あらまあ。
テンプレのひとつ、悪役令嬢の婚約破棄ものを書いてみました。
婚約破棄を言い渡された。それも並み居る公衆の面前で。
私、フェリナ・フォン・メルケスはメルケス侯爵家の娘。侯爵といっても栄光は昔の話で、事実上、私でメルケス家は終わりだったりする。それは寂しい事なのだけど、老いたお父様も無理に家を続ける事はないとおっしゃってくれている。
そんな私にも婚約者がいた。この国の元第三王子、フリック様だ。
元がつくのは、現在のフリック様が第一王子だからだ。
原因不明の事故により第一、第二の王子様が亡くなられたから、フリック様が第一になった。それはつまり次期国王候補という事。
だから以前とは状況が違うわけで、これは婚約破棄来るよねたぶんと予想もしていた。お父様も、おそらく婚約は解消されるだろうから、そしたらもうおまえは好きにしなさいとも言われていた。
だってそうでしょう?
王位継承しない三男坊は、裏を返すと自由の身という事。だからこそ、貴族でありながらどこにもヒモがついてない立場の私を娶るという選択肢がありえたわけで。詳しい話は聞いてないけど、もしそのまま結婚していたら、フリック様は田舎の名前だけ残ってる男爵家あたりを受け継いで、私をつれてのんびりライフするつもりだったんじゃないかしら?
当然、今となってはその選択肢はとれない。そんなの私だってわかる。
だけど、この現状はなんなんでしょう?
フリック様の横には見知らぬ女がいる。ずいぶんと礼儀を知らない子で、わたしは王子様の婚約者よ偉いのよってオーラを全身から振りまいている。
あんなのが次期王妃の候補?大丈夫なのかしら?
ははぁ。もしかしてこの茶番、あれが後ろで暗躍してるってわけね。
うん、なんかまだフリック様が叫んでる。取り巻きの面々が何かまわりに指示して、騎士たちが剣を抜いた。
あらあら。武器もない無実の罪の女の子ひとり取り押さえるのに、騎士団まで動かすの?
だんだんバカバカしくなってきたわね。
でも、ひとつだけ確認しておく事があるの。
この状況で私が大事な事をしゃべっても、みんなもみ消すつもりなんでしょう。だから声にこっそり魔力を混ぜて、城全体と町の一部にも声が届くようにしておきましょう。
え?そんな事して彼らに気づかれないのかって?それは無理。
王様と王妃様、それに王太后様なら気づくでしょうけど、ここの面々は無理。騎士たちに魔力感知は無理でしょうし、フリック様やその取り巻きたちは、魔法の訓練などロクにやっていないのですもの。
つまり、彼らに気づかれる事なく、この状況を知らせたい人にはちゃんと伝わるのですわ。
『フリック様。これは、とても大切な事なので、ひとつ確認させていただきますけれど。
私、フェリナ・フォン・メルケスにその、顔も知らない何とかという女性を虐待したという罪を着せて断罪し、さらにこの国から出て行けというのは、フリック様の、第一王子様としての正式な命令ですの?
言っておきますけれど、フリック様個人の権限では、私の婚約破棄はできても断罪はできませんのよ?』
これは本当だ。
この国は王政だけど、きちんと明文化された法律を導入している。そしてその法の元に、権力を傘に来て無茶苦茶やらかすような横暴な王侯貴族を政治から排除する構造を作っている。
ゆえに。
本気でフリック様が私を断罪するというのなら、それは正式に王子としての権限を使い、国の責任としてやるという事になるのだけど。
「もちろんだとも。なんの罪もないエレノアを虐待するような輩を我が国に置いておけるか!」
『虐待?そのエレノアさんという方を私はそもそも存じないのですけれど?どこのどなたですの?』
「しらばっくれるのか貴様!」
『そもそも、形だけだろうと侯爵家の女をひとり、断罪して国外追放しようというのですから、当然調査がなされておりますわね?いったいどういう調査を行い、どの件をもって有罪と確証したんですの?』
「もちろん綿密な調査を行っているとも!聞き取り調査もしたしな!」
『当事者である私には何も調査をしておりませんわね?』
「黒幕のおまえに話したら証拠隠滅するだろうが!」
『それで調査をしたと言えますの?人が人を虐めているという案件の調査であるのなら、事実関係をきちんと明らかにするためには当然、双方の言い分を聞いて実態調査を行わねばなりませんよね?』
「見苦しいぞフェリナ!おまえも名前だけとはいえ侯爵家にいた者なら、潔く罪を認めたらどうだ!」
『あら、私は『元』侯爵家なのですか?はて、貴族の位を収奪する権利はフリック様にはありませんが?』
「ふざけた事をいうな!第一王子の私は言わば次期国王。一言いえば、罪も無き娘を潰そうとする貴族のひとりやふたり、断罪できぬわけがないだろうが!」
いえいえ、まだ国王『候補』ですってば。そしてこの国は絶対王政ではないんですけど?
はぁ。フリック様が、ここまでおバカな方だったとは。もしかして今回の事態になったのは幸運だったかも。
あら、事態に気づいた王様たちが動き出したわね。おふたりの魔力がこの大広間に向かってくるのがわかるわ。
でも。
はぁ、申し訳ございません、王様、王妃様。
ちょーっと、遅すぎたようです。
だって。
『我がフェリナに敵意をふりまくのは何者だ?』
「!?」
その瞬間、大広間に強烈な声が響き渡った。
ああ、やっぱり来ちゃったのね。
この大広間、この城にいくつかある催し物会場のひとつなんだけど、空が吹き抜けになっているの。天候に左右されたり不便もあるけど、そのかわりお城のものすごい奥にあって、安全性は高い。
その吹き抜けになっている空に、巨大なドラゴンの顔がのぞいていた。
「な……ドラゴン!?」
「バカな、なぜドラゴンが王宮に!?」
なぜって、当たり前でしょう?彼が何者かも知らないの?
私がその事を告げる前に、彼の声が続いて響き渡った。
『我は「セノオ」。この国の王族の願いを聞き、この国を水害より守ってきた存在なり』
そう。彼は『セノオ』。
この大陸における全ての水の眷属を仕切る神の龍。この国、クオリネスを千年前から守ってくれていた存在。
龍王様は私を見つけると、さらにフリック様を見て、そして他の面々を見て、それでだいたいのところを理解したようだ。
『なるほど。もしやフェリナ、おまえは出て行けと言われたのかね?』
「はい、そうらしいです。王都どころかこの国から出て行けと。しかも次期国王候補として正式に断罪するそうです」
『なるほどな。それで行くあてはあるのか?』
「残念ですけど、ありません」
正直に現状を告げる。
本来、これを言うとフリック様に張り付いてる女を喜ばせるだけだ。でも当人は今、龍王様を見て完全にフリーズしちゃってて、それどころではないみたい。
ん?あの女、なんか口走ってるみたいだけど?
そう思った瞬間、急に耳がよく聞こえるようになった。たぶん精霊様ね。
『ば、ばけもの……』
へ、ばけもの?
この女、龍王様を化け物っていったの?
まさか。
この国の人なら、たとえ文盲の子供でも龍王様の話は聞いて知っているはず。そもそもこの国はドラゴンを紋章にも入れているくらいなのだから。
なのに、その反応という事は。
彼女、もしかして転生者?
いやでも、同じ転生者の私が普通にドラゴンについて習っているのに?
もしかして最悪、どこかの貴族の手引きで実は外国人の可能性も?
うわぁ……これは洒落にならないかも。
だけど。
『人間どもがフェリナをいらぬというのなら、私がもらおう。来るがよい』
そう言うやいなや、私の身体が勝手に浮き上がった。
いや、勝手ではない。龍王様の神力で持ち上げられたんだ。
そのまま、ふよふよと竜王様の頭の高さまで引き上げられ、後頭部に降ろされた。
『いつものように掴まっておれ』
「あ、はい、龍王様」
『うむ』
乗っかったところで、再び下が騒がしくなった。
王様と王妃様だ。やっとここに入ってきたらしい。
おふたりともこっちを見て顔色を変えた。でしょうね。
ごめんなさい。もう、こうなっちゃったら私にもどうにもなりませんから。
『この国を統べる人間たちよ。古き盟約に従い今ここに告げる。
おまえたちはフェリナを排除しようとした。
この者は龍族や精霊に愛されし者。それをお前たちは知っていたにも関わらず、おまえたちはそれを排除しようとした。
これは古き時代の盟約が、もはや不要となったものと判断する。
ゆえに、たった今この瞬間をもって、この国を守護する契約を終了する事をここに宣言する』
龍王様の声が、厳かに響き渡った。
そうなんだよね。
私は小さい頃から龍や精霊にやたらと可愛がられた。こういう体質の者はこの世界の人間には時々いて、昔は巫女や神官になる事が多かったらしい。
当たり前だが、こういう人間が多い方が土地は豊かになる。
そして厄介なのは、かつてのこの地は不毛の地だったという事。この国は龍王様や精霊たちの加護により栄えてきたんだよ。
「お待ちください!」
王様と王妃様が龍王様に声をかけてきた。
「わが息子が愚かだったのです。怪しげな女にうつつを抜かしたあげく王族としての本懐を忘れ、あまつさえ王である我らすらもたばかり、このような事態を引き起こした。すなわち特定の者の暴走であり、我らの本意ではないのです。
それに、貴方様の加護がなくなってしまったら多くの罪もなき民が苦しむ事となりましょう。
今いちど、今いちどご再考を!」
いえ王様、さすがにそれは都合がよすぎではないでしょうか?
まぁ、王様たちにしてみれば手段を選んでいる余裕がないのでしょうけど、でも龍王様に人間社会のいざこざなんか関係ないじゃないですか。
そんな事を思っていたら、やはりの反応が。
『人間側の理屈など我は知らぬし、知る必要もない。おまえたちが契約の破棄を求めてきたから、我もそれに応えて契約破棄を宣言した。なんの問題があろうか?
それにそなた、今いちどと言ったな?
おまえたちは過去にも、この娘のように龍や精霊に愛される者を都合よく利用しようとした。そしてその時にもやはり、やり直すチャンスをくれ、再考をと言葉巧みに繰り返した。「今いちど」をそれこそ何度となくな。
だが。
そうして警告と共に見逃した事で事態が改善された事は過去に一度もない。ただの一度もだ。
そして、そうした結果、不幸な目にあわされる者たちを何人も見てきた』
龍王様の言葉には、怒りがにじみ出ていた。
『本来、彼ら「交わりし者」は祝福されし者。種族間の対話と融和をうながすため、全ての人型の知的種族から生まれてくる者。
しかし……そなたら人間はいつの時代も、これら祝福されし者を都合よく利用し、踏み潰す事しかせぬ』
そこまで言うと、龍王様は静かに首をふり、
『さらばだ人間たちよ。
この土地を肥沃にするというわが契約はこの時をもって終了した。あとは好きにするがよい』
そう言い放ち、そして空へと舞い上がった。
この後の事を私は知らない。龍王様のお城に招かれた私はその場で龍王様に娶られ、龍の眷属となったからだ。
ただ、精霊たちのうわさ話で大まかな末路は教えてもらえた。
まず、フリック様は廃嫡にはならず、王族としての立場のまま責任をとり斬首となった。やらかした事の重大性もそうなのだけど、それよりも王族の身でありながら国政を歪め、昔の絶対王政国家のような事を『次期国王の名において』やらかしてしまったのが決定打になったらしい。それは現王族が絶対やってはならない事であり、民の不信を和らげ国政を安定させるためにも、公開処刑は絶対に必要だったとか。
次にフリック様によりそっていた女だけど、これは伯爵家のひとつが身元保証をしていた。それはいいのだけど、なんとその家の背後には隣国スヴェタナがつながっていたそうだ。
ただし女がスパイだったのかというと、これも違うらしい。
あれの本来の所属はスヴェタナ国の辺境伯の娘であり、以前視察で国境を訪れたフリック様にひとめぼれ。当時は二国間の友好を結ぶ話があった事から、フリック様と結婚させる話が裏で密かに進んでいたのも事実だという。まぁ現実には二国間の関係が悪化して話も立ち消えてしまったのだけど、なぜか女はそれを受け入れず、ここは自分の世界であり、彼と結ばれるのは運命の必然なのだと奇妙な事を繰り返し言い放つありさまで。で、そんな女を悪意ある者たちが利用したんだと。
自分の世界、ねえ。
まさか……ね。
まぁこの女も結局、民衆の不信をそらすため、王子をたぶらかして国を滅ぼす者として公開処刑にかけられたとか。まぁ、これは自業自得よね。なんか、女としては目を背けたくなるような凄まじく残酷な刑らしかったけど、詳しくはよくわからない。精霊たちが首を横にふって教えてくれないから。
だけど女は最後まで、こんな事ありえないとか、ログアウトはどことか意味のわからない事をつぶやいていたとか。
その後の国の状況については、さらに全くわからない。元々かの土地は古代戦争の影響で精霊たちの寄り付かない土地だったそうで、龍王様の加護を失ってしまった今、状況を見てくれる精霊たちが次々に立ち去ってしまっていたから。
だけど、精霊も寄り付かなくなった土地が無事でいられるわけもない。
やがて悠久の時が過ぎ、人から龍になった私は再びこの土地のあたりを通りかかる事があったのだけど。
そこはもう単なる荒野であり、そこに人の住む国があったと言われても首をかしげるような有り様だった。
(おわり)
一部の巷で大流行、全米が泣いたと噂の婚約破棄ものにチャレンジしたのですが……うむう。僕には婚約破棄ものの才能はないのか。