第12話 ディース監視塔
「この間、この国でクーデターが起こった……、もうこの国はおしまいだ……」
聞いたことのある声、――そしていつ聞いた声なんだ?
思い出せない、誰が誰に話していたのか――。
場面が変わった時にクロウは自分が見えている。
『なんで俺が見えるんだ』そして向こう側に映る幼かったクロウは閃光に包まれた――。
「はっ――――!?」
「夢か……、でも訳わかんない夢だったな」
「お客さん、うなされてたよ?何か悪いものでも見たのかい?」
「いや、何でもない」
幸い、キャットは起きていない。今もぐっすりだ。
クロウ達はディース監視塔に行くため、馬車に乗ってディースのあるその町へと向かっていた。
ファイトレスバードを後にしたあの後、馬車が通りかかった事から乗ったのだ。
無論、正体は隠している。
「それにしても2人揃って眠るなんて、昨夜は徹夜でもしたのかい?」
「ああ、ちょっと立て込んでてな」
まだ朝なのに倒れ込むようにして熟睡した彼らを気遣う発言だろう、それも感情の内に入るのだろうか。
それまで『優しさの感情』に入るとなるとこの人も危ない。
確証はないが、優しさも取り締まる感情の内に入るのならちょっとした気遣いでも危険なのだ。
だが、懐に居るラートフォン(アライ)は何も言わない、という事はセーフなのだろうか。
でも、安心はできなかった。
『もう起きていよう』その方が逆に疲れない気がする……。
クロウはそんなことを考えていた。
それから、馬車の人と話す事はなかった。
「ほら、着いたぜ」
「ありがとうございます、ってまだ寝てんのかよ」
クロウはキャットの身体をさすって起こす。
「ん~!?、ああおはよう」
「いいから早く馬車代出してくれよ」
「お金なんて持ってないわよ?」
次の瞬間、二人で逃げた―――。
金がないのは仕方がない、ココルで取られていたからだ。
でも何で逃げたのかは分からない。
馬車の人に見つからなかったからいいものの、やってる事は変わらないのだから。
「おいおい、逃げたのはまずいだろ」
「大丈夫よ、どうせバレるのは時間の問題だったし」
「いや、そうゆう問題じゃなくて……」
もう突っ込む気も失せた、あの馬車の人の事は忘れよう。
そんな事を考えている内に二人は『ディース監視塔』前にやってきた。
それは大層な建物でまるで塔と言うよりは城だった。
「まるでラスボスが出てきそうな雰囲気だな」
「まだ中ボスぐらいでしょ、行くわよ」
この塔に居るのは『中ボス』であると言い切るキャットに
クロウは少し変な気持ちになっていった……。
そして、塔の入口へと入る―――。
「え?」
思わず漏れたその言葉、何故ならそこには写真が貼られていたからだ。
廊下に貼られたその写真は決してクロウとは無縁ではないものだった――。
それは、彼の両親が殺害された際に撮られたと思われる写真。
後はこれまでに処刑したであろう国民達一人一人の写真。
そして、死亡した赫怒蓮の写真まであった……。
「なんだよ……これ……!?」
「いらっしゃい、侵入者さん」「僕の事は初めましてかな?」
奥の方から出てきたのはこのディース監視塔で国全体を監視している取締役だった。
「申し遅れた、僕の名は愛憎伶音。憎しみの感情を取り締まる者だ」
次に自己紹介。『憎しみの感情』を取り締まる、これがどういう意味を持つのかは分かる。
すなわち、復讐による殺人や憎しみに身を任せるような言動はアウトだという事だ。
「今聞いて厄介な感情だと思ったろ?でも残念、もっと厄介な感情はまだある」
厄介な感情、確かに憎しみというものが使えないとなると『人が死んでも仕方がない』という考えに繋がるかもしれない。クロウは内心じゃ両親を殺害したこの法律を憎んでいる。
でも、この事に関して取締役に追われた事はない。
アライとの契約は『ユートピアの通報を禁止』。感情規制法に違反した場合、取締役が目の前にいれば彼を消す事も出来る。そう、あくまでアライから取締役への通報が禁止されているだけなのだから。
「何の感情か分かるかな?それは君も無関係ではないかもしれない」
「何が言いたい?」
「唯一、プロセスされていない感情の事さ。それを応用すればアライを欺ける」
「まあ、御託はいい。君達を倒せばそれまでだ――」
そういうと、愛憎伶音は憎しみの感情を形にした専用モード『ガンブレード』をプロセスした。
その名の通り、剣の先端には銃口が取り付けられている。
右手に構えたその武器を壁に向かって放ち、威力を証明する彼は不敵な笑みを浮かべる――。
「悪いが、俺もお前と同じ力は使える」
少し自慢げにクロウは主人公っぽい台詞を吐いてみる。
大体の場合、これは後にフラグになると考えるだろう。
「そっか、君も専用モードを扱えるんだよね?うん、見事だけど憎たらしいよ……ほんとに……」
目の色を変え、声のトーンを少し落としながらそういう愛憎伶音は、次の一瞬でクロウの背後を取った――。
「――――ッ!!」
だが、クロウも負けてはいない――。
一瞬で後ろを振り向きながら『専用モード』をプロセスし、愛憎伶音の武器と自身の武器を衝突させる。
次の瞬間、何かを弾くような大きい音が周囲に響き渡った――。
「体術が上がってる!?」
クロウの体術に関してはキャットよりも劣る。
それは比楽光晴と対峙した時に証明されている。
でも、この時に彼自身は気づいたのだ。自分の体術が前よりも格段に上がっていることに――。
「うん、なるほどね」
何かに納得したように伶音は首を縦に振る。
クロウの体術がそこまで高くない事など知っていた。
普通の一般人と大差がない事も――。
一つ確信して言えることは、『クロウの体術がこの数日間の間に格段に上がっている』という事だった――。
「君は自覚してないようだね、自分が何者なのかを……」
意味深なその台詞、クロウには何が何やら分からない。
それもそのはず、彼には自覚すらないのだ。『なぜ強くなっているのか』という自覚が。
「体術ならまだしも、君の場合だとその専用モード自体が危険なんだよね」
「何言ってんのか分からんが、俺はお前らが大っ嫌いだ!!」
伶音の言葉には耳を貸さずに、クロウは断罪のブラッドを放つ。
「容赦ないのは結構だけど、身を滅ぼしかねないと忠告しておくよ」
「うるせえ!!俺はお前をぶっ殺してこの国を救う!!」
「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
またも暴走するクロウを止めたのはキャットだった。
キャットの声が届いたのか、クロウの専用モードは強制解除された。
「何の力かも分からないのにいきなり実践投入するからよ、クロウ」
「教えなさい、クロウはどうなってるの?」
伶音にそう問いかけるキャットに対して、彼は思わぬ言葉を口にした……。
「それは君がよく分かっているだろう?キャット」
「いや、裏切り者の取締役―― 哀川慈!!」
その言葉は監視塔全体に響き渡り、クロウは衝撃を隠せない。
「キャットが……哀川慈!?」
哀川慈とは、かつてクリスが口にしていた生死不明であった取締役から離反した人物。
そして、取締役サイドにいた頃は人工知能アライを開発していた人物だ――。
「嘘つき……」
何かの感情で漏れた言葉――。
『裏切られた』という想いに支配され――――初めて仲間を敵視した瞬間だった。
クロウから漏れたその小さな言葉で辺りの空気は一変した。
この重い空気はそうだ。
言葉で、たった一言でこの空気を生み出したのだ。
クロウは少し顔を下げて、その心配するような目でキャットをじっと見つめている。
彼女の正体発覚。それは共に行動してきた彼にとって、最も知りたくない事実だったに違いない。
今、彼が抱いているのは
人を推し計る時に抱く、『疑う』という感情だ――。