第四十七話 禁衛七騎
帝国皇領ヴィン。
ハドリア砦から大陸横路を南にゆくと、途中、ひとつの砦に行きあたる。
火竜山脈の伸ばした触腕。雄大な丘陵の間を縫うように伸びる大陸横路を遮断するように建てられたこの砦は、かつて帝国がミーガン王国と繰り広げた激戦のなごりだ。
ハドリア砦を発った王城健吾は、速やかにこの砦を制圧し、篭もった。
同行したのは、長門かえで、天掛美鳥、ミリア、ホルンのネリー。それからエイブリッジのヘンリー他、20名ほどの、いずれも手練の武装使い。
地形の見聞に、敵への備え。
数日がかりで準備を終えた健吾たちは、見た。
砦の南、ゆるやかに蛇行する大陸横路。
それを通ってはるか南より歩み来る、飢え乾いた20万の民衆の姿を。
怨嗟と悲痛の呻きをあげながら、なお行進を止めない、半ば亡者となった有象無象の巨大な群れを。健吾たちは物見の小塔から確認した。
人の波。
その先頭が、ゆっくりと城壁にぶつかる。
だが、城門は破れない。
破れるはずがない。破れることはあり得ない。
なぜなら、この砦には城門など存在しないのだから。
城門の内側は、硬い岩のようなもので塗り固められている。
溶岩だ。“魔法の杖”により召喚した火竜山脈の溶岩に覆われ、砦は一個の岩塊と化していた。
むろん出入り口などない。城門を破っても、そこにあるのは冷え固まった分厚い溶岩だけだ。当然城壁だけでなく、砦内の要地すべてにこの処置が成されている。
「敵に攻城の用意はない。20万の大軍とはいえ、十分に時間を稼げる」
ホルンのネリー。
金髪尖り耳の少女は、隣に居る銀髪碧眼の少女に目くばせしながら、言う。
「――ミリアのおかげだ」
彼女の言葉に、ミリアがえっへんと胸を張った。
“魔法の杖”の概念凌駕連続発動により、消耗しているはずだが、その様子をおくびにも出していない。
うれしいのだ。
王城健吾の力になれることが。
「ですが、むごい」
金髪の貴公子、エイブリッジのヘンリーがつぶやいた。
城壁にさえぎられながらも、民衆はなおも押し寄せる。
呻きながらも。手にしたこん棒で、刃で、そして素手を血で濡らしながら、彼らはガリガリと壁に傷を刻み続ける。
ぎり、と音がする。
健吾が歯を食いしばる音。
その面に一瞬、後悔の色を浮かべて。
王城健吾はそれを振り払うように言葉を吐いた。
「……へっ。いま、解放してやるぜ」
「健吾にぃ、準備オッケーだよ! 敵は一番後ろ、位置はどんぴしゃり!」
「好都合ね。じゃあ、行ってくるわ」
健吾の言葉に続くように、美鳥が叫び、長門かえでが不敵な笑みを浮かべながら、前に出る。
「たのむぜ、かえで」
「にひ。まかせておいて」
健吾の言葉を背に受けて。
黒髪の少女は小塔の張り出しに立つ。
その正面から、天掛美鳥がかえでに抱きつき、武装を発動させた。
「準備はいい? じゃあ長門さん、いっくよーっ!」
幻めいた駆動音とともに、二人は空に舞い上がる。
狭隘の地にひしめく20万の長蛇を上空より見ながら、加速。加速。加速。
「――っ、くううっ!」
慣れない加速に歯を食いしばりながらも、かえでは美鳥に必死に抱きつく。
そうしながら、肩越しに長蛇の尾を見据え、タイミングを計る。
そして、捉えた。最後尾を行く、巨大な武装の気配の集団を。
「今っ!」
叫んで、かえでは宙に身を踊りだした。
そして顕現させる。
おのれの武装を。巨大な鉄塊を。
戦艦の超八王級武装“超弩級戦艦”を。
鉄が啼くような音をたてて、戦艦は左右の丘陵を押し潰し、沈んでゆく。
「はいっ、セーフ!」
落下寸前のかえでを、旋回してきた美鳥が抱きかかえる。
「よっし、完璧!」
「いえー!」
かえでと美鳥は、至近の距離で歓声をあげた。
“超弩級戦艦”は大陸横路をさえぎり、民衆と皇帝たちを完全に分断した。
続いて巨大な衝撃音。
かえでが目をやると、“超弩級戦艦”の艦橋を、巨大な鉄の手がつかんでいる。
微細量のほろにがさを含んだ、勝気な笑みを浮かべながら、かえでは言った。
「民衆はなんとか防ぎきるから……あとは任せたわよ――健吾くん」
「おおおおおっ!!」
獣の咆哮とともに。
王城健吾の黒い影が、かえでたちの横を吹き抜けていった。
◆
激しい衝突音とともに、大地に降り立つ。
ぐるり、見回して。護衛らしき武装使いたちの後ろに魔女シスの姿をみとめた健吾は、口の端をつりあげた。
「よう、魔女さん。助けに来たぜ……そして」
おなじ瞳で、健吾はその背後に控える強大な武装の気配の主に、凶暴な笑みを向ける。
「ようやく会えたなぁ、皇帝野郎」
「貴様が賊軍の頭目か」
不敵に返す輿上の美丈夫――皇帝が、魔女シスと似た面差しに、笑みを浮かべた。
賊軍、と呼ばれて、健吾は獰猛な笑みを浮かべながら名のる。
「そうだ。オレが賊軍の頭目で――テメェをぶっ倒す解放軍の大将だ!」
「天に挑むその言やよし。ならば――まずは見せてみよ。余にその実力をな」
皇帝は笑い、皇女シスに目くばせする。
彼女はうなずくと、杖の武装“魔法の杖”に概念凌駕の燐光を纏わせる。
その輝きがひときわ強くあたりを包み、消える。
皇帝の皇女シスの姿は、その場からかき消えていた。
「賊軍の頭目よ。余は少し後ろだ」
なお空間を“繋げ”ているのか、皇帝の声のみが届く。
「――その場に居る武装使いは禁衛七騎。皇帝を守る直属の武装使いよ。みごと倒して天に挑む資格を証明してみせよ」
「……上等だ」
王城健吾は不敵に笑う。
笑いながら、眼前の敵――禁衛七騎を一瞥する。
一瞥しながら、機械腕の武装“鉄機甲腕”を構える。
右足では車輪の八王級武装“絶影鉄輪”が唸りをあげて回転している。
「テメエらを倒さなきゃ皇帝野郎に届かねェってんなら。テメエらが俺の邪魔をするってんなら――ぶっ倒してやるぜェええええっ!!」
吼えた。
応じるように禁衛七騎の中から、ひとりの老雄が歩み出た。
年のころは60過ぎか。銀髪長髭、雄偉な体格の武装使いは、剣の武装を手に、語る。
「我ら畏れ多くも皇帝陛下をお守りする禁衛七騎。安穏たる日常に堕した帝国八王を倒したからといって、その間も修練を重ね続けた我らを倒せるとは思わぬことだ。剣の八王級武装使い。元エヴェンス王リーザス……参る」
「なるほどな」
健吾は怒りを押し殺しながら、笑う。
帝国八王が統一戦争の英雄だとすれば、禁衛七騎は旧七王国の頂点にあった武装使いで構成されているのだろう。無論洗脳して、だ。
「だが、手加減はしねェ。できねェ。それが出来るほどあんたらは弱くねェ! だから遠慮なくぶっ飛ばすぜ。魔女さんを助ける。皇帝野郎をぶっ飛ばす、そのためになあぁっ!」
咆哮とともに、拳を繰り出す。
高速で放たれた大鉄腕は、光を放ちながら発動する概念凌駕ごと、元エヴェンス王リーザスを砕き、吹き飛ばした。
「遅ェっ! 剣の王なら反応してるぜっ!」
「ならば、この速さに対応できるかっ!? 馬具の武装使い、元オルバン王子ブラッド、参るっ!!」
黒い影が、疾風のごとく健吾を襲う。
全身黒の鎧兜で身を固めた騎士だ。赤い光を纏う葦毛の馬は、常識を逸脱した速度で旋回し、健吾に襲いかかる。
だが。
健吾は“鉄機甲腕”を概念凌駕させる。
“届く”概念を持つ鉄腕は、疾風を越えた超高速で、人馬一体の騎士をもろともに砕いた。
「車輪の王の万倍遅ェ! つぎだつぎっ!!」
「おらおらおらっ! じゃあこいつはどうだっ! 元ノルズ大将軍フレデリックさまの超鉄量の大戦斧、喰らいやがれぇっ!!」
身の丈2メートルに迫ろうかという巨人が、健吾をその武装ごと唐竹割りにせんと頭上より襲いかかる。
だが、その一撃は、健吾の左の大鉄腕で受け止められた。
「戦斧の王の一撃に比べりゃ屁でもねェよっ!」
そのまま鉄腕を振るい、敵の体を武装ごと地面に叩き込む。
残るは四人。獣の笑みを浮かべながら、王城健吾は大小対の鉄腕で手招きする。
「こっちは急いでんだっ! まとめて来やがれェっ!!」
「ならば元ロードラント王女ベス、参るっ! 我が“刃の鎧”の一撃を見よっ!!」
「軽すぎて話にならねェっ! 鎧の王並みに鍛えてこいっ!!」
「元クラウリー王子マーゼル! 我が弓の一撃を見よ!」
「殺意があからさま過ぎだ! 弓の王を見習いやがれっ!!」
「元トレント大将軍ロッド! 我が槍は、槍の王の様な贋物とは違うぞっ!」
「ニセモンの一撃の方が圧倒的に鋭ェよっ!」
「元ミーガン王孫モーディ! 我が盾は皇帝をお守りする最強の盾だっ!」
「最強なんぞ、かえでの武装を一度でも防いでから名のりやがれっ!!」
駆け抜けながら、王城健吾は禁衛七騎をつぎつぎと倒していく。
そして、健吾を遮る者は誰も居なくなった。
ほんの100メートルほど先に皇帝の姿をとらえて、王城健吾は獣の笑みを浮かべた。
健吾の進路を遮る者は、もはや皇帝の前に立つ皇女シス一人。
健吾が助けるべき女一人だ。
だから健吾は迷わない。
惚れた女を助けるべく。皇帝を倒すべく。
王城健吾は行き倒れた屍に彩られた大陸横路を、“絶影鉄輪”を吼えるように唸らせ、駆けだした。
◆登場人物
禁衛七騎……元七王国の生き残り中最強の武人たち。かなり強い。




