お世話になって暫く経った
異世界なんか行きたくなかった青年 第八話
魔法。
異世界の代名詞とも言えるそれは、ある意味人間なら誰しも一度は憧れを抱いたものだと思う。そういう俺も幼い時、魔法に憧れた男の子だ。例えばファイアと言いマッチの炎を友達に投げ、例えばブリザドと言い氷を友達に投げ、例えばサンダーと言い両手に持った鉛筆の芯をコンセントに突っ込んだ(これらは非常に危険な行為です。真似しないで下さい。)
だが何時しか大人へとなり、夢を忘れ、魔法なんて唯の空想だと思うようになっていた。
そう…この光景を見るまでは……。
それは俺がこの世界来てから、五日が経ったある日の出来事だった。
その日俺は、何時ものように朝起きて、台所に立ち朝食を作っていた。
「はじめて〜の〜チュウ。キミとチュウフフフフフフフ……。」
俺は懐かしいアニメのエンディングテーマを、口ずさみながらフライパンの上で大量のトマトを炒めていた。
何を作っているのかと言えば、俺式万能トマトソースだ。これがあればパスタもイタリアン風味な炒め物も簡単に、そして美味しく出来ると言う。俺が一人暮らしの時、編み出した究極のソースだ。と言ってもトマト、玉葱、ニンニク、バジルと塩コショウで作った単純な物なのだが……。
「ん〜…こんなもんかな?」
グツグツと煮詰まったトマトソースを味見しながらそう呟いた俺は、次に熱湯で滅菌しておいた瓶を取り出す。そして木で作られた大きいスプーンを使いながら、出来上がったトマトソースを瓶の中へと入れていく。
この時、俺は真空保存法を遣りたかったので、ソースは瓶の口元ギリギリまで入れる。
「よし。」
集中してその作業を終えた俺は、その瓶をもう一つのかまどで水を沸騰させておいた鍋の中へ入れる。そして蓋を瓶の上に置き、15分から20分加熱する。
「ふう。ノルマ一つ目終了。」
保存用のトマトソース作りを終えた俺は、そう言うと次の作業へと移った。
実は先程述べた鍋は、事前にパスタを茹でていたものなのだ。後はザルに移していたパスタを残りのトマトソースが入ったフライパンに入れ、軽く炒めて全ての作業終了だ。
「完成だ。お〜いリリ〜。ルーイ〜。運ぶの手伝え〜。」
俺は出来上がった料理を皿に盛りながら、椅子に座ってボケーとしている二人組みに声をかけた。
「わかりました。」
「了解ニャ。」
そんな俺の言葉に素直な返事をした二人は、椅子から降りて此方に向かってきた。
当初は俺が声をかけても、面倒だ。お前がしろだと梃子でも動かなかった二人だが、ある日俺がそれの腹いせで、二人の食事を朝昼晩すべて、塩揉みした玉葱のみを出したら彼等は変わった。食事の事に関しては、忠犬の如く俺の言う事を聞くようになったのだ。馬鹿天使が鍋をかき混ぜる以外……。
その後料理も全て食卓に並び、俺達は三人で食事を取る事となった。もう一人いる筈の老婆は昨晩出かけたまま、まだ帰って来ていなかった。遅いといえば遅いが……俺は別に彼女の事を心配していない。彼女ならそん所そこ等の野党ぐらい秒殺出来るからだ。
その様な事を考えながら俺は手のしわを合わせて、残りの二人は祈りをしてから食事を開始した。
うむ、美味なり。
「先生帰りが遅いですね〜。」
リリがパスタをフォークでクルクルと巻きながら口を開いた。
如何やら付き合いが長い彼女からしてもラオの帰りは遅いらしい。俺はパスタを頬張りながら正面に座っているルーイへ視線を移した。すると彼もリリと同意見だと言いたげに頷いた。
「ふむ。俺は大丈夫だと思うがね……。」
パスタを飲み込んでから俺は自分の考えを口にする。
「何故ニャ?」
すると水の入っているコップを持ったルーイが質問をしてきた。
俺はそんな彼の質問に肩をすくめながら答えた。
「考えてみろ。あの人に『もしも』なんてあると思うか? 歩く決戦兵器みたいな人だぞ?」
「う〜む……確かに…。言われてみればそうニャ。」
腕を組み、難しそうな表情を浮かべながらルーイが頷く。
そんな俺達の態度が気に入らなかったのか、リリは頬を膨らませながら俺達に詰め寄ってきた。
「もう、二人とも先生はそんな危険人物ではありません。ただちょっと一人で3000人の戦力に匹敵するだけです。」
「……それはちょっととは言わん。」
俺はリリを半眼で睨みつけながら彼女の頭にツッコミを入れる。
いったいどんな化け物だよ一人で3000人に匹敵するって……。一騎当千の三倍だぞ。シャアもビックリだよ全く。
「でも、事実なんですよ。」
リリは自分を半眼で睨みつける俺の顔を真っ直ぐ見つめながら、自慢げに胸を張りニコリと笑った。
「………マジで?」
「マジです。先生は世界でも五指に入る魔導師で、『孤高の魔女』と呼ばれる存在なんですよ。」
「孤高の魔女ね〜。なんか凄そうだな……ほんと。」
皿の上に載った最後のパスタを突きながら俺は引き攣った笑みを浮かべた。
「んっ………。」
そして気がついた。リリが言った言葉の中で、物凄く聞き捨てなら無い単語が入っていた事に……。
「あのさリリ?」
「はい?」
「ラオさんって魔導師なの?」
「そうですよ。勿論私もです。」
俺はその言葉で更に自分の笑みが引き攣るのを感じた。
「へ〜〜。ならリリはファイアとか出来るの?」
「ファイアが何かはわかりませんが……もしカズヒコが魔導を見たいのなら見せましょうか?」
リリのこの言葉を聞いて断る俺ではない。いや、現在人なら魔法(魔導だが)を見せてくれるというのに、態々断るような奴は中々いないだろう。だから俺は勢いよく頷き、彼女に魔法を見せてくれるように頼んだ。
俺はこの時知らず知らずの内に興奮していたのだろう。ルーイの表情が険しくなっていた事に……全く気がつかなかった。
「では。」
そう言って椅子から立ち上がったリリが、水の入ったコップを両手で持つ。そして彼女は意識を集中するかの様に目を瞑ると、とても透き通る声で言葉を紡ぎ始めた。
「温もりを失う事を願う。温もりを失う事を思う。故に私は温もりを失う道を示す。」
淡々とした言葉である筈なのに、俺にはそれがまるで歌声の様に聞こえた。
「示す道に進め、温もりを持つものよ。温もりは悪だ。永遠の安らぎは凍える向こうのみに存在する。」
リリの表情が段々と虚ろになっていき、瞳からも意志と言う色がすっぽりと抜け落ちる。そんな彼女の姿は普段と違い、とても神秘的で儚い美しかった。
俺は不覚にもこの時、一人歌う少女に見惚れていた。
「さあ、眠れ。私が示す道の先で……。」
リリが歌い終わったその刹那。コップの中に入っていた水が青白く発光すると、何時の間にかその水が、氷と化していた。俺は思わずその光景に目を見開き、感嘆の声を上げながら、コップを凝視した。
「すげえ……。」
本物の魔法を見れたという事実に俺は、自分の心臓の鼓動が早くなって行く事を感じた。
「すげえよ。すげえよ! リリお前!!」
そして俺は興奮を抑えきれずに立ち上がり、声を荒げながら今だ呆然としているリリの肩を揺さぶった。しかし彼女は焦点があっていない目で、全く反応を返してこない。
「お……おい? 如何した?」
俺が困惑してリリの肩を更に揺さぶるがやはり反応が無い。それどころか。彼女は虚ろな表情のまま、先程とは別の呪文をブツブツと紡ぎ始めていた。これは本格的にやばいと感じた俺は、頬を引っ叩いてでも、彼女を正気に戻そうと腕を振りかぶった……その時。
「リリ様!!!」
空間が振動する程の大声をルーイが上げる。これは俺との訓練時でも、彼が偶に上げる裂帛の気合だ。その威力は抜群だった様で、リリの体が雷に打たれた様にビクリと震えると、彼女の目に意識が戻ってきた。
「えっ…あれ? 私……。」
「気がついたか?」
目を覚ましたリリは困惑したように辺りをキョロキョロと見回した。それから暫く彼女は混乱していたが、自分が先程まで意識が飛んでいた事に気付いたのだろう。肩をガックリと落とし、落ち込んでしまった。
「また……飛んだんですね。私……。」
俺は険しい表情を浮かべながら、そんな彼女の顔を覗きこんだ。
「いったい如何したんだよ。お前?」
「魔導を失敗したニャ。」
そんな俺の質問に、完全に塞ぎ込んだリリではなく。無表情で此方を見ているルーイが答えた。しかし分からない。彼女は確かにコップの中の水を凍らせたから、魔導自体は成功しているのでは無いだろうか。俺はその疑問を解決する為に、そのまま言葉にした。
「失敗? 何でだ? 水は凍っただろ?」
「駄目ニャ。魔導を発動させる事なら訓練を積んだ人間なら誰でも出来るニャ。問題はその後直ぐに正気に戻れるかどうかニャ。」
「おいおい。何だそれは? 魔導を発動する為には、一回意識を飛ばさないと駄目なのか?」
「そうニャ。」
「マジかよ………。」
ルーイの迷い無く紡がれた回答に、俺は思わず天を仰いだ。魔法とか魔導とか…兎も角そう言ったのは、とんでもない集中力と意志の力が必要だと言うのが、漫画でもゲームでもセオリーではないだろうか。何故に頭が逝ってる人みたいに、意識を飛ばさなければならない。
「……ルーイが言っている事は本当です。魔導とは一種の強力な自己催眠なんです。」
下を向いたままリリがポツリと呟く。
「自己催眠?」
「はい。魔導とは己の存在能力を無理やり引き出して具現化するもの。故に私がさっき口にしていた言葉に意味は無く。私が最も物を凍らせようとした時、自分が堕ち易い自己催眠の言葉なんです。」
「なら別に言葉は何でもいいんだな?」
「はい、先生ならコップの水ぐらい一言『凍れ』で凍らせる事ができます。」
「………そいつは凄いな。」
ラオの実力の一端を聞き、俺は思わず押し黙ってしまう。流石は世界屈指の魔導師と言う事だ。己の自己催眠を一言で済ますなんて凄すぎる。俺などリリの三倍言葉を並べても自己催眠など出来そうに無い。正直、一度でいいから魔法を使ってみたかったので非常に残念だ。最もまだ諦めるのは早計かもしれないが……。
俺がそんな事を真剣に考えていたら、部屋の中で喋る奴が一人もいなくなり、重い沈黙が辺りを支配した。
すると難しい顔をして黙っていたルーイが、ため息を吐きながら口を開いた。
「…………はあ〜兎も角ニャ。リリ様。今回の事はラオさんに報告するニャ。」
「えっ………。あの…その…ルーイそれは…。」
「駄目ニャ。分かっている筈ニャ。魔導を中途半端に習得する事は危険だって……それとも…。」
そこでルーイは一端言葉を区切り、鋭い視線でリリを睨みつける。
「またあの時と同じ思いをしたいか?」
「…………。」
普段はリリに対し激甘なルーイが珍しく(と言うか俺が見た限り始めてだが)彼女へ厳しい言葉を投げかける。その所為で言葉遣いも戦う時のように変化をし、猫とは思えない……そうまるで虎のような迫力があった。リリもそんな彼の変化を敏感に感じ取ったのか、顔色を悪くしてガタガタと小刻みに震え始める。俺はそんな二人の遣り取りを見てはおれんと思い、止めに入る事に決めた。
「まあ、そう言うなよ猫。元々俺が無理やり頼んだのが悪いんだからよ?」
「タワシは黙ってろ。そういう問題ではない。」
此方へ視線すら動かさず紡がれたルーイの突き放す様な言葉に、お世辞にも切れ難いとは言えない俺の堪忍袋が悲鳴を上げる。
「何だ…その知らない奴は黙ってろ的な言葉は? お前飴とムチって言葉知ってるか? 厳しさの中に優しさをブレンドしないと人間伸びないんだよ。」
「今の彼女に優しさは必要ない。同情から来る優しさなど、紙くず同然。成長の何の足しにもならん。」
「はっ。カッコいいね〜。猫の分際で…。」
お互いに険悪な雰囲気で睨み合う俺達は、淡々とした口調で己の意見を主張する。しかしどちらも一歩も引かず、意見の食い違いは、当に平行線を辿っていた。
勿論そんな俺達の姿を見たリリが、黙っている筈が無い。
「カズヒコ。その…もういいです。私が未熟なのがいけないのですから…。」
「…リリ、未熟とは恥じる事か? 俺は…」
「恥じる事かは分かりません。でも、嘆く事ではあると思います。」
「………ガキが何言ってやがる? その年で嘆いていたら将来絶対ハゲるぞ?」
「ハゲてもいいです…。私は今、自分の未熟を嘆かなくてはいけない。いや、やっぱりハゲるのは嫌です。」
「馬鹿が……。」
俺は額に手を当てながら、深いため息を吐いた。偶にリリは自分に対し非常に厳しい所がある。それは俺から見れば、無理やり背伸びをしている様にしか見えない。いったい何が彼女に此処までの無理をさせているのだろうか。
「お前がそれを望むのなら、俺はこれ以上何も言わない。だが……無茶はするな。きつかったら俺に言え。支えぐらいにはなってやる。逃げ道ぐらいにはなってやる。」
「私は……逃げちゃ駄目なんです。」
「お前は某ロボットアニメの主人公か? 何故逃げれない?」
「……私は……私の体は、私一人のものでは無いのです。多くの同胞を背負わなければならないのです。」
リリは顔を上げ、凛々しい表情で俺の顔を真っ直ぐ見つめる。そして先程まで青い顔して震えていた少女とは思えないほど、威厳に満ちた声でそうはっきりと告げた。
俺は彼女のその姿を見て、更に深いため息を吐いた。やはりコイツは馬鹿だ。何も分かっちゃいない。
「だからそんな年から逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だと自分の逃げ道塞いで背水の陣覚悟か? お前馬鹿だな。本当に馬鹿だ。此処までの馬鹿始めて見たよ。」
「うううう酷いです……。馬鹿って言った。三回も言った。」
「しょうがないだろ? マジで馬鹿なんだから。まあ、今のお前に俺のすばらし心情を話してやってもいいが…どうせ理解できまい。だから覚えておけ。お前が辛くて辛くて如何しようも無くなった時、俺はどんな理由があろうとお前を受け入れてやる。お前の逃げ道になってやる。」
そう一気に捲くし立てた俺は、呆然としているリリの頭を豪快に撫でた。逃げ道のない戦いなど遣るべき事ではない。危機感を持ってずっと戦う事は絶対に出来ない。安心があって初めて人は、メリハリのついた良い戦いが出来るのだ。
「それって……。」
呆然とした表情のままリリは俺の顔をジッと見つめる。その時、彼女の頬は微かに桜色をしていた。
「プロポーズですか?」
「お前は真の馬鹿だ。」
俺はため息を吐きながら、馬鹿天使の頭を軽く叩いた。
太陽が天高く昇り、昼近くになったその時、遠出をしていたラオがやっと帰ってきた。そしてそんな彼女へリリが申し訳無さそうに近づき、今朝の出来事を洗いざらい話した。
「………リリ。私の部屋においで。」
その話を聞いたラオが、鋭い眼差しでリリに声をかける。
「はい……。」
リリは下を向いたまま消え去りそうな声でそう返事をした。そうして二人はこの家の奥にある、ラオの部屋へと消えていった。椅子に座って呆然とその光景を眺めていた俺は、何となくドナドナを口ずさんだ。
「タワシ、その歌なんかリアルで嫌ニャ。」
「馬鹿たれ。リアルだから歌ってんだよ。」
俺はそれだけ言うと再びドナドナを歌い始めた。するとラオの部屋のドアが開き、中から微妙な表情をしたリリが出てきた。そして彼女はその微妙な表情をしたまま俺の方へ視線を向けた。
「カズヒコ、先生がお呼びです。」
「……なんか悪代官に会いに行くような感じだ。」
俺はそう言って椅子から立ち上がると、リリの横を通ってラオの部屋へと入っていった。この家でお世話になってから初めて踏み入れるラオの部屋は、想像していたのより、ずっと簡素な部屋だった。目に付くものと言えば、部屋の隅にある木のベットと、大量の本が敷き詰まった大きな本棚だけだ。あ〜…しかし視覚ではなくて、嗅覚でこの部屋の特徴を表すと、兎も角薬品臭い。俺はその臭いに思わず顔をしかめてしまった。
「あんた人の部屋に入った瞬間その表情はどうなんだい?」
「いや、だってこの部屋薬品臭いですよ。」
「……確かに素人にはキツイ臭いだね。まあいい。ドアを閉めな。」
「了解ッス。」
俺はそう言うと部屋のドアを閉めた。
「其処の椅子に座りな。話がある。」
「どうも……。ついでに俺も話があります。」
俺はそう言いながら、ラオが座れと促した椅子に座る。彼女は、そんな俺の姿を興味深そうに
見つめていた。如何やら俺の質問の内容が気になるようだ。
「ほう……。いったいなんだい?」
「俺から話していんですか?」
「構わないよ。」
「では……。」
俺は一度わざとらしく咳払いをして、言葉を区切った。さて、いったいどうやって話を切り出そうか。一々遠回りして聞くという手もあるが、ラオの性格を考えると、直球で疑問をぶつけた方が良いだろうと思う。そう結論付けて俺は、ゆっくりを口を開いた。
「ラオさん、単刀直入に聞きます。リリはいったい何者なんですか?」
「…………。」
ラオは俺の質問に険しい表情をして押し黙る。
「答えられませんか?」
「……いや、いいだろう。何れ分かる事だ。しかしこの事は他言無用だ…いいね。」
鋭い眼光で威圧的に述べられたラオの言葉に、俺は確りと頷く。すると彼女は俺から視線を外し虚空を見上げた。
「……リリが人間で無い事は分かるね?」
「まあ、羽生えてますからね。」
「あの子は精霊族という珍しい種族だ。」
「精霊……。」
俺はリリの正体を、鳥人とか天使とかと思っていたので、精霊という予想外のラオの言葉に微かながら驚いてしまった。
「そうだ。精霊族というのはね。世界の中心の島に住む閉鎖的な一族なんだよ。そして強力な魔導の力を持ち、金髪蒼眼で背中には真っ白い羽根を持つ。」
「蒼眼? リリは赤眼ですよね?」
怪訝に思った俺は首を傾げる。
「………精霊族は女性社会だ。それは女性の方が強力な力を持つからと言われている。そしてその中でも特に力を持つ者が、代々女王として彼らを束ねてきた……その力ある女王の証が赤眼と言う訳だ。」
「………と言う事は、リリは女王様と言う事ですか?」
「まだ、候補だけどね……。言いかい? この事は誰にも言うな。唯の精霊族でも珍しいのに、王族だとばれたらその力を狙って必ず馬鹿が行動を起こすからね……。」
俺は表面上は冷静を装っていたが……何だかとんでもない話になって来た。ラオの話を聞く限り、リリは王女様と言う事になるではないか。しかしそれならば何故、一国の重要人物がこんな所に居て、日々を過ごしているのだ。そう思った俺はその事もラオに聞いてみたが、彼女はそれは本人に聞けと教えてくれなかった。普通で無い事には、それなりの理由があるものだ。まあ、教えられないのも頷ける。
「俺の話はこれで終わりです。ラオさんは俺に何の話があったんですか?」
「ああ…そうだね。私はあんたに聞きたい事があるんだ。」
「何ですか?」
「あんたも魔導を習って見るかい?」
「えっ……。」
間抜けな声を上げた俺は、一瞬何を言われたのか良く理解できなかった。彼女が俺に魔導を教えてくれると言うのか? それは何ともありがたい事だが……しかし自己催眠なんて器用な真似を、俺が出来るとも思えない。
そう思った俺は、眉間に深いしわを寄せ、犬が威嚇をする様に低く唸り声を上げた。
「まあ、そんなに難しく考えなくていい。あんたに求めているのは魔導の知識。そして単純な肉体強化ぐらいだよ。」
「はあ……。」
俺は話しに付いて行けず、曖昧に頷く。
「ふふふ……良く理解できないって顔だね。兎も角あんたは今日から一週間で、魔導の基本と単純な肉体強化をマスターしてもらうよ。」
「なんか急ですね。」
「勿論だよ。あんたには時間が無いんだ。試験まであと一週間しかない。」
「試験?」
「これだよ。」
そう言ってラオは俺の手にチケットの様な物を放り投げた。そのチケットには数字と、ミミズがのたくった様な文字が書かれており、俺はその文字を睨みつけるようにして、ゆっくりと読み始めた。この世界の文字は一見日本語と全く違うように見えるが、実は漢字が無い日本語の様なもので、基本の『あかさたな』みたいなものを覚えればけっこう読めるのだ。
「えっと……ゼクト開催の新人ギルドライセンス試験…なんじゃそら?」
「そのままの意味だよ。ギルドライセンス試験……冒険者の必需品だね。」
「はあ……それを俺に取れと。」
「そうだ。あんたも何れ冒険者になるんだ。取って損は無いよ。」
そう言ってラオは楽しそうに笑った。俺は手に持ったチケットをぼんやりと見つめながら、また面倒な事が起こりそうだなと、心の中で盛大なため息を吐いた。
そう言えばゼクトって何処にあるんだろ?
魔法は異世界の代名詞だと私は思っています。