「俺はお前の隣にいる。俺がお前を護ってやる」「うん」
※
「よお、落ちこぼれ」
食堂で洗った皿をカウンターに戻していたヒロムを見上げるニヤニヤ顔。ウォーレンだ。
「72柱ともあろうものが下民がやるような真似をしてるとはな。ま、第一位相までしか使えないような落ちこぼれにはお似合いの仕事だけどな」
「喧嘩売ってんのか?」
「本当のことだろ?魔導士を目指そうって奴が第一位相までって・・・庶民出身でも第二位相まで出来てるってのによ」
「6系統使えてんだから充分だろ。つーかなんでテメエがここにいやがる」
ウォーレンは自邸から通っているし、取り巻き連中も同様なので寮に縁はない。
「アンヘルの奴とどんな汚い手を使ったのか聞いときたいと思ってな。筋肉バカが2位とかありえねぇだろ」
先月行われた進級試験。
一般教養と魔法学の総合得点でアンヘルが1位、ヒロムが2位、ウォーレンが3位だったのだ。
実技では6系統を第三位相まで使えるウォーレンが得点では圧倒的だったのだが、注目を浴びていたのはアンヘルだった。
神聖魔法第六位相、『天譴の護法壁』を使ってみせたのだ。
一年で第六位相を使えるなど前例がなく、教会から司教が派遣されてきたほどの騒ぎになった。第六位相といえば最高学年でも使える者は少ない。
ヒロムは実技で第一位相までしか扱えなかったのだが6系統すべてを使ってみせたので学科試験の結果と合わせて落第は免れた。
「汚い手も何も、普通に勉強しただけだぜ?」
「普通にやってなんでお前の方が上なんだよ!」
「知るか。文句あんなら満点取ればよかっただろ」
正論で返したヒロムにウォーレンは顔を赤くして黙り込んだ。
「総合成績でトップなんだから満足だろ?俺は忙しいんだ。さっさと帰れ」
「アンヘルの奴は?」
「セルデガルフ様から招かれて話を伺いに行ってる」
「大賢者の!?」
大賢者セルデガルフ―――かつて勇者ドレイトンと共に魔王アタバスカを討った人物で、世界で唯一、神聖魔法最大最強の魔法『天上の雫』を使うことが出来る。
すでに隠遁生活をしているが前代の教皇として現教皇より信奉を集めていた。
「俺もまだお会いしたことないのに・・・」
「そりゃ、アルフレイドの息子となればあれくらい出来て当たり前ってことだろ。俺がお前みたいなことやったら大騒ぎだろうけどな」
ヒロムは皿をすべて棚に載せ空いた籠を下げる。
「親父さんに頼めば会わせてもらえるだろ?さすがにアルフレイドの頼みを無碍にはできないだろうし」
「父上は教会を嫌ってるから無理だと思う」
「そういや親父さん、魔法騎士だったか」
魔法騎士は魔導士に機動力を、と設置された部隊だ。
魔導士としての実力はもちろん、騎乗技術に加え、剣技にもある程度優れていなければならないので魔導士の中でも選りすぐりのエリートがそろっている。
問題は教会という組織が軍よりも上にいるという事実だ。
魔導士は当然軍属なのだが、神聖魔法を専門とする魔導士の多くは司教や司祭として神官位につき教会に属している。それは教会が信仰の場である以上に民にとって欠かすことの出来ない場所であるからだ。
神聖魔法は軽い怪我や病ならば治すことが出来る。重篤なものは治せないので専門の医者がいるが、ほとんどの場合は教会に赴き神聖魔法による治療を受けるのが一般的だ。
信仰と重なるので必然的に神官は軍属の魔導士より立場が上になり、教会の思惑が軍の動向に影響することも少なくはない。
単純に魔導士としての格で言えば同格、もしくはそれ以上であるのに教会に属しているというだけで格上となるのが気に入らない魔導士は多い。低位の神聖魔法ならばほとんどの魔導士が使えるのだから仕方のないことだろう。
その中でもエリートである魔法騎士ともなれば言うまでもない。
「このまま総合成績トップでいればお声掛かりもあるだろ。それまで待つしかないな」
「お前は気にならないのかよ。一応72柱に連なるってのに、庶民のほうが優遇されてんだぜ?」
「優遇はされてないだろ。アンヘルは実力が認められたんだ。そもそもあいつ、第八位相まで使えるからな」
「はあっ!?」
ウォーレンの声が裏返る。
「まだ安定してないから今回は『天譴の護法壁』にしたんだ。調子が良けりゃ『疾駆する天輪』が使える。あいつは神聖魔法に関してはまさに天才だよ。あがり症だし試験じゃ実力発揮できないだろうから、俺が『天譴の護法壁』にしろって言っといたんだ」
「マジか・・・」
正魔導士でも使いこなせる者は少ないとされる第八位相の魔法―――神聖魔法第八位相『疾駆する天輪』は広域防御魔法であると同時に範囲内の味方の瞬発力を向上させる効果があるので大規模な戦場では良く使われる魔法だ。
「俺は出来そこないだからあいつやお前に張り合う気は毛頭ない。ほれ、分かったら帰れ」
ショックを受けた表情のウォーレンを追い返し、仕事を終わらせていると
「ヒロム坊ちゃん、これ」
とマーサが籐籠を差し出した。
「今日はサンドイッチですよ。坊ちゃんの大好きなベーコンと玉ねぎのサンドイッチ」
「やったね!ありがとう、マーサさん」
今は進級準備のための長期休暇中。ほとんどの院生は故郷に帰っている。
アンヘルのように故郷に帰ることが出来ない事情がある院生もいるので食堂自体は開けてあった。
「今日も図書館でしょう?頑張ってらっしゃいますね」
「ちょっと気になってることがあってさ。これが確かならもっと簡単に魔法が使えるようになるはずなんだ」
「簡単に、ですか?」
「俺って魔力が弱いからさ。人並みになるには創意工夫しないと」
ヒロムの魔力は院生の中でも最低レベル。
魔導士の紋章との相性が悪く、マナから魔力を生み出す力が弱いのだ。
「坊ちゃんなら出来ますよ。坊ちゃんは小さい頃からどんなことでもあっという間に覚えてしまいますからね。司書の方のお昼も入ってるので渡していただけますか」
ヒロムをそれこそ乳飲み子の頃から知っているマーサの言葉はとても心強く響く。
「じゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
「ちはっす」
「お、今日も来たのか。熱心だな」
司書のウェリントンが顔を上げた。
「差し入れっす」
「悪りぃな」
「今日は『乱舞する闇』の魔導書見せてもらえますか?」
教導院の管理下にある魔導書は図書館の書庫に収められている。
「ちょっと待ってろ」
書庫へと入ったウェリントンはすぐに戻ってきた。
「ほれ」
「あざっす」
闇魔法第四位相『乱舞する闇』。
目標の周囲10mほどの範囲に存在する対象のマナへダメージを与える魔法だ。
「さて」
休暇中なので他に誰もいない館内のど真ん中に陣取りノートを取り出す。
この一年、ふと思いついたことを確かめるべく様々な魔法の魔法式を読み込み書き写してきたノートだ。
魔導書を開き、魔法式を目で追いつつ、ノートにびっしり書き込んである書き込みと比べる。
「あってる・・・よな」
白紙のページを開き魔法式を書き写しているとノートに影が差す。
「随分熱心だね」
顔を上げるとそこに立っていたのは白いひげを蓄えた上品そうな老人。
「ラウ老師・・・」
王国の魔法研究の第一人者で教導院の顧問を務めている人物だ。
魔法に関する知識では右に出るものが無く本来ならば教導院の院長という立場であるべきなのだが、政争や権力闘争を嫌い顧問という立場に収まっている。
「なにをしてるんだい?」
「あの・・・魔法式の構造を知っておきたいと思って・・・」
「ほう・・・構造かい?」
ヒロムは老師にノートを見せる。
「魔法式を見てたらところどころ同じような記述があるなと思って調べてたんです。魔法の効果に共通する部分があるなら魔法式も共通してるんじゃないかと思って」
「具体的には?」
「例えば『踊る火炎』と『黒翼の旋風』は火魔法と風魔法で系統が違いますよね?第二位相と第四位相で位相も違います。でも効果範囲は同じで同じ攻撃魔法。魔法式を比べると―――」
ヒロムは書き写した魔法式を見せる。
「ここからここまで全く同じなんです。つまりここが効果範囲と効果対象を決める魔法式なんじゃないかと思って。これが効果範囲が同じでも味方に効果がある場合は違うんで、効果範囲だけを決めてるわけじゃない。単体に効果がある場合も比べましたが敵と味方を識別する式は共通してるわけじゃない。範囲と対象は一括りなんです」
ヒロムの説明に老師は目を剥いた。
「これは驚いた。それは自分で気付いたのかい?」
頷いたヒロムに
「今日は時間があるかな?私の屋敷で話をしたいのだが」
と老師から誘いがあった。
「大丈夫ですが・・・」
「ならば昼過ぎに私の屋敷においでなさい。君に良いものを見せよう」
こうしてヒロムは老師の屋敷を訪問することになった。
王都の南、軍の施設が多く並ぶ一角に老師の屋敷はある。
訪問したヒロムに老師はこれでもかと歓待してくれた。
「あまり若い人は来ないのでね。つい嬉しくなってしまったよ」
「そうなんですか?老師の講義を聴講するために世界中から正魔導士が集まると聞いていますが」
「自称“研究者”ばかりだがね。先人の知識をなぞらえているだけで何を研究しているのかさっぱりわからん連中ばかりだよ。その点、君は自分自身で見出す目を持っている。君の研究ノートを見せてもらえるかな?」
ヒロムがノートを老師に手渡すと老師はゆっくりと読み始めた。
1時間ほど経つと老師はノートから視線を上げる。
「カルディアの御曹司が教導院に入ったと聞いた時は何事かと思ったが、どうやら君は自身に最善の選択が出来る稀有な才能の持ち主のようだ」
老師はノートをヒロムに差し出した。
「まさか教導院の院生でここまで魔法について理解できる者が現れるとは思っていなかったよ。君の観察眼はとても正確だ。魔法式は魔法の起動と系統を決める『起動式』、摂理に干渉するための『干渉式』、効果範囲とその対象を決める『展開式』、そしてそれらを実行するための『発動式』、おおまかにこの四つに分かれている。教導院で教えることはまずないがね」
「なぜですか?魔法について正しい知識を持っていれば・・・」
「必要ないからだよ。魔法式の構築には法具の助けと詠唱を用いる。詠唱は一連の連なりだ。法具を使えば多少省略できるとはいえ全体的な流れは変わらない。連なりで覚えなければならないのだから余計な知識は不要というわけだ。ではここで質問だ。魔導書を法具として用いることが出来る、という時点で君なら気付いているだろうが、実は魔法式が構築できれば詠唱は必要ない。ならば魔法式を直接覚えれば済む話だが、実際には詠唱を用いる。その理由は何だね?」
老師の問いにヒロムは考え込む。
魔導書は魔力を送り込めば魔法が発動するので詠唱は不要だ。それは送り込んだ魔力が描かれている魔法式に反応するからだ。
ならば何故―――
「そのほうが覚えやすいから、でしょうか?」
恐る恐る答えたヒロムに老師は頷いて見せる。
「その通り。ただそれだけの理由だ。魔導士は魔法式を己の精神世界に描くことで魔法を発動させる。言語と結びつけて覚えたほうが覚えやすく、精神世界へのイメージもしやすい。だがその方法には魔法を正確に理解するための致命的な欠点があるんだ」
「欠点?」
「君なら、なんとなくは理解してるんじゃないかね?『踊る火炎』と『黒翼の旋風』の魔法式の共通点を理解している君なら」
全く違う魔法の共通点―――
言語と結び付けることで理解できなくなる致命的な欠点―――
「そうか。同じ魔法式でも詠唱内容が違うんだ」
系統が違うと詠唱内容は全く違う。『踊る火炎』と『黒翼の旋風』に共通する詠唱内容といえば「我が敵」くらいのものだ。
ヒロムの答えに老師は手を叩く。
「素晴らしい。さすがは学科試験で2位をとるだけの英才だ。頭の回転が実に速い」
老師は立ち上がると棚から一冊の本を取り出した。
「これは私が研究を重ね魔法式の構造を最小単位まで細分化したものだ。これらを組み合わせると魔法で大概のことは出来るようになる。もちろん、組み合わせ方には法則があるし、デタラメに繋いでも魔法式にはならない。これを君にあげよう。その代わり、どういった法則でこれらを組み合わせれば魔法式になるのか、というレポートを出して欲しい」
「レポートですか?」
「すでに第四位相まではほぼ把握しているようだから、まずはそこまでの魔法式の構造を確かめてみて法則を見つけ出してまとめて欲しい。あと、君にアーカイブに収蔵されている魔導書の閲覧許可をあげよう」
アーカイブとは図書館の書庫の内、教員にしか貸し出しが許可されていない書庫のことだ。
主に第五から第七までの位相の魔導書が収蔵されている。
「アーカイブに・・・なぜそこまでしてくださるんですか?」
ヒロムの問いに老師は目を細める。
「君なら新たな魔法の可能性を切り開いてくれそうな気がしているからだ。君は決して魔導士に向いているわけじゃない。だが、そこらの魔導士など足下に及ばないほどの存在になれる。そんな気がしてならないのだよ」
「でも・・・俺は魔力も弱いし・・・」
「ある程度は時間が解決してくれるはずだよ。君はカルディアの血を継いでいるだけあってマナは他の者よりはるかに多い。紋章との相性が悪くてもマナが多い分、魔力も多くなるはずだ。紋章は長く身に着けていれば徐々に適合率が上がるものだからね。まあ、アルフレイドのようにはいかないだろうが」
老師ははめていた指輪を一つ外すとヒロムに手渡した。
「これも持っていくと良い」
「これは?」
特に装飾もなければ刻印の類もない幅広の銀の指輪―――
「法具ではないよ。だがとても特別なものだ。いつか君がそのリングの持つ本当の姿に気付いた時、それは君の力になる」
「本当の姿・・・?」
「君は確かアンヘル=グランデと仲が良かったね。神聖魔法の天才。魔力も凄まじいものだ。だが彼にはどこか危ういところがある。君が支えてあげなさい」
「それは・・・もちろんです」
老師は微笑むとヒロムに退出を促した。
「では、君がなにを見出すのか、楽しみにしているよ」
「ってことになったんだ」
部屋で老師から貰った本をアンヘルに見せるヒロム。
「すごいじゃない。やっぱりヒロムは天才だよ」
無邪気に笑うアンヘルにヒロムは渋い顔をする。
「おだてても何も出ないし、本物の天才にそう言われると嫌味にしか聞こえないんだが」
「天才って・・・」
「老師もそうおっしゃってたぞ。神聖魔法の天才って」
「僕は別に・・・神聖魔法しか使えないし」
「第八位相まで使える奴が何言ってやがる。そういやお前は大賢者様と何話したんだ?」
「僕の生い立ちとか訊かれて・・・あとは将来の進路についてかな。セルデガルフ様は神官になるのは薦めないって仰ってた。権力闘争の中では君の力を発揮できなくなるからって」
前教皇位に在った人物がそこまで言うからには教会内の権力闘争は尋常のものではないのだろう。
「じゃあ、将来どうするんだ?」
「まだ分かんないよ。奨学金がもらえるなら軍に入ることになるし」
あれだけのことをすれば本来ならば奨学金の支給が決まっていておかしくはない。
だが今回の試験では奨学金の話は出なかった。
理由は単純。神聖魔法の使い手だからだ。
教会の影響が強い神聖魔法の魔導士には軍も囲い込みを掛けるのを躊躇する。
天才と謳われるほどの魔導士なら当然敬遠するだろう。
「ま、後5年あるしな。ゆっくり考えるとして今日、このリングもらって思ったんだけどさ、法具どうする?そろそろ自分のが欲しいよな」
法具は長く使えば使うほどその性能が所有者に最適化されて効果が上がる。
そこで殆どの院生は初年度に自分に最適な法具を購入するのだ。
ウォーレンなどは名門らしく見るからに高そうな装飾が施された杖型の法具を最初から持っている。
「お金ないし・・・」
「そこそこ貯まったろ。明日店に見に行ってみようぜ」
二人は食堂の手伝いで食費の免除をしてもらっているが、労働時間としてはそれ以上になるので些少ではあるが報酬をもらっている。
「いくらくらいするんだろ」
「ピンキリだからなぁ。でもお前なら安物でも問題ないだろ?」
アンヘルは教導院の備品である杖を法具として使っているが、入門用の、特に系統に合わせた調整がしてあるわけでもない汎用型なのでアンヘルの力を引き出すには不十分な代物だ。
ならば安物であっても神聖魔法に調整されている法具のほうがアンヘルの力を引き出せるはずだった。
「ヒロムはどうするの?」
「まだ系統も決めてないからな~。とりあえず神聖魔法には向いてないって痛感したけどな」
現状、ヒロムには6系統すべてを使うことは出来るが手応えとして神聖魔法だけは向いていないと実感していた。他の系統に比べて極端に効果が低いのだ。
「一応72柱の家柄なんだから、ウォーレンみたいな特注品作るんでしょ?」
ウォーレンの持つ法具は全系統の魔法を容易に使いこなせるよう調整された特注品だ。系統ごとの魔法回路を仕込んであるらしく、1000万ガルデは下らないと噂されていた。
「まさか。重戦士の家系なのに魔導士になるって決めたのは俺だし、学費は出してもらってるけどそれ以上の負担をさせるつもりはないぞ」
「そっか・・・じゃあ、現物見て考えようよ」
「そうだな。じゃ、風呂入ろうぜ」
「うん」
着替えを抱えた二人は浴場へと向かった。
寮生がほとんどいない浴場はだだっ広い。
普段なら狭く感じるほどの浴槽が、実は泳げるほどの広さがあるのだとこういう時に思い知る。
「いいなぁ・・・」
アンヘルがヒロムを見ながら呟く。
「ん?」
「僕もヒロムみたいになりたかったな」
「なんだよいきなり」
「ヒロムって男らしいし、なんかもう大人だし・・・」
「あぁ・・・」
ヒロムは体格はすでに大人と変わらず、二次性徴が早かったので声変わりも終わっているし、体毛もまだ薄いが生えそろっている。アンヘルはまだ二次性徴を迎えていなかった。
「個人差あるからな。お前もすぐだって」
「筋肉もすごいし・・・魔導士の紋章宿したのになんでそんなにムキムキになってるの?」
「そう言われてもなぁ・・・」
父や兄に比べると明らかに細いのだが、魔導士としてはかなり異質なほどには筋肉質であることは理解している。
魔導士とはいえ戦場に出るのだから運動はカリキュラムに組み込まれているし、身体を動かせば筋肉はつく。魔導士の紋章との相性が悪い分、素直に成長しているだけだ。
反面アンヘルはこの一年でやや背は伸びたが、ガリガリ。元々魔力を持っていた上に魔導士の紋章との相性が良すぎてマナのほとんどを魔力に持っていかれているらしい。
「お前の場合は紋章を外すくらいしか解決方法ないんじゃないか?相性良すぎるってのも問題だよな」
「なんとかならないかなぁ」
左手の甲に刻まれている紋章を見て溜め息を漏らすアンヘル。
「今度老師にお会いした時に訊いてみるよ。老師なら紋章の機能を制限する方法をご存知かもしれない」
「うん」
「そういえば前から気になってんだけど、お前の肩の後ろにある痣ってなんか紋章っぽくないか?」
「そう?自分じゃ見えないんだけど」
アンヘルの左肩の後ろには妙に形の整った痣がある。前はもっと茫洋としていたのだが、徐々にくっきりしてきているような気がした。
「その痣が『祝福されし者』となにか関係あるのかもな」
「それも老師に訊いてみる?」
「だな。あとで写させてくれよ」
「うん」
「に、しても・・・気持ち良いなぁ」
グッと伸びをするヒロムに「そうだね」と頷くアンヘル。
「このまま・・・二人きりだったら良いのにな」
思わず漏れた言葉―――
突出した存在は集団の中では崇められるか疎まれるかのどちらかになる。
72柱であるカルディアを邪険に出来るものは滅多にいないが、庶民出身のアンヘルに対しては露骨な悪意を向けるものも多い。
気の弱いアンヘルをそういった悪意から守るためにもヒロムは傍に居なければならないが、すべての悪意から守ることなど出来はしない。
それでもアンヘルは院生であるために優秀な成績を取り奨学金を狙う必要があった。
「仕方がないよ・・・でも・・・僕は・・・ヒロムさえいてくれたら・・・」
ヒロムはアンヘルの頭を引き寄せる。
「俺はお前の隣にいる。俺がお前を護ってやる」
その感情がいったいなんなのか。
友情なのか、親愛なのか、それとも後ろめたさなのか―――
「うん」
小さく頷いたアンヘルの声が胸に響いた。
「高っか!!」
翌日、法具専門店に向かった二人は法具の値段を見て目を剥いた。
一番安い指輪でも2万ガルデ。杖で一番安いもので5万ガルデだ。
「神聖魔法用の杖ってこんなに高いのか」
神聖魔法用の杖で一番安いのが6万ガルデ。
5千ガルデで一月暮らせるので一年分の生活費に相当する。
「高いね・・・」
「高いな・・・」
「1万ガルデしかないや」
「俺も3万ガルデは用意したけどここまで高いとはな」
呆然としていると店主が近づいてきた。
「その制服は教導院の院生さんですね。法具をお求めですか?」
「どんなもんかなって見に来たんですけど・・・高いっすね」
「4年生ですよね?ならそろそろご自分の法具をお持ちにならないと・・・」
「来年度から2年です」
「2年!?となると・・・お幾つですか?」
「14ですけど」
「14・・・」
店主が驚くのも無理はないだろう。そもそもヒロムは魔導教導院の院生としては色々と規格外だ。
「神聖魔法の法具って高いんっすね。他の系統の法具より1万ガルデは高いし」
「神聖魔法は色々と特別な魔法ですからね。でも闇魔法も同じくらいしますよ?精霊魔法と違ってどちらも起動するのに異界のゲートを開かないとなりませんので」
「あぁ、そういうことですか。でも高いなぁ・・・まけてもらえません?」
「どちらをお求めで?」
「これっす」
ヒロムは神聖魔法の杖を指す。
「ヒロム?」
「こいつ、実は神聖魔法の天才だって今話題になってる奴で。今は院の備品使ってるんですけど、せっかくの才能を発揮するなら神聖魔法に調整した奴を持つべきだなって思って。どうすか?将来的に超有名になるだろうし、その時にここの法具を使ってるとなれば宣伝にもなりますよ?」
「神聖魔法の天才って・・・あの1年生で『天譴の護法壁』を使ってみせたっていう・・・」
ヒロムが頷いて見せると店主は考え込む仕草を見せる。
「5万ガルデ」
「もう一声」
ヒロムは店主の肩に手を回すと耳元で呟く。
「俺、ヒロム=カルディアって言うんすよ。将来的には俺もここの法具を使わせてもらうんでどうすか?」
「カルディア!?あの噂の・・・」
店主は再び考え込むと「いくらがお望みですか?」と言う。
「4万ガルデ。今の持ち合わせがそれしかないんで」
わずかの間を置き「分かりました。それで結構です」と店主は答えた。
「じゃ、商談成立ってことで。アンヘル!4万で良いってさ」
「4万って・・・僕、1万しか持ってないよ?」
「ほれ」
ヒロムは自分の財布を渡す。
「3万ある。合わせて4万。これで買えるだろ?」
「ヒロムはどうするの?」
「俺はまだ第一位相までしか使えないし、法具が必要ってレベルじゃないからな」
「嘘。ヒロムだって法具があれば第四位相まで使えるはずだよ。魔法式に関しては僕より詳しいんだから」
「俺の魔力じゃ第四位相一回使えば魔力切れになるだろ?練習で使えるからって実戦で使えないようなもんに俺は興味ないの。だから低位の魔法を連発出来るように練習してるんだ」
「でも・・・」
「いいから買っとけ。系統もまだ決めてない俺より、お前が法具を持つ方が有意義だ。ってことでこれください」
「はい」
手渡された杖を見て、アンヘルは上目使いにヒロムを見上げた。
「本当にいいの?」
頷いたヒロムを見てアンヘルが浮かべたはにかんだ笑顔―――
ただ護りたい―――護ってやりたい。
理由なんてどうでもいい。ただそう思わせる笑顔。
そういうものがあるのだと、ヒロムはその日初めて知った。