表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

―太陽の翼― 2

 XOD、クロス・オブ・データは世界中をリンクする巨大なネットワークゲームである。

 日本、アメリカ、ロシア、エジプト、中国……その他、国を問わず全てのプレイヤーが同じ世界を冒険する事が出来る誰もが憧れ、理想としたゲームだ。

 サーバなどで分けられてもおらず、そのままそっくり生まれたもうひとつの世界。

 それがXODだ。

 世界中の人間が必ず知っていると言われる大企業『大川グループ』の大川(おおかわ)奈央人(なおと)が独自の文字を使った基本プログラムを製作。基本筐体を片霧(かたぎり)康文(やすふみ)が製作し、XOD自体のプロジェクトが開始された。

 曰く、大川グループの税金対策。

 曰く、大川グループのお遊び。

 等々、ゲーム業界の人間は半分馬鹿にしていたのだが、それは間違いであった。開始から三年も経つ現在に至ってはゲームセンターは全滅。家庭用ゲーム機も殆どがその人気を衰えさせ、今やコアなファンしか残っていないという有様である。

 だが、XODには今までの体感ゲームなど足元に及ばない程の魅力があった。まるでSF映画に出てくるような筐体に乗り込んでゲームを始めれば、そこがあたかも現実に思えるほどの体験ができるのである。肌に触れる風、手に触れる物の質感、踏み締める大地の感触、その全てが本物と寸分狂わない世界へ入り込むことが出来るのだ。

 そして、パートナーの存在である。XODの世界、データワールドに初めて訪れたときにパートナーを創造するのである。それは二足歩行ロボットであったり、ビルよりも巨大なロボットであったり、恐竜を模したロボットだったり、狼をモデルとした四足歩行のロボットであったり、自分を守ってくれる竜人であったり、可愛い女の子であったり、刀や剣、拳銃といった武器であったり、身を守り魔法が使える鎧であったり、飛行機であったり合体メカであったり、巨大戦艦であったり、えとせとらえとせとらだったり。

 そこに十人いるのならば十通り、そこに千人いるのならば千通り、言うならば世界の人口だけパートナーの数が存在するのである。

 そんなXODも初めから全てが完成していたわけではない。大幅なバージョンアップが三回。その間にも細かく修正されていったのである。

 最初のバージョンであるVer1.00では所々に存在する街や遺跡があり、モンスターが徘徊する世界であった。プレイヤーはモンスターを倒しポイントを稼ぐ、アイテムを探す、といった感じのゲームだった。

 それから改変されたVer1.50ではモンスターを倒した時に得られるポイントが大幅に下げられ、ポイントの受け渡しが可能となった。そしてプレイヤーがプレイヤーを倒す行為、PKプレイヤー・キルで相手のポイントが奪えるようになった。

 このバージョンでXOD史上、一番危険度が高い事故が発生した。

日本でのプレイヤー四人がデータワールドから抜け出せなくなった事件である。

四人は無事に現実世界に戻って来ることが出来たが、色々と抗議された結果、一時的にXODは凍結。だが、ファンの根強い人気と共に大幅な改編を加え、安全性も確立し再開される。

 Ver2.00では新しくNPCノンプレイヤーキャラが配置された。NPCからの依頼やクエストが追加され、それに伴いアイテムが急増。プレイヤー同士の売買の他に街にお店が追加された。ちなみに、NPCも一つの人生を歩んでいることになっており、ちゃんと個性と記憶がある。殺すことも出来るが、何の得にもならない上にそのNPCは消滅してしまうのである。

 Ver2.50では今までのゲームをクエストモードとし、新しくバトルモードが追加された。プレイヤー同士がルールに従って争うモードで、勝利すればポイントやアイテムがもらえるのである。それに加えて、現実世界の大川グループ関係の店でポイントが使えるようになった。しかし、余程のプレイヤーでない限り、得はしていない。

 Ver3.00では、ロボット系を使うプレイヤーの強すぎるとの指摘を受け、ダメージが残ることになった。つまり自動回復の停止である。よりリアルになったと喜ぶ者もいたが、ブーイングは大きかった。破損した箇所は町に居る技術屋NPCに直してもらうことになる。全損でもない限りそこまでポイントがいらないので、特別なハンデが増えた訳ではなかった。

 そして、XODは現在のVer3.50となっているのである。



「ちはやの楽しいXOD♪……は、別に読まなくていいか」


 ⅩOD専門の雑誌、『W・ダブル・クロス』の今回の特集記事『XODの歴史』を読み終わり、大地は雑誌を背中に背負った黒のバッグにしまう。アパートから一番近いコンビニで雑誌を買ってから、読みながら登校路を歩いてきたのである。

 ふぅ~、とため息をついて肩をまわす。立ち読みならぬ、読み歩きはそこそこそれなりに神経をすり減らす。ほんの少しでも肩は凝ってしまう。

 歩道の隣には四車線で会社へ向かっていると思われる大人達の車が、制限速度を少し超えた速度で通り過ぎていく。見上げれば空を隠すビル群。そのせいで、大地が通うはずの高校はまだ見えなかった。

 それから、5分程歩けばようやく目的の鳴高が見えてきた。特に目立つ施設など何もない、どこにでもある校舎だ。

 ここまで来ると、大地の他にも鳴高の制服を着た生徒達がちらほらと見ることが出来た。誰も彼もが真新しいパリッとした感が漂ってくる制服に身を包んでいる。男子の制服はどこにでもある黒い学生服。だが、女子は今時では珍しい古いデザインのセーラー服だった。

 黒いセーラー服は昔のドラマを思い起こさせる雰囲気だが、唯一の特徴といえば胸の大きなリボンだろうか。赤いリボンはそれなりに可愛らしさを表していた。そのせいか女子の間では制服に対する不評はそんなに無く、逆に一部の女子には人気があるほどだった。

 大地は初めて見る女子の制服をぼ~っと観察しながら高校へと歩く。校舎へと近付くにつれ生徒達は密集してくると、大地の耳に生徒達の話し声が自然と入ってきた。その内容は主に狩場大地、本人の話題である。

 今や全世界を通じて有名なXODである。知らない人間など縁側でのんびりと日々を過ごしているご老人達ぐらいだろう。

 そんな日本において狩場大地は下手なグラビアアイドルよりも有名だった。登録ナンバー0001という数字に加えVer1.50事件の渦中にいた人物。さらに加えて、かなりの実力者なのだ。大地はどこへ行っても少なからずは話題の中心とされてしまうという毎日を過ごしてきた。最初の内はその事にこそばゆい感じがしたが、毎日続くと慣れてしまうものである。ただ天狗になるな、とは母からも自分でも言い聞かせてきた。


「ふ、くぅわ~~~、はぁ。着いた着いた」


 校門で一度大きく伸びをしてから大地は校内へと入った。極一部の生徒を除いては殆どの生徒が歩いて登校しているので、大地はその集団について行く。まだ頭の中に校内の地図が出来上がっておらず下駄箱への道順が分からないのだ。

 集団は予想通りに下駄箱まで案内してくれたので、大地は自分の場所を探す。


「一年三組……狩場大地っと……」


 名前の入ったシールを一つづつ見ていき、発見。履いて来た靴をそこの下段に押し込めバッグから上履きを取り出して履いた。

それからは生徒がバラバラに移動していく。とりあえず大地は廊下へと進み、階段で一年生の教室が並ぶ三階へと登った。三階へ着くと後は一目瞭然だった。手前から一組となっており一番奥が六組である。三組の大地は迷う事無く真ん中の教室に入った。


「あ、狩場君だ」

「お~、《正義の味方》だ~」


 一人二人の言葉を皮切りに、次々と教室にいた新入生から大地の名前が呼ばれていく。大地としては少し気恥ずかしい。


「ども、よろしく」


 軽く右手を挙げ教室のみんなに挨拶をした。ここまで有名だと友達が出来るのは時間の問題だな、などと思いながら大地は適当に真ん中辺りの席に着く。高校初日の今日は席など決まってなく、みんな思い思い場所に勝手に座っているのである。


「よ、《正義の味方》」

「その呼ばれ方は、そろそろ恥ずかしいんだけどね」


 早速といった感じで話しかけてきた見知らぬ男子生徒に軽く照れ笑いを返す。それを見てか、わらわらと生徒達が寄って来た。男子生徒はもちろん女子生徒もいるし、隣のクラスからも何人かが集まってきていた。

十数分の質問攻めに耐えると、教師らしき人物が入ってきたところで大質問大会はお開きとなり、大地はこっそりと安堵のため息をついた。


「よし、座れ~。自己紹介は後にするから、まずは入学式だ。廊下に名簿順に並んでくれ」


 二十代前半だろうか、まだまだ教師としての貫禄が少しばかり足りない雰囲気の教師は、話しながら一列づつプリントを配っていく。大地は前から回ってきたそれを受け取ると、後ろに回してから席を立つ。廊下へと出ると、ちょうど他のクラスの生徒達も廊下へ出てきたところだった。男子一列女子一列に並ぶようで、大地は適当な位置に並ぶ。まだ全員の名前と顔が分からないので、自分が何番目かを数えて並ぶしか方法がない。

 ようやく並び終えると、ふと隣からの視線を大地は感じた。

そちらに目をやると、同じ目の高さに目。切れ長の可愛いというより綺麗に分類されるような目と視線がぶつかった。

 見れば隣の女子は大地と同じくらいの中々の長身であり、尚且つポニーテールにしている髪形のせいか、今は大地よりも高く見えてしまう。

 そんな彼女にはある単語がとても似合いそうな雰囲気がした。彼女は眼鏡をかけているわけでもなく、三つ編みなわけでもない。しかし、どことなく『委員長』という単語を連想してしまう。どことなくリーダー的雰囲気が感じられるのである。


「あ……」


 その彼女が小さく呟いた。それに合わせて、大地は軽く右手を挙げる。彼女はそれっきりで、あとは前を向き続けた。大地も気にせず、前を向く。

 やがて列は歩き出した。

 新入生の団体は、式の会場である体育館を目指し、辿り着く。

 ほどなくして何の変哲もない入学式が始まった。先生の挨拶に校長の挨拶、その他色々とあるが大地の頭には何にも入ってくることは無かった。それは他の生徒も同じで、入学式早々から問題を起こそうなどと愚かな考えを持つ者の出現もなく終わりを告げる。

 入学式が終わると、式に来ていた親子共々で教室へ戻る。

今度は各クラスの担任の紹介である。大地のクラスの担任は新井先生というらしく、代々学校の先生になる人が多い一族だそうだ。そんなどうでもいい自己紹介が終わると教科書が配布された。それを本気で嫌そうに大地は眺めると横に控える母親が持つ紙袋に突っ込んだ。

 それからすぐに新井先生の話は終わり、高校生活の初日が見事に幕を下ろす。


「じゃ、大地、先に帰るわ。あんたはセンターに行くんでしょ」


 母はそう言いながら、よっこらしょと教科書が詰まった紙袋を持ち上げる。


「おう、そこで昼飯も食べるよ」

「はいはい。私は楽でいいよ」


 はっはっは、と笑い声を残しながら母は教室から出て行く。昔から豪快な人間なのである。


「さて、センターに行きますか」


 そう一人で呟き、バッグを背負い大地は教室から出て行く。その様子を、一人の女子生徒は見ていた。


「あら、純。もう好きな人でもできたの?」

「そ、そんなんじゃないわよ」


 女子生徒は母親を無視するように教室を出て行く。母親はにこやかにその様子を眺め、大地の母と同じように紙袋に詰まった教科書を持ち上げ、教室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ