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お世話になって一日目

異世界なんか行きたくなかった青年 第六話






暖かな日差しが窓から差し込み、俺の優雅な朝の一ページを飾る一つの色彩となる。そして外から聞こえる美しい鳥達の声が、まだ完全に覚醒していない俺の目覚まし時計の代わりとなってくれた。此処で美味しい紅茶を入れてくれるメイドさん(巨乳)がいてくれれば、文句のつけようも無いのだが、それは唯の我侭と言うものだ。大人な俺は其処まで高望みしない。


「フッ、朝か。」


「朝じゃない! もう昼だ!!」


「ぐはっ!!」


何処かのイケメン宜しくと言わんばかりに、前髪をかき上げた俺の後頭部へ強烈な衝撃が走る。その余りの衝撃に目が飛び出るかと思った。

そして俺が目に涙を溜めながら後ろを振り向くと、其処には物凄い形相で此方を見下ろす女丈夫事、ラオ=テスカリカ大先生がいた。

さて、いったいどうやってこの朝一番のピンチをきり抜けようか。折角一晩寝て回復した疲労と精神力を、行き成り削られるなんてごめんだ。

だが、良い言い訳など思いつく訳も無く。


「あ〜……おはようございます。」


一番無難そうな言葉を紡ぎだした。

予想通りその瞬間、ラオの顔が更に引き攣った。


「言ったろ? もう昼なんだよ? 何時まで寝てるんだい?」


「いたたたたたっ!! 止めてアイアンクローは止めて!! 顔が潰れる!! 中身が耳から出る!!」


ラオはピンポイントで俺のコメカミを掴み、万力の様な馬鹿力でそこをギリギリと…いや、メキメキと圧迫する。これなら自称パイナップルクラッシャーと言うのも頷ける。このままでは本当に頭の中のお味噌が出てきそうだ。

あっ……今ちょっと出たかも。


「先生何をしているのですか!? 落ち着いてください!! カズヒコの耳からお味噌が出てきそうですよ!! そんな不味そうなの私食べたくありません!!」


ドアの向こうから飛び出てきたリリが、悲痛の叫び声を上げながら、俺にアイアンクローを決めているラオの右手に飛び掛る。グッジョブだリリ。しかし発言が少し可笑しいぞこの撲殺天使。


「フン。」


ラオはそんな彼女の登場に興が削がれたのか。俺を開放してくれた。


「早く起きて飯を食べな。その後、リリとルーイを連れて下の町にいきな。いいね。」


「あたたっ…了解です。って、この近くに町なんてあったんですね。」


「当然だよ。こんな山奥じゃあ日用雑貨は揃わない。」


「へ〜。なるほど。こんな山奥だから自給自足かと思ってた。」


「ある程度はね。しかし家畜はいない。服を作る技術も無い。ランプを灯す為の油も無いのだから、自給自足を完璧にするのはこの時代中々無理なんだよ。適材適所で人々の暮らしは繋がっているんだ。」


俺は目から鱗が落ちるような思いで、彼女のその話を聞いていた。てっきりこんな人里離れた所に住んでいるから、全て自給自足しているのかと思っていたのだが……。やはり人の繋がりは大切なのだろう。

だが、そうなるとどうやって町で物を手に入れるのか気になる。やはり物々交換なのだろうか。まあ、聞いてみるのが一番だろう。


「この世界には貨幣制度なんてあるんですか?」


「ある事はあるが、まだそんなに普及してないね。実際この山を下った所にあるミミックの町は物々交換での交渉が普通だ。」


「なるほど。じゃあ、比較的普及しているのは北の大陸ですかな?」


「…………よくわかったね。」


俺のその何気ない発言に、ラオの表情が険しくなる。

彼女の隣にいるリリは、よく理解できていないのか。キョトンとした表情をしている。俺はそんな可愛らしい反応をしているリリの頭を撫でてやった。


「まあ、同じ日本人ですから。そいつが貨幣制度の切っ掛けを使ったのかなっ…とね。」


「ふむ。あんた頭は中々切れるようだね。」


ラオからの褒め言葉に苦笑を浮かべながら俺は自分の頬をかく。

余り人から面と向かって褒められた事がないので、けっこう恥ずかしい。自分の顔が赤くなっていくのを感じる。だから俺は無理やり話を切り上げる事にした。


「まあ、そんな事より! この世界に来て初の町か……楽しみだな〜。」


「楽しみなら早くしな。他の二人はもう準備できてるよ。」


「うい。分かりました。」


俺はそう言うと、簡易な木のベットから下りて靴を履く。そして履き終ると、立ち上がり一回伸びをして、ラオとリリの二人と共に部屋の外に出た。そう言えば言ってなかったが、俺はルーイと同室と言う形でお世話になる事になった。


さて、俺の部屋を出たら直ぐにリビングキッチンがある。そしてその部屋の中心にある、大きな木のテーブルの上には、俺の分と思われる食事が並べられていた。もっともそのメニューは昨日の残り物だが……何でも食べる雑食な俺にとっては、十分なご馳走だ。


「遅いニャ。タワシ。今何時だと思っているニャ? まったくこれだからタワシは駄目ニャ。」


すると台所で皿を洗っていたルーイが頭だけを此方に動かし、俺に向け悪態を吐いてきた。


「オイ。朝っぱらからタワシの二連コンボとは余程死にたいらしいな? 月夜の晩には背中に気をつけろよ。」


「月夜の晩には僕の方が有利ニャ。タワシなんてフンを転がせないフン転がしより無意味な存在に成り下がるニャ。」


「なるほど。そう言えばお前は夜行性のワッキー(脇役)だったな……。まあ、ゾウリムシの様な存在感しかないお前にはお似合いかもな。所詮引きこもり猫か…。」


お互いにそれだけ言い合うと沈黙。 


「「ふふふふふふふ………。」」


朝から本当に最悪の気分だ。このクソ猫一回教育してやらねば俺の気がすまん。最もそれは相手も同じ様ようで、鋭い牙と爪をドスの様にチラつかせていやがる。


「上等だ!! 表へ出ろくそ猫!! 人間様に逆らうとどうなるか教えてやる!!」


「はっ…タワシの分際で、この誇り高き猫又族の戦士ルーイ様に勝とうなんて100年早いニャ!!」


「喧嘩は駄目ですーー!!」


「「ぐぼはあっ!!」」


怒りのパラメータを振り切った俺とルーイが、戦闘態勢に入った瞬間。俺達は大声を上げながら突っ込んできた、リリの鋼の翼を顔面に食らった。そしてお互いに面白い位ひしゃげた顔のまま吹き飛ばされた。その時に花瓶やらなんやらを、大量に破壊してしまった。


「もう! 二人とも喧嘩ばかりして、怪我でもしたら如何するんですか!?」


リリは両手を腰に当て、頬を朱に染めながら怒りをあらわにする。自分の行動を棚に上げるこの撲殺天使を、如何にかしてくれと切に願う俺は間違っているのだろうか?


『タワシは正しいニャ〜。』


俺の耳に目の前で地に平伏しているルークの声が、聞こえたような気がした。

だから俺はタワシじゃない。普通よりちょっとウニっぽい髪なだけだ。

俺が心の中でタワシを否定しているその刹那……。



部屋の温度が一気に下がる。



「で…………あんた達、何か弁解はあるのかい?」


時が止まるとは、この事を言うのでは無いだろうか?

俺は一瞬、スタンド攻撃を受けたような錯覚を覚えた。やべーよ! ザ・ワールドだ! これが、なるほどザ・ワールドならどれほど俺の心が救われるか。

しかし現実は残酷で…。それは昨日嫌と言うほど分かった。


「………無い…ようだね? いいのかい? 少しは生き残れる確率が上がるかも知れないよ?」


優しい笑顔を浮かべながら、淡々とそう述べるラオ。正直表情だけ見ればフランダースの犬にも出れそうな程、慈愛に満ちているのだが……。残念ながら彼女から出る禍々しいオーラがそれを許さない。もしあんなのがフランダースの犬に出演した日には、貞子もびっくりなホラーアニメに大変身してしまう。

俺はまだ呪いで死にたくない。いや、この場合、物理的ダメージで死にそうだが…。兎も角、俺は助けを求めるように、自分と同じく窮地に立たされている二人に視線を向けた。


まずは、リリを見る。

ガタガタと震えながらテーブルの下に隠れていた。だが背中の羽根が全然隠れきれていない。全身隠して、羽根隠さず。援軍としては使えない。


次に、ルーイを見た。

何故か座禅を組んで、目を瞑っている。彼の全身からは、全てを受け入れるオーラが出ていた。見事としか言いようの無い諦めっぷり………コイツ馬鹿だ。死んで欲しい。


おいぃぃぃ!! マジで役に立たねぇよこいつ等!! はじめてだよこんなに役に立たない奴ら見たの!!

俺は心の中で血の涙を流しながら絶叫した。


「カズヒコ……あんたは何か弁解があるのかい?」


魔王からのご指名にビクリと全身が震える。どうしよう。此処は何か弁解を行った方がいいのか。それとも何も無いですと素直に言い。諦めるのがいいのか。


俺がそんな思考をしていると、リリとルーイが期待の眼差しを此方に送って来ているのに気がついた。

リリの方は涙目で、小動物の様に震えながら此方を見ている。その姿は非常に可愛らしく保護欲が湧く。

しかしルーイの方は片目だけうすーく開けて、此方をいやらしくチラミしているのだ。未だに全てを受け入れる態度の癖に、片目だけは俺に熱い視線を送ってきやがる。

俺は此処までムカつく奴とあったのは始めてだ。本当に死んで欲しい。


「ないのかい?」


最終警告の様にそう呟いたラオは、表情からスッと笑みを消した。どうやら裁きの時間のようだ。


俺は……腹を括った。


「ラオさん。」


「んっ…なんだい?」


俺は機敏な動作で立ち上がり、彼女の目を真っ直ぐ見つめた。

そして、精一杯爽やかな笑顔でこう言った。


「優しくしてね☆」








俺は今日、人生ではじめて走馬灯と言うものを見た。








今から何話かは修行編です。この異世界の世界観も書きますから説明が多くなるかも……。飽きずに読んでいただければ幸いです。


皆さんからのご意見、ご感想もお待ちしております。

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