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外伝2 ミリア

※注意

ぼくの考えたかっこいい武装使いで紹介した方々が出て来ます。パロネタが苦手な方は要注意です。


 勝負は始まった。

 白の宮殿の広大な庭に設えられた三つの特設調理舞台。

 カマドから炎を舞い散らせ、己の信念を料理にぶつける男たちがいる。



「究極の食材に人の願いを込めて――料理の究極はここにあるっ! 踊れ“無限の調理具( UCW)”! 概念凌駕オーバーロード!!」


「食す人を一心に思い、ひたすら食材に感謝する――食の至高は我にありっ! 唸れ“鉄叉鉄刃トリコ”! 概念凌駕オーバーロードぉ!!」


「料理は工夫! 食材が劣ってても努力と工夫でカバーする――おいしいよっ! さあ出番だ、“神の包丁オンリー・ワン”! 概念凌駕オーバーロードっ!!」



 食材が宙を舞う。包丁が踊る。

 両手に包丁を持って空中でかっこいいポーズを決めたり、真空波で食材を切ったり食材が自然に踊りだしたり、と、料理か超能力バトルか分からない光景が展開される。


 そんな状況を審査員席からながめるのは、長門かえで、ミリア、魔女シス、タッドリー商人ギルダー、王城健吾、天掛美鳥といった、いつもの面々だ。



「まさか異世界で料理バトル漫画な光景を目にするなんて」



 かえでがつぶやくと、隣の席のミリアが興味深げに乗り出してくる。



「カエデさん、料理バトル漫画ってなんですか?」


「あっちの世界の漫画。料理で勝負するんだけど……むこうの世界に行ったら持って帰って来てあげるわ」



 ふたりがささやき合ってる横で、魔女シスとギルダーが目を輝かせている。

 またたく間に形を変えていく食材。魔法のように舞い散る香辛料と調味料。選りすぐられた食材が超一級の料理へと姿を変えていく様は、贅沢に慣れた二人にとっても素晴らしい趣向だ。


 料理人として至高の武装を持つ、名高き美食家ユーザン。

 その息子にして料理人究極の武装を持つシェロ。

 そして、ギルダーのお抱え料理人、料理は工夫が信条のヨウ・チャン。


 三者の味勝負に至る過程はさておき、それぞれの信念をかけた戦いは、佳境に入った。

 健吾は楽しげに超人めいた料理風景をながめており、美鳥はいつも通り寝ている。


 そして、三人の料理は刻限ちょうどに出来上がった。

 審査員たちの目の前に、それぞれの料理が並べられる。



「さあ」



 とうながす三人の言葉に従い、審査員はそれぞれの料理に手をつけた。



「ふむむ」



 自身も料理が得意なミリアは、それぞれの料理を丹念に味わっていく。


 ヨウ・チャンの料理はひき肉、チーズ、干しあわびをメインにした三種のラビオリに、それぞれ趣の違う三種のソースを添えて、組み合わせによる多様な味わいを生み出している。無数の味わいの一つ一つが絶品の域だ。


 シェロの料理はアンキモを練り込んだアンキモパスタにアンキモを添え、裏ごししたアンキモソースをかけたアンキモづくしの逸品。普通に考えればクドすぎる風味が、魔術めいた不思議な調和を保ち、口にした者を至福の世界へいざなう。


 ユーザンの料理は干した粒金貝柱や宝あわび、純白海鼠なまこ、その他あらゆる高入手難度の食材を惜しげもなくかめの中にぶちこみ、蒸し上げて出来た透明感あふれるスープ。舌に乗せればたちまちほどけて千の味の多重奏を生み出す、至高のスープだ。



「これは……」



 スープの味わいに、不思議と懐かしさを覚え、ミリアは息を吐いた。







 料理勝負が終わった後も、ミリアはずっと首をひねっていた。

 あのスープ、どこかで食べたことがある。それが気にかかっていた。



「アウラス殿が元王族とはいえ、お嬢様が育った時には、もう田舎で暮らしていたんですぞ? しかもあのスープは王侯の口にしか入らぬもの。いくらなんでも食べたことがあるわけないですぞ」


「舐めた口は気に入りませんが……そうですよね?」


「ひぃっ」



 大商人ギルダーの言葉に、ミリアはうなずくしかない。

 普通に考えれば、ミリアが王侯の食事を口にすることなどあるはずがない。



「――でも、たしかにあるんですよ。この舌が、覚えてるんです」



 以前、湾岸都市タッドリーの、ギルダーの屋敷で料理した時もそうだった。

 不思議と食材の役割がわかる。味を覚えている。はたしてそれはミリアの才能で済ましていい問題だろうか。


 そんなことを考えながら、白の宮殿の廊下を歩いていると、正面から赤い仮面が駆けてきた。



「はっはっは、麗しき銀髪の少女よ、ご機嫌麗しゅう! 御免っ!」



 赤い仮面は気さくにあいさつしながら駆け抜けていく。

 ぽかんとその後ろ姿を見ていると、正面からもうひとり、男が駆けて来る。



「ウィストンさん」



 見覚えがある無精ひげの男に、ミリアは声をかけた。

 トレントの代表代行をしている、愛国的野心家、ウィストンである。



「どうしたんですか?」


「あっと、いえ、うちの大将がまた仕事を放って逃げやがりましたんで。失礼しやす!」



 足を止めたウィストンは、それだけ言って赤い仮面を追って駆けて行った。

 ぽかん、と、その影をながめていたミリアは、我に返ると歩き出した。むかう先は厨房である。



「むぅ。なんとかあのスープを再現してみたいんですけど」



 厨房の一角を借りて、ミリアは食材を並べる。

 ユーザンの使ったような希少食材こそないものの、ギルダーのおかげで種類に不足はない。

 舌の記憶を頼りに、なんとかあのスープに近い味を出してみようと、ミリアは挑戦する。


 試作が出来上がった、ちょうどその時、耳の尖った金髪翠眼の少女――ホルンのネリーがやってきた。



「よい匂いだな」


「あ、ネリーさん。のじゃです」



 陶然と匂いを嗅ぐ少女に、ミリアは頭を下げた。



「こんな時間に本格的だな。ミトリ殿の要望か?」


「だったらはねつけてご飯抜きにしてるのじゃです」



 ミリアは事情を説明した。

 ユーザンの作るスープに、ミリアが懐かしさを覚えたこと。たしかに食べた覚えがあること。とりあえず再現しようとしていること。


 最後まで黙って聞いていた少女は、ふむ、とうなずいてから、口を開いた。



「じつは、きみから素性について相談を受けた時に開けろと言われていた手紙があるのだ」


「なぜそんなピンポイントのじゃです」



 手紙を託けた人物の、得体のしれない予知力にドン引きながら、ミリアはネリーが開いた手紙を覗き込んだ。

 七賢者ショルメより、と書かれた手紙には、ごく簡単に、解決方が書かれている。

 くぁく、父親アウラスに聞け。



「……まあ、当たり前のことですねえ」



 的確には違いないが、この程度のことを言うのに手紙を残している差出人の意図が、むしろわからない。



「アウラス殿は?」


「外出中です。なんでも、死後三日経って生き返った奇跡の人が、帝都内で信望を集めてるとかで」



 ミリアにはそんなに大事とは思わないが、アウラス自ら動いた以上、重要な案件なのかもしれない。







 ともあれ、アウラスが帰ってくるのを待つしかない。

 出来上がったスープをネリーに振る舞い、かたづけをした後、外庭をぶらぶらとうろついていると、なにやら向こうのほうが騒がしい。


 見れば、鉄の面を被った全身鎧の武者が、妙齢の娘に追いかけられている。



「クロエ様! どうしてお逃げになるの!? わたくしの指輪の武装あいのあかし、“結婚指輪エンゲージリング”を受け取ってくださいまし!」



 男のほうは全力で首を左右に振りつつ、コーホーと息を切らしながら全力で逃げている。



「なぜですのっ!? わたくしはこんなにもあなたをお慕い申し上げておりますのに! あぁぁぁんまりだぁぁあぁ!」



 女は泣きながら陶製のびんを投げ散らかす。

 可燃性の液体が入っていたのだろうか。女が懐中の火種をなげうつと、男の逃げ場を奪うように炎が走る。



「のじゃ!?」



 いきなり眼前に出現した炎の壁に、ミリアは悲鳴をあげた。



「さあっ! わたくしの愛を受け止めてくださいまし!」


「コーホー! コーホー!」


「わははははははははははは!!」


「大変だーっ! 炎でスイッチ入った変態がツルハシであたりを掘り返し始めたぞ―っ!!」



 炎の向こうの様子は見えないが、ろくでもないことになっていそうである。



「“魔法の杖スタッフ・オブ・マジック”――概念凌駕オーバーロード・流水怒涛」



 なので、ミリアは水ですべて押し流すことにした。

 燐光を帯びた鉄の杖から怒涛のごとくあふれ出る水は、炎ごと女と男と変態を洗い流した。



「……むぅ。こっちも水をかぶっちゃったのじゃです」



 代償として濡れた体を見やりながら、ミリアは身震いした。

 季節はもう冬である。急いで着替えなくては、風邪をひいてしまう。



「ミリア殿。どうしたのだ」



 と、騒ぎを聞きつけてきたのか、顔見知りの男が気遣わしげに近づいてきた。



「ルキウスさん」



 健吾やかえでが重宝している浴場技師だ。

 謹厳実直を絵にかいたような男だが、ときどきフラッと居なくなるのが玉にきずだ。

 事情を説明すると、ルキウスは「それならば」と武装を使って風呂を沸かしてくれた。


 ミリアは好意に甘えて、風呂で冷えた体を温めることにした。







 湯に浸かる、という行為に慣れ、その気持ちよさがわかってきたミリアにとって、入浴は楽しみな時間になっている。



「ふう」



 吐息を落としながら、ミリアは裸になった自分の体を見る。

 やせっぽちだった昔に比べて、現在のミリアはかなりふっくらとしている。



「昔よりかわいくなったわよ」



 長門かえでなどはそう言ってくれるが、胸の膨らみ方とお腹の膨らみ方には相当な格差があり、ミリアとしては肉づきの平等を大いに唱えたいところだ。

 浴場前でばたりと出会い、いっしょに風呂に入ることになった少女の体つきを見れば、よけいにそう思う。



「どうした?」



 ホルンのネリー。

 金髪翠眼、尖った耳が特徴的な少女。

 すらりと伸びた手足に、あでやかな丸みを帯びた、均整の取れた体つき。



 ――うらやましいのじゃです。



 そんな羨望混じりの視線にも、ネリーは首を傾けるばかりだ。

 この少女、少々察しが悪く、またうっかりなところがある。



「ネリーさんは大人っぽくてうらやましいのじゃです」



 口にして、初めて気づいたように、ネリーは眉をしかめた。



「そうだろうか……私はまだケンゴ殿の寝所に呼ばれていない。私に魅力がないせいではないだろうか……」


「そんなことないのじゃです!」



 ずーん、と沈み始めた少女に、ミリアはあわてて首を横に振った。

 気休めではない。ネリーのプロポーションで魅力がないなどといえば罰が当たる。むしろミリアが落とす。



「――ただ……そうです! 魔女さんはお年なので、子作りが急がれるのじゃです!」



 魔女シスが無駄に貶められている。


 その後、風呂からあがると、ちょうどアウラスが帰ってきた。

 ミリアは父に質問し……そして答えを知った。思わぬ事実とともに。







 その日の夜。

 ミリアは奥宮の中庭で、ひとり夜空をながめていた。

 冬だからだろうか。天が遠い。そのくせ澄み渡っていて、満天の星空は輝くようだ。


 泣きたいほどに美しい。

 そんな光景が、そこにあった。



「よう、ミリア」


「ケンゴさん」



 後ろから声をかけられ、ミリアは振り返る。

 その際、ほんのわずかに、身構えてしまった。声の主が王城健吾だと、分かりきっているにもかかわらず。


 野獣めいた容姿の男は、黙ってミリアの横に立った。



「夕めしのときに、な。様子がおかしかったからよ」



 気遣わしげな健吾に、ミリアはぎこちなく微笑む。



「……今日、料理勝負で、いただいたスープ。どこかで飲んだことあるなって、気になって、お父さんに聞いたんです」



 ゆっくりと、ミリアは話す。

 胸の苦しみを吐き出すように。



「そうしたら、わたし、食べてたんです。ほんのちっさなころ、エヴェンスの王宮で……食べさせたのは、エヴェンス王――わたしのお母さんの、お父さんです」



 武装の才無き元王族の男、アウラス。

 その妻は、驚くべきことにエヴェンス王国の王女だった。

 二人が結ばれるまでに様々な紆余曲折があったようだが、それはいい。


 ミリアは健吾が手にかけたエヴェンス王の外孫だった。

 その事実が、ミリアの心を真綿のように締めつけている。



「――でも、いいんです」



 振り払うように、ミリアは言う。



「わたしは、ケンゴさんが居ればそれでいい。ケンゴさんの邪魔をした、会ったこともない祖父なんてどうでもいいんです」



 そう言うミリアの眼には、涙がたまっている。

 湧きあがる複数の感情を処理しきれないのだ。



「でも、ケンゴさん。ちょっとでもわたしをかわいそうだと思うなら……わたしを、愛してください」


「あいよ」



 暗い声で懇願するミリアの頭に、王城健吾は手を置いた。

 恋人ではなく、家族を。黙って励ますような態度に、しかし、ミリアの心は温かなもので満たされていく。


 はじめて会った時から、ずっと。

 王城賢吾という男は、ミリアのために戦ってくれた。

 ミリアを守ってくれた。ミリアのことを親身になって考えてくれた。


 そんな健吾のことを。

 ミリアは慕わしく思っている。好きでたまらない。愛しくて仕方がない。

 だから。祖父に対する後ろめたさを抱きながら、ミリアは己の想いを告げた。



「ケンゴさん。わたし、ケンゴさんのことが……大好きのじゃです」



 


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