第四十八話 杖の王
「これは……また、妙な者を喚び出してしまったか」
最初に見たときは、ものすごい美人な外国人だと思った。
全身を覆うローブからのぞく顔は、恐ろしいほど美しく、流れる金髪は絹糸のようだった。
ただ、はっきりと年上で、しかも明らかに外国人である彼女に、王城健吾は初対面でそれ以上の感情を持たなかった。ただ、妙に翳のあるひとだと思った。
「妾は魔女じゃ。お主に頼みがあって……召喚した」
それから知識を与えられて。話を聞いて。親しみを感じた。
だが、感情が別の色彩を帯びるまえに、あの男が姿を現した。
鎧の王メルヴ。
その圧倒的な実力に、武装を覚えていなかった健吾は、成す術もなかった。
不甲斐なさ、口惜しさに歯噛みするしかなかった健吾を庇いながら、彼女は言った。
「こやつはよかろう。見逃せ。かわりに妾がついて行ってやる」
この時から、彼女は王城健吾にとってかけがえのない恩人になった。
だから必死で鍛えた。
命がけの修業を重ねた。
それもすべて、鎧の王に囚われた彼女を助けるためだ。
ミリア、アウラス、そして長門かえで。
いくつかの奇縁に恵まれながら、王城健吾は鎧の王を打倒し、彼女を救いだす。
その頃には、傲岸な侵略者である帝国への怒りと、帝国打倒の決意が、健吾の胸の内にたしかなものとして存在していた。
皇帝を倒して“力こそ正義”の帝国を改革する。彼女の願いとは離れた、しかし源を同じくする願いだった。
それから。
彼女は健吾の師として、協力者として、力を尽くしてくれた。
この頃には、彼女の存外ひょうきんな部分、かわいらしい部分も見え始めている。
だから、彼女にたいして、己が姉に抱くような、そんな感情が健吾の中で芽生えるのも、自然なことだった。
「帝国が滅びるは、もはや仕方ない。だが、せめて御家の祀りだけは、絶やしてはならぬ。そのためにも、妾はお主に協力したい」
彼女は、その言葉通り命すら賭けて、健吾の武装を完成させた。
結果、彼女は重傷を負い、さらわれた。
巨大すぎる借りだった。
一刻も早く彼女を助けたい。その切実な思いは、健吾を遮二無二前進させた。
弓の王ボルグを倒してロードラントを解放し、斧の王を倒し、そして、車輪の王の挑戦を受けた。
車輪の王との決戦で、健吾は彼女への思いを指摘された。
正直、健吾には恋愛事などわからない。
わからないが、彼女を大切に思う気持ちはある。
それで十分だと思う。
命をかけて帝国に挑むには。
そして、洗脳された彼女を助けるため、大陸全土の解放を決意するには、十分だ。
だから、健吾は駆けた。吼えた。戦い続けた。
その結果が、求めてやまなかった存在が、目の前にある。
皇帝を倒し、彼女を――魔女シスを助けるための最後の障害として……皇女シスは、王城健吾の前に立ちふさがっている。
だから、王城健吾は笑って言った。
「よう、魔女さん。助けに来たぜ」
王城健吾の獣の笑みに。
洗脳されし絶世の美女は、氷の視線と殺意を返した。
◆
「よう、魔女さん」
「無礼な。妾は皇女シス。畏れ多くも神聖にして不可侵なる皇帝陛下の姉である」
健吾の言葉を、皇女シスは切って捨てた。
「――賊軍の頭目よ。主を己が手で生み出したは我が痛恨事……せめて我が手で葬らねば、皇帝陛下に面目立たぬ」
健吾の知る魔女シスとは、まるで別人のような、言葉。
超八王級武装“魔法の杖”が、概念凌駕の燐光を帯びる。
「素直に通させてはくれねェみてェだな……なら、押し通るぜ――あんたを助けるためになぁっ!!」
健吾に後退の意思は毛頭ない。
機械腕の武装“鉄機甲腕”を交差させる。
大小二対の鉄の巨腕が、概念凌駕の唸りをあげる。
「行くぜェっ!」
「ゆくぞ……」
巨腕が空を駆ける。
鉄の杖が赫光を帯びる。
王城健吾と皇女シス。
数奇な因縁を持つ二人の戦いが――始まった。
“届く”概念を持つ健吾の“鉄機甲腕”は高速で飛び、敵を追い続ける。
“繋がる”概念を持つ皇女シスの“魔法の杖”での、空間を接続しての舞うような連続跳躍は、健吾に手を届かせず、ついでとばかり溶岩弾がまき散らされる。
超八王級。
世界の規格を越えた武装使い同士の戦いは、その威力を災害として周囲にばらまき続ける。
「素晴らしい」
離れて戦闘を見ていた皇帝が、つぶやいた。
虚空に放った主砲の衝撃波でよじ登ってくる民衆を薙ぎ払いながら、かえでたちもその光景を目にしている。
「――概念凌駕・溶岩奔流!!」
攻撃の隙を縫って、皇女シスが大溶岩流を放出する。
「喰らうかよっ!!」
迫る灼熱の怒涛に、健吾は獰猛な笑みを浮かべて、右足の鉄車輪“絶影鉄輪”に意思を伝える。
高速ではじき出された健吾の体は右手の丘陵を駆けのぼり、振り返りざま、左手の大鉄腕を飛ばす。
「おらぁっ!」
皇女シスに向かい、三角飛びに跳びながら、右の拳を繰り出す。
唸りをあげて飛ぶ巨腕。
だが拳が掴んだのは、虚空。
空間跳躍。
一瞬のちには、魔女シスの姿は健吾の背後にある。
「――概念凌駕・荷重接続」
杖が、振われる。
大鉄腕の防御は間に合わず、健吾は左の鉄手甲で防御する。
だが。
「がっ!?」
大鉄腕と同化し、等しい頑強さを誇る左腕の鉄手甲。
それが鉄杖の一撃を防ぎきれず、健吾の体は地面に叩きつけられた。
左手が痺れている。
見れば鉄手甲に凹みが出来ている。
途方もなく重い一撃だ。
受けたのが空中でなければ、間違いなく致命傷を受けていた。
「……へっ。なんだ今のは」
「杖に荷重を加えただけのこと……戦艦長門を受け止めている地面にかかる、な」
「そりゃあ、重てェわけだ!」
健吾は口の端をつり上げる。
獣の笑みを浮かべながら、“鉄機甲腕”を振りまわす。
皇女シスは動じない。
短距離跳躍を繰り返しながら、確実に間合いを詰めてくる。
燐光を帯びる杖を大上段に構える皇女シスに、健吾は跳び退りながら、叫ぶ。
「さすがに二度も喰らうかよっ!」
だが、健吾の行動に、皇女シスはわずかに笑みを浮かべた。
「愚か者め、二度もおなじ攻撃が来ると思うたかっ! 概念凌駕・流水怒涛!!」
杖の先から溢れたのは……水。
水の奔流が、怒涛と健吾に押し寄せる。
「くっ」
健吾は大鉄腕で右手の丘陵に手を差し込み、宙に逃れる。
だが。
健吾を見て、皇女シスがわずかに口の端を曲げる。
悪寒。
だが理由がわからない。
いや。
右手に感じる溶岩の熱と、左手より迫る大量の水。
――このふたつがぶつかり合えば?
健吾はとっさに左の大鉄腕を手繰り寄せ、盾とする。
直後、溶岩と水流がぶつかる。
刹那、水蒸気が膨れ上がった。
「熱ぅっ!」
直撃は喰らわなかったが、蒸気は避けがたい。
焼けるような水蒸気が、至近に居た健吾の肌を焼く。
激しい痛みが健吾を襲う。とっさに身を庇わなければ、全身火傷を負っていただろう。
「へ、へっ」
軽くない火傷を負いながら、しかし王城健吾は笑う。
痛みをこらえ、笑いながら立ち上がり……“鉄機甲腕”を構える。
「魔女さんよ。アンタこんなに強かったんだな……」
その目はギラギラと輝いている。
その口は大きくつり上がっている。
獣のごとく。
化物のごとく。
「いいぜ。あんたの攻撃、全部受け止めてやる。そしてあんたを倒して――あんたを手に入れる!!」
「慮外な!!」
二人はふたたび戦う。
武装を使い、概念を行使し、武装と武装を撃ち交わす。
鎧の王の武装にて打ち鍛えられ、杖の王の武装により“繋がり”形成された、威力、鉄量ともに最上級の超八王級武装“鉄機甲腕”。
不世出の才を持つ杖の王――皇女シスがその全才能をもって鍛え、磨き、世界の規格をも超える概念に昇華した超八王級武装“魔法の杖”。
たがいの武装が交錯する。
いつしか、二人は同質の笑みを浮かべている。
凶暴な。そして澄んだ。まるで一個の獣のような。
「魔女さんよぉ、ひとつ、言い忘れてたことがあったぜ!」
「なんじゃ! 無粋な!」
鉄の拳を、杖を交わしながら健吾は叫ぶ。
「好きだぜ、魔女さん! あんたに惚れた!」
なんの迷いもなく。
なんの憂いもなく、王城健吾は拳とともに想いをぶつける。
それは、その言葉は、皇帝の支配を越えて皇女――否、魔女シスの心に――“届く”!
「なっ!?」
「――だから、手に入れるぜ。オレのすべてをかけてなあっ!!」
概念凌駕。
概念が武装を凌駕する。
“届く”概念そのものと化した鉄の巨腕が皇女シスを襲う。
「くっ!」
皇女シスが“魔法の杖”を概念凌駕させ、空間を渡って逃れる。
瞬間、健吾は左手を爪弾く。
健吾の背にあった左の大鉄腕が、超高速で回転する“絶影鉄輪”を打つ。
爆発的に加速する。そして健吾の体は、転移のために繋がった空間に飛び込んだ。
「届いたぜ……魔女さんよ」
健吾は、皇女シスの胸を、そっと打つ。
大鉄腕と同期し、等しい力を持つ鉄手甲の一撃が、皇女シスの体をわずかに浮かせ……その意識を奪った。
皇女シスが、ゆっくりと崩れ落ちる。
その体を、王城健吾はしっかりと抱きとめた。
たしかなぬくもりが、手を通して伝わってくる。
「手に、入れたぜ」
健吾は拳を握りこんだ。
勝利と、それ以上に欲しいものをその手につかんだ、その実感が、たしかにあった。
だが。
手に入れたものの大きさゆえに、健吾は思いもしなかった。
戦いの結末を見る皇帝の眼が、恐ろしく冷たいことに。
皇帝は、ゆっくりと口を開く。
「敗者が生き残っては、素晴らしき戦いも興醒めよ……敗者は疾く――“死ね”」
◆登場人物
皇女シス……超絶美人アラサー皇女様。皇帝の美意識に従い、残念属性は消えている。




