キャットとの因縁。
この男が悪人である事は言うまでもなかった。
「今の俺の名は狗我。センティメントを率いる碧波の側近だよ、そんでもってここは俺達の本拠地だ」
男の正体は碧波の側近で、キャットの監禁場所は敵の本拠地。
完全にキャットは敵の手中にあった――。