第五話 解放軍
都市カーディフ。
かつて帝国領エヴェンスの主都市のひとつだった地。
現在、カーディフは帝国に対する反乱の中心と化していた。
にわかに起こった故国解放の機運。
暗雲の隙間からわずかに見えた、まばゆい日の光のごとき希望は、街中の人間に活気を与えている。
その、中心地。
かつて、帝国軍の居留地であった館の庭に、王城健吾の姿はあった。
奇岩を産することで有名な隣国の僻地より取り寄せたらしい緑色の大岩の上にあぐらをかきながら、健吾は腕組して天を仰ぐ。
「ケンゴさん」
背中から、ふいに声をかけられて、健吾は振り返った。
声の主は、銀髪碧眼の幼い少女だった。バケットの入った編み篭を手にしている。
「ガキンチョ――じゃねぇ、ミリアか」
健吾は途中で言い直す。
ミリア、と名で呼ばれて、少女はどこか満足げに微笑んだ。
延々と続く絶望に摩耗し、長い間無表情だったせいで、半眼水平眉が常の少女だが、最近は意外に多彩な表情を見せる。とくに笑顔はひどく魅力的だ。
「ご飯です。それと、食事が終わったら報告したい事があるので、父が執務室にお戻りください、と。湾岸都市タッドリーから手紙が届いていたので、それ関係だと思います」
「そっか――ったく、おやっさんも融通が利かねェな。オレに相談なんかしなくたって、勝手に片づけてくれりゃあいいのに」
「そういうわけにもいきません。ちゃんとケンゴさんに決定していただかないと。なにしろ、ケンゴさんが――いちばん偉い人なんですから」
ミリアがどこか誇らしげに言うと、健吾は悩ましげに頭をかいた。
近隣三都市と、それを取り巻く数十の村々に及ぶ解放勢力。
それをまとめる大将に、健吾は祭り上げられてしまっていた。
理由など、語るまでもない。
国内を苛烈に支配するエヴェンス副王グートと、その主たる国王ラム。
帝国屈指の実力を持つ武装使いでもあるこの二人を、健吾は倒し、その実力を示した。
だけではない。
異国人でありながら、悪を許さず義憤に燃える心根。
民草を労わり、その喜びを共にし、そして見返りを求めぬ厚き仁徳。
“――いーい笑顔だぜ。最高の礼だ”
あの一言にやられた者も少なくない。
エヴェンスの旧王族は、亡国のおり処刑され、あるいは帝都に軟禁されている。
主と仰ぐ人を欠いた状態で、王城健吾に出会ってしまった民衆は、はたして幸か不幸か。
その人望と、他国者だという事実を利用しようとした者がいた。
王と都市守将の死に乗じて、帝国兵の排斥に成功した三都市の指導者たちだ。
彼らは王城健吾を解放軍の長に祭り上げようとした。もちろん、思惑あってのことだ。
それぞれが旧王国の高級官僚、あるいは有力武装使い出身だ、解放軍の長たる資格は十分にあった。が、同時に他の者が自分より高位に立つことを良しとしなかった。
それゆえ、正当性はないが実力と人望のある健吾をお飾りの長に据え、自らは後ろに立って実権を握ろうと目論んだのだ。
もちろん、こんな話、健吾にとってはいい迷惑だ。
「んな面倒な地位、いらねェよ」
断ったが、指導者たちは、なおも甘い言葉をまくし立てる。
あまりのしつこさにブチ切れかけたが、それよりも先にミリアの父――アウラスが、静かな怒りとともに言葉を割り込ませた。
「ケンゴ殿は他国の人間で、しかも旅を急ぐ身です。我々はケンゴ殿に憎き帝国の支配者を取り除いていただいた。これ以上を望むのは、厚かましいと――いうものでしょう?」
指導者たちとて、みなひとかどの人物だ。
だが、壮年の優男の、存外に強い言葉は、彼らを圧した。
「いったいここは誰の国ですか。誰の国を取り戻す気でいるんですか――我々の、エヴェンス人の国でしょう。貴方がたは、我々の街を取り戻すのに、他国の旅人にここまで手を貸していただいて、そのうえ国を取り戻すのも手伝えと? このうえ彼にまだ血を流せと? 貴方がたにはエヴェンス人の誇りはないのですか!? 自ら血を流し、祖国を解放しようという気概は――ないのですか!!」
白皙の優男が発したとは思えない厳しい言葉に、都市の代表たちは一言も返せなかった。
「――行きましょう。ケンゴ殿。足弱の身なれど、ケンゴ殿に従わせていただきます」
「お、おやっさん? なんだそりゃ?」
呆然とする彼らに背を向け、礼を向けてくるアウラスに、健吾のほうが面くらう。
だが、白皙の優男は、怒りの余憤残る口で、宣言する。
「言ったでしょう。王を倒していただければ、我が身命を捧げると。これでもそれなりに世慣れた身です。存分に――お使いください」
「……おやっさん。言ったろ? オレぁそんなつもりでおやっさんの頼みを引き受けたわけじゃ――」
言いさしたところで、三都市の指導者たちはみな土下座せんばかりに頭を地に打ちつけた。
経歴は違えど、彼らはそれぞれ、帝国に支配されていた10年という年月、ひたすら故国を思い、研ぎすました牙を隠してきた。
だが、副王グート、そして国王ラムの死。
予測の利かない状況下で、まがいなりにも都市の解放に成功できたのは、アウラス――この、国が滅びた当時、ほんの若造に過ぎなかっただろう優男が、お膳立てを済ませてくれていたからだ。
王城健吾を失い、同時にアウラスがこの国から去れば、どうなるか。
近隣三国の王たちの餌食になるだろうか。それとも帝国本土から派遣された新たな王により、鎮圧され、処刑されるだろうか。
都市の指導者、三者いずれも無能ではない。
だが、故国奪還を謳いながら、都市を解放したその先を見据えて動けなかった。
その致命の事実をいまさらながらに認識させられた彼らには、健吾の侠気に縋るしか手は残されていなかった。
かくして王城健吾は、解放軍の長の地位と実権を手に入れることに成功した。
本人の意思とは関係なく。
「おやっさんも人が悪ぃぜ……ま、あん時おやっさんが怒ったのは、間違いなく本気だ。それに、長になったおかげで、楽に人探しできるんだから、イイんだけどよぉ」
健吾としては、どうも嵌められた気がしないでもない。
「――ま、決めたのはオレだ。辞めたくなりゃ勝手に辞めるさ」
「その時は、私にもご一報を。一緒に――逃げますので」
しれっと返すアウラスは、本気で健吾に忠誠を捧げているらしい。
むずかゆいし止めてほしいのだが、アウラスも、これだけは頑として譲らなかった。
ともあれ。
そんなわけで、現在、王城健吾とアウラス、ミリア親娘は都市カーディフの帝国軍の居留地だった館に住んでいる。解放軍の本拠と兼任である。
「でも、ケンゴさんも不思議な人です」
食事の肴、とでも言うように、ミリアはふと言いだした。
健吾はもしゃりとパンにかぶりつきながら応じる。
「そうか?」
「そうですよ、たとえばその黒い服」
ミリアは健吾の服を指差した。
「タダの黒いワイシャツにジーンズなんだけどな……ま、ここじゃヘンな格好か」
ミリアは白い短衣に膝元まで編み上げた革のブーツ姿である。
それと比べれば、素材感といい、形といい、健吾の服装は異様極まりない。
「ケンゴさんの故郷の衣装なんですか?」
「ああ。日本で買ったんだし、日本の服でいいだろ」
こだわりのない健吾は、自分の服がどこの国で作られたか、まったく気にしていない。
健吾の言葉に、ミリアが小首を傾げた。
「ニホン?」
「オレの国だ。俺はそこから、宵闇の森、だったか、あそこに連れてこられた」
「誰に、ですか?」
「それが、探してるヤツの一人だ。女のほう。自称魔女とかいうヘンな女だ。オレはその女に、こっちの知識と“武装”を教えられた」
「でも、宵闇の森って内陸ですよ? そこからケンゴさんの国に繋がってるんですか?」
ミリアが首をかしげてしまうが、健吾もそのあたり、よく分かっているわけではない。
「よく分かんねェけど、その魔女が喚び寄せた……らしい」
「喚ぶ? 遠くの国から? ひょっとして“武装”の能力で、ですか?」
「たぶんな。で、あの女が何考えてるかは、よくわかんねェんだが、日本人てのは、“空想”できる鉄量がとんでもなく多いみてェなんだ。だから呼んだんだと」
空想鉄塊。
武装の素材となる思念上の鉄を生み出せる量には、個人差がある。
その量は、おおよそ「直感的にイメージできる鉄の量」に等しい。
鉄が希少であるこの大陸では、健吾の倒した副王グート、国王ラムほどの鉄量ですら、他に類を見ない規模、と評される。
しかし、日本人、いや、現代人であれば。
たとえば飛行機。たとえばタンカー。たとえばパワーショベル。
巨大な鉄の塊を見る機会などいくらでもある。自然、空想できる鉄量も膨大なものになるのだ。
もちろん、健吾はそこまで深く考えてはいないが。
「ケンゴさんがその女の人を探しているのは、元の国に戻るためですか?」
「まあ、そうだ。他にもいろいろあるけどな――ま、安心しな」
不安げな表情を見せるミリアの肩を、健吾は元気づけるように叩いた。
「すくなくとも、ミリアの周りが平和になるまでくれェは、ちゃんと居てやるさ」
「ケンゴさん……」
子供に言い聞かせるような口調に、少女は少し不満げな表情を見せる。
それには気づかず、健吾はふと思い出したように言った。
「そういえばあの女、オレのほかに三人ほど喚んだって言ってたな」
「……それってケンゴさんのほかに、同じくらい強い武装使いが三人も居るってことですか? なんのために?」
「帝国を滅ぼすため……いや、皇帝を倒すため、だったか? まあ、言うことなんざ聞く義理なかったんけどよ……なりゆきってのは怖ェな」
健吾はしみじみとつぶやく。
皇帝を倒す、まで行くかはわからないが、それに近いことをやりつつあるのだ。
「……ほかの人たちはどうしてるんでしょうか?」
「えーと、たしか……一人目は武装を教えたらトンズラされて、二人目はめんどくさいと逃げられて、三人目は異世界観光してくると宣言して出ていった――だったか。まあ、そこらをふらふらしてんじゃねえか?」
「それって全員ろくでもない人なんじゃ……」
ミリアの言葉を否定する要素は、なにひとつとしてなかった。
◆
数日後、エヴェンス西の国境に、ひとりの男の姿があった。
黒髪に黒い瞳。短身痩躯の若い男だ。全身黒づくめの風体。その異様な服を、知る者はこう呼ぶだろう。
“学生服”。
それを身に纏う男は、西の方を眺めて、口の端をつり上げる。
「見えてきたな。あれが僕の国、か……」
男の足元では、巌のごとき鉄塊が、軋むような音を立てている。禍々しい鉄塊は、地に深い痕跡を刻みながら、西へと進み続けている。
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー1
名前:モヒ=カン
武装:棍の武装“火炎槍”
備考:帝国領エヴェンス王国で副王グートに仕えていた武将。炎を放射する武装を使い、いろんなものを焼きはらっていた。ヒャッハー! 汚物は消毒だー! 副王グートは世紀末を生きている。