トイレの怪
夜、中年の男が公園のトイレにやってきた。あらためて見ると、やはり人気のない夜の公園のトイレは寂しく不気味である。トイレに入った男が便座に腰を下ろし、いざ用を足そうとしたその時、どこからか人の声が聞こえた気がした。
「・・・・れ。」
「ん? 何だ? 今誰かの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか…。」
男はたいして気にも止めなかった。しかし、
「・・・くれ。」
と、それは気のせいではなく、今度ははっきりと男の耳にも聞こえたのだった。
「誰かが話しているな。隣の個室に入っていたのかな。」
どこからか聞こえてくる声は、男に語りかける様に話す。
「・・をくれ。」
「どうやら私に言っているようだ。すみません、隣にいらっしゃるんですか?」
男の問いかけには答えず、声は続ける。
「・みをくれ。」
「はい? 何ですか?」
相変わらず声は聞こえる。
「…かみをくれ。」
「紙ですか? 分かりました。」
男はトイレットペーパーを適当な長さでちぎると、「どうぞ」と、個室の下の隙間からペーパーを渡そうとした。しかし声は、
「その『かみ』じゃない…。こっちの『かみ』だぁーー!!」
と叫び、次の瞬間、突然男の座る便器の中から手が伸び、男の頭髪を掴み取ろうとした。だが、男はそれよりも早くトイレから伸びた腕を掴み、
「よし、今だ!!」
と、表に向かい合図を送った。男の合図を受けた仲間達はトイレに一斉になだれ込んでくると、トイレから伸びた腕に数本の注射器を突き刺し、血を抜き始めた。手は逃げようと暴れるが、直に生気を失いぐったりとした。そんな様子を見ていた血液センターの所長である男は、
「どうせ人間の手ではないのだ。好きなだけ血を抜いてやれ。」
と、不敵な笑みを浮かべながら言った。