―太陽の翼― 3
センター。
その正式名称を『データ・クロス・センター』という。日本では通称として『センター』と略されるのが常となっていた。雑誌等では『DXS』と書かれる事も多い。
センターとは、ずばりXODの筐体がある施設の事である。市町村でいう『市』ならば必ずセンターは一箇所以上あるし、それなりの人口であれば村にだってある。センターの形状は様々な物があり、やれ西洋のお城であったり、昔ながらのゲームセンター風であったり、巨大なビルであったり。その全ての共通点といえば『X・O・D』と掲げられたロゴであろうか。
今やゲームセンターと呼ばれた物は消滅してしまったので大抵の若者の遊びといえばXODになっていた。
「いらっしゃいませ。あ、大地君、こんにちは~」
鳴所高校から歩いて十分。一階を巨大なガラスに覆われた円筒状の建物の自動ドアを潜ると、大抵はそこにスタッフのお姉さんが立っている。
センターによっては男性の場合もあり、それぞれ専用の制服を着ている。
彼女らの仕事は内部の案内と初心者への説明だ。ほとんど一日中立ち仕事と接客業なので中々に辛い仕事だ、と大地は聞いた事があった。
「こんちは~」
流石に三年間ほぼ毎日という位に通い続けた大地ともなると、顔見知りのスタッフばかり。尤も、それ以上にゲームでの功績が高い為、新人スタッフでも顔と名前は知られているレベルだった。
「今日から高校生か~。勉強もするんだよ」
「は~い」
お姉さんに適当に返事を返すと、大地はゆっくりと中へと歩いていく。
センターの中は少し薄暗い雰囲気で、まず正面にドーナツ型のカウンターがあり、受付となっている。そこには四箇所にスタッフが立っており、ドーナツの中心には演出だろうか、剥き出しの基盤や配線、機械類がピコピコ点滅していたりする。
受付の左手には、巨大なスクリーンと複数のディスプレイがXODの世界をリアルタイムで映し出している休憩所。巨大スクリーンでは、注目されているプレイヤーが映し出されていたり、バトルモードの全体図が映っていたりする。
受付の右手には、喫茶店やファストフード店、ファミリーレストランなどの飲食店が並んでいる。ただし、その全てが大川系列の店だ。一番手前では、XODのグッズが売っている店もある。プレイヤーがまず初めに出会うNPC、『リリィ・ランプ』のグッズはある特定のゲーマーには好評であり、そこそこの売り上げがあるそうだ。
昼食には少し早い時間だが、大地はとりあえずハンバーガーショップで昼食をとることにした。
「いらっしゃいませ」
「えっと、ダブチーセット」
「以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「お支払いはポイントで?」
「いや、お金で」
「かしこまりました。四百二十円となります」
大地はポケットから財布を取り出し、五百円玉で払う。
「五百円から頂きます。八十円のお返しです。はい、どうぞ」
お釣りをもらうと同時にチーズバーガーとポテトとジュースが出てくる。
流石は大川、仕事が速い。
などと思いながら大地は席に着いて、ポテトを二つ口に放り込んだ。ファストフード店の席から見える巨大スクリーンの映像を見ながら、手早く食事を済ませると早速といった感じで受付へと大地は向かった。
「いらっしゃい、少年」
大地の姿を見ると、受付の女性がフフンと笑う。
「いいかげん名前を覚えてくださいよ、お姉さん」
「少年こそ、私をお姉さんと呼ぶじゃないか」
他のスタッフとは明らかに違う雰囲気を、言うならば妖艶な雰囲気を漂わせているこの女性は大地と顔馴染だ。
紫色に染めたショートの髪に、切れ長の瞳。出てる所はトコトン出て、出なくてよい所は全く出る気配を持たないプロポーションを、サイズが一つ小さいんじゃないかって位にギリギリのコスチュームに身を包んでいる。
他のスタッフはXODとロゴが描かれた黄色のタンクトップに黒のホットパンツ、足元は黒のブーツなのだが、このお姉さんは黒のタンクトップは短くておへそが丸見え。加えて黒のホットパンツもお尻がちょっと見えそうなくらいだ。そして編み上げのブーツといった感じで、想像させるのは、ムチとローソク。青少年には非常によろしくない格好だった。
「尤も、私の名前を知りたければまだまだ年齢が足りないね、少年」
加えてこの性格である。
これがロールプレイなのか、はたまた素なのか。それは他のスタッフも知らない、永遠の謎だ。
大地とは三年になる付き合いだが、未だに大地を名前で呼ぼうとせず、自分の名前も教えてくれない。そんな妖艶な女性だ。
かなりの美人である事は確かなのでインターネットで所々やっているセンタースタッフ人気投票なるものでは常に上位。専門雑誌W・Xにも度々写真が掲載されたりするのでファンが結構いるのだった。
「今日はバトルかい? それともクエスト?」
クエストモードは俗に言うRPGで、広大な世界でNPCからの依頼を受けたりダンジョンを探索したりモンスター退治などである。
バトルモードはその名の透り、対戦である。バトルモードではクエストモードで手に入れたアイテムを使え、アイテムが多いとそれなりに有利なのである。
「お姉さんには関係ないよ」
大地がそう答えると、お姉さんは素早く大地の頬をムニィっとつまんだ。
「ナマ言うようになったじゃない少年。お姉さんがもっと大人にしてやろうか。ただし痛いぞ」
「ひ、ひらないほ(い、いらないよ)」
美人の顔が強制的にドアップにある。
少しだけ頬が赤くなった大地だったが、肝心の頬がつままれているので誤魔化せた。
「だから少年でいいのさ。さぁ、カード出しな。何時間やる?」
「二時間」
「なんだいなんだい、四十八時間くらいパーッと遊びなよ、パーッとさぁ」
「オレはデータ人じゃないってば」
データ人とは、XODオタクの俗称だ。
彼らは平気で一日中や二日間プレイする。それなりに社会問題にはなっていたりするのだが、何の対策もとられようとはしない。
要は本人の問題だ。企業側には何の問題もない。
大地はカードと四百円をお姉さんに渡す。お姉さんはそれらを受け取るとお金を設置してあるコイン挿入口に放り込み、カードをディスプレイに設置された挿入口に入れる。そしてキーボードを叩き、出てきたカードを大地に返した。
「はい、五階の504の部屋だ。階段で行きな」
「なんでだよ」
ちなみにちゃんとエレベータもエスカレータも階段もある。カウンターを挟んで入り口と反対側にその三つがあるのだ。
「私の権限で、少年にはエレベータもエスカレータも使わせない」
「だから何でだよ!」
そこでお姉さんはニヤリと笑う。
「ほら、好きな人にはイジワルしたくなるだろ。それだ」
「ば、…あ、……行ってきます……」
半ば照れながら大地は奥の階段へと向かった。
「行ってらっしゃい、純情少年」