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「そんなのヒロムが闘ってる姿って絶対にカッコいいからに決まってる。ヒロムは僕の憧れなんだから」


刺すような日射し―――初夏の空気へと変わった街路をヒロムは歩いていた。

埃くさい風が吹き抜け、金網の向こう側の広場を逞しい男たちが列をなして走っているのが見えた。

士官学校の運動場。体格からして戦士養成科の学生だろう。

ヒロムもそれほど差のない体格をしているが、戦士として鍛え上げている筋肉はさすがに厚みが違う。

これが重戦士になると体格が一回り大きくなり筋肉もさらに分厚いものになる。

「頑張ってんなぁ」

ヒロムはラウ老師の屋敷へと向かう途中だった。

老師からの宿題をまとめるのに一月。考証を繰り返し整合性が取れたのでようやく見せることが出来るものになったのだ。

老師の屋敷に着くと呼び鈴を鳴らす。

現れた侍女に目通りを願うとすぐに招き入れられた。

「よく来たね」

ニコニコと笑う老師に頭を下げるヒロム。

「ようやくまとまったので見ていただこうと」

「もうまとめたのかい?まだ一月しか経ってないが・・・」

「第三位相までは構造が解り易いので・・・効果が共通する部分に限定して魔法式の構造を当てはめていったらパターンが決まっていたので、第四位相でも共通するか確認したんです。神聖魔法では少し当てはまらない箇所があるんですが、それ以外は第三位相以下のパターンと合致します」

ヒロムはまとめたノートを老師に渡した。

「では拝見しようか」

ヒロムのノートに目を落とした老師は凄まじい速さでヒロムのレポートをめくっていく。

やがてノートを閉じた老師はしばらく目を閉じると溜め息を吐いた。

「素晴らしい。まさかたった一月でここまで解析してくるとは思わなかったよ」

「では合ってるのでしょうか?」

頷いた老師は

「私が数十年かけて理解していった事柄をこうもあっさりと理解されてしまうと私の立場がないな」

と苦笑いを浮かべた。

「頂いた文献のおかげです。あれがないと手掛かりすらつかめませんでしたし」

魔法式には明確な区切りというものが存在しない。記号の羅列から意味を成す組み合わせを見出すのはほぼ不可能だ。

「あれはただの単語の羅列だ。あれを見て理解できるというだけでも驚愕ものだよ。魔法研究をしている正魔導士ですら、あの本を理解できている者は稀だ。君ならばあの本を有効に活用できるだろう」

老師は懐から一冊の本を取り出した。

「これは闇魔法第八位相『深淵よりの刃界』だ。すべての魔法の中でもっとも長い魔法式、ということで有名な魔法でね。君にはこの構造を学んでほしい」

「これが最も長いんですか?第八位相ですよね?」

「闇魔法の第九位相、第十位相は相手を冥府に連れ去る魔法だ。魔法式そのものは単純なのだよ。要求される魔力が甚大であるのと、効果範囲の広さから位階が上になっているというだけだ」

「即死魔法なのですか?第六位相『冥府の呼び声』と同じような」

「魔法式としてはほぼ同じだな。効果範囲の広さが違うが。『冥府の呼び声』と同じように魔法耐性が強い相手には効かない上に、連れ去られても戻ってくる方法がある。要求される魔力に対して効果は微妙なところだ。オークやワーウルフのような種族に対しては絶大な効果を発揮するが」

「『深淵よりの刃界』はどのような効果が?」

「効果範囲は『踊る火炎』と同じ、無数の刃を召喚して相手を貫く魔法だ。第五位相『黒き刃』の上位魔法だよ。魔法と物理攻撃の性質を併せ持っているから『蒼人』のような魔法耐性が強い相手にも高い効果を期待できる」

『蒼人』は王国南方、クーリンゲルという地域を支配する種族だ。

容姿は肌が蒼い以外人間と変わらないがとても高い魔力を持ち、人間の血を好んで喰らう。

日の光、というより強い光に弱く、夜間にしか活動しない。

「この魔法の構造を理解できれば他の魔法を理解するのは容易なことだ。だがさすがに一月程度ではこなせんぞ?」

ヒロムは魔導書を手に取ると軽くめくってみる。

第五位相以上はアンヘルが持っていた魔導書の魔法式しか見たことが無いが、第八位相『疾駆する天輪』の魔法式の倍はある。

「確かに・・・長いですね。これって実戦で使えるんですか?」

「魔導書を使うしかないな。詠唱でも使えんことはないが」

「これを覚えるのか・・・」

「君になら出来ると思うがね。おそらく、君が思うより容易に」

老師はヒロムにノートを返す。

「そういえば老師に伺いたいことがあったんです」

「なにかね?」

ヒロムはアンヘルの痣を書き写したものを老師に見せる。

「これは?」

「アンヘルの肩の後ろにある痣なんですが・・・紋章のように見えるなと思って」

「ふむ・・・」

考え込む老師。

「確かに何らかの魔法のようだな。見たことの無い魔法だが・・・」

「魔法なんですか?」

「紋章も事象に干渉してありえない結果を引き出す、という点においては魔法と呼んで差し支えないものだ。系統魔法と根本的に違うのは魔力ではなくマナを必要とする点だよ。我々は無属性の魔法として分類している」

「無属性の魔法ですか?」

「マナを用いた肉体の変質を行うものを無属性の魔法として定義している。魔導士の仕事とはあまり関係ないので魔法研究者以外には知られてないが」

老師は棚から数冊の本を持ち出した。

「紋章をどうやって創るか知っているかね?」

「いえ」

ヒロムたちが紋章を宿すときは紋章石という紋章が封じられた石を使う。

「この書を使う。これが紋章を創り出す魔導書だよ」

ヒロムの前に置かれた本にはそれぞれの職種の紋章が表紙に描かれている。

開いてみると系統魔法とは比べ物にならないほどにびっしりと魔法式が書き込まれていた。

「これを使って創り出した紋章は水晶の封印石に封じられる。そして君たちの手に渡るわけだ」

「魔法式の要素は同じなんですね」

魔法式の記号自体は系統魔法と同じものだ。

ただ構成は全く違う。

「問題は紋章は一つしか宿すことが出来ないという点だ。違う紋章を同時に宿すと相互に干渉し合いマナを損なうことになる。となると、この魔法は紋章のような常時発動型の魔法ではないということだ」

「アンヘルが『祝福されし者』であることと関係はありませんか?」

「ふむ・・・そういう調査が行われたことはないな。少し調べてみよう」

「お願いします。後、アンヘルが悩んでるんですが―――」

紋章との相性が良すぎるというアンヘルの悩みを話すと老師は声を挙げて笑い始めた。

「老師?」

「いや、まさかそんな悩みがあろうとは思わなかったものでね。相性を良くすることは出来ないが、阻害することは出来るよ。あまりお勧めは出来ないが」

「出来るんですか?」

「魔法式である以上は式そのものに干渉することは出来るとも」

そう言って老師は棚からもう一冊、本を取り出した。

「これを貸してあげよう。実験的に創られた紋章の効果を抑える紋章の魔導書だ。この上に左手を置き魔力を送り込めば紋章の上にこの紋章が載る。剥がすときは紋章を剥がす手順と同じだ」

「ありがとうございます」

「まあ、紋章の効果を抑えたところで彼の悩みが解決するとは限らないんだがね。体格というものは紋章の効果より生まれ持ったものの差が大きい。重戦士の紋章を宿して相性が良かったとしてもカルディアのようにはなれないものさ」

「そういえばこの紋章は重ね掛けが出来るんですね」

「すでにある紋章の上に置くもので、単体では宿すことは出来ないからね。紋章の効果にさらに効果を付帯させるためのものだよ」

「ということは・・・」

ヒロムは手に持った本を見つめるとしばし考え込む。

「もっと汎用性の高い効果を持つ紋章も作ることが出来るんでしょうか?重戦士の紋章と魔導士の紋章を掛け合わせたような・・・」

屈強な魔導士、魔法が使える重戦士、のような職種があればもっと戦略の幅が広がるはずだ。

「出来るよ。というより、もう過去に試されたものだ。マナの量には限りがある。限りがあるのだからあれもこれもと付け加えると効果が分散され紋章を宿していない場合と大差なくなる。魔力はさておき、それ以外は鍛えれば済む話だからね。だから今のような職種ごとに必要な能力に特化して強化する紋章になっているのだよ」

「そういうことですか・・・」

「実際に今の紋章に効果を付帯させる紋章が50年ほど前に用いられたが、結局期待されていたほどの効果はないということでお蔵入りになった経緯がある。魔導士は別の紋章の効果を追加しても成長が止まってからはほぼ無意味だし、剣士や、戦士、重戦士といった職種で魔導士の紋章の効果を追加する試みはあったが、魔法式は一朝一夕で覚えられるものではないし、戦場で魔導書を持ち出す余裕などないから結局廃れてしまったよ。だが・・・」

老師はヒロムを見て目を細めた。

「君は新たな可能性だ。本来なら中途半端にしかなりえなかった戦士のごとき肉体を持つ魔導士という新たな職種の可能性。君なら―――勇者にもなれるかもな」


「まったく!カルディアの御曹司だからって調子に乗ってるんじゃないのか!!!」

教師の怒声を軽く流すヒロム。

ラウ老師の課題に夢中になり、授業の課題を忘れていたのだ。

2年になって通算10回目。

「アルフレイドを見習ったらどうだ!?同じ72柱だろう!!」

「は~い、すんませ~ん」

ヒロムの露骨に気のない返事に教師のこめかみに血管が浮く。

「明日までに『蛟』の魔法式を暗記してくること!!いいな!!!」

「へ~い」

卒倒するのではないというほどに顔を真っ赤にした教師はどたどたと部屋を出ていった。

「ヒロム・・・大丈夫?」

廊下にいたアンヘルが顔を出す。

「へーきへーき。じゃ、帰ろうぜ」

「あの程度の課題、ヒロムならすぐ終わったのに」

今回出されていた課題は水魔法第二位相『癒しの潮』の魔法式を書き写すというものだった。

「書き写すだけでなんになるってんだ。馬鹿らしい」

「それはそうだけどさ・・・」

ヒロムはカバンを持つと教室を出た。

「しっかし『深淵よりの刃界』、『黒き刃』の上位魔法のはずなのになんでこんなに長いんだろうな」

「『黒き刃』って『天譴の護法壁』並みの長さあるよね?」

「それでもその3倍以上あるんだぜ?起動式、展開式、発動式は変わったところはないから干渉式が特殊なんだよな。『黒き刃』との共通式がどこかにあるはずなんだがなぁ・・・」

『深淵よりの刃界』の魔導書を取り出しめくるヒロム。

「『蛟』の魔法式は?」

「覚えてるよ。第四位相までは全部覚えた」

「だよね。先生も意味のない課題出したものだね」

「老師のおかげで構造は把握できたしな。パターンがあるから余裕よ」

「第五位相は?」

「神聖魔法だけまだだ。どうも神聖魔法はすんなりと頭に入ってこないんだよなぁ」

「それだけ暗記できるってだけで凄いと思うけどね。僕も色々使えたらなぁ」

アンヘルは神聖魔法以外は不発に終わる。神聖魔法が使えているのだから魔法式の構築が出来ないはずがないのだが、なぜか精霊魔法も闇魔法も使えなかった。

「戦場で一番重宝される神聖魔法が使えるんだから良いだろ。他の系統は運用できる場面が限られてるからな」

「だからヒロムは前衛も出来る魔導士目指してるんでしょ?」

「まあな」

精霊魔法も闇魔法も範囲攻撃を行う際は味方を巻き込まないように留意する必要があった。

敵味方の識別はある程度までは魔法式そのものに組み込まれているものの、敵と味方が密着していれば当然味方も巻き込むことになるからだ。

なので乱戦になってからの魔導士の役目は防衛と回復にある。

必然的にその二つに特化した神聖魔法がもっとも重宝されるのだった。

ヒロムが狙っているのは詠唱破棄での発動が可能な低位の魔法を牽制に用いつつ最前線で戦士や重戦士の援護に当たる魔導士だ。

魔力の少ないヒロムでは高位の魔法は連発出来ないし、距離が遠ければ威力も激減する。

出来得る限り接近し、低位の魔法でも有効な攻撃とするしかないのだ。

それに最前線ならばいざという時に範囲攻撃魔法を使っても味方に被害が及ぶ危険は少ない。

「ヒロムは魔力さえあればアルフレイドになんか負けないくらいの魔導士になれるのに」

唇を尖らせるアンヘル。

「無い物ねだりしても仕方ない。有るもんで勝負しないとな」

ヒロムはアンヘルの頭を軽く叩くと魔導書をカバンにしまう。

「それより早く行こうぜ。あんま時間ねぇし」

今日はアンヘルの魔法の練習を王都郊外でやる予定だ。

二人はまっすぐ王都の南に向かうと人目につかないように軍が演習に使っている森に潜り込む。

「誰も来ないかな?」

「士官学校は今日試験だし、軍も辺境に出払ってるはずだから誰も来ねぇって。じゃ、やろうぜ」

アンヘルは杖を構えると目を閉じる。

「清明なる火、清澄なる水、清涼なる風、清浄なる地、万象を包みたる御霊、其の真理、其の歓喜、其の信義、其の寛喜、駆け、駆け、縒りて護法たる神気を下せ。『疾駆する天輪』」

詠唱を終えると同時に天に光が舞い、いくつもの輪となってヒロムたちの周りに下ってくる。

この光輪は味方一人一人の頭上に張り付き、魔法や矢といった上方からの攻撃を防いでくれる。さらに身体が軽くなることで瞬発力が上がるのだった。

「さっすが。そこまで詠唱を省略して一発で成功とかもう余裕だな」

「ヒロムのおかげだよ。ヒロムが魔法式を覚えるコツを教えてくれたから出来たんだし」

「今年の進級試験も大騒ぎだな。まさか院生で『疾駆する天輪』を使いこなせるとは誰も思わねぇだろうし」

アンヘルが杖を一振りすると光輪が消え去った。

「『歓喜の泉』の方が良くないかな?来年、再来年とあるんだし・・・」

神聖魔法第七位相『歓喜の泉』は単体回復魔法だ。骨折程度なら一瞬で完治する。

「奨学金狙うなら『疾駆する天輪』だろ?戦場で一番必要とされてる魔法だし」

「そう・・・だね。ということは来年、再来年のことを考えると第九位相、第十位相のことも考えとかないと・・・」

アンヘルの持つ魔導書には第八位相までしか載っていない。第九位相、第十位相ほどの高位魔法となると持っている人物を探し出して見せてもらうか、研究機関に所蔵されているものを手続きを踏んで閲覧させてもらうしかなかった。

とはいえ高位魔導書はとても貴重で、その多くが貴族階級が資産として収集しているものなので他人に見せてくれるはずがなく、研究機関は院生からの依頼など受け付けてはくれない。それが神聖魔法となると尚更だ。

「セルデガルフ様にお願いしてみろよ。世界で唯一『天上の雫』を使える方だ。高位魔導書もお持ちだろ?」

「前は招いていただいたからお会いできたけど・・・こっちから会ってもらうにはどうするの?」

かつて勇者ドレイトンと共に魔王アタバスカを討った人物―――あまりに雲の上過ぎて72柱とはいえ気軽に拝謁してもらえる相手ではない。

「そうだなぁ・・・アルフレイドなら魔導士の名門ってことで拝謁許可も出るんだろうけど」

とはいえアルフレイド現当主は教会を嫌っているというのでウォーレンを通して頼むことは不可能だ。

「ま、まだまだ時間はたっぷりあるし、なんとかお会いする方法を考えようぜ」

「うん」

「じゃ、今日も勤労頑張りますか」

寮の食堂での手伝いはまだ続けている。奨学金が取れるまでは仕方がない。

今後の練習方法などを相談しながら寮に戻ると、「ヒロム=カルディア先輩ですよね?」と声を掛けられた。

短く刈り込んだ髪とよく日に焼けた肌が快活な印象を持たせる少年。

着ているものは魔道教導院の制服なのだが、分厚い胸板が目を引く。

ヒロムほどでないにしても魔導士にしてはかなり体格がいい。

「誰だ?」

「初めまして。俺はウィリアム=ジンフロストって言います。ルディって呼んでください」

「で、なんか用か?」

悪目立ちしている自覚はあるが、名指しで呼び止められるとあまり良い気はしない。

「ヒロム、ジンフロストって確か・・・」

アンヘルが呟く。

「あぁ、リーインバウムの分家か」

王下72柱のうち、魔導士の名門であるアルフレイド家に続く魔導士の名門、リーインバウム家。オールマイティなアルフレイドに対し、精霊魔法に高い適性を持つリーインバウム。ジンフロストはその分家に当たる。

本来ならば72柱に連なるとはいえ分家はそれほど有名ではないのだがジンフロストは特別だった。

先代当主、アレックス=ジンフロストはリーインバウム当主を上回る実力をもつ精霊魔法の使い手として名を馳せていたのだ。特に水魔法との相性は抜群で多くのパーティから引く手数多だったという。

それは少人数で行う任務の際には水魔法が重宝されるからだ。水魔法には神聖魔法のような複数を同時に回復させる魔法はないが、単体であれば神聖魔法第二位相『天意の恵み』と同じ効果を持つ第四位相『浸透する命』と体力を回復させるだけの効果しかないが『癒しの潮』がある。さらに単体から範囲までの攻撃魔法に補助魔法まで揃っているので使い勝手が良いのだ。

「精霊魔法のエキスパートが俺に何の用だ?」

少年―――ルディは頭を掻く。

「エキスパートって・・・俺、あんま魔法得意じゃないんすよ」

「ジンフロストなんだろ?王下72柱に並ぶと言われてる家じゃないか」

「俺はこっちの方が性に合ってるんで」

ルディが腕を曲げるとシャツがはち切れんばかりに膨れ上がる。

「戦士系ってことか。だがその制服うちのだろ?」

「父が魔道教導院以外は認めないと・・・」

精霊魔法の名門となれば当然の判断だろう。むしろヒロムの家の方が特殊なのだ。

「今日は先輩にお願いがあってきました」

ルディは姿勢を正すと腰を直角に折って頭を下げた。

「俺と手合せしてください!!!」

「は?」

思わず間抜けな声を漏らすヒロム。

「手合せ?俺と?」

「以前から院内で先輩を見かけるたびに気になっていたんです。王下72柱の1柱、重戦士の名門、カルディア家。その名にふさわしい逞しい体躯。魔道教導院に進まれたとはいえ力強さあふれるカルディアの血が羨ましくて・・・ぜひ、手合せしていただけないかと」

懇願の眼差しで見上げてくるルディを冷めた目で見るヒロム。

「手合せして俺に何かメリットあんの?」

「え?」

「俺は汗臭いのも痛いのも嫌だから魔導士目指してんだぜ?そもそも俺は兄貴たちみたいな訓練は一切してない。手合せしろとか言われても無理だ」

「そんな・・・」

「つーか、そんなことやりたいならリベルガルトにでも行けよ。腕試ししたい連中がごろごろしてんだろ」

教導院は王都に18ある。うち、魔道教導院は1つしかないので最も規模が大きい。

医師や様々な職人向けの教導院が5つ、剣士、戦士、重戦士は白兵戦系の技能なので同じ教導院で学ぶことになるのだが人数が多いので12の教導院に分かれていた。

魔道教導院の近くにあるのがリベルガルト教導院。白兵戦を教える教導院の中で中堅といった感じの教導院だ。

「それは・・・もう・・・」

ボソッと呟いたルディに「もう行ったのか」と訊ねるヒロムは頷いたルディを見て肩を竦めた。

「よそと問題を起こすなって言われて・・・」

「だから俺か」

「だってそんな身体してんのに鍛えてないなんてありえないでしょ!!!?」

その言葉にプッと小さく噴き出す音が聴こえ、アンヘルが肩を震わせていた。

「何で笑ってんだよ」

唇を尖らせるヒロムに「いや、その通りだなと思って」と返すアンヘル。

「相手してあげたら?ヒロムが目指してる『前衛が出来る魔導士』には必須だろうし」

「それは士官学校で嫌ってほどやらされるだろ?それにこいつ自信があるから仕掛けてきてるんだぜ?フェアじゃないだろ」

「そんなことないッス!!!俺、前からカルディアの人たちに憧れてて・・・5年前の天神祭の時、カズマ=カルディアが漢闘大会で優勝したのを見て、俺もあんな風になりたいって思ったんス」

漢闘とは大きな祭りでよく行われる拳闘と同じようなロープが張られた囲いの中で行われる闘技だ。

拳闘と違うのは分厚い羊毛で作られたマットが敷かれているという点、そして相手の攻撃を受けるのが前提という点だ。

要は我慢比べに闘技の技術を付け加えたようなものなのだが、派手な技と高度な格闘技術の応酬は見ごたえがありかなりの人気を誇っている。

参加するのは当然肉体自慢、腕っぷし自慢ばかりなので戦士や重戦士が多く参加している。

ヒロムの兄、カズマは5年前の天神祭で初めて参加し、それまで圧倒的な強さを誇っていたチャンピオンに打ち勝った。

ヒロムとしてはチャンピオンだった男とカズマとの間にそれほど実力の差があるとは思えなかったのだが、普段は軍務に忙しくあまりこういったイベントには出ることが無いので余計に目立った形になったのだった。

「兄貴と俺は違う。俺には兄貴みたいな生き方は出来ないからな」

祖父や父、そして兄。

皆、最前線に立つ盾としてその身を傷つけてきた。

魔法で治癒できるとはいえ傷痕は残る。

分厚い筋肉に覆われたその肉体は無数の傷痕に覆われていた。

人類を護る盾として王国があり、王国を護る盾として軍がある。

そしてその軍を護るために重戦士という職種がある。そのことは理解しているし、確かな尊敬の念はあるがそれを自分が出来るかと思うと到底出来はしない。

しかも民の多くはそんなことは知らないし、民が重戦士の活躍を見ることがあるのは漢闘大会くらいのものとなればなおさらだった。

「ヒロムには良い刺激になると思うけどな。第四位相まで完璧に覚えてるんだから後はそれを応用するだけでしょ?」

「なんでお前はそんなに薦めんだよ」

アンヘルはヒロムを見上げて無邪気に笑う。

「そんなのヒロムが闘ってる姿って絶対にカッコいいからに決まってる。ヒロムは僕の憧れなんだから」

その言葉に頬を赤くするヒロム。

以前から感じていたのだが、アンヘルの言葉にはどこか人の意識に強制をさせるものがある。

「しゃあない。が、俺は素人だからな。しばらく練習に付き合ってからだ」

こうしてヒロムはルディの格闘修行に付き合うこととなった。



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