第15話 シャーレット編:終幕
碧波の言葉、それはキャットを人質に取ったという事に他ならなかった。
顔も見えぬまま、奴の正体は不明のまま。クロウはディースには既にキャットがいないと確信した。
クロウはキャットを救うべく、碧波の潜伏先を割り出そうと行動を開始する――。
「一足遅かったって事か、ちくしょう……!」
そう壁を拳で叩きながら自らの無力さを痛感した。
一度は裏切ったと疑ったものの、それでも信じると決めた相手が既に敵の手によって捕まっていた事、いつだって現実は非情なものだ――。
「どうやっても助け出してやる、でも何処に行けばいいんだ」
「――そうだ」
クロウの脳裏にある人物の存在が過り、彼の足を動かした。
それは――メアリー・マグノリアの存在だった。
彼女はキャットの知人であり、取締役と接点がある事を前に示唆していたからだ。
そう思ったクロウは再び「ファイトレスバード」へと足を運んだ。
「メアリー、居るかー」
クロウの呼びかけに気づき、不思議そうな表情でカウンター席にメアリーの姿はあった。
客は誰もいない様子で店の中は暗かった。
「クロウ、まずい事になったわね」
そう、冷静な顔でクロウに問いかけるメアリーはさっきの国中に向けた放送を見たのだろう。
状況を既に把握していたのだ――。
「全部俺のせいなんだ、俺があいつを信じてやれなかったから」
自分が全て悪い――そう自分を責めるクロウは人を信用する事の難しさを学んだ。
キャットの正体を知って動揺したり混乱するのは当然だが、一度冷静になれば子供のように駄々を捏ねなくても即座に助けに行くことだって出来たはずだった。
「俺は痛感したんだ、自分の無力さを。メアリー俺はどうすればいい」
「その質問は愚問ね、どうすればいいかなんてあなたが一番分かってるはずよ、キャットを助けに行くんでしょ」
「私は見ての通り店を経営してるだけの人間だから力にはなれないの」
メアリーの言ったその言葉こそクロウは信じられなかった。
彼女はクロウを一瞬で抑えつけられるほどの体術を身につけており、とてもただ者ではない事が明白だったからだ。
そもそも、いくら知人と言ってもこの国でテロリストと名が知れ渡っているキャットを敵視しなかった時点で普通に考えて不自然なのだ。
それに碧波の放送を聞いてから店を畳むのも不自然だった。
以上を踏まえてクロウが次に口にする言葉は決まっていた――。
「嘘だ、お前はおそらくただ者じゃない。俺を初対面で警戒したのはともかく――なぜ碧波の言葉を聞いて店を畳んでいるんだ。それは、少なくともセンティメントの敵って事だろ?」
メアリーは少しため息をつきながら一服する。
そして、クロウの顔を見て答えた。
「センティメント、その名を知ってるって事はキャットの正体にも気づいたってわけね」
メアリーはキャットと哀川慈が同一人物である事を知っていた。
ついでに取締役の正体もだ。
「センティメントは凰和国って国で活動してたサイバーテロリスト集団なんだけど、八年前にシャーレットに政変を起こしてこの国を乗っ取ったの。そして、奴らの手で感情規制法が可決されたってわけよ」
メアリーは真実を口にした。彼女の今の言葉に偽りはない――そして、クロウはあの言葉を思い出し、同時に意味がやっと分かった。
それは父親が口にしていた『クーデターが起こった』という言葉だった。
今思えば、父が何故その事を知っていたのかも分かるのだ。
クロウの父親はシャーレット政府の関係者であり、その事を母親と一緒に色々と話していた。
母親はメアリーが言った凰和国に行っていた経験があり、その国の名前自体はクロウにとって初耳ではなかった。
「凰和国で活動してたって、あいつらはあの国の出身だったのか」
「そういうことでしょうね、碧波の正体は分からないけどあの国で何かがあったのは確かよ」
あの国で情報を掴めば、碧波に一歩近づけるかもしれない。そして、キャットを助ける手がかりも分かるかもしれない。クロウの次の目的地は決まった。
「分かった、ありがとうメアリー」
そういうとクロウは店を飛び出した。
凰和国で何があったのかを突き止めて、キャットを助け出すために――。