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武侠鉄塊!クロスアームズ  作者: 寛喜堂秀介
第八章 鉄拳咆哮
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第四十九話 拳

 皇帝の言葉が毒の矢となって皇女シスを射抜いた。

 そう錯覚させるように、彼女は身をのけぞらせる。



「魔女さんっ!」



 跳ねるように痙攣けいれんする彼女の体を抱きとめながら、健吾が叫ぶ。


 その、声に。

 力を失いつつある彼女は、視線を返す。

 瞳の色は、健吾がよく知る魔女シスのものに戻っている。

 どこか遠くを見るような、眠るような、柔和な表情を浮かべながら、彼女は声を絞り出す。



「すまぬ……健吾、うれしかったぞ」



 その、表情のまま、彼女はゆっくりと目を閉じた。

 健吾の足の車輪が、狂い叫ぶような回転音を立てる。



「魔女さん! 魔女さん! おい起きろよ! 寝るなよ! 寝る……」



 すでに、彼女は呼吸を止めている。

 つい先ほどまで生きていた彼女は、そのぬくもりを急速に失いつつある。桜色の頬が、色を失っていく。


 死ぬ。

 死んだ。

 魔女さんが……誰の手で?


 健吾は乱れる思考で考える。



「我が姉ながら往生際の悪いことだ」



 皇帝の声。

 それが、健吾の思考を一本の巨大な感情に収束させた。


 そうだ。

 こいつだ。

 こいつが魔女さんを殺した。



 ――許さねえ! ぶっ殺す!



「ぅおおおおおおおおおっ!!」



 怒り吼える。

 獣のごとき怒声、あふたぎる殺意に、この地に居る20万人すべてがおそれ、動きを止めた。


 例外は、眼前に相対する皇帝のみ。

 健吾の殺意をそよ風のごとく受け流して、皇帝は大地に降りた。

 輿こしを担いでいた者たちが、健吾の殺意に残らず意識を吹き飛ばされたのだ。



「――殺すっ!!」



 言葉とともに飛ばされたその強烈な殺意よりも速く。

 怒りの唸りをあげて“絶影鉄輪クレイジーホイール”が飛び出した。


 皇女シスを愛していた。想っていた、その妄執が乗り移った八王級武装は、彼女を殺された怒りに猛り、皇帝に襲いかかる。


 だが。



無様ぶざま妄執もうしゅうよ」



 皇帝には届かない。

 はるか手前で押しとどめられるように、鉄の車輪は虚しく空転を続ける。



「――“消えよ”」



 命令が、鉄車輪を襲う。

 直後、八王級武装“絶影鉄輪クレイジーホイール”はその言葉にかき消されるように……消滅した。



「なっ!?」



 健吾の驚愕を尻目に、皇帝は微笑を浮かべ、言った。



「よくぞここまで来た賊軍の首魁しゅかいよ。余と戦う資格十分と認めよう」



 魔女シスのことなど、まるで眼中にないような言葉だった。

 怒りがたぎり、脳が沸騰ふっとうする。



「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなあーっ!!」



 雄叫びながら、拳を繰り出す。

 鉄手甲と同期した“鉄機甲腕クロスアームズ”の大鉄腕が、皇帝に襲いかかる。


 だが、届かない。

絶影鉄輪クレイジーホイール”と同様に、皇帝のはるか手前で、“鉄機甲腕クロスアームズ”は押しとどめられている。



「これはっ!?」


「控えよ。我が力、我が玉座の前に!」



 皇帝が、ゆっくりと天を指差す。

 その頭上に現れた幻像ヴィジョンが、しだいに実体へと変わっていく。

 そして武装は顕現する。きらびやかな装飾が施された、鉄の玉座。かたどるは絡み合うりゅうおおとり


 左手で天を指差したまま、皇帝は言う。



「もとより皇帝は神聖にして不可侵。その象徴たる我が超武装“龍鳳皇座ワールドオーダー”の概念を侵すことは、何者も敵わぬ……そして」



 右手で地を指差しながら、皇帝が宣言する。



天地合一てんちごういつ。あらゆる武装のいしずえたる鉄の祭壇――天壇てんだんを通じて世界と繋がりし我が拳の重みは……大地の重さと知れ」



 ゆっくりと。

 右手で握り拳を作り。

 皇帝はそれを前に突き出した。


 大気が歪むような異音。

 拳に概念の光がまとい、それは“鉄機甲腕クロスアームズ”をはるかに超える巨大な拳の形を描く。

 拳圧が“鉄機甲腕クロスアームズ”を一瞬にして吹き飛ばし、余波が健吾の体を、容赦なく襲う。


 暴風のごとき衝撃。

 ひとたまりもなく、意識がズレた。

 体は数メートルも後方に吹っ飛んでいる。

 意識が体に追いつく頃には、さらに10メートル以上吹き飛ばされ、衝撃は全身の自由を奪っている。


 ただの、拳の一撃で。



 ――なんだ……これは。



 混乱しながら、健吾は五体を叱咤しったして立ち上がる。


 あまりにも理不尽な力だった。

 あまりにもケタ違いの暴力だった。

 台風に、津波に、火山の噴火に相対する心境。

 黒い、絶望的な予感が、健吾の体に重くからみついて離れない。


 だが。

 同じようにして吹き飛ばされてきた魔女シスの亡骸を前に、健吾は歯を食いしばる。

 許せない敵がいる。許してはいけない仇がいる。健吾の正義に反する巨悪が、そこに居る。



「――っうおおおおおおっ!!」



 両の鉄手甲を打ち鳴らし、健吾は前に出る。駆ける。拳を放つ。


 だが、届かない。

 不可侵という、皇帝が当たり前に備える概念が、“鉄機甲腕クロスアームズ”を寄せ付けない。


 だが、それでも健吾は前に出る。

 届かぬ拳を繰り出しながら、届かぬ思いを空回りさせながら。

 王城健吾はあきらめない。鉄の拳を放ち、振るい、叩きつけ続ける。


 だが、それとて。

 皇帝の前では蟷螂とうろうの斧。



「喜べ。ふたたび我が拳をくれてやろう――“天地神拳ゴッドブロー”」



 光り、唸る拳が健吾を襲う。

 その、圧倒的な一撃の、ただの余波で。

 健吾の体ははるか後方、先ほどとほとんど同じ場所まで吹き飛ばされた。



「ままならぬものよ。大陸随一の使い手すら、我が拳に触れも出来ぬか」



 直撃を食らっていれば、微塵みじんを通り越して灰燼かいじんと化していただろう。

 悲しいかな、実力のなさゆえに、王城健吾はかろうじて生き延びることが出来た。


 だが、全身を襲った衝撃は、確実に健吾を蝕みつつある。

 手足は自由を失い、五体はしびれ、意識は寸刻みに刻まれ続ける。


 それでも、健吾は立ち上がろうとして。

 しかし、体は健吾の意思には従わない。


 連戦に次ぐ連戦。

 全身の火傷に裂傷。

 そして神のごとき拳の衝撃。

 酷使し続けてきた体は、健吾の意思に反逆した。



 ――もう、無理なのかよ?



 健吾は体を叱咤しったする。



 ――あきらめるなよ! 目の前に居るんだよ! 魔女さんの仇が! 人を人とも思わねェ腐れ外道が! だから言うことを聞いてくれよっ!



 体は、動かない。

 闇が、健吾の意識をようしゃなくむ。

 意識の最後のひとかけを、闇が覆い尽くそうとした、その時。



「ケンゴさんっ!!」



 銀髪の少女――ミリアの声が、耳を打った。


 夢か、幻か。

 かろうじてつなぎ止めた意識に、少女のおさなくも透き通った声が響く。



「ケンゴさん、しっかりして下さい!」


「健吾くんっ! しっかりしてっ!」


「健吾にぃ! 起きてー!」



 夢ではない。

 ミリアの声が聞こえる。

 長門かえでの声が聞こえる。

 そして、天掛美鳥の声が聞こえる。


 健吾は必死に歯を食いしばり、闇の淵から意識を引きずりだした。



「……お前ら、なんで」



 目を開けると、三人の少女が、健吾の顔をのぞき込んでいる。



「空間転移、のじゃです」



魔法の杖スタッフ・オブ・マジック”に概念凌駕オーバーロードの燐光を纏わせながら、ミリアが説明する。



「こっそりマークしてたんです。戦艦で閉鎖するポイントを、いっしょにチェックした時に」



 健吾は必死に身を起こした。

 ミリアの背後。狭隘きょうあい部を閉鎖する“超弩級戦艦スーパードレッドノート”の上では、金髪の貴公子ヘンリーをはじめとした味方武装使いアームズマスターが、寄せ来る民衆を押しとどめている。



「健吾にぃ。健吾にぃはひとりじゃないよ」



 見透かしたように、美鳥が笑う。



「――みんながいる。みんなの心が、健吾にぃといっしょにある」


「にひ、健吾」



 かえでが手を差し伸べる。

 その手を取って。引き起こされて。健吾は立ち上がった。



「――戦うわよ。いっしょに!」



 言って、かえでは味方の武装使いアームズマスターたちに注意を送る。



「わたしは、わたしに出来ることをする、のじゃです」



 そう言って、ミリアは魔女シスの遺体を守るように抱く。

 そうしながら、概念凌駕オーバーロードの緑の燐光は消えずに留まり続けている。



「じゃあ、おっさきにー! 舞いあがれ! 戦闘機の武装“紫電改シデンカイ”!」



 宙に舞い上がりながら、天掛美鳥が武装を顕現する。

 空を駆ける若竹色の金属塊。世界の規格から外れた戦闘機の超武装“紫電改シデンカイ”は、空中で弧を描くと、皇帝に向かって加速しながら20mm機関銃を浴びせる。


 だが、届かない。

 雪崩のような機銃の掃射はすべて不可侵の概念に阻まれる。



「機銃で無理なら……食らいなさい! 41cm連装砲の威力を!!」



 味方の避難を確認してから、長門かえでは主砲を零距離すいへい発射。

 直後、衝撃波が頭上を駆け抜け、爆発。地が震えるような轟音と爆風が、しばしあたりを支配する。



「これならどうっ!?」



 衝撃波で髪を、スカートをはためかせながら、かえでが言った、その直後。


 爆風の陰から、皇帝の姿が垣間見えた。

 愕然がくぜんとするかえでを尻目に、爆風がおさまる。


 皇帝は無傷で、そこに居た。

 いや、皇帝だけではない。きれいに境界線を描くように、爆発の影響は皇帝の背後には微塵も見られない。


 すべて防がれたのだ。不可侵の概念で。



「理解したか。余は神聖にして不可侵。世界と繋がりし絶対皇帝なり!」



 うたうように、皇帝は天地を指差す。

 ただそれだけで、凄まじい重圧が健吾たちを襲う。



「そんなはずはない」



 身構えながら、かえでがつぶやくように言った。



「世界と繋がった? たしかにそうでしょう。相対してるだけで世界中ににらまれてるようなこのプレッシャー。皇帝があたしたちよりはるか上のステージに在るのはたしかよ」



 健吾を奮い立たせるように、かえでは不敵に笑う。



「――でも、それだけ。ちょっと人間の領域を越えちゃった超人なだけ。神じゃないし、ましてや世界そのものでもあり得ない」



 だから。少女は言う。



「健吾、信じて。あなたの拳が皇帝に“届く”ことを。あなたの力が皇帝に“届く”ことを……あたしは信じる。信じて託す。みんなも、そして、大陸中のみんなが、あなたが皇帝を倒すことを願い、信じてる!」



 健吾は右手を。“鉄機甲腕クロスアームズ”の掌を見る。

 帝国の暴虐に抗い、八王を倒し、そして帝国を滅ぼさんとしている最強の武装。


 みなの願いに支えられて、概念はより強固になっている。

 みながそう信じるから、“鉄機甲腕クロスアームズ”の拳は、敵に“届く”。


 武装に纏いついた、みなの想いを、たしかに感じて。



「行くぜ」



 健吾は笑い、前に出る。

 獣の笑みは、揺るがない。



「皇帝野郎! このオレのすべてを賭けて! この拳、届かせてみせる!!」



 言葉を、皇帝に叩きつけ、健吾は駆ける。

 駆けながら、“鉄機甲腕クロスアームズ”に渾身の力を込めて、拳を繰り出す。



「無駄よ」



 皇帝は揺るがない。

 天地を指差し不動のまま、“不可侵”の概念で健吾の鉄拳を受け止める。



「“届け”えっ!!」



 概念凌駕オーバーロード

鉄機甲腕クロスアームズ”が唸りをあげる。

“届く”概念が、“不可侵”の概念をわずかにあっす。


 だが、それでも届かない。

 みなに希望を乗せながら。

 みなの願いを背に受けながら。

 鉄の拳は皇帝の体に届かない。



「うおおおおおっ!!」



 それでも、王城健吾はあきらめない。

 拳を前に突き出しながら、負荷に悲鳴をあげる腕の痛みに耐えながら。王城健吾はなおし通す。


 概念が悲鳴をあげる。

 唸りが、不協和音を奏でる。

 そこに、ふいに緑の燐光が加わった。

魔法の杖スタッフ・オブ・マジック”の概念凌駕オーバーロードの光だ。



「わたしが二人を“繋げ”て――ケンゴさんの拳を届かせます!!」


「不快なっ!」



 初めて、皇帝が声を荒げる。

 皇女シスの武装により世界と“繋が”った。

 そのあり方ゆえに、“不可侵”の概念も、“魔法の杖スタッフ・オブ・マジック”の概念干渉だけは防げないのだ。



「行くぜェっ! “届け”えええええっ!!」



 不可侵の領域が侵される。

 健吾の拳がじりじりと、皇帝に近づいていく。


 だが、それでも届かない。

 あと一歩。あと一歩の距離を押し切れない。


 健吾が痛恨の表情を浮かべ。

 皇帝が勝利の笑みを浮かべた、つぎの瞬間。

 のこり一歩を後押しするように、“鉄機甲腕クロスアームズ”を覆う緑の燐光が、より大きく膨れ上がった。



「なにゆえだっ! なにゆえそなたが生きているっ!?」



 皇帝が驚愕の声をあげる。

 健吾の後方、ミリアの横で、半身を起こしながら杖を掲げる、その姿は、死んだはずの――魔女シス。



「ミリアに命を“繋げ”てもろうたのよ」



 紫の瞳をまっすぐに見据えながら、魔女シスは“魔法の杖スタッフ・オブ・マジック”を概念凌駕オーバーロードさせる。


 ミリアと魔女シス。

 二人の武装によって、皇帝と健吾は二重に繋がれた。

 それは、あと一歩の距離を縮めるのに、十分な後押し。



「まさか……“来るなっ”! “来るなっ”!」



 あせる皇帝の命令に、しかし健吾の拳は止まらない。

 王城健吾は帝国の人間ではない。王城健吾はこの世界の人間ではない。だから皇帝の、世界の命令など届かず――拳は、届く!



「貴様、何者だ!?」



 初めて、皇帝が健吾の素性を問う。

 健吾は獰猛な笑みを浮かべながら答える。



「へっ、教えてやるぜっ! 子供がきの涙が許せねェ! 帝国テメェらの法が許せねェ! 皇帝テメェのことが許せねェ! 王城健吾! 自分テメェの正義を貫かせてもらうぜえええええええええっ!!」


「や、やめろっ! 余は――」


「知るか喰らいやがれ皇帝野郎おおおおおっ!!」



 咆哮とともに、健吾は拳を一気に押し込んだ。


 天地が震えるような。

 重い、重い音が、狭隘きょうあいの地に響いた。


 そのまま、健吾は前のめりに倒れ、一回転。天を仰いでぶっ倒れる。



「健吾!」


「健吾くんっ!」


「ケンゴさんっ!」


「健吾にぃ!」



 心配そうに駆けよってくる彼女たちに応えるように。

 王城健吾は天に向け、拳を突き上げ――目を閉じた。



「へへ……やったぜ」




【武装データ】


武装:玉座の武装“龍鳳皇座ワールドオーダー

使い手:皇帝

特化概念:“支配”

鉄量:S

威力:規格外

備考:領域内の人間に命令を聞かせ、支配下に置く、世界の常識を破る帝国最強の武装。

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