第六話 戦車の王
「――我々が居る、都市カーディフを中心とした三都市。そこから街道を通して西に隣接しているのが、マールトンという都市です」
都市カーディフの執務室。
その主たる席に座らされながら、王城健吾はアウラスの報告を聞いていた。
一枚板の机の上に広げられた地図には、帝国領エヴェンスを中心に描かれている。
都市間の粗密はあるものの、首都エアを中心として広がる城市の数、およそ七十。
「このマールトンと、その北臨三都市が解放されました」
「へぇ――自力でやったのかよ。やるじゃねぇか」
にやり、と笑う仕草がどうにも獣臭い。
その様子に微笑を浮かべながら、壮年の優男、アウラスは言葉を続ける。
「我々も、助勢を送りましたがね。解放軍から割けるだけの武装使いを――といっても5人に満たぬ数ですが……武装使いは帝国に徹底的に管理されていましたからね。ちなみにこれ、報告済みですが」
「おっと、そうだったか。悪ぃ。でも、ま、同じこった。オレなしでやれるんなら、後のこと考えりゃあイイことだろ」
「そうですね。まあ、望むならばケンゴ殿が王になることもできる、ということはお伝えしておきます」
「勘弁してくれ……オレぁ王なんてガラじゃねェよ。だいたい王なんてなぁ、前の王様の身内から選ぶもんじゃねェのかよ」
「まあ、本来ならそうですがね。前王国の血族はほぼ全滅。わずかな生き残りも帝都に抑留されている現状、“八王”を倒せるほどの武装使いは、その事実だけで王に立つ根拠になり得るのですよ」
アウラスが説明する。
武装は才能である。
古来より武装使いを近親に持つ者同士が通婚を重ねてきたせいか、王侯貴族に発現する可能性が高いものの、一般人から発現する者も少なくない。
だが、王侯貴族の武装使いと、一般人の武装使い。この両者には決定的な差がある。
それは、鉄量だ。
普段から鉄になじまない一般人。
資力をかけて鉄を集め、幼いころより鉄に馴染んできた王侯貴族。
この両者は、“空想”できる鉄量が決定的に違う。
針や小刀、がせいぜいで、剣を出せれば超一流の一般人。
これに対して、王侯貴族が顕現させるのは、鎧、大剣、戦馬車といった膨大な鉄量を必要とする武装だ。
結果として、王侯貴族の武装使いと一般人の武装使いの実力差は隔絶する。
だが、それがゆえに。
強力な武装を顕現させた武装使いは、身分の貴賎に囚われず、優秀な武将として貴族に列せられるのだ。
王とその血族不在の現状、国内で最も強力な武装使いが王に立つことは、けっして無理押しではない。
「ま、オレにそんな気はねェよ」
「そうですか。でしたら、私も夜逃げの準備を欠かさないことにしましょう」
この壮年の優男は、健吾が旅に出ればついて行くという姿勢を崩さない。
そこに微妙に引っ掛かりを覚える健吾だが、アウラスからは悪意を欠片も感じない。
――ま、事情があるってんなら、そのうち言うだろぉよ。
健吾はそう考え、深くは追求していない。
「では、続いての報告です。先日、東部の湾岸都市、タッドリーが解放されたことは報告いたしました」
「あぁ」
地図の沿岸部。王国南部の海岸線を指差すアウラスに、健吾はうなずく。
「そちらの指導者から、文が届いております。ケンゴ殿に、と」
「おい、オレが読むのかよ」
「ケンゴ殿にあてて、ということですので――解放軍の長に、ではなく」
差し出された封書を健吾は戸惑いながら受け取ると、気が進まない、という様子でもたもたと封を開けた。
その、姿勢のまま、健吾は固まった。
文に書いてある文字は、見間違えようがない。王城健吾の故郷の言葉――日本語だった。
「おいおい、マジかよ……」
つぶやきながら、健吾は文章に目を落とした。
そこには、流麗な日本語で、こう書かれていた。
“はじめまして、日本人の長門かえでです。
貴方も、あの魔女さんに喚ばれて来た日本人、って理解でいいですよね? あたしも同じ境遇です。
なりゆきでタッドリーを解放しちゃったんだけど、事情があって自由に動けません。手を貸してくれると、とても嬉しいです。あと街の偉い人に言っとけって言われたんだけど、同盟しましょう。では、待ってます。”
「……おやっさん、こいつ馬鹿だぞ?」
たとえ本当に馬鹿だったとしても、健吾には言われたくないであろう。
ともあれ、健吾は渋面で言いながら、手紙の内容を話す。
「ふむ……」
壮年の優男はしばし、考えてから、浅く頷いた。
「どうやらタッドリーも、こちらと同じ状況らしいですね。おそらくその、ナガトさんは都市の有力者からお飾りの指導者に祭り上げられたのでは、と推測されます。“自由に動けない”ということは、タッドリーはおそらく解放時の戦闘が原因でか、それとも元々か、都市防衛戦力としての武装使いがナガトさん以外存在していない、ということでしょう。それから、同盟を申し出てきた、ということは、現状あちらは我々の風下に立つ気はない」
「……おやっさんも、こんな簡単な手紙から、よくもそう難しく考えられるモンだ」
健吾は呆れたが、アウラスが気にする様子はない。
「現状、タッドリーは孤立しています。これは、他の新規解放都市と違い、我々との連絡を、巨大な帝国勢力が挟んでいるためです」
言いながら、壮年の優男は地図の一点を指差した。
「――エヴェンス首都エア。王を失ったとはいえ、王都には2000ほどの帝国兵と、数十人の武装使いが居ます。これを中心として、周辺8都市に詰める帝国兵は、万を数えます」
「その街の様子はどうなんだ」
「良くありません。王が討たれ、反乱軍の発生もあって、首都周辺は臨戦態勢にあります。これに応じて、民衆への監視が厳しくなり、各地の集落で徴発が相次いでおります」
「……そうか。迷惑かけてんなら、早く助けてやんねェとな」
握りこんだ己の拳をながめる健吾に、アウラスが微笑みかける。
「ケンゴ殿、ケンゴ殿は希望です。帝国の苛烈な支配。永久にも続くと思われたそれに、ケンゴ殿は風穴を開けてくださいました。太陽の存在を思い出させてくれました。夜は、必ず明ける。それさえ知っていれば、人は耐えられます。我々に耐える強さを、そして戦う意思を与えてくれたのは、ケンゴ殿ですよ」
「……そっか。ま、戦う意思を与えたのは、おやっさんって気がするけどな――ま」
拳をばちんと打ち鳴らして、健吾は言う。
「――とりあえず、首都の帝国兵どもをぶっ飛ばすとすっか!」
そう、宣言した、直後。
急ぎを伝える伝令が、執務室に駆けこんできた。
「伝令っ! 西部の都市マールトンっ……壊滅ですっ!!」
その、報せに。
普段は温顔を崩さないアウラスが、顔色を失った。
急な喧騒となった。
とにかく、急ぎマールトンへ、と立ったが、健吾は馬に乗れない。
だれか、と、探した時、手を挙げたのは、なんと銀髪の幼い少女――ミリアだった。
「馬なら乗れます! もちろん、上手にではありませんけど、二人乗りで急ぐなら、いっしょに乗る人は軽いほうがいいはずです!」
父であるアウラスは何か言いかけたが、健吾のそばがもっとも安全だと判断したのだろう。
結局アウラスは「娘をお頼みします」と頭を下げた。
「任せときな、おやっさん」
健吾は親指を立てると、ミリアとともに馬に乗り、街を飛び出した。
◆
都市カーディフを飛び出し、慣れぬ馬を急ぎに急がせて、まる一日。
マールトンにたどり着くと、疲労困憊したのだろう。銀髪の少女は馬の背にぐったりと伏せてしまった。
「ミリア、あんがとよ。まわりの警戒はしとくんだぜ」
少女の背に、ぽんと手を載せてから馬を下りると、健吾は街へ向かって駆けた。
マールトンの街は、一見して壊滅していた。
城壁は崩れ、各所から煙の残滓が上がっている。
往復の時間を考えれば、マールトンの崩壊は二日前。
それでも、戦火の余燼は街の各所で、いまだ燻っていた。
家という家は崩壊していた。
肉片が、街のそこかしこに散乱していた。
すりつぶされてミンチのようになった死体があった。
焼け焦げた人間の死体があった。
子をかばうように抱く親、二人分の焼死体もあった。
破壊と、絶望と、徹底的な殲滅を尽くした惨状の痕跡が、そこにあった。
――誰だ。誰がこんな真似しやがった!
「出て来やがれっ! 腐れ外道おおっ!!」
街を包むような、あまりにも強い武装の気配。
その発生元を追い求め、中央通りをまっすぐに駆ける。
左右の建物が途切れ、視界が開けたその場所に、男は居た。
異様異装の男だった。
黒髪、黒い瞳、黒い詰襟の学生服。
不吉の象徴のように、黒でそろえた若い痩せぎすの男は、健吾の姿を認めて、赤い口を三日月のように裂けさせた。
「やあ……ひと目でわかったよ。やっぱ日本人って特徴的だよね。日本に居ると、わからないものだけど」
男は黒い鉄の塊の上に腰をかけていた。
巨大な鉄の塊だった。
よく見れば、その下からは血がにじみ出している。
“武装”だ。それも、途方もない鉄量の。
副王グートの“大鉄城門”の、優に数倍はあろうかという質量。
そして男の装いと言動から、健吾は察した。
「――テメェも日本人か」
「そうだよ。はじめまして」
にこやかに笑い、男は名乗った。
「僕は鉄轍也。先任者不在の穴埋めで王になった“破城鎚の王”と違い、正真正銘、皇帝に認められた帝国八王の一人、帝国領エヴェンスの――国王だよ」
男は立ち上がり、肩を張る。
重い、唸るような音とともに、その姿が裏返った。鉄塊の上部が回転したのだ。
「おっと」
あわてて向き直った男が笑う。
健吾の前に、ぴたり、巨大な砲口が向けられている。
鋼鉄の装甲。
長大な筒状の火砲。
あらゆる悪路を進む無限軌道。
この世界とはまったく異質の、人を殺すための兵器。
「紹介しようか。戦車の武装“超重戦車”……八王級すら軽く凌駕する、世界最強の武装だよ」
哂いながら、男は言った。
「はじめまして――そしてさようなら、僕の国を蝕むウジムシくん」
男が飛び退り――同時に火砲が火を噴く。
轟音。
続けざまに起こる巨大な爆発。
爆風が走り、崩壊した建物の残骸をなお吹き飛ばす。
その、至近に居たはずの王城健吾の姿は……健在だった。
拳を前に突き出して。
その先に、異様ともいえる巨大な鉄塊を顕現させて。
なかば崩れたようなそれの陰で、獣のごとく、口の端をつり上げる。
そこに込められた感情は、闘争の喜悦でも、殺戮を求める嗜虐でもなく――純粋な怒り。
「王城健吾だ」
拳を振り上げながら、王城健吾は名を名乗る。
そして、怒りとともに、言葉を叩きつけた。
「――テメェは殺すぜ……腐れ外道ぉおおおおっ!!」
◆
健吾が叫ぶ。
鉄塊が宙を疾走り、戦車の王――鉄轍也に襲いかかる。
だが、戦車の王はうすら笑いを崩さない。
「おっと――喰らわないよ」
言いざま、火砲が角度を変え、鉄塊に向けて砲弾が放たれる。
低い音を立て、鉄塊にめり込んだ砲弾は、つぎの瞬間、爆発し――鉄塊が。あの巨大な、ただ巨大な鉄の塊は、爆発、四散した。
ばらばらと、地を叩いては消滅する鉄の破片。
王城健吾はその様を、無言で見据える。
鉄轍也がうすら笑いをうかべた。
「日本人に会うことがあるかも、とは思っていたけど……まさかこんな脳筋不良とは思わなかったね。つーかナニその武装。鉄の塊? 原始人かっての! おいおいしっかりしなよ現代人。中世人だってもっとマシな武装出すだろ! まあ砕いちゃったけどな! ははっ、ごめんね不良クン!」
「テメェ……日本人だろ。なんてこんなひでェことが平気でできる」
挑発するような轍也の言葉に、王城健吾は応じない。
ただ、無残に挽き殺された人間の痕跡に目を落としながら、深い怒りを込めて、怒れる男は強く問う。
その、問いを。
戦車の武装使いは鼻で笑った。
「反逆者は殺す。王に逆らう者は殺す。この世界じゃ当然だろ? 頭の悪い不良クンは、こんな言葉知らないかな? “郷に入っては郷に従え”ってね! 力こそ正義……最高じゃないか。なんせ僕が――最強なんだから!」
けらけらと、男は笑う。
王城健吾はぎり、と奥歯を食いしばる。
「テメェ……反吐が出るぜ」
「……気にしないよ? 不良の戯言だからね。君こそ、その身なり、面構え……日本じゃただの不良だったんだろ? 異世界に来たからってナニ正義の味方気取っちゃってんの? ――ああ」
ふと、気づいたように、戦車の王は手を打つ。
「――反乱軍のリーダーなんてやってるってことは、結局帝国の――社会の敵ってことか! こりゃあいいや。クズはどこ行ってもクズか!」
手を打って笑う轍也に、健吾は怒りながら――ふと、腑に落ちた。
腑に落ちて、たまらないほどに、笑いがこみあげてくる。
「……くっくっく。そうかよ。オレみたいなケンカ馬鹿が、ガラにもなく偉いさんに収まってるってんで、ヘンな気分だったが……社会のクズか。こりゃいいや!」
「お前っ!?」
戸惑う男に「ありがとよ」と声をかけてから、王城健吾は名乗りを上げる。
「困ってるヤツぁほっとけねェ。泣いてるヤツぁ見過ごせねェ。悪人どもはぶん殴らなきゃぁ気がすまねェ! 王城健吾っ! 自分の正義を通させてもらうぜっ!!」
強く拳を握りこむ。
敵への、悪への、理不尽への怒りが、放射されたように――鉄塊は、ふたたび具現化した。
「なにっ!? 壊れた武装を瞬時に再顕現させた!?」
驚きの声を発するく戦車の王は、すぐに思い至ったのだろう。舌を打った。
「――そうか。普通なら、武装が壊れれば、“空想鉄塊”から武装への鍛え直しを一からやりなおさなきゃならない。だけど、この馬鹿は“空想鉄塊”そのものを具現化してるからっ!」
不快をあらわにしながら、戦車の王が叫ぶ。
「だが、君も懲りないなっ! そんな武装じゃ僕の敵じゃないんだよっ! またぶち壊してやる――行けっ“超重戦車”っ!!」
「――させるかよ。ぶっ潰せぇっ!!」
戦車の火砲が火を吹く直前、鉄塊の軌道が変わる。
わずか数メートル、弾頭の着弾点は中心からずれた。
轟音、爆発。
だが、鉄の塊は砕けない。
爆発とともに生じたもうもうたる煙の中から、鉄塊はその巨体を現す。
その身をまき散らしながら、戦車とその王を押し潰すになお十分な質量を持って――すでに避け得ぬ至近距離にあった。
「うわああああっ!!」
巨大戦車が鉄塊に押し潰される。
その主は吹き飛ばされ、悲鳴を上げながら地に転がった。
鉄塊に片手を潰されて。吹き飛ばされた衝撃で、体の数か所から血を流して。鉄轍也は、ぶざまに天を仰ぐ。
その視界を陰らせたのは、王城健吾。
獣の笑みを浮かべる、野獣のごとき男。
「たっ、助けてくれ! 殺さないでくれ! お前、日本人だろ? 正義の味方なんだろ!?」
命乞いする哀れな王に、王城健吾は笑って言った。
「テメェ、自分で言った言葉、覚えてねぇのか?」
「え?」
「自分で言ったことには責任持てよ。言ったろ? “郷に入っては郷に従え”ってなぁっ!!」
「ま、待っ――」
命乞いの声を遮って。
重い、重い音が、廃墟に響いた。
◆
銀髪の少女、ミリアが目を覚ますと、至近距離に健吾の姿があった。
「……ふあ?」
「よぉ、起きたか? ミリア」
慌てて辺りを見回すと、馬の上。
それで状況を思い出したミリアは、あわてて身を起こした。
「す、すみません。寝てしまってました」
「仕方ねェだろ。ガキが徹夜した後なんだし――さ、終わったぜ。街は助けられなかったけどよぉ、仇は討ったぜ」
「……やっぱり、帝国の仕業でしたか」
「そうだな」
健吾は応じた。
たとえマールトンの惨劇が、鉄轍也の独断だったとしても、帝国はその結果を咎めるはずがない。
そんな帝国の「鉄の支配」が、どれほどこの国の民を傷つけてきたことか、健吾には想像もつかない。
「……ケンゴさん。わたし、やっぱり帝国のこと、許せそうにありません」
だが、ミリアは泣いている。
涙は流さずとも、震える声がそれを示している。
子供の身で、ずっと感情を押さえこんできた少女が、泣いている。
王城健吾にとって、帝国を憎むには十分な理由だ。
「オレもだ」
健吾は決然とつぶやいた。
野獣の笑みを携えて。
「――まずは首都エアだ。見てろ。まずはこの国から、帝国野郎どもを……叩き出してやるよ」
二人は馬上の人となる。
手綱を握る銀髪の少女は、往路より、ほんの少しだけ、体重を後ろに預けた。
◆登場人物
鉄轍也……抑圧開放型刃物を持たせちゃいけない系男子
【武装データ】
武装:戦車の武装“超重戦車”
使い手:鉄轍也
特化概念:なし(戦車の完全再現)
鉄量:SS
威力:SS
備考:鉄量、破壊力ともに世界の常識を破る規格外の武装。
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