第10話 ココル脱獄計画:怒りとの対峙
鳴り響く銃声――。
意識が朦朧とする赫怒蓮は目の前の現実が受け入れられなかった。
何故なら取締役でもないただの人間に「専用モード」が使われているからだ――。
「お前、なんでアライを使いこなせる!?」
「そいつは強い感情を極めなければ発現する事さえ不可能だというのに……」
消し飛んだ左手首を抑えながら必死に問いかける。
それを聞いても既にクロウには敵の言葉など聞くだけの耳はない。
「そんな理屈はどうでもいい、ただ俺はお前を打ちのめす為にここに居るんだよ」
声のトーンは怒りではなく、憎しみでもない。哀しみでもなければ何でもない。
比楽光晴のような快楽で人を傷つけるような様子でもない。
そう、クロウの『感情が読めない』
もっと分かりやすく言えば、『専用モードが何の感情から発現しているのかが分からない』のだ。
「お前、一体何者なんだよ……」
そんな言葉をかき消すかのように赫怒蓮を責め続ける弾丸と部屋に響き渡る銃声。
もう容赦はしない、敵に情けはかけない――。
――そして、三度目の銃声と共に赫怒蓮が収容所の外へとぶっ飛ばされた。
「お前はここが死に場所にふさわしい……」
赫怒蓮の元へと走り、とどめを刺そうと近寄る。
「お前がな!!」
次の瞬間、攻撃される直前に
武器のラートフォンを専用モードへと変え、ハンマーでクロウに反撃しようと試みたが、何故かハンマーのプロセスがキャンセルされた。
そう、アライが専用モードのプロセスをキャンセルさせたのだ。
「死んだな」そう確信したかのように赫怒蓮は目を閉じる。
次に誰かがクロウに抱き着いて言葉を発した――。
「もう、やめて……」「もういいの、そいつを殺す価値なんてない……」
抱き着いていたのは涙を流しながら必死に訴えるキャットだった……。
彼女は顔をクロウの服に押し付け、強く彼を抱きしめる。
「あんた、言ってたじゃない……。この国はおかしいって」
「あんたまでおかしくなってどうするの!!」
キャットが言い放ったその言葉は収容所の外の世界に響き渡った。
その言葉は徐々に小さくなっていくが、クロウの心の中では大きくなっていく。
そして、外は心の闇が晴れたかのように夜明けを迎える――。
「クロウ!」
彼に寄り添うもう1人の人物は、壊れた壁から収容所を脱出したアルビーだ。
幸い、怪我はなかったものの自分が指揮を取った今回の計画に負い目を感じていた。
「すまない、多くの仲間達を死なせてしまって……」
「いや、悪いのは俺だ。仲間が殺された光景を見て赫怒蓮を殺しそうになった」
殺人は犯さない、もし犯したら本物のテロリストになってしまう。
その事を心で決めていたのに取締役と同類になるところであったさっきまでの自分を反省し、アルビーに頭を下げる。
赫怒蓮も辛うじて意識を保っており、流血が激しい。だが、それでも彼はクロウを挑発するかのような言動を始める。
「甘いな、クロウ……。その優しさは弱点になるぞ……!」
次の瞬間、蓮のその言葉を論破するかのように一発の銃声が鳴り響く――。
だが、これはクロウが放ったものではない。
「――――ッ!!」
「負け犬の遠吠えって奴だろうよそれは」
聞き覚えのある声――。
そして、収容所の真上で佇むその姿はかつてクロウが出会った取締役「比楽光晴」だった。
「脱獄計画を立てて、見事に成功。そして、王子様の暴走を止めるお姫様……。クゥ―― 泣けるねえ!!」
「何しに来た!、サイコパス!!」
「何って君に負けた情けないお友達を処刑しに来たんだよ。まあ、ここは収容所で毎日首ちょんぱするところだし――、今日は処刑人が違うってだけだろう」
赫怒蓮の処刑に現れた比楽光晴――まるで負ける事が分かっていたかのように登場が早かった。
彼が最初に放った弾丸は一撃で標的の心臓を射抜き、即死だった――。
「たまに誰かを撃たないと腕がなまるんだよ。それは処刑人っていう立場じゃ致命的だろう?」
「処刑人って事は誰かの差し金だな」
「ああ――。碧波のね」
比楽光晴を操り、取締役を率いる存在「碧波」
それはクロウ達がこの「ココル収容所」へ幽閉されるきっかけにもなった、あの「謎の少女」も発していた言葉だ。
「じゃあ、あの少女もお前らの仲間だったのか!」
「あいつはちょっと別格なんだよ、体術がヤバかっただろう?」
「君もよく知ってるんじゃないかな?あの娘の事は……」
比楽光晴の言葉を遮断したのは空中を舞って飛んできた小さなナイフ
だが、光晴はそれを見切ってふわりと避け、目線だけをナイフの来た方向へ反らす。
放ったのはキャットだった――。
「おしゃべりはそれぐらいにしてもらえる?」
「やれやれ、門限だってさ。今日のところは引くとしよう」
「じゃあまたね。お二人さん」
そういうと比楽光晴は収容所の上からどこかへ去っていった。
取締役を取締役が殺す――。そんな実態を知ったアルビーは口を開く。
「なあ、クロウ。俺をユートピアの崇拝者にしてくれないか?」
「どうしたんだ急に!?」
今回の件で自分の計画が多くの人達を死なせてしまった……。
そのせめてもの償いがしたいという想いから発せられた言葉だった。
「俺はもう何も出来ずに人を死なせてしまうのが嫌なんだ!」
「自分に少しでも出来る事があるならそれをやり遂げたい!だから、お前たちに協力させてくれ!!」
アルビーの想いを知ったクロウは素直に首を縦に振った。
キャットは何も言わなかった――。
――無事脱獄は果たしたが、その代償が大きすぎた…。
三人はその事を深く考えながら、ココル収容所の向こうがわに見える朝日を眺めていた――。