第四十二話 進撃
トレント首都ルートン郊外。
晩秋の風を頬に受けながら、大陸解放軍1万は集まった。
早晩攻めてくるであろう帝国軍に備えるため。そして、隣国ミーガンを解放するためだ。
「な、なんとか兵站の確保ができましたぜ……」
軍を見送りながら、トレント解放軍の重鎮、ウィストンは息をついた。
この男、他の解放軍重臣との折衝の合間に、商業都市タッドリーの大商人、ギルダーが運んできた食糧その他物資の、各所への配備もこなしている。
「ヴァ―プール砦を失った状況で、よくやるわねー」
とはかえでの言。
大陸横路の要衝であるヴァ―プール砦の物理的な崩壊は、兵站線の構築に多大な支障をきたしていた。
そんな状況で、短期間のうちにやってのけた手腕は褒められていい。それも、他国とギルダーの協力あってのことだが。
もはや大陸全土を股にかける大商人になりつつあるギルダーである。
「かえで殿っ! なんとか言って欲しいですぞ! あの無精ヒゲ、人使いが粗すぎですぞ! おろろーん!」
本人にあまり自覚はないようだが。
ともあれ、準備は整った。
集まった1万の将兵を前に、王城健吾はにやりと笑う。
「よう、みんな。集まったな」
仕立てなおした黒シャツにジーンズ。異国の装いは変わらない。
だが、右足についた車輪の武装“絶影鉄輪”と、両腕を覆う鉄の手甲。そしてそれに同期した、宙に浮く巨大な鉄腕。機械腕の武装“鉄機甲腕”。
その威容に、その鉄量に、圧されぬ武装使いはない。
その英雄的武勲に、弱きものを見過ごせぬその優しさに、敬意を抱かぬ者はない。
「オレは帝国が気に入らねェ。気にいらねェからぶっ潰す。邪魔するヤツはぶっ飛ばす。それだけで、ここまで来ちまった」
そんな英雄から語られたのは、なんともあけっぴろげな言葉だった。
「大義とか知らねェ。みんなの故国への想いなんかも、正直わかんねェ。根っからの風来坊の根なし草ってやつだ」
だがよ、と健吾は言う。
「オレは見ちまった。悲しくって泣いてるガキどもを。なんも出来なくて泣く大人たちを。そいつらを嘲笑う帝国野郎どもを!」
健吾は拳を握りこむ。
虚空の鉄腕が、軋む音とともに握りこまれる。
「笑えねェよな。笑えねェよ。放っておけるわけがねェ。見過ごしに出来るわけがねェ。だから戦った。ぶっ潰してきた――で、気づいたら、いろんなヤツらがよ、ついて来てくれた。こーんなバカなオレをよ、手伝ってくれるってヤツが、いっしょに戦ってくれるってヤツが、こんなによぉ」
健吾は見回す。
1万の仲間たちを。より多くの民衆を。
「実はな、もうひとり、ここに居なきゃいけねェ仲間が居る」
魔女シスのことだ。
皇帝の姉にして反逆者。帝国八王が一角、“杖の王”。
帝国に攫われ、敵となった。王城健吾が惚れた、ひとりの女。
「そいつはよ、帝国に攫われちまったんだ。オレのために戦ってよ。だから絶対取り戻さなきゃなんねェ。そのためにも、オレは帝国と戦う。だからよ、あらためて言うのも照れクセェがよ……手を貸してくれ。野郎ども!」
最初に応、の声をあげたのは、ノルズ解放軍の首領デーン。ほとんど同時にエイブリッジのヘンリーも続く。
それから、各所より応、応の声があがり、やがてそれは1万将兵を巻き込む大合唱となった。
応、応の声とともに、拳が一斉に突き上げられる。
王城健吾は口の端を曲げた。
獣を思わせる獰猛な笑みをうかべ、健吾は拳を突き上げる。
巨大な鉄腕。機械腕の武装“鉄機甲腕”が点を激しく突き上げる。
「行くぜ、野郎ども!!」
旗が揚がる。
解放軍の旗だ。
意匠は、天を突き上げる拳。
帝国への怒り、そして王城健吾の象徴。
万の拳が天を突く、解放への行進が始まった。
◆
帝国領ミーガン。首都チェスター。
解放軍討伐のため、帝国の将兵はこの地に集められていた。
率いるのは帝国八王が一角、“帝国の剣”と讃えられし剣の王ソード。
ソードが率いる帝国皇領ヴィンの最精鋭。
ミーガン副王率いる帝国領ミーガンの精鋭軍。
そしてトレント王国より脱出した、副王ハルマン率いるトレントの残存兵。
武装使いは八王級1、副王級5、将軍級18、武将級130。かけ値なしの全戦力だ。
討伐軍はあわせて二万。
大軍ではあるが、やや絞っている。
とはいえ、一国を占領するには十分な数である。
「みな、よく集まった」
全軍を前に口を開いたのは四十過ぎの男だった。
白髪混じりの金髪に、紫の瞳を持つ長髭の威丈夫だ。
手には長大な鉄剣。
身に纏うは青銅の鎧兜。
鳳のごとき切れ長の瞳は八方を見渡す。
剣の王ソード。
“北の鎮護”盾の王ルースと並び称される、“帝国の剣”だ。
「貴様ら、知っているか。我らが敵を。反乱軍を。解放軍を自称する賊どもを」
剣を地に差しながら、剣の王は問う。
「奴らは破城鎚の王を殺した。戦車の王を殺した。盾の王を殺した。鎧の王を殺した。弓の王を、戦斧の王を、槍の王を、そして数多の同胞を殺した」
剣の王は叫ばない。
だがよく通る声は、鉛のごとく重い。
「だが、怨むな。力こそ正義。そして奴らは強い」
意外の言葉だった。
王城健吾に恨みを呑むハルマンなどは露骨に眉をひそめている。
だが、そんな将兵を顧みず、剣の王は言葉を続ける。
「ゆえに、明かせ。我らが奴らよりも強いと。我らこそが強者であり正義であると。証明したうえで……殺すのだ。忌々しい叛徒どもを殺すのだ。弱者として一片の慈悲もなく蹂躙し尽くすのだ――帝国の将兵よ! そのための剣はここにある! 帝国最強の剣はここにある! 我はソード! 帝国の敵を滅ぼす剣なりっ!!」
歓声が上がった。
彼らは知っている。剣の王はまぎれもない強者だと。
彼らは知っている。剣の王こそが帝国最強の武装使いだと。
一対一の戦いにおいて、剣の王が負けることはないと、この場に居る誰もが知っている。
それゆえ。トレント副王ハルマンは暗く笑った。
「見ておれトレント人ども。有象無象の土人どもよ……栄光ある帝国軍が、そしてこのハルマンが、貴様らを根絶やしにしてやる」
復讐に燃える帝国兵たちを従え、剣の王は軍を発した。
いかような考えあってか、軍は分散し、ミーガンからトレントへの攻略路四口に、それぞれ向かって行った。
◆
「大変だよー! 帝国軍が、四つに分かれてこっちに攻め込んでくるよーっ!」
偵察に出ていた天掛美鳥が健吾の元に飛びこんで報告したのは、軍が大陸横路の要衝、ヴァ―プール砦跡を通過した時だった。
「かえで」
「……たぶんこっちの戦力の分散を誘ってる」
かえでに意見を求めると、勝気な瞳の少女はすこし考してから答えた。
「解放軍1万といっても、戦力として数えられる武装使いは本当に少ない。とくに、敵の副王以上に対抗できるのはあたしと健吾と天掛さんくらいのものだから、これを分散させて各個撃破を目指すってのが本命」
「わたしも戦えます!」
ミリアが手をあげるが、健吾もかえでも首を縦に振らない。
彼女を単独で前線に出すのはリスクが高すぎる。あくまで支援要員としての参戦である。
「こっちが戦力を分散しなかったら?」
健吾が尋ねると、かえでは深刻な顔になる。
「のこり三路は止められない。国境を越えた帝国兵たちは、村や町を蹂躙する。それも、徹底的に……そういう無言の脅しが、帝国の動きには込められてるわ」
「……なるほどな」
健吾はつぶやいた。
声音には怒りが混じっている。
「かえで」
「なに?」
「軍とミリアを頼む」
「まあ、そうなるわよね……わかったわ」
健吾の唐突な言葉に、かえではため息をつきながらうなずいた。
「ケンゴ殿、ケンゴ殿はどうされるおつもりか?」
尋ねたのは、クラウリー七賢者の名代、ホルンのネリー。
王城健吾はにやりと笑う。
「決まってんだろ? 残り三つを叩くんだよ――美鳥!」
「えー? また働くのー?」
「のじゃ」
「行きます!」
健吾の言葉に美鳥は口をとがらせたが、顔を出したミリアを見て背筋を正した。胃袋には逆らえないのである。
「――じゃあ行ってくるぜ!」
「ケンゴ殿!」
「大将軍!」
「大王ぉー!?」
美鳥の武装、“紫電改”に乗り、健吾がゆく。
ある者は驚きの声をあげて、ある者は歓声を上げながら、健吾の出発を見送った。
「さあみんな、ぼうっとしてるヒマはないわよ」
そんな彼らに、長門かえでは声をかける。
「健吾くんは三ヶ所を叩くって言った。なら、残り一か所はあたしたちよ。そして、知ってる? 天掛さんの“紫電改”。単純に移動するだけなら一日かからずその三ヶ所を回れるってこと」
「い、一日!? もっとも北の攻め口、北海街道までは馬を走らせても三、四日は……」
「ま、戦闘があるから時間はもっとかかるけど、残り一か所、任されてる身としちゃ健吾くんに先を越されるわけにはいかないわ」
長門かえではからりと笑う。
魅力的な笑みには、しかし鬼が潜んでいる。
「――強行軍になるわよ。死ぬ気でついて来なさい」
この決断に、ウィストンとギルダーの兵站組は悲鳴をあげることになる。
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー18
名前:キング
武装:鉄輪の武装“運命の車輪”
備考:帝国領ミーガンの将軍。クイーン、スペード、ハート、ダイヤの四人の有力武将を有し、車輪の王イールの信頼も厚い。キングだが王ではない。そのため元キングとか元ジャックとか陰口をたたかれる。生活能力はなく、四人の部下に養われている。かつての親友の恋人を奪ったが、実は本命は親友その人。「力こそ正義! いい時代になったものだ!」




