第四話 破城鎚の王
帝国領エヴェンス。かつて同名の王国があった地。
東を海に。残り三方を、同じく旧王国であった帝国領三国と隣接するこの国のほぼ中央部に、アーケディという名の村落がある。
ミリアが住み、王城健吾が助けたこの村は、東寄りに存在する王国の旧首都、エアより馬を飛ばして四日の距離だ。
往復で八日。
それが、帝国領エヴェンス国王ラムが村に駆けつけるまでの時間。
だが、王城健吾には、王の来襲をゆっくりと待っている暇はなかった。
「我は帝国より都市カーディフを預かる将クニートである! グート副王を殺した反逆者よ! 我と戦え!」
「……おい、おやっさん。あれはどうだ?」
村のはずれ。
大音声とともに拳を突き上げる髭の大男を尻目に、対する王城健吾は背後に侍るミリアの父、アウラスに小声で尋ねる。
「当たりです。カーディフは近隣の中心都市です。奴を殺れれば大きい――お願いいたします」
「あいよぉっ!!」
吼えながら、健吾は武装を顕現させる。
健吾の武装の圧倒的な巨大さに、驚愕の表情を浮かべながら。
敵将クニートは自らの武装を実際化させる暇もなく――圧殺された。
「――これで、八人目、っと」
さして疲れた様子もなく、健吾は口の端をつり上げる。
「おやっさん。どうだ。見込み通りにいきそうじゃねェか」
「ええ、ケンゴ殿の――おかげです」
壮年の優男は、優しげな顔で微笑んだ。
◆
数日前。
健吾から協力の意を得た後、アウラスは自らの予測を語った。
帝国は超実力主義だ。
それゆえ国王ラムも、副王グートを倒した健吾を逆賊として追わず、まず勝負か服従を迫るだろう。
しかし、と、アウラスは言う。
「それとは別に、ケンゴ殿は下からも、命を狙われる立場に――なっています」
健吾の持つ副王に就く資格は、彼を倒したものにも引き継がれる。
近隣で帝国兵の詰める都市カーディフには、当然首都に居る国王ラムより早く情報が行くので、功名心に駆られた武装使いが抜け駆けを狙う可能性もある。
「だが、都市を預かる武将たちは、慎重を期すでしょう」
なにしろ、あの副王グート。
鉄壁の防御を誇る“鉄城門”の武装使いがまぐれや偶然で討たれるはずがないことを、彼らはよく知っている。
おそらく彼らは王が来るのを待って、これに付き従い、あわよくば功をあげようと目論む。
カーディフのほかに、近隣都市であるベルフォートやダリウなどの守将も、これに従うだろう。言うまでもなく、これらの守将は、実力でその地位を得た武装使いだ。
「この強力な武装使いたちを、王と同時に相手にするのは危険です。そしてそれ以上に、帝国の頂点に君臨する、かの八王が一角の眼前で、ケンゴ殿の武装を明かすのは――まずい」
そう言って、アウラスは彼らの分断を主張した。
健吾の危険を最大限減らすための策略だ。手段は、偽情報。
王に報告するため、各都市守将たちは必ず斥候を村に送ってくる。彼らに偽情報を流す。
“副王グートは村を略奪し、酒を浴びるほどに飲んで酔っ払い、女を抱いて寝ていたところを不意討たれた”
内容はこんなところだ。
健吾の実力を過小評価させれば、おそらくは抜け駆けする将が現れる。
それが多ければ多いほど、王との決戦は有利になる。決戦だけではない。その後も。
「へェ? ま、オレぁ考えるの苦手だからよ。そのへんはおやっさんに任せるぜ」
難しげに頭をかきながら、健吾はじっくりと説明するアウラスに応じた。
「わかりやすく説明いたしますが」
「いや、いいっていいって。おやっさんは悪い奴じゃねぇ。悪いようにはならねェだろ」
健吾はとりあわない。
聞いてもわからないと割り切っている。
その上で、目の前に居るアウラスが信用できるかできないか、それだけはきっちりと判断しているのだ。
「……承知いたしました、ケンゴ殿」
かつての王臣は、王に対してそうするように、丁重な礼を見せた。
◆
そして八日目、昼。
アウラスの予測通り、王は来た。
同道する者はない。
わずかに騎馬の一頭が従うのみ。
それすらも鬱陶しいとばかり、国王ラムは地に降り立った。
曇天だった。鈍く白い光の下、王は真円を描く目の、トパーズ色の瞳を王城健吾に向けながら、男は漆黒のマントを翻す。
王城健吾は腕を組み、立っている。
村に通じる道。たがいに進路を防ぐ形。
しばし視線を交わした後、二人は同時に――口の端をつり上げた。
「貴様がグートを倒した武装使いか」
「ああ。テメェが王だな?」
「そうだ。貴様、名は?」
「王城健吾」
「そうか……オウジョウケンゴ。俺の副王として従う気があるか――と、聞くまでもないな。ホッホウ。戦る気満々か」
口の端をつり上げて笑う、梟のごとき王。
競うように、王城健吾は低く、低く身構えて、狼のごとき笑みを浮かべる。
「あぁ、やる気だぜ? ガキンチョを、おやっさんを、みんなの笑顔を取り戻すためによぉ。オレはテメェをぶっ殺す!」
「はっ。変わった奴だ。貴様、自分が死ぬ理由がそんなものでいいのか?」
「……それでいいのかって?」
構えを崩さぬまま、王城健吾はなお笑う。
不遜な王の問いは、健吾にとっては滑稽でしかない。
「構わねぇさ。上等じゃねえかよ……オレが命を賭けるには……十分な理由だぜェっ!!」
啖呵を切りながら、王城健吾は雄叫ぶ。
「――いくぜ、悪ぃ王様よぉっ!!」
「来いよ若造!!」
両者、吼えて。
先に武装を具現化させたのは、健吾だった。
健吾の、握りこんだ拳がぎりぎりと悲鳴を上げる。
そこから迸るように、質量を伴った意思の力が放出された。
「オおおおっ!!」
健吾の頭上で、それは顕現した。
それは原初を思わす形。
原石のごとき、ただの鉄の塊。
だが、それはあまりにも巨大だった。
あまりにも圧倒的な質量だった。
あまりにも現実離れした光景だった。
「なんだとっ!?」
さしもの八王。帝国の長上が度肝を抜かれた。
その驚愕に満ちた顔に向けて、王城健吾は己の武装――鉄塊を叩き落とす。
「喰らいやがれェっ!」
言葉とともに、拳を振り下ろす。
その動きに従い、巨大な鉄塊が、王を押し潰さんと襲いかかった。
だが、直後、異変が起こる。
鈍い金属音とともに、鉄の巨塊はその軌道を変えた。王城健吾の意思に反して。
それを為したのは王。
大陸最強と謳われる八王の一角。
砕けた鉄塊の一部が、鉄の雹となって降り、地に当たって砕け消えていく。
「……まったく、とんでもない武装を使いやがる」
額に冷や汗を浮かべながら、国王ラムは不敵に笑った。
彼が挙げる右手の横には、巨大な鉄柱が具現化されている。
太さはひと抱え。高さは健吾の身長の、倍以上はある。
鋳込んだような、ざらざらとした肌目の鉄柱が為す形。それは一個の破城鎚だった。
超重量の一撃で城門すら破る攻城兵器は、ふたたび構えた王の右手に沿うように、その先端を健吾に向けた。
「――八王級武装“砕破鉄鎚”がぶっ壊し切れねえデカさの鉄塊……信じられんな。どんな生き方をすればそんな鉄量を“空想”出来るのやら……まったく、グートの奴が殺られるわけだ」
だが、と破城鎚の王は、口の端を凶悪な形につり上げる。
真円を描く目を、健吾に向けて。暴力的な殺意を、健吾に叩きつけながら。
「俺がなぜグートを従えていると思う? ……簡単だ。俺の方が強いからだよ。奴の“大鉄城門”、俺ならば破れる――もちろん、貴様の鉄塊もな!」
その言葉は八王たる誇りゆえか。
あるいは純然たる実力に裏打ちされた自信からか。
――どっちにしろ、構うかよ!
殺意の視線に切り裂かれながら、王城健吾はふたたび構える。
拳に従い、圧倒的質量を持つ鉄塊は、健吾の頭上やや後方に移動する。
「もっぺんいくぜ、喰らいな! 悪ぃ王様ぁっ!!」
「来い! 感謝するぞ! 八王に立ってから味わえなかった戦慄と歓喜! 俺はそれをいま、味わっている――うおおおおっ! “砕破鉄鎚”っ! 概念凌駕おおおっ!!」
勢いを増した鉄塊が、破城鎚の王に振り下ろされる。
それに抗うように、淡い燐光を帯びて輝きだした鉄の破城鎚が、鉄塊に向けて高速で射出される。
鉄塊と破城鎚が衝突する。
脳を揺らすような巨大な音の波が、周囲を襲う。
その衝撃に、鉄塊は砕け、その形を大きく変える。
だが。
だが、王城健吾の武装。
巨大なだけのただの鉄塊は、勢いを減じず突き進む。
武装としての殻を破り、“砕く”概念そのものと化した“砕破鉄槌”の一撃にその身を砕かれながら、それでもなお、突き進む。
「うおおおおおおっ!!」
王が咆哮した。
それすら飲み込んで――健吾の鉄塊は地表に衝突する。
轟音が響き渡った。
健吾は、拳を振り下ろしたままの姿勢でいる。
「ケンゴ殿」
しばらくして、ひそかに様子を見ていたのだろう。
アウラスが不自由な足を引きずりながら、健吾に歩み寄ってきた。
「おやっさん――」
声をかけようとして、健吾は絶句した。
アウラスは、目から大粒の涙を流していた。
で、ありながら、笑っている。あふれる感情を抑えきれないというように、泣き笑いに笑っている。
「ケンゴさんっ!!」
心配げに駆けてくるのは、ミリア。
あとから、続々と村人たちが駆けてくる。
いや、事情を知った近隣の人々も、続々と集まってきていた。
みな、泣き笑いだ。
長く続いた圧政の、そして帝国の圧倒的な暴力の象徴である“八王”。
その一角を崩した事実は、人々に忘れていた希望を与え、奪われた笑顔を取り戻させた。
「おやっさん、ガキンチョ、みんな……」
いつしか、晴れ間が見えていた。
きらきらと輝くような日の光の下、みなの表情も輝いている。
歓喜と感謝の感情をぶつけられて、くすぐったそうに頬をかいてから、王城健吾は口の端をつり上げる。
獣のごとき笑顔で、健吾はみなに親指を立てた。
「――いーい笑顔だぜ。最高の礼だ!」
王の、そして近隣都市の守将の死により、いまだ旧王国を偲ぶ人々は立ち上がり、カーディフ、ベルフォート、ダリウなどの諸都市は解放された。
帝国の領国支配に風穴を開けたこの一大事件は、その元凶であり、中心人物でもあるひとりの武装使いの名とともに、大陸中を駆け抜ける。
◆
帝国領エヴェンス、湾岸都市タッドリー。
行き交う人々を横目に、街の喧騒のど真ん中。
風のうわさで王城健吾の名を知った一人の少女が、西の空を見やりながら挑戦的な笑みを浮かべた。
「やるじゃない……王城健吾。こっちまで来れるかしら?」
黒い瞳に長い黒髪の美少女だった。
巨大な衿を持つ上衣に、胸には深紅のスカーフ。
太ももが見えそうな短いスカート。代わりとでもいうように、足から太ももまでを、タイトな黒い布で覆っている。
異様といっていい格好の少女は、ふいに振り返った。
淡い殺気を纏う、鎧兜姿の帝国兵が、静かに立っている。
「貴様、タッドリー守将、エメル様を殺害した女だな? 名は?」
問いかけに、少女は不敵な笑みを返し、名乗った。
「――長門かえで」
◆登場人物
長門かえで……黒髪セーラーニーソ
【武装データ】
武装:破城鎚の武装“砕破鉄鎚”
使い手:ラム
特化概念:“衝き壊す”
鉄量:S
威力:S
備考:鉄量、破壊力ともに帝国屈指の巨大兵器型武装。