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異世界であると知った時

異世界なんか行きたくなかった青年 第四話







日本はこの世界に無い。


この台詞を聞いたとき俺は、一瞬自分の魂が口から出てくるような錯覚を覚えた。頭の中真っ白、お先真っ暗とはこの事を言うのだろう。ちょうど白と黒という、表裏一体の言葉を表現に使った、上手な言い回しだと俺は思うが如何だろう。


………如何やら俺は相当混乱しているらしい。


兎も角、先程の彼女の言葉を冷静に分析してみよう。

まず此処は俗世間より隔離された秘境だ。そう未知なる生物達のユートピア。欲に満ちた人間達を拒む固有結界。そんな場所に迷い込んだ欲に満ちた人間=俺。そんな俺に対し、この場所を護ろうとする人物なら如何いった態度をとる。


答えは、俺を消すか、上手い事取り込むかのどっちかだ……。


そこまで考えをまとめ、俺は大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。筋金入りの現代っ子である俺は、こんなテレビもパソコンも大好きなラーメンもない秘境で骨を埋める気は無い。だが、それ以上にKILLされる気はもっと無い。

故に俺は、今から残りの人生を賭けた一世一代の大勝負に出なえればならないのだ。そんな俺に味方は一人もいない。と言うか良い感じな四面楚歌だ。くっ……泣けてくるぜ。だが、負けられない。

俺は意を決して、目の前の大魔王みたいな女性に向け口を開いた。


「ばあさん!」


「ああん!?」


やばい! 行き成り険悪なムードだ! やはり初対面の女性に、ばあさんはやばかったか!?此処は無難にお姉さんで攻めとおくべきだった!! しかしそれは限界を超えている嘘だ!!


「あんた……最高に失礼な事を今考えてないかい? いや、考えているよね? はい、考えた〜。死刑〜。」


「いえいえいえ!! 考えてません。何も考えてません。俺の頭の中は今真っ白で、悟りを開いたお坊さんもビックリな状態です!!」


額に青筋を浮かべながら、邪悪な笑みを浮かべる女性の迫力に失禁しそうになった俺は、急いで否定の言葉を紡ぎ、死刑判決を何とか避けた。

そしてこの瞬間、俺は彼女の呼び方には細心の注意が必要であると学んだ。となると俺がまず取らねばならない行動は、彼女の名前を聞き出すことだ。そうすれば年に触れる心配は一応なくなる。だって名前で呼べばいいのだから。


「あの〜……すいません。お名前の方を教えてもらってよろしいでしょうか?」


そして俺はこれ以上彼女の機嫌を損なわせない為、これでもかと言うぐらい下手に出て、彼女の名前を尋ねた。そんな俺の態度に彼女は、詰まらなそうに舌打ちをして答えてくれた。マジこええ……。


「ラオ……。ラオ=テスカリカだよ。」


「ラオ=テスカリカさんですね。ラオさんと呼んでよろしいでしょうか?」


「好きにしな。」


ミッションコンプリート! まずは最低限の命の確保に成功した。此処で既に俺のHP(精神力)は半分以下に磨り減ってしまったが、大丈夫だろうか。まだまだ戦いは始まったばかりなのに……。まあ、気にしてもしょうがない。俺はケアルもホイミも使えないから、回復など出来ないのだ。今はガンガン逝こうぜしか選択の余地が無い。


「ラオさん。自分は、口は非常に堅いほうです。」


脈絡の無い俺の言葉を聞いたラオが、怪訝そうに眉をひそめる。だが之でいい。話術の基本は相手の動揺を誘うこと。そうすれば其処に何れ隙が生まれる。隙が出来たのなら、後はそこをチクチクとムカつくぐらい突いてやればいいのだ。


「どれくらい堅いんだい?」


「パイナップルぐらいです。」


「なら駄目だね。私なら素手で壊せる。」


「なにいぃぃぃ!!」


おいおい、なんてスーパーばあちゃんなんだよ。嘘だとしても、そんな事を真顔でサラリと言える心臓にびっくりだ。きっと彼女の心臓は、ぶっとい毛で覆われているのだろう。

しかしやばい事になった。動揺を誘うつもりが、逆に動揺してしまったではないか。やはり相手は巨大な敵である事に違いない。レベル1でラスボスと戦っている気分だ。


「ふふふ………。やりますね…ラオさん。たった一言で俺を此処まで動揺させるとは……。」


「……私はあんたの性格が、どんなのか大体わかったわ。」


ラオが額を左手の平で押さえながらため息を吐く。そして次の瞬間、彼女は呆れたような表情を消すと、鋭い眼光で俺の事をにらみつけた。




「いい加減逃げるのは止めたらどうだい?」




圧倒的存在感と、低い声色で紡がれたその言葉は、俺の思考を停止させるのには、十分な威力を持っていた。


「えっ……。」


だからこんな間抜けな声しか出せない。


「あんたが何にしがみ付いて、必死に現実を誤魔化そうとしているか知らない。だが私は言った筈だよ? この世界には日本は無いんだよ。あんたがどんなに御託を並べようが、希望を口にしようが無いんだから、あんたは日本に帰れないんだよ。」


苛立ちと共に紡がれた彼女の言葉が、俺の胸を容赦なくえぐる。はは…、可笑しいな。脚が震えてきた。頭痛もちょっとしてきたぞ。


「じゃ……じゃあ、日本はあきらめるわ…。お隣の韓国でいい。ほら! 今韓流ブームじゃん!? きっと日本人だって歓迎してくれる!!」


「韓国なんてないよ。」


「じゃあ!! 中国!!」


「無い。」


「あ……アメリカ!!」


「無い。」


「なら……えっと、えっと…。イギリス!! フランス!! ロシア!! なんでもいい!!」


「しつこいね……。あんたの知っている国なんてこの世界の何処にも無いんだよ!!」


室内に響く怒声。俺はいったい今どんな表情をしているだろうか。わからない。考えられない。考える気力も無い。そして俺は四肢の力が一気に抜けていくのを感じ、その場に尻餅をついてしまった。そんな俺のもとに泣きそうな表情を浮かべながら、リリが駆け寄ってきた。


「あっ……あの…」


おずおずと俺に声をかけてくるリリ。

そうだ、はじめから分かっていた。リリとルーイとあった瞬間から、心の奥底に予想はしていたんだ。ただ認めたくなかった。軽い思考をして、馬鹿騒ぎして、必死に考えないようにして、俺は逃げていたんだ。




此処が異世界であるなんて馬鹿な考えから。




「理解したかい? 此処はあんたがいた世界じゃないと……。」


ラオの声が頭上から聞こえる。


「ああ、そうだな理解した。俺は理解した。」


俺はそう呟き、顔を上げる。其処には何の感情も読み取れないラオの顔があった。俺はその顔を親の敵の様に睨みつけ、更に言葉を続ける。


「だが、疑問はある。何故あんたは日本の事を知っている? 此処は異世界じゃないのか?」


そうだ。これが俺の中にある最大の疑問。何故彼女は日本を知っている? この世界に存在しない筈なのに……。

すると彼女は無表情だったその顔を、悲しみに歪め、俺から視線を外し虚空を見上げた。


「………昔、昔あんたと同じ日本人にあった事がある。」


「なっ!!」 


俺はその言葉を聞き、勢い良く立ち上がる。俺と同じ経験をした奴が、他にもいるという事実に驚きを隠せないのだ。そしてそれと同時に失いかけていた希望も再び復活する。もしかしたら帰る方法があるのかもしれない。


「そいつはどうなったんだ!?」


「死んだよ。」


「し……死んだ?」


本日もう何度目か分からない絶句。一瞬で希望がなくなった瞬間だった。


「物理的に死んだわけではないよ。そいつは一応まだ生きている。」


「なら……。」


「だが! ………そいつは日本を捨て、この世界で生きる事を選んだ。だから日本人と言うそいつは……もうこの世界にはいない。あんたからすれば死んだも同然だ。もっとも……。」


そこでラオは一旦言葉を区切り、誰にも聞こえないぐらい小さな声で「私にとっても同じだがね。」と悲しそうに呟いた。俺の耳はいい方だったので、彼女のその呟きがギリギリ聞こえたが、今はそれについて追及する余裕は無い。


「くそっ………。」


俺はやり場の無い怒りを言葉にして、少しでも発散させようとするが、全く意味が無い。もう人目もはばからず大声で泣いてしまいたい。


「泣きたいのなら泣けばいい……。あんたにはその権利がある。」


そんな俺の心情を的確に読み取ったラオが、そう語りかけてくる。ギリギリの所で涙を我慢していた俺は、その言葉でついに我慢できなくなり、瞳から大粒の涙を流した。冷たい涙が俺の頬を伝い、一つまた一つと床に落ちる。こんなにも絶望を感じたのは二度目だ。


「ぐっ……。くそっ……。ふざけんな…。なんで…なんで……。」 


悪態を吐きながら俺は涙を流し続ける。


「声を上げて泣かないのかい? 不器用な子だ。言ったろ? あんたには権利があるんだ。大声で泣く……ね。」


そう言うとラオは俺の頭を掴み、無理やり自分の胸に俺の頭を押し付けた。こんな事をされたのは小学生以来だ。

ちょうど十年前。俺が親友を失くした時以来の事だった。



だから俺は泣いた。あの時と同じ様に声を上げて泣いた。




友よ。この理不尽な現実は俺への罰なのか?


なら俺は、お前にもう一度謝らなければならない。




日本が無いのに日本語が通じると言う事実に主人公はまだ気付いていない。というか私が書き忘れたのです……。やっちまった。

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