最終話 王城健吾
王城健吾が帝国首都ヴィンに入り、大陸の覇者“鋼帝”を称して十日。
雷のごとく駆けた皇帝死亡の報。それを追うように放たれたこの知らせに、帝国皇領ヴィンの各都市は恐慌状態に陥った。
「我々は、これからどうなるのだ」
将来への絶望と恐怖。
だが、うわさに続いて、主都ヴィンよりの使者が各地を訪れた。
首都と主要な廷臣を掌握した魔女シスは、各都市の安堵を、鋼帝の名を添えて約束する。
これで、ひとまず各都市の不穏な動きは治まった。
もとより武装使い戦力をほぼ喪失している帝国諸都市に、成算のある反乱行動が起こせるはずもないが。
帝国皇領ヴィンは抑えた。
となると、つぎの問題は、新たな支配体制についてだ。
かえでやエヴェンスのアウラス、ロードラントのセオドア、クラウリーのネリー、トレントのウィストン、ミーガンのアーサーなど、各国の代表が連日の検討を重ねながら、素案を練り上げていく。
――大陸解放軍を原型として、王城健吾の名のもとに大陸は統一されるべきだ。
というのが、全員の基本認識だ。
大陸解放に際して、健吾個人の功績があまりにも大きく、代えがたい。
それゆえ、体制が組み上がる前に、王城健吾は先んじて鋼帝に奉戴された。
――だが、可能ならば、自国の運営は自国の民の手で行いたい。
というのが各国代表の偽らざる本音だ。
そのなかで、可能な限り中央に権力を集中したい長門かえでやアウラス。それに同調する大陸東部代表。
これに対する、可能な限り国内に権力を残しておきたい大陸中央部の代表たちの、綱引き的な調整に時間がかかっている。
ミリアは厨房の指揮に健吾の衣装の仕立て、天掛美鳥は各国の連絡役。タッドリーの大商人ギルダーは死の糧秣シャトル便と、各人多忙を極めていた。
そして、魔女シスと王城健吾も。
「――これが、帝国の地図関係一式に、基礎政策、各国よりの報告書の類、記録の数々の目録。書庫に封をして誰も通しては居りませぬ。目を通してくれませい」
奥宮の一部を解放して応接用にしつらえた私室。
黒ローブの美女は、机の上に置かれた目録数巻を健吾の前に差し出した。
「オレがか?」
「宝物庫の時と同様、目を通してからアウラス殿なり、かえでなりに渡していただきたい。うまく役立てることでしょう」
「わかった。渡しておくぜ……にしてもよ、魔女さん。その妙な敬語はやめてくんねェか」
「鋼帝陛下。帝位に登られた方に、これまでのような不遜な口など利けませぬ。ましてや妾は敗残の国の皇女であります……のじゃ」
「おいミリアみてェな口調になってんぞ。無理すんなよ」
つっこまれた魔女シスは、すこし顔を赤らめ、こほんと咳払いした。
「しかしのう、陛下よ。こことて、誰が聞いているか分からぬ。いまは我が国の処遇が決まる大事な時。ヴィン王国の代表として、なるべくスキを見せたくないのじゃ」
「最後に認めんのはオレだ。バカなマネはさせねェよ……もっとも、んなバカなことするヤツらじゃねェ。郷里の連中を納得させるギリギリの線に、ちゃんと落としこめるだろ」
「おお……陛下、立派なことを申すようになって……」
「いや、かえでの受け売りなんだけどよ」
妙に感動していた魔女シスは、すこしずっこけた。
まあ、一朝一夕に政治を覚えることなど出来るはずがない。
それでも、じわじわと、すこしずつ。健吾も成長しているのだが。
「と、そういえば、あの、だな」
頭をかきながら、健吾はふいに言葉を探すように視線を宙に泳がせる。
「――そういえば、魔女さん」
「おおっと! すまぬ。このあと大臣と相談せねばならぬことがあるのだ。わが国も、宰相以下重臣の過半を失っており、そちらへの手当も急務でのう! 失礼いたしますのじゃ陛下!」
切り出した健吾に、魔女シスは急にあわてて立ち上がり、部屋を出て行った。
その残像をしばらくながめながら、健吾は頭をかいた。
◆
部屋を出て、小走りに奥宮の中庭の前まできて、魔女シスはふう、と息をついた。
「あ、危うかったのじゃ」
「なにが危うかったの?」
ふいに声をかけられ、魔女シスの肩が跳ねあがる。
見れば、長門かえでが中庭へ降りる短い石段の下に立っている。
「か、かえで……いや、その」
「また逃げてきたの? 健吾くん、ちゃんとした状態の魔女さんに、あらためて告白したいんだと思うんだけど」
さきの戦闘のおり、王城健吾は自らの想いを彼女に伝えた。
皇帝に“支配”されていたとはいえ、記憶は残っている。健吾の想いを知らないはずはない。
だが。
魔女シスは、恥ずかしそうに体をもじもじさせながら、手を組んで両方の人差し指をつんつんする。
「でも、妾年増じゃし……」
さすが喪女をこじらせた女である。心底面倒くさい。
黒髪の少女は深いため息をつく。
それから、とっておきのいたずらを思いついたような表情になって――悪魔の笑みを浮かべた。
「なに言ってんのよ。そんなことしてたらブン盗るわよ。あたしがね……にひ」
「ぬなっ!?」
がびーん、と魔女シスはのけぞる。
冗談めかして言っているが、かえでは本気だ。
均整のとれた若い美少女で、王城健吾と同郷で若くて常識を共有し、知性と教養にあふれる若い才女で、なによりも若い。
「その方が健吾は幸せかいやいやたぶんラストチャンスじゃしでも民衆ほっぽり出してでも健吾の想いはでもでもだって……」
思考をだだ漏らしながら、最後に。
「……行ってくる、のじゃ」
魔女シスは意を決して、そう言った。
思いきり腰が引けながらだが、なんとか健吾の部屋へと戻って行く魔女シス。
その背中を見ていたかえでに、こっそり様子を見ていたのだろう。銀髪の幼い少女、ミリアが、庭石の陰から出てきた。
「なんで、魔女さんを応援するのじゃです?」
どこか非難がましい無表情で、ミリアは問いかけてくる。
それに対し、かえでは困ったように眉をひそめながら答えた。
「いや、はやいこと決着つけてくれなきゃ、こっちも覚悟を決めらんないし。それに」
「それに?」
「フェアじゃないでしょ? にひ」
不敵に笑う黒髪の少女に、幼い少女は息を吐く。
「……こっちも、そうとうめんどくさい性格してるのじゃです」
◆
「の、のう……陛下」
「どうした魔女さん?」
部屋に入るなり、挙動不審を極めた動きで近づいてきた魔女シスに、健吾は思わず身構えた。
その反応に、微妙にショックを受けた様子だったが、なんとか持ち直したらしい。テーブルに目録を広げて座っている健吾の前まで来て、彼女は言った。
「いや、その……じゃな――へ、陛下は、妾に言いたいことがあるのではないかのう!?」
「言いたいこと? ……ああ。じゃ、ちょっと座ってくれるか?」
すこし照れながら、健吾はうながす。
「わ、わかったのじゃ!」
魔女シスは機械仕掛けのようにギクシャクと手足を動かしながら――健吾のベッドに腰をかけた。
「……いや、隣の席に座ってくれって言ったつもりだったんだけどよ」
「ぬなっ!? い、いや、そのベッドでイチャイチャとか期待したわけではないぞ!? 妾はそんな破廉恥ではないのじゃ!」
顔を真っ赤にしながら墓穴を掘る魔女シスに、苦笑しながら。
王城健吾は黙って立ち上がり、ベッドの上――彼女の隣に座った。
「け、健吾……」
「最初はよ、ヘンな外国人だと思った。なんか魔法使いみたいなカッコしてるしよ」
赤面してうろたえる魔女シスを尻目に、健吾は語る。
「でも、命を助けられた。だから、あんたを助けたかった。そんで、いっしょに居るようになって、また、助けられて、助けた。その間に、いつのまにかあんたを好きになってた。好きっつーか、家族みたいっつーか、そんな感じでよ……それがよ、いまは本気の好きになってやがる」
胸の鼓動を押さえるように。手を胸にあてる魔女シスの、真っ赤になった顔を直視しながら、健吾は告白する。
「魔女さん。オレはあんたに惚れた。あんたが欲しい。だからよ、魔女さん。あんたの気持ちを――聞かせてくれねェか?」
まっすぐに、視線は魔女シスの紫の瞳を射抜く。
ゆでだこのような顔になった彼女は、ふらふらしながらも、なんとか口を開いた。
「陛下――健吾よ。妾はうれしい。本当に幸せで、胸がいっぱいじゃ……じゃが、不安になるのじゃ。統一帝国の栄光を失い、悲嘆にくれる民を置いて、妾が幸せになってよいのか、と」
「……あのな、魔女さん……いいんだよ」
彼女を優しく慰めながら、健吾は言う。
「魔女さんは帝国のために、十年も前から苦しんできたじゃねェか。だから、魔女さんは誰よりも先に幸せになる権利がある! いや、このオレが幸せにする! 心配するな。みんなの笑顔も、魔女さんも、オレが守る……だからよ、魔女さん。オレといっしょになってくれ……」
健吾は唇を、魔女シスに近づける。
乱暴な抱擁。乱暴な接吻を、彼女は受け入れる。
幸福感に半ば意識を飛ばされながら、魔女シスは、口づけしたまま、ベッドに押し倒された。
◆
それから数日後。
健吾は仲間や各国の代表とともに、一所に集まった。
長テーブルを囲む食事の席、ミリアの渾身の料理に舌鼓を打ちながら、しばし。
口を開いたのは、壮年の美丈夫、アウラスだった。
「陛下、新たな国のかたちについて、ひとつ、陛下に相談せねばならぬことが――あります」
「なんだ? たいていのことはおやっさんに任すぜ……ああ、ちょうどいい。オレ、魔女さんと所帯持つからそのつもりでいてくれ」
万座の注目を浴び、黒ローブの美女は顔を真っ赤にする。
銀髪の少女ミリアが半眼で殺せる視線を送っていたが、気づいてもいない。
「それは喜ばしい――おめでとうございます」
さらっと祝辞を述べてから、壮年の美丈夫は言葉を続ける。
「ちょうどよかった。相談というのも、それに絡んだ話――なのですよ」
「絡んだ? 結婚に?」
「ええ。陛下は若いが未婚です。子もない。新たな国の像を描くのに、それでは心もとない。それゆえ、結婚をおすすめしようと思っていたのです」
「ああ、じゃあ、ほんとにちょうどよかったな」
タイミングのよい話である。
これでアウラスの懸念も解消されただろうと喜ぶ健吾に、壮年の美丈夫は言葉を続ける。
「ええ。しかし、もうひとつ、お願いしたいことがあるのです」
「聞こうじゃねェか」
「現状、陛下は鋼帝として七つの国の代表に奉戴され、大陸最大の軍の軍権と、議会の長たる権限、加えて鉄の裁量権を有しておられます。ですが、陛下には寄って立つ足場というものがない。また、各国への縁も薄い。陛下一代ならともかく、永の平和を望むならば、不安定に過ぎる体制です」
「かえで」
「あとでわかりやすく説明してあげるから、最後までちゃんと聞いてなさい」
難しい話が始まりそうだったので健吾はかえでに救援を求めるが、切って捨てられた。
「続けてよろしいでしょうか? 領土に関しましては、現在思案中ですが、魔女どのが陛下に嫁がれるならば、その御子に、帝位とともにヴィンの王統と国土を継がせるのもよろしかろうと存じます……さて、本題ですが、ほかでもない。他の七王国からも妻を迎えて――ほしいのです」
「あ? なんでだ?」
「縁を結ぶためです。陛下には身内が居ない。それゆえ陛下を支える血族というものが存在しない。永の平和のためには、一族を増やすことこそ肝要。相手の親族が現地の有力者であれば――なおよし、です」
「かえで」
「……とにかく、いっぱいお嫁さんもらえば、みんなの不安や不満もちょっとは解消されて、政治もやりやすくなるってこと」
聞かされていなかったのだろうか。
要約して説明するかえでは、かなり不満げな様子だ。
健吾も顔をしかめた。
「気がすすまねェな。故郷じゃ嫁さんは一人って相場が決まってるしよ」
「そこを曲げて、お願いいたします。新たな国のためにも、私個人のためにも、どうしても必要なのです」
「?……まあ、おやっさんがそこまで言うなら――魔女さん、どう思う?」
頭を下げられて、健吾は魔女シスに確認する。
必要だというなら、しいて拒否するほどの理由でもない。
むしろ望むところ、という気持ちも、男ゆえ否定できない。
もちろん、魔女シスが難色を示せば、きっぱりと断るつもりだが。
だが、この、金髪紫瞳の絶世の美女は、透明な笑みを浮かべて快諾した。
「どうもなにも……妾は陛下に真心を頂いた。それだけで幸せじゃ。陛下を独占しようなどとは思わぬよ」
「ありがとうございます。それでは、準備を始めさせていただきます。エヴェンスからはミリアを、と考えています」
「のじゃ?」
父の言葉に、ミリアは驚き、目を見開いて。
その後、言葉の意味に気づいた彼女は即座に大勝利のポーズをとった。
続いて、オルバン代表バートが発言する。
「オルバンは強き者を求める国であります! 絶対強者にして、オルバンの治世に心血を注いでくださいました、御夫人カエデ殿が陛下のおそばにあらば、二心は抱きようもありません! 将来は二人の御子をオルバンの代表にいただきたいものであります!」
「え? あ、あたし? まって! ちょっとまって! 折を見てこっちから口説く予定だったのに――心の準備が!?」
不意打ちである。
こんなとき、かえでは弱い。
顔が真っ赤になり、慌てるばかりだ。
そして。
ノルズ、ロードラント、トレント、ミーガンからも、それぞれの代表が、後日相応しい娘を呼び寄せることを約束して。
「ぼくも養ってもらうー」
ついでに、天掛美鳥が参入を表明して。
これも、あらかじめ聞かされていなかったのだろうか。クラウリー代表、ホルンのネリーが、動揺に金髪と長い耳を揺らしながら口を開く。
「クラウリーからは……ちょっと待ってほしい。ケンゴ殿が皇帝になり、私が二度目に迷った時に開けろと言われていた手紙が……」
腰の皮袋を探る金髪翠眼の少女に、美鳥が興味深そうに顔を突っ込んだ。
「なにーそれー?」
「うむ。七賢者の一人に、冗談のように頭のいい方が居てな、実は、さきの砦での迎撃策も、半分はその方が手紙で教えてくれたの……だ」
取り出した手紙を広げ、ネリーは絶句した。
「どしたのー?」
固まってしまったネリーの後ろから、美鳥が手紙をのぞき込む。
「えーと、ネリーを新帝に嫁がせます。養父殿の許可はとっております」
「え? ……ちょ、え? あうあうあう」
背中から弓で射られたようなものだ。
うろたえまくる少女に、みな同情の視線を送った。
「……おいおい、あんまり急じゃねェか。魔女さんとの結婚もまだだってのによ。せめてもうちょっと待ってくれねェか?」
つぎつぎに進んでいく様子を見て、さすがに健吾が難色を示した。
しかし、魔女シスのほうが、強く賛同の意を示した。
「いや、陛下よ、ぜひとも受け入れてほしい。でなくば……妾の体が持たぬ」
女性陣が「そんなにすごいの?」という興味津々な視線を送る。
男性陣の視線はひどく好意的である。
健吾は黙秘権を行使した。
ともあれ、一件は承諾され、話は済んだ。
健吾は一同を視線でひと撫でして、それから思い立ち、立ち上がった。
「エヴェンス代表代理アウラス」
「はい」
「オルバン代表代理バード」
「はいでありますっ!」
「ノルズ代表デーン」
「おおーっ!!」
「ノルズ代表補佐ヘンリー」
「はい!」
「ロードラント代表テオドア」
「はっ!」
「トレント全権代理ウィストン」
「へいっ!」
「クラウリー全権代理ネリー」
「ふ、ふぁい!」
「ミーガン代表アーサー」
「はいっ!」
「ヴィン代表、魔女さん」
「うむ」
「商人代表ギルダー」
「ですぞっ!」
「ミリア」
「のじゃですっ!」
「美鳥」
「はーい!」
「かえで」
「……うん!」
一人ひとり。
王城健吾は声をかけていく。
彼らが居たからここまで来れた。
彼らが居てくれたから、これからやっていける。
その想いを、拳とともに握りしめながら。
王城健吾はかけがえのない仲間たちに乞う。
「――これからも頼りにしてるぜ。協力してくれ。オレのガキみてェな夢を実現するために。子供が笑ってられる、そんな世の中のために……オレのこの手が、みんなに“届く”ようにっ!!」
健吾は拳を突き上げる。
それにあわせるように。
みなの拳が、天に向けて突き上げられた。
これからも、王城健吾は走り続ける。
己の夢に向かって、まっすぐ一直線に。
帝国に対する怒りを、夢への渇望に替えて。
取り戻した人々の笑顔を、二度と失わないように。
だが、ひとりじゃない。
健吾を支える者たちも、ともに走り続ける。
健吾の夢に同調する者たちも、ともに走りだす。
そうやって、大いなる流れを作り出す。天下万民をひきつれて、夢へ向かって疾駆する。
王城健吾はまっすぐに夢を見据え、吼える。
「ハンパじゃねェぞ! 今度の相手は大陸まるごと全部、一億人だあっ!!」
武装鉄塊クロスアームズ -鉄の拳の英雄譚- ――完
みなさま、ありがとうございます!
武侠鉄塊クロスアームズ、ここに完結ですっ!
長らくつき合っていただいたみなさまに、感謝を! 本当にありがとうございました!
楽しんでいただけたなら、励みになりますので、下の項目から応援していただけるとうれしいですっ!
各ヒロインを主軸にした外伝も予定しておりますので、あわせてお付き合いいただければ幸いです。




