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お世話になります。

異世界なんか行きたくなかった青年 第五話






「落ち着いたかい?」


暫く声を上げて泣き続けた俺の頭上からラオの声が響く。俺はそれに対して無言で、一回頷くだけで返した。

正直に言おう。俺の顔は今真っ赤だ。

二十歳にもなる男が、人目もはばからず女性の胸に顔を埋めて大泣きしたのだ。冷静になって考えたら恥ずかしすぎる。穴でもあったら入りたい。更にその上からコンクリートでも流して、完全に蓋をして欲しい。


「だったら、離れな。」


優しさの後に直ぐ厳しさを出すラオの言葉に従い、俺は素直に彼女から離れる。そのときに彼女が「タワシみたいな頭だね。」と呟いたのは無視した。これ以上泣きたくない。


「あの……すいませんでした。」


俺は真っ赤にした顔を恥ずかしさで上げる事が出来ず、下を向いたままラオに謝る。


「謝る必要は無い。あんたの反応は当然だ。」


ラオはそう言うと、めんどくさそうに手を振りながら、そっぽを向いてしまった。そんな態度に一瞬俺は照れ隠しかと思ったが、彼女の表情を見る限り本当にめんどくさそうだった。少しぐらい頬を染めてくれれば、可愛いお婆ちゃんになるものを……。結局クソババアだ。


「あんた……。」


「はい!!」


「……如何したんだい?」


心の中で彼女の悪口を言っていた時に声をかけられたので、また心を読まれたのではないかと思い、ついつい慌てて返事をしてしまった。しかし彼女の怪訝そうな表情を見る限り、それは俺の勘違いらしい。全く心臓に悪い。


「また、よからぬ事を考えてたんだろうが……。まあいい。あんたこれから如何するんだい?」


その言葉に俺は大きく肩を震わせる。そうだ、俺は之から如何すればいいんだ。此処が異世界だと分かった以上、親戚も知り合いもいない。当に天涯孤独の身になってしまったも同然なのだ。


「如何しましょうか?」


結局現状の打開策が思いつかず、俺はオウム返しの様にラオに尋ね返してしまった。そんな俺の返答を予想していたかのように彼女は頷き、徐に口を開いた。


「……確率は非常に低いが、あんたが元の世界に帰れる方法があるかも知れない。」


「ウソっ…!!」


「よく私の話を聞きな!! いいかい? 非常に確率は低いんだ。実際私も、世界を渡るなんて荒業長い事生きてきたが知らない。ただ…それを可能にするかもしれない力を持った男が、北の大陸にいる。」


俺はラオの言葉を一言一句聞き逃すまいと、集中して彼女の話に聞き入る。


「そいつの名はバロック……。北の大陸全土を支配する世界最大の巨大国家、アマテラスの皇帝だ。そして……。」


そこで彼女は一旦言葉を区切り、深いため息を吐いた。


「そして…そいつはあんたと同じ日本人だ。」


俺はもう驚きの余り声も出なかった。如何やらこの世界にいる異世界旅行者の先輩は、予想以上に大出世をしてしまったらしい。本当にぶっ飛んだ話だ。

だが、このぶっ飛んだ話に驚いたの俺だけでは無いらしい。同じ空間に居るのにすっかり忘れていた、リリとルーイの二人にとっても、ラオの話は驚愕の事実だったようだ。


「なっ……それじゃあ、カズヒコも聖天の使者という事ですか!?」


リリが信じられないと言った表情で、俺の顔とラオの顔を交互に見回す。何だ? その聖天の使者とか言う偉そうな名前は? 怪しい宗教の匂いがプンプンするぞ。


「リリ様。それはバロック皇帝の事ニャ。コイツはただのタワシニャ。」


「黙れ猫。影が薄いんだよ猫。キモイよ猫。」 


人をサラリと貶すクソ猫へ、思いつく限りの罵声を早口で浴びせ黙らせる。ラオの話を聞き、思考に没頭している俺には、今コイツと不毛な争いなどしている暇など無いのだ。


しかし……。困った事になった。俺が元の世界に帰るためには、一国の主に直談判をしなければならないのだ。何処の馬の骨とも分からない俺など、話すら聞いてもらえずに、門前払いされる可能性の方が高い。下手すれば怪しい奴とか言われ、牢屋に入れられるかもしれない。今まで警察にすらお世話になった事が無い俺としては、それだけはなんとしても避けたい現実だ。

唯一の救いが、その皇帝が俺と同じ日本人であると言う事だ。これを上手く利用すれば、面会ぐらいお忍びで出来るかもしれない。しかし……相手は日本を捨てた人間。果たして俺を素直に帰してくれるか…。


「なあ……。」


俺は自分の中にある疑問を解決する為に、未だに驚きの表情を浮かべているリリへ話しかける。


「えっ……はっ、はい。」


「バロックってどんな奴?」


「バロック皇帝ですか? そうですね……。世間一般の評判は、非常に良いですよ。国を思い、民を思い、賢王として名高い人です。」


「なるほど。」


リリの言葉に俺は、少しだけ安堵の表情を浮かべながら頷く。流石は世界最大の国のトップと言う事か…暴君じゃなくてよかった。


「でも……。」


次の瞬間、リリの表情が段々と険しくなり、己の感情を押し殺した様な声で、言葉の続きを紡ぎだした。


「それと同時に彼は覇王とも呼ばれ、北の大陸と言う巨大な大地を、たった30年で一つに纏め上げた人物としても有名です。その時に敵となった者には容赦が無く。彼が手にかけた命は、星の数程あると言われています。更に、戦いが終わって数十年が経った今でも、彼との戦いで得た傷で苦しんでいる者が沢山います。」


最後の方では我慢できなかったのか、彼女の声は恐怖で震えていた。

30年で国を纏め上げたね……。さぞかし裏で色々やってきたのであろう。良くも悪くもそいつは間違いなく政治家だって事だ。それも賢い。いや、そいつ自信は普通かもしれないが、頭の切れる参謀ぐらいは必ずいる筈だ。俺がそいつらの前にノコノコ現れて行ったとしても、同郷のよしみで歓迎されるよりかは、同じ存在《聖天の使者》として消される方が、確率的に高い気がする。


「考えれば考えるほど最低な確率だな……。」


「だが、私にはそれぐらいしか思いつかない。決めるのはあんただ。如何する?」


ラオが俺に厳しい言葉を投げかける。だが、それに対して何も答える事が出来ず。俺は顔をしかめながら押し黙ってしまった。


その刹那。俺の脳裏にある男の声が思い出される。




『だがな、今俺は魔王で構わない。お前は勇者だ。だから俺を倒せ……。』




「魔王………。」


「は?」


俺の突然の脱線した呟きに、ラオが怪訝そうに眉をひそめる。俺はそんな彼女と視線を合わせ、口を開く。


「ラオさん…。この世界に魔王っている?」


「魔王かい? いや、聴いたことないね。それが如何したんだい?」


「いや…。いないならいい。」


魔王はこの世界にいない。なら、あの声が言っていた魔王とは誰の事なんだ。


「ただ……。」


そう言うと、ラオが何かを思い出すように虚空を見上げる。そんな彼女の瞳は、悲しみと怒り、そして懐かしさがぐちゃぐちゃに混ざっており、酷く歪んで見えた。


「魔王と呼ばれていた男は知っている。」


俺はその言葉で、その人物が誰か何となく予想が出来た。

しかしあえて彼女に尋ねる。


「誰ですか?」


ラオはその歪んだ瞳のまま俺に視線を移し、無表情のまま俺の顔を見つめた。


「バロックだよ。」


「……そうですか。」


俺は心の中で舌打ちをして、ラオから視線を外した。

最悪の答えだ。本当に笑えない。


「私からも質問をしていいかい?」


「どうぞ。」


「何故そんな事を聞いた?」


「…………。」


彼女のこの質問には答えるべきだろうか。俺の予想が正しければ、俺が元の世界に帰れる方法はある。


それは魔王を……バロックを倒すこと。


早計かもしれない。だが、俺と同じ日本人。そして過去に魔王と呼ばれていたことにより、俺がこの世界へ迷い込んだ原因に、何かしらコイツが一枚噛んでいる可能性がある。

それに下手をすれば、バロックは……。


「お前なのか? 親友?」


俺は今、また泣きそうな表情をしているに違いない。本当に今日は厄日だ。


「……私の質問には答えられないのかい?」


質問に答えない俺に別段イラついている訳でもなく、淡々とした口調で、ラオが再度俺に語りかけてくる。俺はそんな彼女へ無言で頭を下げた。言える訳が無い。俺はもしかしたら、一国の主に喧嘩を売るかもしれないのだから。


「言えないんだね。まあいいさ。」


「すいません。」


「謝る必要はないよ。あんたの立場は非常に不安定だ。秘密ぐらいあって、不思議ではない。それで、これから如何するか決めたかい?」


「ええ、俺は北に行きます。」


俺はラオの目を真っ直ぐ見つめ、北に行く事を告げる。すると彼女は目を瞑り、大きく深呼吸をしてから再び目を開け、俺を静かに見つめた。


「分かった。なら私も責任を果たすとしよう。」


「責任?」


「そうだ。あんたこの世界について何も分かってはいないね?」


「それは……勿論。」


「だから今日から私があんたにこの世界の常識や、生き残る術を教えてやる。素人が旅を出来るような甘い世界では無いからね……此処は…。」


そう言うとラオが、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

やばい。あの顔は絶対に新しい玩具を見つけたような悪魔の顔だ。やっぱり北に行くのは止めようかな。


「もう遅いよ。」


「ああ……ラオさん。僕の心を覗かないで下さい。プライバシーって知ってますか? セクハラですよ?」


「さて、腹が減ったね。夕飯にでもしようか。」


このとき、無視するなババア! とは、口が裂けても言えないチキンな自分が、俺は涙が出るほど大好きだ。


ついでに、夕飯はパンとジャガイモのスープでした。美味しかったです。
















カテゴリー5のハリケーンのような一日も終わりに近づき。せめて最後ぐらいは静かに過ごしたいと、俺は一人外に出て冷たい夜風を浴びていた。


「言いたい事も言えずに〜、歪んでゆく自分は〜。」


そして満天の星空へ向けて、この世の不条理を歌っていた。


「なりたいんだぜ〜。サラサラヘアーに〜。なって日本に帰るんだ。」


ついでに願望も入れてみた。


「無駄な事は願わない方が言いニャ。特に髪の毛。」


その時、俺の後ろからルーイが突然声をかけてきた。そして彼はそのまま俺の隣に腰を下ろす。


「何かようか猫? というか髪の毛だけ特に否定しやがったな? 殺すぞ?」


「猫又族は耳がいいニャ。タワシの下手糞な歌の所為で寝れないニャ。」


「其処は俺の美声を子守唄代わりに寝ろ。てかタワシと言うな。殺すぞ?」


「リリ様はお前の歌で爆睡中ニャ。ラオ先生はお歳で耳が遠くなってるニャ。片方は天然、片方はご老人だから出来る荒業ニャ。普通の人には、お前の歌はただの騒音ニャ。」


「………中々肝が据わった猫だ。」


そこで会話が途切れ、暫く俺達は無言で星空を眺めていた。


「……馬鹿にするなら馬鹿にしろよ。」


俺は視線を動かさずにポツリと呟く。


「何故ニャ?」


ルーイも視線を動かさずにポツリと呟く。

俺は深いため息を吐くと、苦笑を浮かべながら言葉を紡いだ。


「……情けねぇな。この年になって大声で泣いて、女に泣きついて、ガキに心配されて……。ほんと情けねぇ男だな。俺は……。」


「何故ニャ?」


「情けねぇだろ? 大の男が大泣きだぞ?」


「だから何ニャ?」


俺はそんなルーイの興味無さげな態度に、少し頭に来て、自分が苛立っていくのを感じた。


「いや…だから…。」


「故郷を失って、帰れなくなって悲しむ事は……泣く事は情けない事かニャ?」


「えっ……。」


ルーイの口から紡がれた意外な言葉に、俺は驚きの声を上げ、彼の顔を見た。しかしルーイは星空から視線を動かそうとしない。


「タワシは考えすぎニャ。馬鹿なのに頭を使うからいけないニャ。故郷に帰れないなんて寂しいに決まっているニャ。泣きたいのは当たり前ニャ。そんな当たり前な事で落ち込むニャ。」


「お前………。」


「じゃあ、僕はもう寝るニャ。お前も明日から忙しいのだから早く寝るニャ。」


そう言ってルーイは立ち上がり、俺に背を向けるとそのまま家の中へと入っていった。俺はそんな彼の姿を、視界から消えるまでじっと見つめていた。


「……何かっこつけてやがる。猫の癖に…。」


俺はそれだけ言うと立ち上がり、家の中へと入っていった。















ふう〜。これでやっと物語が進みます。今回は主人公が前へ進むための理由を書いた話なので、盛り上がりにかけてますね。次回からテンション上げていこう。

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