―太陽の翼― 4
部屋への入り口はカードが鍵となっている。XODに初めて登録する時のカードは色々な汎用性があるのでゲーマーの中では貴重品の一つとして数えられる程だ。
部屋の入り口はドアノブや取っ手などは一切無く、カードを通す用のスリットがあるだけ。
スリットにカードを通すと入り口が開き、大地は中に入った。
部屋の中はロッカーとXODの筐体となっている。筐体は黒いカバーで覆われ細長い楕円形をしていた。良くSF映画などで見かけるコールドスリープの装置を連想させる形で、使用中の筐体はカバーが閉じており中が見えないようになっている。
大地はロッカーの鍵をカードで解除し、バッグをしまう。その時にゴーグルを取り出し、頭にセットした。バイク乗りのヘルメットに付いているようなゴーグルだ。少し位置を直しながら一番近くの開いている筐体に飛び乗る。中はクッション製が良く、少しだけ体がバウンドした。
大地は、まず右手付近にあるカード挿入口にカードを入れる。静かだが確実に体に染みてくる駆動音。上部に付いている黒いカバーが筐体を覆い隠すように降りてきた。
続いて閉じたカバーに付いているヘッドギアを被る。頭をすっぽり覆い隠すくらいに大きいのでゴーグルは気にならない。目の所には小さく薄いディスプレイが付いている。
ヘッドギアが脳波をキャッチし、自動起動した。
ディスプレイの中心に赤い光が灯り、点滅する。
続けて赤、青、緑、白の光の線があらゆる方向から大地の体をなぞっていく。
テレビやパソコンの電源を点けた時に感じる圧迫感に似たものを感じた瞬間、大地の意識はブラックアウトした。
――リアルワールド・コネクト・XOD――
浮遊感。
暗く黒い世界だが恐怖感を感じることは無い。目を開けているのか閉じているのかは分からないが、意識ははっきりとしたものだった。
「大地」
左肩の辺りから声が聞こえてきた。丸い球体の真ん中にカメラのレンズが付いている。大地のパートナー、球型のブルーだ。
「今日はどっち?」
「クエストモードだ、行くぜ」
「OK」
――コネクト・データ――
暗く黒い世界が一瞬にして弾け、体は重力に従って自由落下を始めた。
XODのスタートは、いつも墜落から始まるのだ。
「ひゃっほー!」
初めは恐怖感を感じるが、熟練者にとっては爽快感だけである。現実とは違う世界、自由にリアルに冒険ができる世界、それの始まりの儀式なのだ。
眼下に見えるは海岸線。先日のゲームオーバー地点だ。
ダァン!
一陣の風を巻き上げ大地はXODの地に降り立つ。衝撃は足から頭に突き抜けるが痛さは感じない。地に膝を付いた格好からゆっくりと立ち上がり静かに息を吐いた。
「高校入学おめでと、大地」
「サンキュ、ブルー」
大地の右肩辺りでフワフワと浮いてる青い球体のブルーが嬉しそうにクルリと宙返りをする。もともと浮いてるから特に凄さは感じられないが、喜びの表現なのだろう。
「さて、どうする?」
「また、ポセラギノイア釣り?」
ポセラギノイアとは先日の超巨大魚の名前であり、『ポセラギノイア釣り』は、いわゆるチャレンジイベントである。釣ればポイントが100もらえるのだが、現実世界ではたったの百円。今まで数々のプレイヤーが挑戦したが未だ釣り上げた者はいないそうだ。
「いや、どうにもあの押し潰される恐怖は遠慮したいなぁ」
ブルーの意見に大地は腕を組んで唸る。痛覚以外の感覚はリアルにあるので、死の体感はいつでも起こっているのである。
「とりあえず、一度街に――」
そう言いかけた瞬間、大地の耳にブースト音が聞こえる。それと共にドタドタとした巨大な足音。岩陰にいる大地からでは姿が見えないが、二足歩行型のプレイヤーが近くにいる事が瞬間的に分かった。
「お。誰か近くにいるのか?」
「みたいだね」
大地は海岸線を少しだけ走り、ゴツゴツとした岩肌からそっと周囲を覗いてみた。
「!」
声は出さなかったが、思わず大地は驚きの声を上げそうになった。そこにいたのは、大地が良く知っている機体だったからだ。
「ボクがいる……」
大地と同じように岩陰から覗いたブルーが呟く。
海岸線近くの雑木林から砂浜に現われたのは、寸分狂いなく同じ形をしたブルーだった。頭部も椀部も脚部も、全てが同じ。ただ一つだけ違うところがあった。
「いや、でも色が違う……」
大地は呟く。
ブルーはその名の通り青い機体であるが、ブルーに良く似た機体の色は赤。赤く紅い機体。
赤い機体はブーストを解除すると、反転し拳銃らしき物を構える。赤い機体を追って雑木林からはゾクゾクと半透明のウネウネ動くスライムが現われた。
赤い機体は拳銃を放つ。そこからは実弾ではなく青く細いビームが照射された。それに貫かれたスライムは一瞬ゾクリと身震いを起こすと動かなくなって分子分解するように消滅した。
しかし、たった一匹倒したところでその数は全く減る様子がなかった。赤い機体は攻撃を続けているが、減るより増える方が圧倒的に多い。赤い機体はジリジリと後退り、ついには膝部辺りまで海水に浸かってしまった。
「行くぞ、ブルー」
「正義の味方の出番だね」
大地は素早く駆け出すと岩場を器用にジャンプして攻略していく。ほどなくして足場は砂浜になり足を取られながらも全力で走った。
「助太刀するぜー!」
赤い機体はスライムに跳びかかられ、大きく海に倒れた。
『お、お願いしまーす!』
赤い機体からの声を聞いて、大地は砂を派手に飛ばしてブレーキ。そして、高らかに腕を天に掲げる。
「バトルオープン!」
大きく響く大地の声。一瞬の静寂。
そして、
『エラーです。ブルー機は全壊してます。修理して下さい』
と、システムを司るNPC『リリィ・ランプ』に警告された。
「あ……」
「そういえばポセラギノイアに潰されたんだったね……」
ポツリと呟く大地とブルー。
その声は、赤い機体のプレイヤーにもしっかり聞こえた様だ。
『そ、それでも《正義の味方》か~、きゃ~!』
『お、落ち着いてよ純! そんなに撃っても当たらないよ!』
赤い機体からは二人分の声が聞こえてくる。どちらとも性別は女の子だと判断できた。
どうやらプレイヤーの方がかなりの混乱を引き起こしているようだ。大地はそう判断すると、素早くアイテムウィンドウを表示させる。
空中に半透明の黒い画面が現われ、ズラリとアイテム名と個数が表示された。
「ごめんごめん、変わりにこれを使ってくれ! ドロップ、ナイン・テイルズ」
ドロップ宣言。
これはドロップ宣言として設定してある言葉の後に、アイテム名を言うとアイテムが捨てられるという機能である。他にもアイテムを譲るパス宣言などがある。
大地の言葉と共に彼の身長よりも大きい銃が砂浜に現われた。黒光りしたそれは、現実世界でいうショットガンに似た形をしておりズッシリとした重量感で砂に埋もれる。
『な、ななな、ナイン・テイルズ!? そんなのドロップ宣言しないでよっ!』
「ナイン・テイルズなんかいっぱい持ってる! さっさと拾いに来い」
『判りましたー!』
プレイヤーの代わりに赤い機体のパートナーが返事をする。
赤の機体はゆっくりと立ち上がった。海水を滴らせて立った機体には所々にスライムがへばり付いていた。その部分はスライムの攻撃だろう、ゆっくりと溶かされている。内部の機械類が覗いている部分もあった。
『行くよ、純』
『りょ、了解!』
二人が合図を交わした瞬間に、赤の機体の表面に紫電が疾る。一瞬にしてバタバタとスライムが海水に落ちた。
「うわ、わざと漏電させた……」
ブルーが呆れたように呟く。
「ろうでん?」
「内部の電気エネルギーを機体の表面に流したんだよ、彼女」
ブルーの言う彼女がプレイヤーなのかパートナーなのか、大地は少し考えたが今はこの場を離れる事に専念した。ブーストを使って彼女がこちらに突っ込んで来ているのだ。
赤い機体は海面を滑るように移動し、勢いを落とさずに落ちているナイン・テイルズを右手で拾う。そこでブーストを切り、砂を抉るように反転し、ブレーキをかける。右手に持っていた銃を左手に持ち替る。左腕を伸ばし半身のままスライムの群れを睨みつけた。
引き金を引いた刹那、左手延長上にあるナイン・テイルズが吼えた。
放たれた一筋の光が九つに分裂し、それぞれがまるで意思があるようにスライムの群れを貫いていく。
『ナイン・テイルズ』
九つのレーザーが敵を自動追尾するという凶悪で反則級の銃である。レアリティは最高ランクの物で、使っているプレイヤーなど滅多に見かけないというアイテムだ。
「チャージ時間は三十秒! それまで自前の武器を使え!」
「は、はい!」
『はい!』
彼女達は同時に返事をし、赤の機体は右手に先程のハンドガンを出現させる。今度は冷静に一匹づつスライムを青い線が貫いていく。
「……八、九、三十! 撃て!」
大地の合図と共にナイン・テイルズが再び九つの閃光を放った。
「繰り返すぞ、冷静に落ち着いて確実に!」
『はい!』
『分かりました!』
その返事を受け止め、大地はフッと笑った。いつもはプレイヤーがピンチになっているのを乱入といった形で助けてきたが、今回は違った。
この事態に一番あった武器を提供し、あとはアドバイスを送っているだけ。それに、自分が偉そうに命令口調で喋っている事に気づいた。それも含めて大地の口は自嘲気味に歪んだのかもしれない。
十数分の長期戦の末、砂浜に存在するのは所々に紫電を纏わせている赤い機体と大地とブルーだった。
赤い機体はズサリとナイン・テイルズを落とすと淡く光に包まれ、掻き消える。その後に残ったのは、ポニーテールの少女と赤い球型のパートナーだった。
「ありがとう、《正義の味方》さん」
「どういたしまして。赤いブルーに乗るプレイヤーさん」
大地の言葉に彼女は、むぅ~っと唸って明後日の方向を眺めた。
そんな彼女をどこかで見た気がした大地は素直に聞いてみる。
「で、どっかで会った事あったっけ? すっごい君を見た事があるんだけど……? あ、決してナンパとかそんなんじゃないから」
自分の台詞が、ナンパの典型的な言葉に近いと感じて、大地は慌ててフォローを入れておく。
しかし、その必要はなかった。
「……今朝よ今朝。私、隣にいたでしょ?」
彼女の言葉に大地は頭にハテナマークを浮かべた。記憶をどう辿っても今日の朝は学校に居てⅩODなんかに来た覚えは無い。
「あれ、純と出会ったの?」
「ボクが知ってるわけないよ~」
パートナーはパートナー同士というわけか、球型の二人も何やら話しているのを見て、彼女はため息を一つ思いっきり吐いた。
「正義の味方は顔も覚えてくれない」
少しツンとした感じで呟く。
「今朝、今朝、今朝……あぁ、廊下に並んだ時か!」
ポンと、掌を拳で打つという古典的表現をして大地は声を上げた。いかにも誤魔化してますといった態度に少女はまた一つため息をついた。
「まぁ、狩場君と違って私は何にも目立たない初心者プレイヤーですけどね……」
「あはは……それで、え~っと……」
「柏原純よ。かしわらって書いて、かいばら」
彼女、純はウィンドウを表示させ、わざわざ自分の名前を漢字で書いた。
「で、柏原さんのパートナーはどうしてブルーと同じ――」
「そ、その事については歩きながら話しましょ。ほら、ブルー君全壊なんでしょ? 修理してあげなきゃ」
純は手をブンブンと振った。
何かしら意味があるんだろうが、どうやら隠したいらしい。
大地は、しょうがない、と肩を竦めた。
「まぁ、そうだな。クルシュイでいいよね?」
「うんうん」
二人が歩き始めた時、ブルーと純のパートナーが慌てて止めに入った。
「大地、ナイン・テイルズ忘れてる!」
「あ……」
砂浜にはプレイヤー達が必死で探しているレアアイテムが無造作に落ちているのだった。