2,【何も変わらない日常】
アンドロイドがレイの家に来て、数日が過ぎた。
最初はお互い恐る恐るのコミュニケーションだった上に、アンドロイドの黒い汚れを落とす事とコードの修復で3日程潰れてしまった。
わざわざ修復してくれる専門員を呼ぶほどの金銭的なゆとりはレイの家には無く、古本屋で売っていた「鳥でも分かるアンドロイドの修復」本を片手に、ズブの素人であるレイが修復をしたせいで、繋がってはいるんだがどうにも動きが鈍い、という考えれば致命的な状態で完成にされてしまった。
アンドロイドは喋れない為レイの行動を修復中も眺めていたが、喋れるのであれば6回以上はお叱りの言葉を頂いたであろう。
「やっと一息って所かなぁ」
湯毛が立つココアを持ちながら、机に向かうレイ。
アンドロイドは身の丈に合わない椅子にちょこんと収まっている。
レイはアンドロイドと向かうように座り、彼の前にもカップを置く。甘い匂いが部屋中に広がる。
「改めまして、私はレイ。アンドロイドさんは名前あったの?」
カップに口を付けゆっくりと問う。アンドロイドはレイに視線を移して、首を二回横に振った。
そっかぁ、喉が動きカップの茶色が少なくなっていく。アンドロイドはココアに手をつけずに、やはりレイを見つめていた。
普通、自宅で買うアンドロイドやロボットには名前が付き物だ。子供の代わりのロボットすらいる時代、面倒でも呼び名ぐらいはつける。それをしないのは、最早名前をつけるのすら億劫な程人数が多いか、将又。
恐らく彼は後者だろうと、修理もされずに不法投棄されていたアンドロイドに同情をする。黒い汚れを落とした服装は、所謂貴族のソレであった。
「ま、狭いけどこれからよろしくね、イチ」
アンドロイドから思考を動かす音が聞こえる。カラになってしまったカップを置いて、レイは少し首を傾げた。
アンドロイドはその動作の真似をする。
何度かそのやりとりが続いた後、レイはわざとらしく頭を掻いて、アンドロイドに人差し指を突きつけた。
「イチ、君の名前だよ。イチ!」
目の前に伸ばされた指に怯む様子は無いが、レイの言葉には十分に怯んでいる様子のアンドロイド。
まるで犬につける名前を堂々と宣言された彼は、どうしていいのかわからないのかも知れない。
名付け親となった少女は最高の名前だと言わんばかり、ニンマリと笑ってアンドロイドの反応を待っている。
アンドロイドはレイの手を握り、下に降ろす。レイは突然の行動に目を丸くしたが、おとなしくアンドロイドの動きに従っている。
レイの目の前に人間の手であるかの様な指が突き出され、そっと上に向けて指先が動く。
レイはまじまじ見つめ、堪え切れないと言った様子で思い切り噴きだした。
「そう、それが君の名前」
天井に向けられた「1」のサイン。
明るい声を上げて笑うレイを、イチは不思議そうに眺めていた。