第13話 真実と偽り
クロウは裏切られた――――。
勿論、人に。そして、信用していた仲間に――。
自分が今まで悉く利用されていたのかと、裏切られたのかという怒り。
両親もこいつのせいで殺害されたという憎しみ。
そして、今までずっと仲間だと思っていた人物が、この法律を作り出した奴なのかと
仮にそうではないにしても『人工知能アライ』を開発した人物である事に変わりはない。
間接的に、この国を地獄に変えた事に変わりはないのだ。
『忌々しい人工知能アライの開発者』クリスから言われたその言葉がクロウをますます苦しめた。
キャットが裏切り者だなんて信じたくない、でも彼女の正体を知ってしまった以上は否定が出来ない。
頭を抱えて苦しむ彼はもう自分で決めるしかなかった――。
「なあ、キャット。教えてくれ……」
クロウは口を開く。裏切り者かもしれない彼女に問いかける。
「本当に裏切ったのか、俺を最初からハメてたのかよ――!」
キャットは『もう黙れない』、そう確信しただろう。
いつまでも隠して置けるものではない、そんな事は彼女が一番分かっていた――。
だが、敵に自分の正体が告げられた以上は仕方がない、どんな心境で物を語ろうともこの一言は必ず告げる――。
正体がばれた以上は、『クロウをこれ以上巻き込めない』そんな気持ちになっていた――。
「ええ、そうよ。私はあなたをずっと騙していたの」
こんなこと、言いたくなかった。
家族に等しかった人物の前で、仲間の前で裏切り者であると偽るのは……
そう、彼女はまた『嘘』を付いたのだ――。
「はは……やっぱりそうだったのか」
その台詞にはどこか安心感もあっただろう。
裏切り者であると自分で明言してくれた事や、敵であるとはっきり言ってくれた事。
「去りなさい、クロウ。ここは私達の監視塔、これ以上長居するようなら殺すわよ」
その言葉に何かが壊れただろう――。
壊れた次に衝撃の重さがのしかかる。
彼女のその言葉は重く、クロウの足取りもまた重かった。
ずるずると引きずるその足はまるで怪我でもしたかのように、何かを引きずるように。
そう、引きずっているのは『今までの思い出』だ――。
「じゃあな、世話になった」
クロウは後ろ向きでキャットに告げる。
これまで一緒に生活してきたことや共に戦ってきたこと、そしてもう会う事もない――。
そんな悲惨な現実を受け止めるのにそう時間はかからなかった。
そして、彼は悔しかった。最後に泣いてしまった事が、『哀しんで』しまった事が――。
――次の瞬間、監視塔の扉は閉じた。
「見事な名演技だったよ」
今まで静観していて、ここで口を開いた人物が一人居た。
事の発端である愛憎伶音だ。
「あんな嘘付いて、彼をこれ以上巻き込まないためか?」
「あんたには分からないでしょうね、あの愚かな男を信用してるようなあんたが」
その言葉の直後、キャットは脇腹を蹴られる。
でも痛くはなかった、クロウに嘘を付いた事に比べれば……
「どっちにしろお前はもう、連行して終わりなんだよ!!」
暴力を振るわれながら、キャットは思った。
自分の人生はもう終わる……。
これまで沢山嘘を付いて、沢山人を欺いて、最期は連行されてこの世とはさようなら。
来世は幸せになろう、そう決めて少し微笑んだ。
「いや、止めた。やっぱりお前には面白いものを見せてから殺した方がいいかもしんない」
愛憎伶音はキャットを見下すような目でそう言って少し微笑んだ。
彼はクロウを逃がす気などない、キャットと仲間でない事も言うまでもない。
何故なら、彼の『裏切り者』という表現は取締役サイドを裏切ったという意味を持つからだ。
「面白いもの?この国であんた達の正体を告発した方が面白いと思うけど」
「口の減らない女だな!!」
瀕死のキャットを蹴り続け、暴力でねじ伏せる。
彼の暴力はキャットが気を失うまで続けられた――。
――私に何かあったら、レヴィをお願いね
気を失う直前、キャットが思い出したのはある人物の言葉だった……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
彼女がどうなっていようと、騙された本人であるクロウは気にも止めない。
そして、一人でシャーレット国を彷徨っていた。
「俺はもうどこにも居場所がないって事かよ、ふざけやがって」
彼はもうキャットの事など忘れよう、そう思っていた。
自分に本名を明かさなかった彼女をただ、『命の恩人』という理由で片付けていた。
普通なら本名を明かさない人物を信用できるだろうか?
はっきり言って、信用できる者は皆無に等しい。
「俺はなんで、キャットを信じていたんだ。本当に命の恩人ってだけなのか?」
座り込んで自問自答を繰り返す、なぜ彼女を信じたのかを。
そうやって悩む彼の前にあの女性が現れた。
「どしたのレヴィ、そんな深刻な表情しちゃって」
クロウに声をかけたのは、この人物もかつてクロウを助けた者の一人キャメロン・リティックだった。
この人だけだ、自分を分かってくれるのは――。
味方がまだ居る。そんな安心感が沸き、少し笑った。
「なんか悩みがあるなら私が聞くよ」
「ああ、それが前に俺が探してた友達が居たろ。そいつと喧嘩しちゃってさ」
裏切られたとは言わなかった、クロウはそこまでは言えなかったのだ。
「喧嘩か、羨ましいな。私は喧嘩する相手も居ないし」
「ご、ごめん」
いなくなった親友の事に触れる無神経な発言をしたと思ったクロウは彼女に謝罪した。
「でも、喧嘩出来るって実は幸せな事なんだよ。仲のいい証拠だし、何よりも喧嘩をするってお互いを真剣に見ているって事だから」
キャメロンの教訓にクロウは心を打たれた。
この言葉を別の意味で引っ掛けると、「疑って信じろ」そう聞こえたからだ。
「ありがとう、キャメロン。俺もう大丈夫だ」
「そう、それは良かったわ。じゃあまたね」
「ああ」
クロウはキャットの事をもう一度考えた。
本当にキャットが自分を裏切ったのかと――。