第三十八話 大いなる流れ
ヴァ―プール砦にほど近い都市、ロッドシール。
かえでの容体を案じる王城健吾は、ここで天掛美鳥の帰還を待っていた。
街道筋の諸都市を周り、決起を説いていた愛国的野心家、ウィストンたちともここで合流を果たした。
首尾は上々とは言い難いが、数名の有力武装使いの加入で、解放軍としての体裁は整った。
美鳥が帰ってきたのは、それからしばらくしてからのことだった。
「健吾にぃ。探したよー」
美鳥は緩い笑顔で、拠点にした帝国軍の元屋敷に空から舞い降りてきた。
報せを待ちかねて庭先をうろついていた健吾は、獲物を見つけた野獣の瞳で、飛びかかるようにして美鳥の肩をつかんだ。
「かえでは大丈夫か?」
「……長門さんは大丈夫だよー」
その剣幕に、眠たげな眼を見開きながらも、少女はのんびりと答える。
「傷はもう塞がってる。でも、ちょっと血が出過ぎたからかな? すぐには動けないから、ぼくに、かわりに健吾にぃのとこへ行けーって」
「そっか。かえでは無事か……そりゃよかったぜ」
健吾は胸をなでおろした。
この数日というもの、生きた心地がしなかったのだ。
「美鳥もよくやってくれた。マジで助かったぜ」
「えへへー。ほめてほめてー」
頭を押しつけてくるので撫でてやると、少女は「にゃー」と目を細める。
「けっこー大変なんだからねー。こっちとローザリアを往復するの。まあ、南の状況がよくなったから、あっちまで飛ばなくてもよくなって、ちょっと楽になったけど」
「あ? よくなった?」
「むこうの解放軍が勝ったの。だから、解放の動きがどんどん進んでる、みたい」
聞いた話をそのままなぞる様子で、少女は話す。
きちんとした説明は期待できそうにないが、どうせ詳しく説明しても健吾には理解できない。
「そうか。じゃああの、ネリー……だったか。あいつらがウマくやったんだな」
「そーみたい」
ホルン族だというあの目と耳の鋭い少女の姿を思い出しながら、健吾はつぶやいた。
「そういえば、トレントはどうなの健吾にぃ?」
「あ? こっちか? ……どうだっけか。おーい、ウィストン!」
屋敷の影から様子をうかがっていた彼に声をかけると、男は頭をかきながら、ひょうひょうとした様子で近づいてきた。
「すみませんね、聞き耳を立ててまして」
「気にすんな。聞いてたんならちょうどいい。説明たのむ」
健吾の言葉に、ウィストンは咳払いをしてから口を開いた。
「了解です。トレントの状況ですね? クラウリーの悲惨な状況よりは、まだ救いがありますよ。武将級以上が少ないとはいえ、未登録や不徹底で粛清の手を逃れたトレント人の武装使いは残ってますんで」
ウィストンはすらすらと答えた。
クラウリーで武装使いがしらみ潰しにされた事実は、トレントまで聞こえている。
「――ですが、まあ槍の王が民衆の心の刻んだ傷も、これまた深刻でね。槍の王は生きてるんじゃないか。死んだって騙して罠を張ってるんじゃないかってえ、みんな疑ってまして」
王が死んだ後、他国のように解放の波が広がっていかないのも、それが原因だ。
それを解消するには、万人の目に明らかにしなくてはならない。
この国はすでに、侵略者たる帝国の王など居ない、と。
「首都ルートンの開放。それこそが、トレント人を立ち上がらせるために必要な希望です」
「そうかよ」
ウィストンの言葉に、健吾は口の端をつり上げた。
かえでの無事がわかり、やるべきこともわかったのだ。
じっとしていられる王城健吾ではない。
「じゃあ、ひとっ飛び行ってくるか。なあ美鳥」
「えー?」
戦闘機に乗って、一気に飛ぶ。
健吾は首都を落とす最短最速の手段を選んだ。
「飛んで、ですか?」
「そうだよ健吾にぃ。ぼく疲れてるんだよー。あしたから頑張ろうよー」
目を天にするウィストン。
街に着いたばかりの天掛美鳥も不満げだ。
「なに言ってんだ美鳥。日本のことわざにもあるだろ? “善は急げ”ってなぁ! ウィストン! 後から追いついて来てくれ! 出来ンだろ!?」
「むろんです。クラウリー人がクラウリー人の誇りを見せたように、我々もトレント人の意地を見せます」
ウィストンは胸に拳を添え、そう言った。
笑顔が冷や汗混じりなのは御愛嬌だ。
「じゃあ行くぜ美鳥」
「もー。健吾にぃのおーぼー。ろーどーしゃの権利を主張する―。あー、ミリアちゃんのご飯が食べたーい」
文句を言いながらも、少女は空想の武装を展開する。
レシプロ駆動機の幻音とともに、ふわりと浮きあがった少女の腰に、健吾はしがみつく。
「後は頼むぜウィストン。ガキを泣かせるんじゃねェぞ」
あっという間だった。
宙に飛びあがった少女は、空中で戦闘機の武装“紫電改”を具現化。
風防の後ろに健吾をしがみつかせて、あっという間に北東の空へと飛んでいった。
「……まったく、神か邪神か」
その残滓を眺めながら、ウィストンはつぶやく。
「――しかし、手前にとっては、間違いなく奇貨だ」
それから一時間も経たずに、“紫電改”はトレント首都ルートンにたどり着いた。
だが、そこで健吾たちは見る。
人っ子ひとりいない王城、摩天城。がらんどうになった兵舎。開け放たれた城門。
たったひとりの帝国人すらいない。呆然としたトレント人だけが残された、首都の姿を。
「どうなってんだ? こりゃあ」
街道筋の都市でも見た光景だ。
てっきり戦力を温存するために、帝国兵たちは首都まで退いたものだと思っていた。
だが、主都ルートンにすら、帝国兵の姿はない。それでは、帝国兵たちはどこへ逃げたというのか。
二人が事態を把握するには、もう少し時間がかかる。
◆
これより十日後。
首都ルートンよりはるか西。
帝国領ミーガンとの国境に、数百の帝国兵の姿があった。
すべてが武装使い。彼らを率いているのは、トレント副王ハルマンだ。
「たどり着いたか」
国境の砦を目にして、ハルマンはため息をついた。
追手を警戒しながらの逃避行だった。
ましてや敵は八王級武装使いを容易く屠る化物だ。心身は極限まで削られていた。
――だが、成した。
ハルマンは心中、快哉を叫んだ。
トレントに配されていた帝国の武装使い戦力。
その大部分は、槍の王が稼いだ時間を使って帝国領ミーガンへの逃亡に成功した。
一国を制するに足る貴重な戦力が温存されたのだ。その代償と呼ぶには、槍の王の死は、あまりにも大きかったが。
おっつけ、大陸西部の帝国軍一般兵たちも流れてくるだろう。むろん、全員が国境まで無事たどり着けるものではないが。
西部の兵は、残念だが捨て駒だ。トレントの解放は、遅れれば遅れるほどいい。
この兵力をもってしても、鉄塊の王と戦うには無謀だ。
だが、と、ハルマンは考える。
西の隣国、帝国領ミーガン。
車輪の王死した後も、かの国の戦力は温存されている。
そして現在、帝国領ミーガンには剣の王が居る。
“帝国の剣”と謳われるあの武装使いが、帝国皇領ヴィンの精鋭軍を率いて、かの国に入っている。
これらを合わせれば、大陸を制する一大戦力となる。
――それでも、超八王級の武装使いを相手にするには心もとないが。
ハルマンは考える。
鉄塊の王陣営は、圧倒的な武装使いを複数抱えているとはいえ、層が薄い。
副王級、将軍級の武装使いがほとんど存在しないのだ。頭を失えば、その戦力は紙屑同然だ。
――つけ目があるとすれば、たったひとつ。そこだけだ。
一国の戦力を壊滅させる武装使いたちだ。
帝国がまとまった戦力を用意できるのは、おそらくはつぎが最後になるだろう。
だから、出来ることは何でもやる。
ハルマンは拳を強く、強く握りこんだ。
「許さんぞ。帝国を、帝国の栄光を穢すことなど決して許さん。このハルマンが、許しはせんぞっ!!」
周囲の者がぎょっとするような声で、ハルマンは叫ぶ。
「帰ってくるぞ! 大軍を引き連れて帰ってくるぞ! 剣の王を、あまたの武装使いを連れて帰ってくるぞ! ……その時、見ておれトレント人ども。有象無象の土人どもよ……根絶やしにしてやる」
ハルマンは呪詛めいたつぶやきをその地に残した。
槍の王の怨讐が乗り移ったかのような声だった。
◆
帝国はしたたかに牙を研いでいた。
だが、牙を研いでいたのは帝国軍だけではない。
健吾たちが解放した、各地の解放軍も、帝国打倒に向けて大きく動いていた。
エヴェンス王国、オルバン王国、ノルズ王国。
王城健吾によって早期に帝国の支配から解放された東方三国は、足並みを揃えて兵を発した。
「事ここに至っては、もはや他国の干渉と警戒される気遣いも無用でしょう……いま行きます――待っていてください。ケンゴ殿。ミリア」
エヴェンス解放軍、武装使い含め、精鋭千名。率いるのは解放軍名代アウラス。
「オルバン三大将軍筆頭バート、我らが王と奥方様の助勢に、いま参りますぞ!」
オルバン解放軍、武装使い含め、精鋭五千。率いるのはオルバン三大将軍の一人、バート。
「がははははっ! 鉄塊大王様ーっ! いまいくぜーっ!」
「我が唯一無二の主君、ケンゴ殿のおん為に、このヘンリーが加勢に参りますっ!」
ノルズ解放軍、武装使い含め、精鋭二千。率いるのは解放軍頭目デーンと、エヴェンス人でその補佐役、エイブリッジのヘンリー。
「巻き添えですぞっ! これはひどい巻き添えですぞっ!」
そして各軍の兵糧を担当させられた、商業都市タッドリー代表ギルダー。
王城健吾が。長門かえでが。
各地で結んだ絆は芽を吹き、ひとつの流れとなって健吾の元に集まろうとしていた。
帝国と戦うために。
祖国の民の、子供の笑顔のために。
そして、異邦人でありながら自分たちと怒りを、悲しみを共有してくれた英雄を助けるために。
大いなる流れは、いま、王城健吾の元に集まろうとしている。
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー15
名前:レッド・コメット
武装:鉄兜の武装“赤の仮面”
備考:トレント解放軍の武将。元はトレントの王族だったが、トレント王国が滅びてからは、帝国の追手から逃れるために幾度も名を変え姿を変えて潜んでいた。彼専用の乗馬レッドサイクロンは抜群の吸い込み性能を持ちツノ付き。また幼い子供を慈しむ深い愛情も持ち合わせており、「子供を泣かすな」という王城健吾の主張にただならぬ共感を抱いている。




