お世話になって二日目。
異世界なんか行きたくなかった青年 第七話
結局昨日はラオ先生から愛のムチを食らい、自分達が散らかした部屋の片付けだけで終わってしまった。異世界にまで来て何をやっているのだろうと、流石の俺でも思ってしまう。今日は昨日のような失敗はしまいと朝も早く起き、静かで穏やかな時間を過ごしていた。
「カズヒコは意外に手付きがいいですね。」
「そうか? 一人暮らしで培った適当な手付きだぞ?」
俺の隣で鍋をかき混ぜているリリが、俺の手元を見ながら口を開く。俺は自分の手元から視線を移す事無く、そんな彼女へと言葉を返す。何故視線を移せないかと言うと、堅いカボチャと、切れ味の悪いナイフで悪戦苦闘しているからだ。
「それでもです。カズヒコは料理なんて出来そうに見えなかったんですから。先生がカズヒコに料理を作れって言ったとき、私は胃薬の準備までしていたんですよ。」
「そうか。そんなに意外か?」
「はい。カズヒコは顔が怖いし、タワシみたいな頭ですから。」
「そうか。キミはまず年上に対しての言葉遣いを覚えた方がいい。」
カボチャを適当に切り終えた俺は次に人参を切り始める。ピーラーが無いので皮付きだ。だってめんどくさいし。それに皮には、栄養が豊富に含まれている筈だ。
「ところでリリ。」
「なんですか?」
「何故何も入ってない鍋をかき混ぜている?」
「暇だからです。」
「………そうか。」
人参を適当に切り終えた俺は、最後に鶏肉へとナイフをはしらせる。皮が非常に切り難い。
「ところでカズヒコ。」
「うん?」
「私人参の皮付き、嫌いです。」
「…………。」
鶏の皮を力ずくで叩き切った俺は、次にその鶏へ塩コショウで下味をつけた。そしてかまどの上に置いてある、バターを薄くひいた鍋へと鶏肉を、皮を下にして入れた。その瞬間、ジュッと良い音が台所に響く。
「……私が鍋をかき混ぜていたのに…。」
「もうキミはどっかに行きなさい。」
鍋で鶏肉を焼く俺を恨めしげに見ながら、リリが文句を言ってくる。俺はそんな彼女をバッサリと切り捨てた。
さて、リリを台所から追い出した俺は、その後も順調に料理を作っていき、サラダとスープを完成させた。スープの方はシンプルな味付けで、塩とコショウ、それにハーブを入れて香りをつけただけの物だ。俺は何処かの赤い弓兵の様に、一流の料理が出来る訳ではない。ハーブを入れたと偉そうに言っているが、その場の勢いで入れただけだ。
その後、全員が食卓につき、祈りの言葉らしきものを口にする。勿論俺には理解できない。故に日本人である俺は一人だけ「いただきます。」と手を合わせた。
「ぬっ、タワシにしては上出来ニャ。」
ルーイが器用にスプーンを使いながらスープを飲む。
「ほう……。中々やるじゃないか。」
ラオが鶏肉を頬張りながら満足そうに頷く。
「私が鍋をかき混ぜていたのが効きましたね。」
リリは見当違いな感想を言いながらサラダを食べている。もうコイツのあだ名は、馬鹿天使でいいだろうか?
「はは、喜んでもらって何よりです。」
自分の料理を他人に出すという緊張もあった俺は、皆の上々な反応に素直に喜んだ。しかしその喜びは直ぐに消えて無くなる事になる。
「じゃあ、今度からカズヒコが食事当番だね。」
ラオがカボチャを頬張りながら、さも当然のように爆弾発言をする。他二名は「お〜〜。」と言いながらそんな彼女の発言に拍手をしていた。
「えっ……なんで?」
俺はそんな突然の展開に付いていけず、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「だって、あんたの料理が一番上手い。」
ラオが人参を流れるような動作で、俺の皿に入れながらそう答える。と言うかあんた、その年で人参が駄目なのか?
「いや、だからって……。ほら、リリだって料理とか好きじゃないのか? 朝飯作るときだって、真っ先に手伝いに来たじゃないか?」
「私は、料理は好きじゃありません。鍋をかき混ぜるのが好きなのです。」
「お前もう、極彩と散れ。」
はじめて俺は他人に十七分割を使いたくなった。出来ないけど……。
「はいはい、この話はもう終わりだよ。カズヒコあんたも居候なんだからそれぐらいしな。」
「ぬっ……。」
ラオのその正論に俺は思わず押し黙ってしまった。確かに彼女の言い分も一理ある。衣食住全てをお世話になっている身としては、料理当番ぐらい引き受けて然るべき行為だろう。
そう思った俺は頭をかきながら、諦めた様にため息を吐いた。
「……はあ〜。わかりました。料理当番は俺が謹んでお受けいたします。」
「よろしい。」
その言葉に満足したラオが微笑む。
「じゃあ、私は鍋をかき混ぜます。」
「お前は台所に入るのを一切禁ずる。」
元気よく手を上げて、ふざけた事を言う馬鹿天使の頭を俺は平手で叩いた。
朝食を食べ終えた後、怪しい色の液体が入った小瓶を持ったラオは、リリを連れて町の方へ下りていった。何でも此処は大陸の最も東にある山らしく一番近い都(ゼクトとか言う王都)からもかなり離れているらしい。そんな山のふもとにある町だから基本的に超がつく田舎で、医者とかもいない。そんな彼らの頼みの綱がラオと言う訳だ。彼女は薬に精通しているらしく、町の薬剤師のような医者のような存在らしい。
それを聞いた時俺は、彼女がどうやって日用雑貨を購入するのかわかった。簡単に言えば、薬をやるから物よこせだ。
「適材適所か……当にその通りだな。」
「なんか言ったニャ?」
「いや……。」
俺の呟きに目の前にいるルーイが反応した。しかし俺はそんな彼の反応に何でもないと首を振って答えた。
ラオとリリは町に下りた。それに対し俺とルーイは、俺達が最初に出会った川の辺へと来ていた。そして俺達の腕の中には大量の洗濯物がある。
「で? 洗濯を済ませてから訓練をするのか?」
「そうニャ。さっさと洗濯して訓練を開始するニャ。」
ルーイはそう言うと洗濯物を川の水でザブザブと洗い始めた。俺もそれに習い洗濯物を持ち、川の水で洗い始める。ひんやりとした水の感触が俺の手を包み込む。流石は山の水だけはある。冷たいし、とても澄んでいて綺麗だ。
「タワシ。もっと腕に力を入れて洗うニャ。それじゃあ、汚れは落ちないニャ。」
「了解〜。」
「………やけに素直ニャ。タワシと言われたのに反論しないのかニャ?」
「ん〜〜。」
俺は手を動かしながら、視線を青い空へと向けた。其処には空と言う大海原を泳ぐ、真っ白で大きな雲が幾つもあった。そんな雄大な光景を見ながら俺は、自分が心の底から安らいでいる事を感じていた。
「俺さ……よく考えたんだ。」
「ほうほう……。」
「所詮猫に何言われようが、ムキになって反応する方が馬鹿かなって……。」
「この野郎……。」
ルーイが額に青筋を浮かべながら、此方を睨みつけてくる。勿論無視だ。すると彼は舌打ちをして、洗濯物の方へ再び視線を戻した。
「まあ、いいニャ。どうせタワシはこの後、僕に平伏す事になるニャ。」
「であるか。」
「ムカつくニャ。最高にムカつくニャ。絶対に泣かせてやるニャ。御免なさいと土下座しても許さないニャ。」
「であるか。」
「ムキーーーーーーーーーーイ!!」
「猿か?」
そんな心和む(俺だけ)時間を過ごしながら、俺達は洗濯物を確実に片付けていった。そして全て洗い終わると、木と木の間にロープを結びつけ、其処に洗った洗濯物を干していく。
「う〜〜〜〜ん。終わったな猫。」
俺は大きく伸びをすると、後ろの方でブツブツ何かを呟いているルーイへと声をかける。こんなに気持ちが良い洗濯をしたのは始めてだ。
「来た…ついに来たニャ…。このタワシに黄金の虎と呼ばれる僕の実力を、偉大さを見せるときが! さあ、構えろタワシ!! 今から僕がお前を鍛えてやる!!」
妙に高いテンションでルーイはそう叫ぶと、何時の間にか持っていた木刀の切っ先をこちらに向けた。
「えっと……。如何した? 行き成り叫んで?」
「早く木刀を持て!! 時間は無限ではないのだぞ!!」
「お前……性格変わってるな…。」
目が血走り、全身の毛が逆立ってやる気満々なルーイの姿に俺は若干引きながら。近くに置いてあった木刀を拾う。
「よし!! 今から訓練を開始する!!」
「うい〜。」
「何だその返事は!? オッパッピーか貴様は!? ………まあ、いい。タワシよく聞け!! お前にははっきり言うが時間が無い! 故に基本の反復練習など意味が無い! 反復練習とは何年もやって初めて意味を成すものになるからな。だから僕がお前に課す課題は……実戦形式の立会い!!」
ルークは犬歯を見せながら邪悪に笑う。
コイツは鬼教官か? 何故こうまで性格が変わる?
俺は額に手を当て、天を仰いだ。何だかさっきまでの癒しの時間が、今から始まる時間への伏線だったような気がしてならない。
「わかったか!? では、構えろ!!」
俺を睨みつけながら、ルーイが木刀を正眼に構える。だが、構えろと言われても剣道などした事が無いのでわからない。とりあえず右手に木刀を持ち、ダラリと自然体になってみる。
「……隙だらけだな。」
それが俺の構え? を見たルーイの反応だった。無理を言わないで欲しい。素人がそんな隙の無い構えなど出来る訳が無い。しかし自分を馬鹿にしたような彼の言葉に少しカチンと来た俺は、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「馬鹿…誘ってるんだよ。」
「それは凄い。全身から誘う為の隙を作る奴は始めて見た。」
俺達はお互い挑発するように笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、ルーイがスッと笑みを消した。
「じゃあ、いくぞ。」
俺も自分の表情から笑みを消す。
「かかって来い猫。」
それから森の中では、暫く木刀が交差する乾いた音が響いていた。
「ただいまです。」
日は傾き、夕方になった頃。町に下りていたリリが帰ってきた。
「うん、お帰り。」
俺は夕飯のベーコンを焼きながら彼女に声をかける。慣れないかまどでは上手く火力の調整が出来ない。本当は弱火でじっくりベーコンの旨味を出したいのだが……。
「カズヒコ、カズヒコ。鍋は無いのですか?」
「ああ、そこに白菜のスープがあるから混ぜとけ。」
「はいです!」
リリは嬉しそうに返事をすると、スープの入った鍋をかき混ぜ始めた。いったい何が楽しいのか激しく謎である。
「ああ! コラあんまり早く混ぜるな! 芋が崩れる!」
「早くかき混ぜる事がロマンなんです!」
「訳わからん!!」
俺は大馬鹿天使の頭に今度は拳骨をした。
縦に置いた薪へ、両手で持った斧を、全身の筋肉を使い振り下ろす。普段の自分ならば、その斧を真っ直ぐに振り下ろし、薪を中心から綺麗に割る事が出来るのだが……。今日はそれが出来ない。
そんな自分の情けない姿に、ルークは思わず舌打ちをしてしまった。
「浮かない顔だね?」
町から帰ってきたラオがそう言い。ルークへと近づいてくる。それに気付いた彼は手を動かすのを止め、彼女へと視線を動かした。
「お帰りなさいニャ。ラオさん。」
「うん。ただいま……。で、如何だった? カズヒコは戦士として才能はあったかい?」
ラオのその台詞を聞き、ルークの表情が見る見る内に雲って行く。
「タワシは化け物ニャ。」
「ほう。」
ラオが感嘆の声をあげ、興味深そうに笑みを浮かべる。
「ゼクトの赤爪騎士団にも、入団出来る程の腕を持つあんたから化け物扱いかい? 人は見かけによらないね〜。あいつも相当な戦士だって事か……。」
「違うニャ。」
「?」
ルーイの否定の言葉に、ラオが怪訝そうな表情を浮かべながら首を傾げる。
「タワシは戦士じゃないニャ。唯の素人ニャ。」
「何……。」
「だから化け物ニャ。タワシの身体能力は異常ニャ。」
ルークは己の左肩を触りながら言葉を紡ぐ。其処からは未だにズキズキと痛みを感じていた。
「………如何やら…とんでもないのを拾ったのかも知れないね。」
ラオはそう言うと、少し汚れで雲っている我が家の窓を見た。
其処にはリリへ拳骨をする和彦の姿があった。
自分の考えでは、試練を数多く乗り越えて強くなる主人公もいいのですが……。ある程度小説は安心して読みたいと思っていますので、この話の主人公は意外と強い設定にしました。