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外伝1 天掛美鳥


 帝国首都ヴィン。

 大陸を統一した帝国の、首都だった都市。

 その北端に、かつての皇帝の居城、白の宮殿がある。

 大陸中の富を集め、造られた豪奢な大宮殿の、奥宮。その一室。

 鮮やかに彩られた天蓋つきの寝台ベッドで、ひとりの少女が昼間からすやすやと寝息を立てていた。


 年のころは、十四、五歳。

 耳が隠れる程度の短い黒髪。

 呆けたようなゆるい表情をした、かわいらしい少女だ。



「……なんでオレのベッドで寝てんだ」



 会議を終え、自室に戻った王城健吾は、そんな少女の寝姿を見つけて頭をかいた。



「おい美鳥、あんまり寝てばっかだと、またミリアに怒られっぞ」



 声をかけても、少女――天掛美鳥あまがけみとりは起きる様子がない。

 美鳥。世話役のミリア評するところの座敷わらしブラウニーは、特に用がないと、自分の時間を食べるか寝るかで過ごしてしまうのだ。



「……まったく、よくそんなに寝てられるもんだぜ」



 健吾はため息をついた。

 枕をしっかと抱えて眠るその姿からは、「ぜったいに働きたくないでござる」という強固な意思が見て取れる。

 政治に深く関わっている長門かえでやアウラスほどではないにしろ、なにかといそがしい健吾にとってはうらやましい限りだ。


 健吾はなんとなくベッドに腰をかけ、ゆるみきった美鳥のほほを手の甲でぺちぺちと叩く。



「おい。美鳥、おーい」



 美鳥はまったく動じない。

 寝息は規則正しく一切乱れない。

 軽く感心しながら、今度はほほをつまんでみる。


 ぷにぷにの頬は、できたての餅のような柔らかさで伸びる。



「おー、伸びる伸びる」


「むー」



 面白がって両方の頬を伸ばしていると、美鳥がむずがる様な声をあげる。

 くっきりとした眉がハの字にひそめられ、それから少女の目が、薄く開いた。



「……健吾にぃ、なにやってんの?」



 少女が抗議交じりに尋ねてくる。



「起きたか。いや、すまねェな。なんとなくだ」



 本当になんとなくだったので、素直に答える。

 すると寝ぼけ眼の少女は、ゆるんだ口元をいたずらっぽくほころばせた。



「じゃあ、ぼくもやるー」



 少女の細い手が健吾の頬に伸びてきて、存外強い力でむにゅう、と引っ張られる。



「あんまりのびないねー」


「ふぁ(や)ったな?」



 邪気のない笑顔で頬をつまむ少女に、健吾はお返しとばかり、やりかえす。

 ほっぺののばしあいである。まったく意味のない行為だ。魔女シスなどが見たら、純粋ピュア過ぎて浄化されてしまいそうな光景である。


 そんな他愛ない応酬に、いつしか奇妙な面白みを覚え、二人はそろって笑い出した。


 笑いあうこと、しばし。

 そういえば、と健吾は疑問を口にする。



「美鳥。なんでまたオレのベッドで寝てたんだ?」



 みんなで集まる時に健吾のベッドで寝ることはあるが、今日はそんな予定などない。

 無駄な労力を嫌う彼女がわざわざ健吾の部屋まで来て寝るのだ。なにか理由があるに違いないが。



「べつにー? なんとなくー」



 だが、少女はそう返してくる。答える気はないようだ。



「ま、いいんだけどよ」



 魔女シスが聞けば全力で抗議しそうなことを言いながら、健吾は半身を起こす。



「美鳥、これからちょっと書類に目を通さなきゃなんねェんだけどよ、どうする? このまま寝とくか?」



 健吾の言葉に、美鳥は「んー」と首を傾ける。



「まだちょっと寝足りないし、寝とこうかな―」


「はいよ。うるさかったら言ってくれ」



 立ち上がり、机に向かおうとする健吾の手を、少女が捕まえた。



「なんだ?」



 いぶかる健吾に対し、寝ぼけ眼の少女はゆるい笑みを浮かべながら、ごく自然に。



「――健吾にぃ、いっしょに寝ない?」



 とんでもない爆弾を投げつけてきた。







「寝るっていっても、えっちな意味じゃないよー」


「はいはい。わかってるよ」



 ゆるく笑う少女に背を向けながら、健吾はベッドに身を横たえる。


 期待したわけではない。

 天掛美鳥はまだ中学生だ。

 健吾にとっては問題なく庇護対象のカテゴリに入るだが……この少女、発育がよすぎるから困る。



 ――こいつ体温高ェなあ。



 美鳥の体温で暖まった布団の中で、健吾はなんとなく思う。


 横になると、心地よい眠気が健吾を包み始めた。

 考えれば、このところ慣れない頭を使いっぱなしだ。自分で考えているより、ずっと疲れているのかもしれない。


 心地よい眠気に身をゆだねかけていると、少女が健吾の背に体を寄せてくる。

 むにゅう、と、柔らかなものが健吾の背に押し当てられた。

 眠気が一発でぶっ飛んだ。



「おい、美鳥……胸が当たってるぞ」


「あててるんだよー」



 冷や汗をかきながら抗議する健吾に、少女はこともなげに返した。

 その間も、少女は体を押しつけてくる。年不相応に豊満な双丘が、健吾の背で押し潰される。



「おい」


「きもちいい?」


「……ノーコメントだ」



 健吾は返答を回避した。

 それ自体がひとつの明白な答えではあるのだが。

 背にあたる胸の感触を、全力で意識から除外し続けていると、少女が耳元でささやきかける。



「……健吾にぃ、疲れてるんでしょ? だめだよー。たまにはゆっくり休まなくちゃー」



 不意打ちのような言葉に、健吾ははっとする。

 そのために、この少女は健吾をベッドに誘ったのだと気づいた。



「わかるか」


「わかるよー。健吾にぃ、寝てない時の長門さんと似たような顔してるし―」


「そんなにひでェのか?」


「ぼくが見てわかるくらいにはー」



 かえでが地味におとしめられている。


 さておき、健吾は息を吐く。

 自分でも、多少無理をしている自覚はある。

 だが、かえでやアウラス。自分より確実に働いているだろう人間がいる以上、弱音など吐いては居られない。



「……まあよ、新しい国ってヤツを作ってるときだからな。なにより、自分テメェの夢のためだ。疲れたなんて言っちゃあいられねェよ」


「でもさ、たまにはゆっくり寝てもいいと思うよー。ぼく、健吾にぃのお妾さんでしょ? 子作りだって言えば、それも仕事のうちだって見逃してくれるよー」


「……なんつーか、まあ、ありがとよ」



 美鳥の言葉に、健吾は礼を言う。

 強引な上に名目もちょっとアレだが、それも健吾を気づかってのことなのだ。


 睡魔の手が、健吾の意識を眠りの淵へと引きずり込んでいく。

 そんな健吾の耳元に、美鳥がこっそりとささやきかけてきた。



「……なんなら、ほんとうにえっちなことしてもいいよー」


「いや、それは、まだ駄目だろ」



 まだ、というところに健吾の葛藤があるのだが、ともかく。



「まあ、気長にまってるよー」



 そんな美鳥の言葉を聞きながら、健吾は吸い込まれるような眠りに落ちた。




クロスアームズにおつき合いいただき、ありがとうございます。

外伝開始です。こんな感じで各ヒロインとの話になる予定。よろしくおつき合いください。

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