第14話 憎しみとの対峙:疑心暗鬼
――考えて答えを導いた。
キャットの嘘であると割り切り、彼女は自分を裏切ってはいない。
それが、クロウの出した答えだった。
「やっぱり、あいつは俺を裏切ってない。あの場から俺を逃がしただけだ」
彼女の嘘を看破する、そんな事やったことがなかった。
今まで、言われるがままにやってきた彼には『自分で考える』という習慣が身に付いていなかったのだ。
だが、それは『ココル収容所』での出来事やキャットの嘘に向き合った事で学習しただろう。
そこまで来たら後は行動に移すだけだ、何をすべきなのかはもう分かっていた。
「そうと決まれば、キャットを助けに行ってやろうじゃねーか。この馬鹿な頭で考えて導き出した答えがこれだからな……!」
決意を新たに、移動手段なんてものはもう『走る』しかない。
ひたすら『ディース監視塔』まで走ってキャットを救い出す、それが今自分の出来る事であると――。
「許さねえ……。俺を騙した挙句、もう巻き込まないなんて自分勝手を俺が許すわけがない!」
その言葉を叫びながらシャーレットを駆け巡った。
息を切らし、ひたすら走って足の感覚がなくなる程に――。
「熱くなってるねえ、クロウ」
ラートフォンが勝手に起動し、そこから声を出す。
人工知能アライが熱くなっているクロウを見て反応を示し、アライは既にクロウの本質を見抜いていた。
彼は仲間を救うためなら手段など択ばないという事を……。
「アライ、お前が言ってたアイ姉って奴なら見つかったんだ。そいつがいるディース監視塔までナビしてくれ」
「まあボクにナビの機能はあるけど、その言葉信じていいんだよね?」
「ああ、あいつが哀川慈である事に変わりない」
お互いはもう敵視などしていなかった。
それどころか共闘し、互いの目的となる人物を追っている。
だが、二人は仲間意識を持っていない。何故なら契約で行動しているからである。
人工知能は嘘を付かない、そんな確証は何処にもない。
アライが感情を学んで進化を遂げるという性質を持つ以上は嘘を付かれるという事も十分あり得るだろう。
そんな事を考えていた所で顔に出せばアライに見抜かれる。
「ボクが嘘の場所を教えてハメるんじゃないかと警戒してないかい」
「正直、すぐに信じろっていうのは無理な話だろ。普通機械は嘘を付かないが、お前は感情を学べる。だからタチが悪いんだよ」
クロウは正直に答えた。アライは人の心理も読める、それはすぐに分かったからだ。
ナビで進んでディースに近づくたびに二人の周りには緊張感が走り、扉の前に来た頃には覚悟を決めた。
「乗り込むぞ……!」
クロウは扉を蹴りで開けてディース監視塔へと侵入する、アライは探索機能で愛憎伶音の位置を割り出す。
「分かったよ、クロウ。レオは大広間だ」
ディース監視塔には大広間と呼ばれる場所が存在した。
内部は扉を開けると少し廊下があり、その奥に大広間が存在する。
そこから階段が一番上まで続いており、最上階で監視を行うのだ。
なぜ、敵が大広間に居るのか、それは待ち構えていたと捕えるのが自然だろう。
クロウはアライの言葉通り、大広間へと向かう。そこにはキャットの正体を暴露した張本人が佇んでいた。
「来ると思ってたよ、クロウ」
少し余裕の表情を浮かべながら愛憎伶音はクロウにそう言った、近くにキャットの姿はない。
「キャットを何処へやった、俺はあいつに真偽を聞きに来ただけだ」
『助けに来た』とクロウは言わない、それは彼女の真偽を確かめた上で本当に敵であると発覚した場合にどうしようか決めていない。頭では分かっていても、完全に信用する事がまだ出来ていなかった。
「迷いは弱点になるぞ、クロウ。人を信じるって簡単じゃないんだよ」
そう言うと愛憎伶音は専用モードをプロセスし、戦闘態勢に入る。
『クロウの弱点は迷い』それを本人に言ったところだ。
「俺は……」
キャットを信じるよりもまずは自分に嘘を付いている。
自分が信じ切れていない、そんな状況になってキャットを助けるという言葉が出てこない。
顔を下げて、そう考えるクロウを容赦なく愛憎伶音の弾丸が襲い掛かった――。
「自分も騙せない奴が、僕を欺こうなんて考えるんじゃないよ」
爆発の音と共に別の音が周囲に響き渡る――。
それは人の声であり、決意であり、クロウの叫びだった――。
「キャットを助けたい!」
その言葉は周囲に響き、彼は迷いを吹っ切れた。
疑心暗鬼な気持ちを確信へと変え、それでも彼女を信じると決めた瞬間だ。
ついでに、クロウは断罪のブラッドが何から発現されたのかも突き止めた――。
「断罪のブラッド、こいつが何の感情から生まれたのかも分かった。俺がココルで抱いていた感情、希望が打ち砕かれて現実の厳しさを思い知った時の感情、それは恐怖だ……!」
断罪のブラッドは『恐怖の感情』からプロセスされたものであったと自分から答えを出した。
愛憎伶音はクロウを見て、驚く素振りと少し嬉しそうな素振りを見せた。
「そうだ、クロウ。人は答えを出した時こそ成長する。人は、全てという根本的な考えを見事に打ち砕かれる。世間ではこれを現実と呼ぶんだ」
「砕いてやるよ、お前の希望も恐怖も絶望も。この僕が……!」
ガンブレードを奮い立たせ、クロウへと一直線に突っ込む。
彼にはもう迷いがない、それなら自分と対等にやりあえるだろうと――。
愛憎伶音はこの戦いを楽しんでいたのだ、極限状態の法律を足掻いて自分達に刃向かうこの『勇敢な愚か者』との殺し合いを――。
彼の斬撃の一つ一つは憎しみが宿っている、彼の放つ弾丸には禍々しい邪念が宿っている。
弾丸はクロウのブラッドと相殺され、斬撃は銃本体で受け止められる。
その時に生み出される音とお互いの表情は互いを戦いへと引きずり込む、この時にお互いは自覚していただろう。この勝負は絶対に譲れないと――。
「俺はキャットを助ける」
「僕はセンティメントとしての秩序を守り抜く――」
愛憎伶音の口から出た単語である『センティメント』、それが彼らの正体だ――。
直訳で『感情』彼らがどういう気持ちでこの感情規制法を作ったのか、それはまだ分からない。
クロウの脳裏に浮かんだのは、「やはり政府の人間ではなかった」という確信だ。
両者の武器が火花を散らしながらぶつかり合い、クロウは尋ねる。
「やっぱり、お前ら政府の人間じゃなくて組織だったんだな」
「サイバーテロ組織のセンティメント、少しの間だけ有名だったんだけどこの国で知ってる奴はいなかった。僕たちはこの国が憎いんだよ、だから制圧したんだ!」
「お前らの事情なんてどうでもいい、キャットを返せ!」
「僕を倒しても法律は廃止されない、さらなる絶望を味わえばいいさ」
その言葉は彼の遺言になっただろう、愛憎伶音の腹部にブラッドの一撃が炸裂する。
彼は腹部から大量に出血し、同時に監視塔の奥まで吹き飛ばされる。
吹き飛ばされながら愛憎伶音は思った、『もしも救いの手があったなら、その手を掴めばよかった』と……。
この時、敗北は確定した。それは比楽光晴に処刑されるという事であり、組織から失脚するという事でもある。さらには組織の名称をクロウに教えたことで反逆者として殺されるという現実を、愛憎伶音は受け入れるしかなかった。
言葉を選ばないのであれば、彼に救いの手はもうないのだ。
「クロウ……」
辛うじて息はまだあるものの、立ち上がる事は出来ない。
彼のラートフォンの画面は割れて戦う事もままならない。
クロウは戦意がない事を悟ると、愛憎伶音に駆け寄った。
そして、最期の力を振り絞って愛憎伶音はクロウに一つの警告をした。
「今すぐここを離れた方がいいぞ、碧波と比楽光晴が来る……!」
「僕はもう助からない、君が勝った以上は死体を増やす必要がない」
「早く行け……!君はまだ碧波を見るべきじゃない!」
碧波を見るべきではない、彼の警告はクロウを動かした。
――自分がまだ碧波の正体を知ってはいけない気がしたからだ。
クロウは無言でその場を去り、ディース監視塔を後にした。
そして、シャーレット国全域では愛憎伶音の公開処刑が中継された。
佇んでいたのはクロウが愛憎伶音と対峙した場所で、そこにはクロウに敗れた愛憎伶音が比楽光晴に銃を突きつけられていた。
「無様だねえ、お前があの小僧に情報を漏らすなんて。そこまで堕ちたってわけか」
「僕はね、ちょっと背中を押してあげただけさ。彼のおかげで目が覚めた、君達の行為を許すわけには行かないってね」
その会話は一発の銃声と比楽光晴の言葉で途切れる――。
「ほざけ……!」
銃弾は愛憎伶音の頭部へ命中し、息の根を止めた。
そして、比楽光晴は情報が漏れた事と裏切られた怒りと憎しみを抱いていた。
そこには快楽殺人で喜んでいたかつての顔はない。
睨むような目つきで、中継しているカメラの前に行こうとすると……。
「待て……!下がりなさい、光晴」
姿は映されず、明らかに変声されているような声で比楽光晴に語りかけている人物。
その人物こそ『碧波』だった――。
「シャーレットの民達よ、今射殺された人物はこの国を見守っていた監視者の愛憎伶音である」
「彼は先ほど、哀川慈を捕えるという活躍を見せてくれたが、ユートピアのリーダーと接触し情報を漏えいした裏切り者だ」
「裏切り者を決して私は許さない、そしてそのユートピアのリーダーには興味が沸いた」
「ユートピアのリーダーよ、今のままでは哀川慈を殺害する事になるだろう。だが、私はお前の能力を評価した。私の言いたい事が分かるか?」
碧波の言葉に耳を傾けていたクロウは次の一言によって戦慄を覚えた。
「私の部下になりなさい……!」
碧波がその言葉を放った直後、中継は途絶えた――。