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「ずっと一緒だ。俺とお前は、もう、ずっと―――」


天神祭が終わり、中間考査が目前に迫ってきた頃、ラウ老師に対する判決が出た。

『禁固三年』

それが不敬罪としては極めて軽い罰であることは明らかだったが、そもそもあれを不敬罪と取ることが異常だという風潮も根強いので妥当な判決だろうとするのが世間の認識だった。

「結局有罪ってことになっちゃったんだね」

掲示板を見上げたアンヘルが呟く。

「さすがに一度しょっ引いた以上は無罪ってことには出来ないんだろ。向こうのメンツが丸潰れだからな」

事前にリヒトから判決を聞かされていたヒロムは興味なさげに通り過ぎた。

「でも、天神祭の時はかなり酷かったらしいよ。あちこちで暴れてる人がいたって」

老師が投じた一石は確実に王都に変化をもたらしていた。

勇者と魔王は双子であり血を同じくする者―――

それは勇者フォンデウスの末裔として崇められているフレイヤ王家の体面に大きく傷をつけるものであることは間違いなかった。

騙されていた―――そう騒ぎ立てる者が出てくるのはヒロムでも容易に想像できたことだったのだ。

しかし、勇者が魔王と双子であったとしても、決別し、人類の王国をこの地に作ったことは紛れもない事実なのだからそれを責める謂れなどない。

そんな単純なことも理解できないほどに、老師の告げた事実は多くの民を混乱させていた。

「老師はルーティシアに移られるそうだ。危害を加えようとする馬鹿がいるだろうから」

ルーティシアは王国北東部の港町だ。貴族の避暑地として発展した町で、軍の警備も強固になっている。

「簡単にはお会いできなくなるね」

「そうだな」

ヒロムにはリヒトを通じて老師からの手紙があった。

ルーティシアへと移ること、邸宅に残してある資料は軍がすべて接収しているが、大賢者セルデガルフのかけた圧力で、一部の資料は教導院あてに残されることになったこと、その中でも魔法式に関する資料、そして全系統、全位相の魔法式の写しはヒロム宛にまとめて残されていること、そして最後まで指導できず、申し訳ないと綴られていた。

そして―――どんな真実が待っていても、自分の気持ちを信じるように―――と、そう〆られていた。

「任務に出られるようになればいろんな所へ行けるし、お会い出来る機会もあるさ。そのためには、早くお呼びがかかるレベルになんねぇとな」

「うん」

「ま、中間考査はテキトーにこなして、進級試験に備えようぜ。とりあえず俺は『乱舞する闇』一発で勝負することにしたから」

「でもよかったよね、マジックイーターもらえて。しかもリヒト様からなんて」

「もらったわけじゃないからな。お借りしてるんだ」

「ヒロムは闇魔法が一番相性良さそうだし、第四位相なら十分及第点も取れるだろうし」

「お前と同じで次回以降が問題だけどな。やっぱ詠唱破棄くらいだろうな~小手先で点数獲れるっつったら」

「今でも全部詠唱破棄で使えるでしょ?魔法式を暗記してるんだし」

「奥の手ってのは取っとくもんだぜ?詠唱ありで使う練習しとかないとな」

「考えることがずるいなぁ」

「ずるいんじゃない。戦術的って言うんだ」

ヒロムの言葉に苦笑したアンヘルはヒロムの手を握る。

「僕の魔力ならいくらでも使ってくれていいからね。僕は神聖魔法しか使えないけど、ヒロムは神聖魔法以外はすべて使える。僕の魔力をヒロムが使えるなら、僕らはなんだって出来るって、そんな気がするんだ。運命って言葉は好きじゃないけど、僕とヒロムが出会ったのは運命なんだって」

アンヘルは少し上目遣いでヒロムを見上げる。

「そう思っても、良いよね?」

「アンヘル・・・」

そのあまりの可愛らしさに、ヒロムはアンヘルの腕を引くとギュッと抱きしめる。

「そうだな。俺たちが出会えたのはきっと運命だ。お前のために俺は生まれて、俺のためにお前は生まれて来た。そんな気がするよ」

「ずっと、一緒にいられたらいいのにね」

胸から伝わってくる声は、まるで泣いているような響きをしていた。

「ずっと一緒だ。俺とお前は、もう、ずっと―――」

ギュッと締め返してくる細い腕は、どこか儚げで、いつか訪れる離別を物語っているように思えた。


中間考査当日―――教導院内は大騒ぎになっていた。

大賢者セルデガルフが御自ら実技試験を観覧したいと突如訪問してきたのだ。

かつて魔王を討ち滅ぼした勇者一行の一人とあって、最上級生から一年生まで院生たちは大興奮。少しでも良いところを見せようと躍起になっていた。

ヒロムはすでに一度会っているので特に気負うような必要もなく、自分の番まで学科試験の答え合わせを行っていたが、ほとんどの院生は少しでも練習しておこうと外に出ている。

「ヒロム=カルディア。いるか?」

教室に呼びに来たのは教導院の事務関係を仕切っているスクルド師だ。

「いますけど・・・なにか?」

「マジックイーターを持ってるって本当か?」

「えぇ。それが何か?」

「マジックイーターを持っている者は外させるようにセルデガルフ様から指示をいただいてるんだ。預からせてもらうから外すぞ」

ヒロムは苦笑する。どうやら邸宅に忍び込んだ時にマジックイーターで結界を破ったことについての意趣返しをされているようだ。

スクルド師が自身のつけているマジックイーターを、ヒロムのマジックイーターへと触れさせると、マジックイーターが外れた。ヒロムのマジックイーターに残っている魔力をスクルド師のマジックイーターが吸収したのだ。

「刻印の番号は・・・0110099?これってもしかして・・・」

スクルド師がヒロムのマジックイーターの内側を見て絶句した。

マジックイーターにはすべて製造された時期や場所、持ち主が特定できるように番号が刻印されている。0で始まるのはフレイヤ王家から賜ったものであることを示す。そして次の1は持ち主が勇者であることを示していた。

「あぁ、それはリヒト様からお借りしたものです。無くさないでくださいよ」

「リヒト=ルカイン!?なんで・・・ってそういえばカルディアだったな。面識があっても不思議じゃなかったか」

「兄がリヒト様とパーティー組んでますからね。この前、家に帰ったら偶然お会いしたんです。そうしたら使わないからって貸してくださって」

「いいなぁ・・・リヒト=ルカインなら俺も会ってみたいんだが」

「思ってた以上に気さくな方でしたよ。魔法も超一流でしたし」

「やはり72柱は違うな。試験が終わったら返却するからすぐに取りに来てくれ。こんな貴重なもの、いつまでも手元に置いとくと心配で胃に穴が開きそうだ」

「わかりました」

苦笑で返したヒロムに、スクルド師は手を振ると教室を出ていった。


「あの巻き藁を目標にして魔法を使う。わかってるな」

「はい」

すでに空は茜色が広がり、東の空には藍が漂い始めた頃、ヒロムの実技試験の順番が巡ってきた。千人以上が同時に試験を行っているのだから仕方のないことだが、数日に分けても良いものではないかと常々思っている。

10名が横に並び、それぞれに試験官がついて行う実技試験だが、今回は大賢者の御前とあって皆、緊張でガチガチになっていた。

「では、始め!!!」

開始の合図に10名がそれぞれに詠唱を始める。

「闇より涌き出で、迸るもの。天より下りて、迸るもの。其は縒りて一矢となせ。『黒雷』」

ヒロムが短く詠唱を終えると、ヒロムの足下から黒と青白い雷撃を発する球体が現れ、そのまま雷撃を迸らせながらまっすぐ巻き藁へと向かう。

それが命中するなり凄まじい音を響かせ、巻き藁は粉々に砕け散った。

「な、なんだ・・・今の魔法・・・」

試験官を務めている教師が呆然としている。

他の院生たちも詠唱が停まり、呆然とヒロムを見ていた。

「ほう・・・」

セルデガルフが満足げに頷く。

「風の第一位相『風刃』と水の第一位相『水牙』の合体魔法『雷獣』に加えて、闇の第一位相『忍ぶ影』か。低位の魔法とはいえかなりの威力に仕上がっておるな」

「お気に召していただけましたでしょうか?セルデガルフ様」

瞬時に魔法の構造を見抜いたセルデガルフに向かって慇懃に頭を下げるヒロムに、セルデガルフは大きく手を叩いて返す。

「さすがはカルディアの傾奇者。院生にして合体魔法まで使うとは。魔力は弱いが何もかもが規格外。愉快なものよの」

笑いながら手招きをするセルデガルフにヒロムは近づく。

「些少ながら褒美をやろう。もっとこちらへ来い」

言われるがままに目の前に立つと―――

「ごぼおっっ!!!」

強烈な一撃にヒロムは目を剥く。

まさかのボディブロー。しかもライノ並みの威力がある。

「おうぇ・・・・え・・・・」

腹を押さえて蹲ったヒロムの前に立つセルデガルフは拳を検分していた。

「ふむ。やはり鈍っておるな」

「うぇ・・・な、なにを・・・」

「意外性には意外性で返してやろうと思ってな。どうだ?年寄りの一撃は」

そう言われても答える余裕などない。

「儂も昔は武闘派で鳴らしておったのでな。ドレイトンとも良く手合わせしておったよ。ほれ、いつまで寝ておるのだ」

脇を抱えられ立ち上がったヒロムに、セルデガルフは耳打ちをする。

「教導師長の部屋の脇の花瓶の下にラウからそなた宛の資料が隠してある。帰りに持って帰れ」

それだけ告げると、試験官役の教師にヒロムを医務室へと運ばせた。


「なるほど。セルデガルフ様がヒロムを殴ったって聞いたときは何が起こったのかと思ったけど、そういうことだったんだ」

ヒロムが抱えて戻ってきた資料をめくりながらアンヘルは笑う。

「しかし、マジで効いたわ。セルデガルフ様ってもう90過ぎてるはずだよな?ライノ先生並みだったぜ?あの威力」

70年前に勇者と共に戦っているのだから、若く見積もって17,8としても90前だ。

「見ろよ、この痣」

ヒロムがシャツをめくると、割れた腹筋にはくっきりと拳型に痣が残っていた。

「大賢者様だからね。なにか肉体を維持する方法をご存知なのかもしれないよ」

「そんな方法あんのか?」

「さあ?でも紋章のこともあるし、魔法で強化することも可能なんじゃないかな?」

確かに戦士の紋章、そして重戦士の紋章は肉体の強化を行う紋章だ。それらを応用すれば老化を抑える方法もあるのかもしれない。

「その辺の手がかりも、この資料の中にあるかもしれないよ?調べてみる?」

「そうだな~。でもその前に『悠久なる光壁』と『天上の雫』だろ。これが使えるようになれば大賢者様と肩を並べることになるんだぜ?」

神聖魔法第九位相『悠久なる光壁』は広域結界魔法。王都をすっぽり覆うほどに巨大な結界で、かつて魔王アタバスカが海を越え、暴虐の限りを尽くしていたところに勇者ドレイトンの一行が現れ、避難してきていた数万の人々をこの結界で守ったという。

そして神聖魔法第十位相、『天上の雫』。

天より下されし光で同時に数万の人々を癒すことが出来るという、まさに最大最強の魔法だ。当然、要求される魔力も桁外れで、歴史上、成功させたのは勇者フォンデウスの他に500年ほど前に現れたという大賢者アルフォンスと、現在の大賢者セルデガルフだけだという。

「僕に使えるかな・・・」

「大丈夫だって。魔法式は長いけど『深淵よりの刃界』よりは短いしさ。後必要なのは魔力だけ。お前の魔力ならいけるだろ」

「ならいいけど・・・」

実際に第八位相『疾駆する天輪』を複数回使うことの出来るアンヘルの魔力は正魔導士と比べてもずば抜けていることは明らかだ。教導院内ではウォーレンがアンヘルに次いで高い魔力を有しているとされているが、ウォーレンはマジックイーターを使い、取り巻きから魔力を集めて使っている。

「ま、焦る必要もないしな。必要になるのは来年からだし、ゆっくり覚えていこうぜ」

「うん」

ヒロムは資料を分類して厚紙で作った表紙に挟んで紐で閉じていく。

系統魔法の魔法式のみならず、魔法式の構造に関しての考察を述べた論文が数多くある。

どれも教導院の院生レベルで理解できるような代物ではなかったが、それだけヒロムの事を評価してくれているのだと思うと、身が引き締まる思いだった。

「そういえばヒロム、合体魔法使ったんだって?結構な騒ぎになってるよ」

「合体魔法っつっても第一位相だぜ?魔法式も短いし、組み合わせるのなんて簡単だろ?」

「それを簡単って言えるのはヒロムくらいだよ。そもそもみんな、魔法式そのものなんて覚えてないんだから。で、どんな魔法使ったの?」

「『風刃』と『水牙』と『忍ぶ影』の魔法式を組み合わせてみたんだ。全部単体攻撃魔法だからさ、魔法式の三割は共通しているし、あとは二人で魔法式を構築しなくても『雷獣』として効果するように魔法式を整えて『忍ぶ影』の効果を付与させるだけ。闇魔法の起動式がちょっと特殊だから、難しいのはそれくらいだな。ゲートを開く分、発動のタイミングをずらしておかないと上手く重ならないだろ?」

ヒロムの説明に苦笑するアンヘル。

「院生でそんな真似が出来るのは世界広しといえどもヒロムくらいのものだと思うよ。もう魔法研究者並みの知識は持ってるんじゃないかな」

「んなわけねぇだろ。魔法ってのは俺たちには想像の付かないくらい深いもんなんだぜ?俺なんて魔法式の仕組みを知っただけで、まだ入り口にすら立ってねぇってのに」

そういうヒロムをアンヘルはまじまじと見つめる。

「なんだよ」

「ヒロムってさ・・・やっぱり真面目だよね」

「なっ!?」

「前衛も出来る魔導士になりたいっていう動機もそうだし、老師の指導もちゃんとこなしてたし、食堂の手伝いもちゃんとやってるし、ライノ先生との特訓も続けてるじゃない?口調がぶっきらぼうだから雑に見えちゃうけど、本当に真面目だよね」

そんなことを改めて言われるととても恥ずかしい。

「ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇ!!」

顔を真っ赤にしてベッドにもぐりこんだヒロムに、アンヘルはそっと耳打ちする。

「どんなヒロムも僕は大好きだよ」

アンヘルのその言葉に、ヒロムはますます顔を赤くしてベッドに丸くなるしかなかった。


「は?俺たちに?」

ヒロムが挙げた間抜けな声に、リヒトは苦笑する。

中間考査から一月が経ち、老師が投じた一石の余波はかなり落ち着いて、町は訪れる冬の準備で忙しくなり始めていた。

「正確にはアンヘル=グランデにだが、二年生でいきなりの任務は難しいからな。お前とセットなら大概の事はこなせるだろうという判断だ」

リヒトが持ってきた話―――

それは王族の護衛任務への誘いだった。

「これを上手くやれば、軍からの奨学金を得られることは確約させた。それなら進級試験まで待たなくても良いだろ?」

「なんで俺たちに?」

正規任務ではないとはいえ、王族の護衛など教導院の院生、しかも二年生に回ってくるような話ではない。

「アンヘル=グランデは『天譴の護法壁』を使えるだろう?今回は教会を通したくないという軍の判断で神聖魔法の魔導士が二人しか確保出来なくてな、院生の中からって話になった時に神聖魔法の天才がいるんだからってことになったんだよ。お前はおまけ」

「おまけで全然かまわないですけど・・・護衛なんてやったことないですよ?」

「ンなことは判ってる。いざって時にアンヘル=グランデに結界を張ってもらえればいいだけの話だ。お前はアンヘル=グランデを護ってくれればいい。出来るだろ?それに・・・」

「なんです?」

「中間考査で随分派手にやって見せたそうじゃないか。どうせ詠唱破棄で使えるんだろ?」

「それはまあ・・・でもなんでリヒト様が知ってるんですか?」

「セルデガルフ様から全部聞いたからな。随分お前の事を気に入ってらっしゃるようだぞ?若い頃の御自身を思い出すそうだ」

「セルデガルフ様の若い頃・・・相当凄かったんでしょうね」

一撃喰らった腹への衝撃を思い出す。とてもではないが、御年90過ぎとは思えないあの重い一撃―――若い頃はライノを凌駕するほどの剛腕だったことを窺わせた。

「そのようだな。お師匠さんから聞いた限りじゃ、魔導士だってのに武闘派で通ってたらしいぞ。相当な遊び人だとも言ってたな。魔法の才能はずば抜けてて、どんな魔法も感覚で使いこなすんだって呆れてた覚えがある。だからこそ理詰めのラウ老師は苦手だったんだと」

「ということは俺と違って魔力も強かったんですか」

「そういうことだな。ラウ老師曰く、とても人間とは思えないほどのマナを持ってる規格外の存在、だそうだ」

魔導士の紋章でも魔力として変換しきれないほどの量のマナを持つ―――確かに人とは思えない。『天上の雫』が使えるということは、その時点で桁外れの魔力を持っているということだが、それすら上回るほどのマナを持つ人間などいるとは思えなかった。もしかしたらセルデガルフこそが魔王なのではないかとすら思えるほどだ。

「ま、お前も普通よりはマナが多いとはいえ、常人の域は出てないからな。その上魔導士の紋章との相性が悪くて魔力が弱い。だが、そんな制約があってなお、あれだけのことが出来るんだ。すごいことだと思うぜ?」

ヒロムは頭を掻く。

当代最強と噂される勇者にそこまで言ってもらえると悪い気はしないが、恥ずかしくもある。

「生まれ持った才能を開花させることも重要だがな、足りないものを補うための創意工夫とそれを実現するための努力は、俺はとても尊いものだと、そう思うんだ。まあ、お前のその頭の回転の速さは生まれ持った才能といえるのかもしれないが」

「俺なんて別に・・・」

「お前は魔法の事だけじゃない、本当に多くの事を色々な角度から見てるはずだ。王国の事、貴族制度の事、そして本当に苦しんでいる民の事。お前も気づいてるんだろ?この国が抱えてる最も大きな問題は異人の事じゃない。人と人の関係なんだって」

「それは・・・」


―――俺には、わからないんだ。王族も、貴族も、庶民から吸い上げた富で潤ってるだけ。もちろん、王族も貴族も庶民とは違う責任を果たしてることはわかってるよ。でも、それだけのものを黙って受け入れるだけの責任を、本当に負っているのかな?


父に告白したずっと抱えてきた疑問―――

今も答えは見つかっていない。

「そういう見方が出来るからこそ、お前は貴族として民の上に立つべきだと、俺は考えてる。王下72柱の一柱、カルディア家。その次期当主であるべきはお前だと、俺は思うんだ。だから少しでも早く王族との面識は作っておいた方が良い。今回の護衛対象は第二王妃のファタリテ様と第四王女メラニー様、そして第二王子のアステム様だ。アステム様はお前の一つ上で拳闘にかなり興味をお持ちの方だ。たぶん、お前の事はかなり気に入るはずだからな。ちょうどいいだろ?」

「リヒト様・・・なぜ俺の事でそこまで?」

「カズマの弟だからな。それに―――」

少し深刻そうな表情を浮かべるリヒトに、不安がヒロムの胸をざわつかせる。

「この王国の未来のため、とだけ言っておくよ」

「もしかして・・・アンヘルと関係あるんですか?」

ヒロムの言葉に露骨に動揺するリヒト。いつも余裕に溢れたリヒトの珍しい表情に、ヒロムは確信を抱いた。

「なぜ・・・そう思う?」

「以前、セルデガルフ様がアンヘルに関して何かあるようなことを仰ったので。ラウ老師がなぜ、あんなことを公表したのか、その理由を伺った時です。リヒト様も老師の思惑には気付いていらっしゃるはずだとも仰っていました。俺がアンヘルと共にある限り、リヒト様の口から理由を教えていただけるはずだとも」

はあ、とため息を吐いたリヒトはヒロムに一歩近づくと肩を掴んだ。

「お前の推理通り、アンヘル=グランデがこの状況の中心にいる。俺たちは最悪のケースを想定して、それでも最善の結果に収まって欲しいと考えて動いている。そのキーマンとなるのは、ヒロム、お前だ」

「俺?」

「お前がお前のままでいる限り、おそらく最悪の状況にはならない。今はそれだけ、覚えていてくれ」

リヒトの言っていることの意味は分からなかったが、アンヘルとヒロムの関係が壊れない限り“最悪の状況”にはならないということだけは理解出来た。

「・・・わかりました。それで任務はいつですか?」

「冬季休暇の間だ。少し早く入ることになるが、お前たちの成績なら特に問題にもならないだろう。教導院への申請も俺が済ませておくから、準備だけはしておけよ」

「はい」

こうしてヒロムとアンヘルは王族の護衛という重要な任務に就くこととなった。


「ほう、お前たちが噂の神童と傾奇者か」

任務当日、中心となって護衛に当たる南部方面軍、『鳳翼の団』第12部隊、隊長はヒロムとアンヘルを見るなりかかと笑った。

「初めての任務ですので色々と不手際もあるかと思いますが、ご指導のほど、よろしくお願いします」

ヒロムがそう言って頭を下げるとアンヘルもそれについて頭を下げる。それを見た隊長は意外そうに眉を上げた。

「貴族様のボンボンの割に随分と腰が低いんだな。以前アルフレイドの三兄弟に会ったことがあるが、俺らの事なんぞ路傍の石だったぞ?」

「あれはあれで周囲からの期待も大きい分、色々と虚勢を張る必要があるんでしょう。自分は魔導士としての期待は皆無ですから」

ヒロムがそう返すと、隊長は一つ頷く。

「ふむ、やはりさすがは貴族様といったところか。14のガキでここまで大人びているとはな。なるほど、光の勇者が勧めてくるだけの事はあるわけだ」

「リヒト様が?」

「今回は教会の連中を排除しての初任務なんだ。これまでは司祭どもが王族の皆様の相手をしていたが、今回は俺たちで王族の皆様のお相手もせねばならないんだが、なにせ俺たちは見ての通り育ちも学も何もねぇ。どうしたものかって話になったところに神聖魔法の天才とカルディアの御曹司が親友だって話を聞いたんで、これは都合がいいってことになったのさ。ま、警護としての働きは期待してないし考える必要もない。お前たちは王族の皆様の馬車に張り付いて、求められたときにお相手して差し上げてくれ」

「わかりました。移動は馬ですか?」

「あぁ。お前は馬には乗れるのか?」

「一応心得は。あまり乗ったことはありませんが」

「ならお前たちは馬車の前につく騎士に乗せてもらえ。話はしておくから」

「はい」

隊長の前を下がった二人は部隊の隊員たちに挨拶して回っていると「お、いたいた」と声がかかった。

「ヒロム=カルディアとアンヘル=グランデだな」

二人の前に現れた長身の男―――が、二人。一瞬戸惑ったのは、二人の真ん中に鏡でもあるかのように顔から体格から服装までそっくりだったからだ。

「俺はフリック、フリック=リッカーだ。こっちは俺の弟でアッシュ」

「アッシュだ、よろしく」

手を差し出す二人と握手を交わす。

「リッカーというと・・・リーベルモストの?」

屈強な戦士を輩出することで有名な王下72柱が一柱、リーベルモスト家の分家にあたる。

ルディの家、ジンフロストと同じような立場になる家柄だ。

「良く知ってるな。うちはさほど目立つ軍功もない家なんだが」

リッカー家が有名な理由は馬の飼育技術の高さにある。馬は非常に臆病で繊細な動物なので、戦場に連れ出すには戦場の環境に慣らす必要がある。視界を遮ったり、大きな音に慣れさせたりと非常に手間と時間がかかるのだが、リッカー家で飼育された馬は勇猛果敢、どんな戦場にもすぐに慣れ、その上乗り手として認めた者に対しては非常に従順。体力も並みの馬とは比べ物にならないほど高く、かなりの高値で取引されている。

「馬で有名ですから。初めまして、俺はヒロム=カルディア。こっちがアンヘルです」

「カルディアの傾奇者と神聖魔法の天才の組み合わせ、有名だよ。俺たちみたいな戦士ですら知ってるくらいだ」

「お恥ずかしい限りです」

「いや、いいんじゃないか?俺たちは双子だからこんな感じだが、君らも凸凹コンビって感じで二人で一つって感じだ」

ヒロムとアンヘルは視線を交わすと苦笑した。

「君らを乗せることになってる。道中よろしくな」

「よろしくお願いします」

ざっと見たところ、二人の判別方法は耳につけている飾りだけだ。左耳につけているほうがフリックで、右耳につけているほうがアッシュということらしい。

「刻限だ!!出るぞ!!!」

隊長の合図で皆が一斉に騎乗する。ヒロムはすんなり乗れたが、アンヘルは中々に苦労していた。

「ほれ、手を貸せ」

アッシュがアンヘルの腕を掴むと軽々と引き上げられる。

「軽いな。本当にカルディアと同い年なのか?」

「一応・・・」

そんな会話をしながら王城の裏、地門へと着くと門が開いて馬車が滑り出してきた。

これが王族の乗る馬車なのだろう。

「行くぞ!!」

男達の乗る騎馬はすぐに隊列を組みかえ、馬車の周囲に配置されていく。

そしてそのまま止まることなく王都を出た一行は、まっすぐ南へと向かって行った。


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