第五十話 登極
目を覚ますと、健吾はベッドに寝かされていた。
そばには銀髪碧眼の少女――ミリアが控えている。
「ここは」
言いさして、体を襲う鈍痛に、思い出す。
禁側七騎、皇女シス、皇帝。たび重なる戦いによる、蓄積した疲労と重傷により、健吾は皇帝を倒した後そのままぶっ倒れたのだ。
「昨日まで居た砦のじゃです。ケンゴさん、がまんしないで寝ててください」
「そうもいかねェだろ……そのままぶっ倒れちまったが、いろいろ処理しなくちゃいけねェ問題もあったはずだぜ? かえでを呼んできてくれねェか」
「……わかりました。でも、ケンゴさん。大丈夫ですよ。だいたいの問題は、かえでさんが処理してくれてますし……寝ないで」
その言葉通り、ミリアに呼ばれて現れたかえでの目の縁にはくっきりとクマができている。
「あ、あんまり見ないでね。ちょっと見苦しいから」
「バカ野郎。お前が、オレのかわりに働いてくれた結果だろ。恥ずかしいも何もあるか。かっこいいぜ」
「いや、その褒め方、あんまりうれしくないんだけど……にひ」
それでもうれしいのか、はにかみ笑いをしてから、勝気な瞳の少女は健吾が気絶した後のことを語った。
「まず、健吾が倒れちゃったんで、ミリアちゃんが魔女さんの看護を放り出して健吾の方へ駆けつけて、魔女さんも負けずにひーこら言いながら追いかけて、健吾の体の奪い合いで“魔法の杖”の使い手同士の争いが起こりかけて」
「なにやってんだよ魔女さん……」
健吾は相変わらず子供に甘くて魔女シスに厳しい。
「でね、まあ当座の問題といえば、皇帝が死んで“支配”から解放された20万の民衆だったんだけど」
かえでが深くため息をついた。
彼女の睡眠時間を著しく奪っているのがこの問題だ。
なにせ20万という膨大な数の人間が、ろくに食料も持たずに大陸横路のど真ん中に放り出されているのだ。
早急に手を打たねば、帝国首都ヴィンからの地獄の行軍で飢え渇き、疲労し尽くしている彼らの命が危うい。
しかも彼らは、今まさに皇帝の死を知ったところだ。
暴虐不遜とはいえ、帝国の象徴たる皇帝が死に、帝国という国家の死に直面した彼らが、どんな自暴自棄に走るか、予想もつかない。
「だからとりあえず魔女さんに、民衆の統制を一任した。ついでに水を大量に召喚してもらって、全員の渇きを癒してもらったわ……でも、さすが帝国の皇族よね。実力と話術で20万の民衆を、たいした混乱もなしに従わせちゃうんだから」
民衆の中から官僚、貴族の生き残りを集め、説得して民衆の統率を補佐させる。
その手際は、ふだんの魔女シスからは考えられないほど見事なものだったという。
腐っても皇族というべきか、それとも民を守るために、それだけ必死だったということか。
「とにかく、20万の飢えた民衆を抱える以上、食料を調達しなきゃいけない。それで、天掛さんにはまず国境のハドリア砦に飛んでもらって、輜重担当のタッドリー商人に食糧輸送を頼んで、当然将兵2万を想定した伸びきった兵站じゃ間に合わないから、天掛さんに街道筋の村や町に行って食糧供出を強要して……やっとこさ、彼らを帝国首都ヴィンに戻してあげる手はずが整ったところよ」
かえでが話終えたところで、ミリアが部屋に戻ってきた。
手に持つ木製のトレイには、おいしそうな匂いを漂わせるシチューとパンが乗っている。
匂いに引きずられてきたのか、寝ぼけ眼の天掛美鳥が鼻をひくつかせながらフラフラとやってきて、その後ろからは、ちょっと乙女の表情をした魔女シスが扉の端からもじもじと顔をのぞかせている。
「みんな、ありがとな。オレが寝てる間、いろいろと助けてくれてよ」
「当然よ。にひ」
と答えたのは長門かえで。
「のじゃです」
同意するようにミリアが半眼で首を上下させる。
「しんどかったよー。ろーどーの、せーとーなるほーしゅーをよーきゅーするよー」
つまみ食いをしようとしてミリアに手をはたかれながら、天掛美鳥が主張する。
「う、うむ……当然じゃろう。妾が愛する民のことじゃ」
もっと甘い言葉を期待していたのだろうか。
あれーと首をかしげてから、魔女シスが応えた。
「さて、と……じゃあ行くか」
みなの答えに、笑顔を返してから、健吾は身を起こした。
「ケンゴさん、さきにご飯を」
「悪ぃ、ミリア。せっかくだけど、後で食べるぜ……さきに、声をかけてやらなきゃいけねェ奴らがいるみてェだからよ」
「じゃあこのご飯はぼくが食べといてあげるね――痛いっ! 痛いよミリアちゃん!」
立ち上がり、外に出る健吾の後ろで、ミリアと美鳥の熾烈な争いが展開されていたのはさておき。
健吾は建物の外に出た。
20万を数える民衆は、砦の中に収まらず、街道にはみ出る形で身を寄せ合っている。
――へっ、どいつもこいつも、不安そうな顔してやがる。
身の安全は、魔女シス、そして大陸解放軍の名で保証されている。
だが、彼らは国を失った。普段は気づかない。当たり前のようにある、国という名の絶対庇護者。
それを失った、空恐ろしいまでの喪失感は、亡国の民となった不安とともに、彼らを蝕んでいるのだ。
――だったら、安心させてやんなきゃな。
知らせてやらねばならない。
健吾たちは帝国とは違うと。
かつて帝国が亡国の民たちに布いた酷烈な支配など、健吾たちは望んでいないと。
機械腕の武装、“鉄機甲腕”を顕現させると、砦の小塔、その屋上へと飛び、そして仁王立つ。
「よう、テメェら。オレが王城健吾だ。解放軍――テメェらから見たら賊軍か? その大将だ」
眼下の民衆を一望しながら、王城健吾は名のる。
全員が、不安と恐怖の面持ちで、野獣のような黒づくめの健吾を仰ぎ見ている。
健吾は内心苦笑した。
野卑な面相に乱暴な言葉遣い。
初対面で怖がられることなど慣れっこだ。
色眼鏡で見られなかったことの方が少ない。
だが、いつだって。
健吾は言葉を曲げない。行動を曲げない。
だからこそ、多くの人がついて来てくれた。
だから健吾は、帝国の民衆にたいしても、まっすぐに言う。
「オレは帝国が気に入らねェ。鉄の掟が気に入らねェ。力こそ正義って思想が気に入らねェ。それを振りかざして七王国のやつらを、ガキどもを苦しめる連中が気に入らねェ――だから、ぶっ倒してきた。帝国野郎を、八王を、そして皇帝をだ」
ゆっくりと、落ち着いた調子で、健吾は語る。
「ここに居るテメェらがどんな奴らか、オレは知らねェ。オレの仲間たちを苦しめんのに手を貸した連中も、混じってるのかもしれねェ……だがよ。ここでテメェらに復讐すんなら、それを許すなら、けっきょくは帝国とおんなじだ。“力こそ正義”の帝国を、ただ力でねじ伏せただけだ」
そうじゃない、と健吾は言った。
「オレは泣いてるガキが嫌いだ。ガキを泣かす野郎なんてクソだと思ってる。だから、オレの仲間たちは反対するかもしれねェが、七王国のみんなが背負った悲しみを、テメェらにまでかぶせるつもりはねェよ」
民衆の顔に、わずかな安堵と、等分の疑念が浮かぶ。
「だがよ、帝国ってえ枠組みは滅びた。オレが滅ぼした。新しい枠組みはこれから作る。頭はオレだ。そして、このヴィンの代表は魔女さん――皇女シスだ」
安堵の色が濃くなった。
わずかな不満と敵意も見て取れた。
だが、とりあえずはそれでいい。あとは言葉よりも、行動で示すだけだ。
獣のごとき笑みを浮かべて、健吾は砦に声を響かせる。
「とりあえず休め! そんで飯を食え! そしたら、ゆっくりでいい、ついてこい……連れてってやるよ! 首都ヴィンにな!!」
◆
その後、健吾たちは民衆を従え、首都ヴィンを目指して南下する。
輜重担当のギルダーほか、七王国首脳陣、そして大陸解放軍選抜隊も合流しての巨大な行軍となった。
帝国首都ヴィンに入り、民衆を解散させると、大陸解放軍はそのまま皇帝の居城であった白の宮殿に入る。
ここで、王城健吾は八王国を統べる座についた。そのための下準備は、健吾の補佐役を務めるアウラスが進めている。
「名は、なんといたします? 皇帝を――名乗られますか?」
壮年の美丈夫は問う。
「皇帝はなあ……なんつーかイメージが」
「では、鋼帝、鋼の帝では――いかがでしょう」
「……ま、こだわんねえよ。任せるぜ」
そうして、王城健吾はみなの前に立った。
大陸解放軍の面々、その首脳、そして親しい仲間たち。
白の宮殿。みなの集まる広場の前に運ばれた巨大な鉄柱――天壇を背にして、健吾は言う。
「ま、ガラにもなくえらいさんになるわけだけどよ、正直オレは馬鹿だからなんも出来ねェよ」
一人一人に視線を送りながら、健吾は言葉を続ける。
「――だがよ、理想はある。ガキが笑ってられる、そんな世の中だ。そのために頼む。みんなオレに知恵と力を貸してくれ!」
こうして、王城健吾は八王国の覇者として降臨する。
拳ひとつで大陸を統一した、その偉業に、人々は彼をこう呼んだ。
鉄拳の鋼帝。
鉄拳鋼帝オウジョウケンゴ、と。
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー20
名前:ゼズ
武装:釘の武装“無限聖釘”
備考:帝国皇領ヴィンの大工。首都ヴィンに住む。釘を射出する武装を持つ。釘は増える。皇帝による死の行軍では、たまたま手に十字型の木材を持っていたため、それを担いだままの行軍となった。ほぼ死にかけていたが、三日後杖の王に助けられ、蘇生する。おらといっしょにぱらいそさいくだー!
武装鉄塊クロスアームズにおつき合いいただき、ありがとうございます!
次回最終回! よろしくお願いします!




